時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(五百九十二)

2011-12-22 23:05:09 | 蒲殿春秋
それから間もなく、堀藤次の郎党藤内光澄が誅された。
藤内光澄は木曽義高を殺害した男である。

その報告を頼朝は冷たく聞いた。
義高を殺害した張本人を殺したとて堀藤次に対する信頼が回復されるものではない。
ただし、義高の死後塞ぎがちになっている大姫の心は多少は晴れるかもしれない、そのような期待は多少は持てる。

頼朝が興味を示したのは堀藤次が伝えたその次の報告である。
義高を連れ出した背後にいる人物とそれを一条忠頼との間をつないだ人物がいるということ。
背後にいる人物━それは信濃国諏訪下社大祝金刺盛澄。
その盛澄と一条忠頼を結んだ人物が信濃国住人井上光盛。

井上光盛ーーー彼も清和源氏の一人である。
かつて義仲と共闘し、横田河原の戦いでは城資職を敗北に追いやる奇襲をやってのけた男である。
義仲と深い縁故があり、信濃国で一定の勢力を持つ光盛がこの義高逃走に噛んでいた。

頼朝は光盛の名を心に刻んだ。

そのような折、井上光盛が東国に下ってくるとの知らせが頼朝の元に舞い込んできた。
しかもかつて一条忠頼が威勢を振るっていた駿河国に向かっているらしいとも。

頼朝は命じた。井上光盛を誅せよ、と。

一条忠頼と結び、義高逃走に一役買っていたというだけでも誅するに値すると頼朝は考えた。
しかも信濃国住人がわざわざ駿河国に向かっている。
頼朝の脳裏には光盛が危険なものとしか映っていなかった。

その命はすぐに実行された。頼朝の命を受けた数人の御家人達がすぐさま井上光盛を討ち取りに出かけた。

井上光盛は殺されるまで自分に何が起きているのかを知ることができなかった。
光盛はかつての盟友一条忠頼と親交があった平維盛の頼みで東国の住人達を維盛に就けようと工作を始めようとした矢先のことだった。
その動きは東国の誰にも知られていないはずだった。
何ゆえに自分が殺されねばならぬのか理解できぬまま命を奪われた。

頼朝は平維盛の思惑を知らなかった。
だが、その思惑とは別のところで井上光盛の命を奪うことを命じた。
結果、平維盛の思惑は外れひいては頼朝の危機を未然に防ぐことになったのである。

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蒲殿春秋(五百九十一)

2011-12-15 23:23:03 | 蒲殿春秋
さらに雑色たちにこの一件に関して調べさせる。

すると衝撃の内容が明らかにされた。
義高は入間川のほとりに確かにいた。だが、そこまで誘ったのは他ならぬ藤内光澄だった。藤内光澄が義高を匿うと申し出たものの手引きでここまで連れてきたのである。
藤内光澄は義高を討ち取った当人である。
藤内光澄は主に命じられて義高を入間川ほとりまで連れて行った。
けれども、頼朝から捜索の命が下ると藤内光澄は主の命令により義高の命を奪った。

藤内光澄の主は堀藤次である。

頼朝はすぐに裏が読めた。
堀藤次は伊豆の豪族である。伊豆の豪族は頼朝の御家人である一方で甲斐源氏にも仕えていたものも多い。
堀藤次も石橋山の戦いの後甲斐国に逃げ込み、その後一応頼朝の御家人にはなってはいたがどちらかといえば一条忠頼がいた駿河に足が向き勝ちだった。

義高が脱走したのは一条忠頼殺害の直前である。
そして、一条忠頼が死んだ報を受けた直後に義高は死んだ。堀藤次の命令によって。

頼朝は堀藤次を呼び出した。
「そなたの主は誰ぞ?」
「鎌倉殿でございます。」
堀藤次はさらりと答える。
「他に主は無きか?」
「・・・・・」
堀藤次はその問いに答えられない。

「ではわしが答える。そなたのもう一人の主は一条忠頼、違うか。」
堀藤次は黙ってうなずいた。

不意に頼朝が問いを変えた。重く低い声で問う。
「そなた、何ゆえに義高を殺した。」
堀藤次は静かに答える。
「志水冠者殿が抵抗なされました故に。」
そう答える堀藤次を頼朝は冷たく見据える。
頼朝は暫く無言である。

時間と空間が停止した。

頼朝は再び問う。
「もし、一条忠頼が生きておったらそなた義高をいかがした?」
「・・・・・」

「ではわしが答えよう。そなたは一条忠頼に義高を差し出して信濃の者達を一条忠頼の元に糾合させたであろうな。」

堀藤次は何も答えない。いや、答えられない。

「まあ、死んだ者の事を問うても栓のないことじゃ。これからはわしの家人として生きるが良い。
だが、忘れるな。今後はわし以外のものを主と仰いではならぬ。
それから、わしの家人というからにはこれからわしの言うことを全て間違えなく行なわねばならぬよいな。」

堀藤次は真っ青になりながら頼朝の言葉を聞いた。

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蒲殿春秋(五百九十)

2011-12-05 22:56:26 | 蒲殿春秋
畿内が平家郎党達の蜂起に翻弄されているころ、鎌倉の源頼朝は別の問題を抱えその後始末に追われていた。

話は少し遡る。

元暦元年四月、頼朝の娘大姫の婿として迎えていた木曽義高が突如鎌倉から姿を消すという事件が発生した。

木曽義高は木曽義仲の嫡子である。
その義仲はこの年の初めに頼朝が派遣した軍勢らによって討ち滅ぼされていた。

それから約四ヵ月後鎌倉にいた木曽義高は突如姿をくらました。
頼朝は義高の捜索を命じた。
それからすぐ、義高が命を落としたという知らせが頼朝の元に入った。
「入間川のほとりで義高を発見。しかし、追っ手に対する抵抗が激しくまわりに木曽の残党も数多くいたのでやむを得ず殺害に至った。」
というのがその内容であった。

頼朝はその報告を当初は信じていた。

だがその報告内容は疑わしいものとなってきた。

義高の死後間もなく、頼朝は坂東にいる殆ど全員といっていい御家人達に召集をかけた。
集められた御家人達は頼朝から甲斐信濃侵攻を命じられた。
これに先立って頼朝は甲斐源氏一条忠頼を殺害している。

頼朝はこれまで同盟者ではあって頼朝の指揮下には入っていない甲斐源氏の武田信義らを屈服させようと目論んだ。
坂東の安定の為に東国の地にあって頼朝と並び立つものがあってはならない
という頼朝の信念に基づいてこの出兵は計画された。

とにかく頼朝の意を受けた御家人達は甲斐国信濃国に出兵し、武田信義をはじめその両国の住人達を服従させることに成功した。

ここに頼朝の坂東における覇権はほぼ確立した。

信濃の豪族達が逐次頼朝の御家人となり頼朝に近づいていく。
頼朝の意を受けた頼朝の雑色たちも頻繁に信濃に行くようになった。

ある日頼朝は雑色からある報告を受けた。
義高の脱走にはある人物の暗躍があった、と。

頼朝はその人物の名を心に深く刻んだ。

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蒲殿春秋(五百八十九)

2011-12-04 01:01:24 | 蒲殿春秋

夜が明けた。
近江国には死体が累々と転がっていた。名の有る者、無き者も区別無く・・・

そこには源氏の白旗だけが翻り、平家の赤旗は無残にも踏み潰されていた。

その旗を踏みつけながら戦の噂を聞きつけた人々が死体に群がった。
死体から鎧、兜、太刀、直垂が剥ぎ取れて死体は裸体にされて放置される。

俗体の者、僧体の者たちが宝物を抱えて去っていくが欲を掻いて沢山の品物を抱えて歩みが遅くなったものは新たに現れた略奪者に命とお宝を奪われた。

殺伐とした空気の中足を引きずった武者が主の首を大切に抱えて主の遺児の下に向かった。

一方、都には次々とこの戦いの結末が知らされた。

第一報は官軍勝利す
であった。

この報に都の人々は安堵した。

しかし、次の報告は不安ともたらした。

首謀者の平田家継そして彼に従った平家清・富田家助・家能らは討ち取られた
しかし家継と共に戦った上総介藤原忠清は生存して行方が知れぬという。また、伊勢に本拠地を持つ平信兼も未だに健在だという。

都の治安を預かる義経もこの状況を危惧した。
大内惟義の報告によると戦の規模もかなりのものだったらしい。
残党も畿内各所に潜んでいるだろう。
しかも、大物の藤原忠清が未だに生存しているのである。

もし、自分が都を留守にしたらどうなるのであろうか?
留守をついて都が平家の残党に占拠される恐れがある。
それは避けなければならない。

だが、山陽道にある土肥実平、梶原景時が率いる軍勢も屋島の平家の残党に圧されて危険なじょうたいであり、このまま何もしなければ山陽道の軍勢を見殺しにすることになる。
現に平家は強気で院や鎌倉殿が送った和睦の使者を殺したり、狼藉を働いたりしているともいう。

都の治安維持と西国攻めの統括を兄から任された義経はどうしようもない事態に困り果てていた。

一方、紀伊の国の某所に潜む平維盛、忠房の兄弟は臍を噛んでいた。
まさか、伊賀のものたちが破れるとは思ってもいなかったのである。
何ゆえに敗れたのか彼等は理解できていなかった。

だが、この兄弟も既に引くに引けないところまできていた。
甲斐源氏との提携を前提条件に平宗盛率いる平家本軍から離脱した小松一族。
だが、その頼りの甲斐源氏は鎌倉の頼朝に完全に締め付けられてしまった。
もはや甲斐源氏は当てにはならない。
そこで都の占拠を手土産に宗盛たちに恩を売りながら再合流を図ろうとしたのだが、今回の敗北でその目論見は遠ざかってしまった。

東国の同士は潰され、このままでは屋島にもいけない。
だが一度立ち上がった以上引き返せない。追い込まれた兄弟は次の手を考えつつあった。

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