時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(五百八十八)

2011-11-27 00:00:50 | 蒲殿春秋
老将の執念が届いたのか、鎌倉方がやや押し気味になってきた。
だが、暗闇の中飛んできた一筋の矢が老将の一瞬の隙を突いた。

「父上!」
老将佐々木秀義の傍らにいた息子佐々木五郎義清の悲痛な声が響く。
佐々木秀義はどうと馬から落ちた。
義清は父を想い馬から下りようとした、その時
「ばか者!」
という怒声が響いた。
「ここは戦場ぞ!父が矢に当たった位で馬を下りるな!」
「しかし」
「五郎!今の機を逃すでない!今こそ敵を蹴散らすときぞ!
そなたももののふならば父に気をとられるでない!」
義清は馬から下りるをあきらめた。だがその場を去ろうとはしない。
その義清に向かって苦しい息の父が声を掛ける。
「五郎、何をしておる矢をつがえよ。馬を駆けさせよ。父の屍を越えていけ。
ここで敗れれば父の死が無駄になる。
ここで戦の手を休めるは何にも勝る親不孝と心得よ!
戦を続けよ。そして勝て。勝って、勝って佐々木の地を子々孫々にまで伝えるのじゃ!」
「はい。」
義清は父の言葉に素直に答えた。
そして一言だけ言った。
「藤七、父上を頼む!」
そういうと馬に鞭を当てて駆け去った。

暗闇にとどろく矢唸りを聞きながら佐々木秀義は最期の時を迎えようとしていた。
「藤七、介錯せよ。そして我が首決して敵に渡すでないぞ。」

太刀の閃光が暗闇に一瞬響いた。

保元平治以来義朝・頼朝父子に従って戦い続けた佐々木秀義は彼が愛し執着した近江の地で散った。

佐々木秀義の死にざまはたちまち鎌倉勢に広まった。
「佐々木殿の死を無駄にするな!」
どこからともなくそのような声が上がった。
「佐々木殿の弔いぞ!」
佐々木秀義と共に兵を率いている伊賀守護大内惟義も大音声を上げる。

その声に鎌倉勢は大いに奮い立った。

さらにそこに加勢するものが現れた。新たに現れた園城寺の僧兵達である。
園城寺の僧兵の中には最初から鎌倉方に加勢したものもあったが様子をみて加わろうとしているものもあった。
その様子を見ていた僧兵たちが一斉に鎌倉方に加勢したのである。

こうなったらたまらない、伊賀で蜂起した平家方の軍勢たちは大崩となっていった。

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蒲殿春秋(五百八十七)

2011-11-20 05:44:12 | 蒲殿春秋
伊賀で発生した平家家人の蜂起は活発化していった。
この様子に紀伊国の平維盛、忠房はほくそえんでいる。
彼等にもう一つ朗報が入っていた。

彼等の兄弟の平資盛の鎮西での活動が上手く言っているらしいという話が舞い込んできた。
一の谷の戦いの直前に戦線を離脱した資盛は小松家の郎党平貞能を頼って鎮西の地に上った。
鎮西では貞能の影響力は未だに根強く資盛は貞能に保護されて地盤を固めつつあった。

この時期、九州には平貞能が勢力を保持し、平家に近い筑前の原田種直、肥後の山鹿秀遠などの勢力が未だに強大であった。

一方、一旦は小松一族が見切りをつけた平家二位尼派ー平宗盛らは屋島に安徳天皇を擁しながら瀬戸内海に再び勢力を蓄えつつあった。

さらに、小松一族に接触してきた旧義仲派の信濃源氏井上光盛は東国武士への調略を行なおうとしている。

このような折に彼等の家人達が伊賀で蜂起したのである。

現在都を制圧している鎌倉方の大半の軍勢は東国に戻っており、西国に来ている鎌倉方の軍勢も播磨、備前、備中で平家方の攻撃にさらされ苦戦してい身動きが取れない。

この状態ならば都の制圧も直ぐになされると思った。

だが、事は紀伊国の二人の思惑通りには進まなかった。

蜂起が伊賀に封じ込められてしまったのである。
伊賀から都に抜ける笠置を通ることができない。
彼の地を固めるものが存在したのである。

寺社勢力の面々だった。
強大な力を有する彼等は、伊賀の者達を容易に通そうとはしない。
屈強の武者たちも地の利のある寺社勢力には苦しめられた。

大和国を通って都へ進む道は容易には開かない。

この路を塞がれた蜂起勢力は、近江に抜ける道を選択する。

だが、近江にも既に軍勢が待ち構えていた。
鎌倉御家人でもある近江国住人の佐々木秀義と、園城寺の軍勢が待ち構えていたのである。

七月十九日夕刻、近江国において激しい戦いが始まった。
あたりに漆黒の闇が広まっても激しい矢の嵐が双方から飛び交った。
暗闇を炎と鮮血が染める。

ここで鎌倉方の指揮を取るのは老齢の佐々木秀義。
保元の乱、平治の乱を戦った古武士である。
秀義は死に物狂いで戦った。
平治の乱で敗れ本領の近江国佐々木荘を追われて二十数年、この治承寿永の乱に乗りやっとの思いで佐々木荘を回復したのである。
こんなところで再び所領を失ったあの思いを再び味わってたまるものか、と心に誓っている。

鬼神の如き老齢の武者に鼓舞されて鎌倉方は必死に戦った。

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蒲殿春秋(五百八十六)

2011-11-03 07:45:58 | 蒲殿春秋
義経の前に現れたのは新宮十郎行家である。
行家は西国の平家との争いに敗れた後、畿内のあちらこちらに潜んでいた。
この行家が意外な事を言った。

「この反乱には小松系の人々が関わっている」と。
義経はこの叔父の言葉に反応した。
小松系とは亡き平重盛の一門である。平家一門であるが、時子を母とする平宗盛らとは常に一線を隔したところにいた。
その小松系の二人は紀伊国のある所にいた。
「いよいよ決起したな。」
「はい。」
「うまくいくか?」
「多分」
平維盛、忠房の兄弟の会話である。

「まず伊賀国で平田家継らが兵を挙げました。家継、家清も与同しましょう。
伊勢の平信兼もわれらが味方です。それから、忠清法師も間もなく兵を挙げます。」
「さようか。」
「伊賀のものたちは吾等小松家の家人です。義仲を討ち果たすのに一時鎌倉と手を結びましたが、
あくまでも彼等の主は吾等が小松家・・・」
兄弟は顔を見合わせた。

「今がときです。」
と忠房は言う。
「今月にも都では即位の式が行なわれます。この即位の式の前に都を制圧すれば屋島の帝が正しき帝となりましょう。」
「さよう。それでなくても都の帝は神器をお持ちにならぬ。屋島の帝こそ正しき帝。」

「西国の動きはどうか?」
水軍の長らしき男に維盛は問う。
「鎌倉のものどもが播磨、備前備中におりますが、屋島の方々に与する者どもが
鎌倉方をかなり追い込んでいるようです。
上手く行けばまた福原を奪還できるやもしれませぬ。」
「西国の方々は西国にお任せして吾等は都を目指す。
そして西国の方々に恩を売ろうではないか。」
「さよう、都を取り戻すのは吾等。二位尼一門だけが帝の守護者でない。
都に戻った暁に入道相国様の跡目を継ぐのは吾等小松一門よ。」

「東国は?」
「義仲に与していた井上太郎という信濃の住人がおります。かの男は信濃に顔が聞き坂東の者達にも知己が多いといいます。
この井上太郎が現在東国に向かっています。」
「なるほど」
「上手くいけば鎌倉方の何人かは切り崩され吾等が元に来るやもしれませぬな。」
「そうじゃな。」
「特に伊豆は我が父の荘園が多く我が小松一門とのつながりが深いものがありますしな。」

暗い室内の中兄弟の密談は進む。

一方都の義経は叔父の言葉を聞き何かを必死に探ろうとしている。
この叔父行家は紀州熊野の出身である。

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