時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(五百九十六)

2012-05-31 21:49:40 | 蒲殿春秋
夏の照りつく日差しを受けて鎌倉は煮えたぎっていた。
空の色は青く輝き、海はこれでもかといわんばかりに照り返っていた。

熱くなっているのは日差しだけではなかった。
広くない往来に人々が忙しく往来し、御家人たちの邸宅に多くの人々が出入りしていた。

熱く煮えたぎった鎌倉の中で不思議なほどの静けさをたたえた一角があった。
鎌倉殿源頼朝がいる大蔵御所である。

暑いという言葉すら忘れているかのような男は静かに今日も多数の沙汰を下していた。

ここのところ信濃の豪族らが多数初見参に訪れ続々と鎌倉殿の御家人となっている。その対応も忙しい。
また常陸の情勢もおだやかではない。こちらも気が抜けない。
動乱続く畿内や西国の報告も逐次もたらされている。

そしてその鎌倉殿を今一番忙しくさせているのが間近にせまった御家人たちの西国出兵である。

畿内や西国で鎌倉勢を苦しめいている西国の者たちを抑えなければならない。
だが出兵する御家人たちの内情は決して豊かではない。
それでも多くの御家人たちが出兵を希望した。
御家人たちには希望があった。
つい先ごろ行われた木曽攻め、平氏との福原での戦い、そして甲斐信濃攻略によって御家人たちは多数の新規の所領を得た。

彼らは知っている。
彼らに新たに所領を得させたものは鎌倉殿源頼朝であると。
そして彼らは期待する。
今回の西国出兵で手柄をあげればまた所領が獲得できると。

多数に増えてしまった一族に分け与える土地は多ければ多いほど良い。たとえそれが本領から遠く離れた西国の地であっても。

源頼朝は思った。

━━博打だ。それも大いなる博打だ。

命を懸けて、財産を投げ出して戦いに挑む御家人たちにとっても、自分にとっても。

この出兵が成功すれば頼朝は朝廷に対して多くのことを要求することができる。
だが敗れれば、多くのものを失う。
平氏が勢いを盛り返し都を奪還すれば頼朝は再び朝敵になる。
せっかく獲得した東海、東山を沙汰する権限も奪われる。
そうなると従えた御家人たちも離反しかねない。
息をひそめている奥州もどう出るかわからない。

この西国遠征には重大な意義がある。その遠征の指揮をまかせられるべき男が間もなく鎌倉にやってくる。
任国三河から。

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