Rosa Guitarra

ギタリスト榊原長紀のブログです

ちょっと

2009-10-11 | 過去のライブ後記




雲、綺麗でしょう


♪中央フリーウェイ♪



ピアノの小林くんと、ちょっと清里までお仕事で



(あ!このやろ、右のプリウスだな?車体価格高くてちっともエコじゃない奴め)




あ...つい興奮してすみません











清里 萌木の村にある ROCK っていうお店で






ここで、4年前?3年前だっけ?...ラブヒゲのパート1をやったんですよ
懐かしいな




ここの地ビール、美味しいですよ    かなり美味しい
あとソーセージ





で、ここで今日演奏して、僕は、ひょんなタイミングでギックリ腰になりました


今は、腰が曲がったまま伸びない...



昔から忙しい時とかによくやっちゃう
だから慣れっこなんですが



慣れっこではあるんですが...

明後日、秋のラブヒゲ




薬でなんとか治るかな...



治らなかったらギックリもネタにしてやりますです









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丸キューブ

2009-10-10 | SUI(大地穂)


昨日、10/9
丸の内ビル内の、吹き抜けスペースの「丸キューブ」という場所で
「街角に音楽を」というイベントに出させていただきました






スイスイ、事務所入って初イベントのお仕事



(間仕切りの中で待機中 suisui)





こういうパブリックスペースで、自分達の演奏で、奇をてらったことをせず
街行く人達の足を止めさせられた時って最高にジワジワ満足感が起こって来る

ライブハウスみたいな音楽やる場所だと、お客さんも最初から聴く気で来てくださってるとこあるけど
そうじゃない、こういうイベントで知らない人が足を止めて聴いてってくれた時は
自分の演奏力っていうより人間力を試されたのだ、と感じる




実際に誰が口に出して言ってくるわけではないが
オーディエンスさんが、利害の無い傍観者という立場で
明らかに「値踏み」という形で自分たちを見ている
(値踏みとは卑屈な意味でなく)
そういうところからスタートされる環境の中で
自分はニュートラルに立ってられるか

ニュートラルにさえ立っていられれば

それも、大した時間ではない
5分か10分ほど踏ん張れれば、大抵オーディエンスは味方に付いてくれる




踏ん張れるか踏ん張れないかは
普段の自分の行いや心意気が、否応無しに作用する





お天道様に背中を向けてないか


常にそう確認しながら生きてることの答えが貰える瞬間でもある













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寿命の法則  その1

2009-10-08 | ギターの栄養





昨日の昼間からずっとヘッドホンしてレコーディングを長時間



あ~もう、背中が懲って割れそうに痛い


背中が割れて蝉の成虫が生まれる...










だが、こんなことを言ってるうちは、まだまだ死なないから
安心してて良い







(他の職種の人のことは、よく知らないが)
ある程度の技量を持った楽器奏者が
演奏中に忘我の境地に入り込むことが出来るのは「苦行のおかげ」だと思う

どんなに整体的な目線で気をつけても
楽器を弾くってことは絶対、左右対称から外れ
その長期に渡る楽器修練に身体は軋む

それそのまま「苦行」なのだ、と思う


仏陀が
苦行を重ねた上で、苦行の無意味さに気付いた後に
悟りを開いて行ったことは知ってる
(手塚治虫のマンガで読んだし^^)

けれど、最初、滅茶苦茶な苦行で自分を痛めつけたからこそ
理にかなわないことは無意味なのだと身に沁みて知るわけだから


身体機能の理を追求しながらも
長年持ち続けた執着が情動を溢れさせ
理性を踏み越え、身体の軋みなど省みず暴走した時に初めて
「そこ」に行ける

そして忘我の境地に、身体の軋みなど気にもせず走り続ける



そして...

明らかに「そこ」に行きっぱなしのミュージシャンは
いつも短命なのだ









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雨の日は地図作り

2009-10-08 | ギターの栄養
カテゴリー分けが嫌いだと
普段言ってるのに...


人間の「種類」なんかを区分けして
心、とか  脳、とか
そういうものも少しずつ整理しながら
自分だけの地図を作っている

「人間分布図」とでもいったほうが、もしかしたらわかりやすいかもしれないが
一つにはそうやって分布図を見ながら、自分が居る場所の座標軸を知りたいのだと思う
そのためには平均的な情報より、突出した沢山の情報が欲しいんだろう
その方がxyz空間が広くなって、自分の進む道選びの自由度が増す

でも、人間の区分けだけじゃなく、僕にとっては観念世界のナビみたいな意味もあるから
やはり「多次元地図」とでも名付けておきたい



地図をつくらなきゃ、地図に載っていない場所には行けないか...って

それは...まぁいくらでも行けるんだろう

けど

自分が今、何処に居るのか
相対的に位置関係がわかった方が面白いじゃない



「いつも見慣れた場所」から、いったい今日は何キロくらい離れたか、なんて
そんなふうに認識したいし
偶然行って楽しかった場所にもう一度行ってみたいし
その地図を使って、どっかの魂を口説きにも行ける

だから地図を作るのは楽しい





例えば
「文学者」という心の乱暴者の産み落としたものに触れ
自分が凸凹してみたり擦り傷を負ったり
また「学者」という、決して心が乱暴をしてはいけない掟の元に生きているものの産み落としたものに触れ
その綺麗に区画整理された様を清々しく、それと同時に物足りなくも思いながら
どうあっても乱暴を働かない学者というものを、ストイックという意味で、偉い人種だと関心してみたり

(一応ミュージシャンていうカテゴリーに入る)自分のことは棚に上げて
好き勝手に人間を想い考えてはフィギュアコレクションのように
自分の頭の中の多次元書棚の中に区分けして置く



そしてその「棚」は、いつでも取り去ることが出来るようにしておく




今夜、地図を片手に、どこまでトコトコ歩いて来たか...ていうと


「東洋と西洋のどちらが進んでるか、どちらが深いか、どちらが多角的か」っていう
いってみればベルリンの壁みたいなものが、フトしたことで崩れ
そうしながら
「ぼんやりとした不安(by芥川)」という名の川の近くまで行って
恐いから、ちょっと遠巻きに眺めてみたりしている

(こんな場所を魂の遊び場にしてるもんだから、昔から大抵僕は独りで居る)


だけど(大袈裟に言うのは嫌なんだけど)まぁ、こういう深淵ともいえる危険な場所に足を踏み込んで尚
この事が意外に楽しく感じられているのは(若い頃では、なかなか巧く扱えなかった)
独り隠って考えるのではなく、きっと現実の世界で他の人間と関わりながら考えてるからだろう

そして更には、関わりながらも他人の動静で今は自分が揺れていないからだろう
(僕が誰かから何と評されようと..)


俗を捨てず俗を離れる...っていうか...



地図は多次元
俗も俗じゃない場所も行き来できる







(僕は、こんな自分だけがわかるような
不親切な言葉で書き記すことが好きなのだ

どうせ言葉は不完全で
常識とは間違いだらけの真理なのだから)



昼間からずっと息を深く吸えないような時間の中にいて
やっと夜中に解放されたら外が滝のような雨の音で
さっきから僕の中が柔らかくなって



生き物ってみんな、雨が好きなんだろうか...

ぼくは、いつから雨が好きなんだろう


母親の子宮の中に居るような幸せ





雨の気配が僕をスッポリ包むから
地球のお腹の中で守られて漂って
安心をして想いが喜び遊んでいる








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2009-10-05 | 竹斎先生


秋が深まって来て、肌寒くなって来たからか
なんとなく心細い気分になる







細かいことをいえば切りがないけど
一応、順調に成長してくれてるんだろうと思いつつ



この子が活発に動き始めたことが
この先の予期出来ない様々なことを、漠然と感じさせて

「ちゃんと育てられるのかな...僕は」と心細くなったりする




でも、それはきっと僕の傷が、少し疼いているだけ

秋になって、気温がグッと寒くなる頃
いたたまれないような寂しさや不安に包まれるのは
毎年決まって自分の誕生日の頃だと意識したのは
あれは、だいぶ大人になってからだった気がする




そう気付くのと同時に
それを感じなかった幼い頃の自分とは
親の庇護の中で守られ生きていたのだと知る

と同時に、更に今、自分が親として
自分の子から、いつかそう思われたいのだな...と、心のどこかで声がした




育てる、っていうことは
相手を尊重しながら手助けする、っていうことに尽きると




勝手に成長してゆくこの子が、そう教えてくれる




生まれた時から
(いや、きっとお腹の中にいる頃からなんだろう)
最初からずっと持ち続けているこの子の中の好奇心
魂の本体




誰に教わることも無く、勝手にここまで成長してきた




そして、この先も勝手に成長してゆくのだろう












目線を少しでも高いところへ




パパやママと同じものを見たい




じゃ今、大人になった僕等はどう?




きっと残っているはず




僕等のパパやママと
同じ物を




きっと今でも見たいと思ってる




きっとそれが「人の育」


教えの連鎖





心を柔らかく















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悪戯の秋

2009-10-03 | 竹斎先生




あっ...
先生?何か見付けましたね?






その奥の物、崩さないでね




あ~っと...やっぱり...



はい、崩れたぁ








いいよいいよ、怪我しなきゃ
好奇心のおもむくままに何でもやってみればいいんだから






でも、ちょっと
クスグリの刑にしちゃおうかな






こぉ~らぁ~

ガーゼ置き、崩したなぁ~





こちょこちょこちょ~




ぎゃははは








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僕の読書 in 読書の秋

2009-10-01 | ギターの栄養


僕はそもそも本を読まない人間なのだが
ある時期、急に枯渇したように貪り読むことがある

そして今、本を読んでいて一番面白い行為とは
カテゴリーの垣根を取り去り
自分が専行している音楽の横に並べて
両者の間に共通の真理を見いだすこと


何故か、ここ数日、芥川龍之介を読んだ


多分、最期を自害したことがずっと気になっていたのかもしれないし
僕の好きな漱石がデビュー作の「鼻」をベタ誉めたということを
最近知ったからかもしれない

まずネーミングに惹かれて「地獄変」を読んだ
次に「鼻」「芋粥」と読んだ

この人の葛藤と美学が(良いとか悪いとかいう意味でなく)スーッと僕の中に入って来た


ミュージシャンには、その人その人の好きなコンポーズの雛形が必ずあるように
文学者にも同じような雛形があることを感じる

その雛形を、一つ作るだけでも大変なエネルギーが必要だし
満足出来るような雛形を、結局一つも作れぬまま今生を終えるアーチストも多数いる


それを、一つ作った雛形を自ら破壊し、また別の、更に進化させた雛形を作るアーチストは
本当に凄まじいものを感じる
例えばピカソのように

文学素人の僕の、気分で読まれてしまった芥川3作品は
僕の中では「ブルース」と同じ位置に置かれた


漱石と同じ

作品が変わっても、同じことを繰り返し書いてる
(僕は漱石をブルースだと思っている)

そしてStephen Ray Vaughan (スティーヴン・レイ・ヴォーン)と同じ


そして僕は、
こういった同じことをずっと一生言い続けてる奴に親しみを感じているのかもしれない


この際、表面的な文体とか、時代設定だとか
音楽でいうなら、方法論をどこから持って来たか、とか
そういったものは関係無い


その人にとって「ずっと、同じことが引っかかっている」ということ


分析して、考えうるあらゆる角度から書いても(弾いても)
引っかかりは無くならない

そして気付くと、また同じことを喋っている(書いているor演奏している)



何故だろう...











病院や医師の都合のため
無理に合理的な出産をさせられた母子に残るトラウマがあるということを最近知った

また、乳児の頃から別部屋で一人で寝かせられるのが通常の考え方(らしい)アメリカでは
催眠で記憶退行し、乳児まで戻ると、殆どのアメリカ人が
一人で眠らされた乳児期が悲しかったことを思い出し、ベソをかくそうだ


ある程度、成長してからのトラウマは
記憶の「横」に居るらしいが
出産時や乳児期おトラウマは記憶の「中心」に居座るそうだ


こういうものが例えば
レイボーンのあのパッションを生み
漱石や芥川に(僕の勝手な表現ではあるが)
ブルースのような、同じ(スピリチャルの)フレーズを繰り返させた根源的な要因の重要な一つではなかろうか、なんて思う


そして、もう一つ
僕等は誰もが、そのメビウスの輪から抜け出そうとしている




ある意味では究極な時間であり環境である出産時に
まだ解明されきってない、人間の心のケアが
100% 十分になされることの方がまだまだ少ないだろうと思うが
そうは言ってみても、現実、心に摺り込まれた傷は
本人が意識出来ない領域で僕等を困らせる


そういうものに効く(であろう)一例(と僕は受け止めている)として
赤ちゃんに、ベビーマッサージをし
スキンシップを通して傷を癒してゆく
そういうちょっとしたカリキュラムのようなものがあることを最近知って
そして思った




いくらもがいても抜けられない感があるなら
それは、当たり前かもしれない


もがくのではない


なるだけ静かに

眠りに落ちる時に近い、深い呼吸で


そしてベビーマッサージをする



僕等、大人はどうするか、っていうと...


それは、それぞれが独自に考え出した「大人のベビーマッサージ」をすれば
少しはピカソに近づけるかもしれない







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もうすぐラブヒゲ大運動会

2009-10-01 | 過去のスケジュール記録


ラヴソングはヒゲそりのあとで2009秋
~秋だ! 体育の日だ! ラヴヒゲロマンティック大運動会!~








え~

もう4年目になりますラブヒゲ


(そもそもラブヒゲとは何か?...
とお思いの方はこちらから入っていただくと
多少わかっていただけるやもしれません)



今年は、四季に1回ずつ興行してまいりましたが、その3回目「秋バージョン」が近づいてきました

春夏は、それぞれの季節にちなんだ選曲が施され
それぞれに興行タイトルが付けられました


「春」はまだ良かった...^^;

出逢いと別れの季節ですから
そういった意味で選曲、演出しやすかったし...



「夏」になって
「夏だビキニだラブヒゲ海の家」っていう破れかぶれ的タイトルが付き
付いた以上、選曲だけでなく、それなりの...海の家の雰囲気っていうか
そういうものを出していかなければ、ってことになるわけです

あやうくビキニを着させられるとこでしたが、なんとか逃げ切り
その代り、というわけではありませんが
まあ、足ヒレを付けて登場するとか...
麦わら帽子に虫取り網を持って登場するとか...
になったわけです


そうこうするうち、恐ろしいことに
タイトル決めが先行するようになってゆき...

そしてこの秋のラブヒゲ...  「ロマンチック大運動会」


場所は春も夏も、今回の秋も恵比寿天窓スイッチです

行ったことありますか?

あそこで、どうやって大運動会的なものを演出するのか...

まさか...ちょうちんブルマ~を穿いて出るようなことにはならないだろうと
ただただ祈るのみであります


このタイトルにまで到達いたしまして、遂に、わたくしバラさんは
演出目線からの具体的なアイディアが全く浮かばなくなり
ギブアップ寸前

かろうじて思いついたことといえば
今までタカシさんが子供達の前で
素敵なコンサートを繰り広げられるのを、何度も目撃してまいりましたが
それの「大人版」が出来ないか、と

それをこの秋のラブヒゲに重ね合わせられないか、と


大人だって子供になりたい時、ありますでしょう?
(因みに僕は、しょっちゅうですが)


とはいえ、恵比寿天窓スイッチで、どうやって運動会を演出するか
正直ここから先は、僕にはもうノーアイディア


しかし...

我らがタカコママから、何やら可笑しな名の付いた「競技」が盛り込まれた台本が送られてきました

その内容が、いったいどんなものなのか
紙面上からだけでは計り知れないのですが...


どんな人間も、その包容力の中にスッポリ包み込んでしまう
そしてその遊び心は子供のように無邪気なタカシさんにしか作れない世界

別の表現をいたしますと
タカシさんにしか思いつかない「下らなさ」
タカシさんにしか「落とせないオチ」が、ふんだんに盛り込まれた世界

一歩その中に入ったら、もう病み付きになること間違い無しです


リハは数日後

いったいどうなるのか、、、
僕も心を無邪気にしてのぞむ所存です


ということで是非お楽しみに!




10月12日(月)体育の日
恵比寿天窓.switch
開場:15:30
開演:16:00

料金 前売¥5,000-(ドリンク代別途/500-)
   当日¥5,500-(ドリンク代別途/500-)

ご予約(電話予約のみ) 03-5795-1887
恵比寿天窓.switch
予約開始 7月4日(土)アメリカ独立記念日
     16:00~
★当日の特典!
当日会場に紅白帽もしくははち巻き&ちょうちんブルマーでいらした方には1ドリンクサービス
さぁ今からご準備を~!!! 

★当日の諸注意!
準備体操をお済ませの上ご入場下さい。




>>>>>>>>>>>>>>


そして、もう一興行





CHARITY AFTERNOON CONCERT
ラヴソングはヒゲそりのあとで

とき 2009年11月23日(月)祝
   開場13:30 開演14:00

ところ ホテルサンライフガーデン
    平塚市榎木町9-41

料金 お一人様5,000-(全席自由)

主催 国際ソロプチミスト平塚

チケット申込先/問い合わせ先
TEL 090-1129-2009
FAX 0463-34-2581
担当 海老根

内容 part1からの凝縮版(湘南スペシャルヴァージョン)となります。
初めての方はもちろん常連の方も思い出し笑い、思い出し歌い・踊りに是非どうぞ~







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