時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(六百)

2013-10-15 23:01:10 | 蒲殿春秋
頼が相模国で夜空を見上げていたその頃、都ではその異母弟が憂鬱な表情を浮かべていた。
その異母弟ー源義経はこの日検非違使左衛門少尉に任ぜられた。
その晴れがましさとは対照的な表情を彼は浮かべている。

「困った」と義経は言う。
傍らに控える弁慶はその主を怪訝な顔をして見つめる。

端正な顔を曇らせながら義経は不安を口にする。
「私は宮廷の作法を知らずにここまで来た。この官職を受けてしまって勤まるのであろうか?」
傍らに控える小太郎という雑色が答える。
「ご心配あそばされますな。鎌倉殿が万事支えてくださいまするゆえに。」
「しかし、此度はあまりにも早急な任官ゆえに兄上に知らせるのが遅くなってしまった。
兄上へ気にしておられないだろうか?」
「いえ、さほどのことはございますまいに。鎌倉殿は先の戦の任官に九郎殿を任官させることができなかったのを残念がっておられましたゆえに。」
「さようか。小太郎が言うのならば間違いはあるまい。」
小太郎は頼朝がつけてくれた雑色で、頼朝の内意をよく知るものである。
小太郎がそういうのならば問題はあるまい。

小太郎はその夜姿をくらますと一条大路をまっすぐに目指す。
翌日義経の異母姉である一条能保室からの依頼ということである検非違使が義経の元を訪れる。
その検非違使はその日から義経に対して数日かけて宮中の作法を教えはじめた。

官位にふさわしい作法を身に着け始めた義経であったが、再びまた憂鬱な表情を浮かべる。

「財がない。」
深刻な表情で傍らに控える弁慶に訴える。

当時任官する為に、莫大な資産を朝廷に納入する成功という制度がまかり通っていた。
逆に言えば財的奉仕をしなければ任官できないのである。
例外もあって例えば実務に長けていたならばその実務の功績を買われて実務官僚に取り立てられることもあるし
特別な功があればその功に対する賞で官位が与えられることもある。

義経の場合はここ数か月の都の警備と先の伊賀伊勢の平家の反乱鎮圧を認められての任官である。
よって財的奉仕免除で任官されたものである。

だが、だからといって何も財を差し出さなくてもいいというものではなさそうである。
功を認められての任官であっても何か折に触れて財的奉仕を求められる可能性が高い。
そのことを本日の作法の稽古でちらりといつもの検非違使からほのめかされた。

また任官されたらされたで慶び申しという祝賀行事、任官を手配してくれた者への謝礼などなど財が必要になることが目の前に突き付けられる。

この時点の義経の立場は鎌倉殿源頼朝の弟でありなおかつ義子なのであるが、
義経自身の経済収入を支えるものは何一つない。
義経名義の荘園はなく、受領でもないので受領の収入もない。
何か入用ならば鎌倉に願いを立てねばならぬが、鎌倉までの往復の時を待てないこともある。
現に今そのような状況に追い込まれている。

そのような主を見つめて弁慶は豪快に笑う。
「何を心配なされているのかと思えば」
胸をたたきながら豪語する
「私にお任せあれ!」と

数刻後、弁慶は義経の前に馬、絹、米、そして宋銭を見事に並べた。
これだけあれば今すぐ必要な慶申等に間に合いそうである。

義経は目を丸くした。
弁慶はそんな主を見つめてニヤリする。
「私めは叡山の法師でござる。叡山の力を使えばかようなものすぐに手配できるのでござるよ。」

この比叡山の力。これがこののちの義経の運命に大きくかかわることを義経はまだ知らない。

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