範頼らが退出した後、狩衣に着替えた頼朝と能保がくつろいで談笑していた。
「ときに鎌倉殿、六郎には本当に任官のことを何もいっていなかったのですね。」
と能保は語る。
「さよう。前々から話をすると色々とこじれることもあるやも知れぬでの。
そなたも存じていようが、六郎と強いつながりのある御仁方がどのような出方をするやらわからぬでな。」
と頼朝は答える。
「ただ、一条殿と藤九郎だけには前々から伝えておきました。
藤九郎は六郎の装束を支度する都合があるゆえな・・・・」
藤九郎は範頼の妻の父である。当時男の装束一式は正妻の実家が全て支度するのがしきたりだった。
「一条殿にはお手数をおかけしましたな。
任官を知らさなかった故に六郎は作法を習わせる暇がなかった。
任官のその日のうちに作法を教えるようお願いしたのはさぞご迷惑だったやも知れませぬが・・・」
「なんの、なんの。六郎は私の大切な義弟です。義弟の為に義兄が役に立てばそれは嬉しいことで。
六郎は高倉殿のところである程度の素養を受けていたゆえさほど手がかかりませんでした。」
「さようか・・・・・ですが改めて御礼申し上げまする。」
その後酒肴がならべられ頼朝と能保の間にはおだやかな時間が流れていった。
一方同じ頃安達盛長の邸では夫婦が疲れ果てた顔を見合わせていた。
「なんとかなったな。」
「はいなんとかなりました。」
この邸の主夫妻はこんな会話を交わしていた。
娘婿の源範頼が国守に任官される。この話を鎌倉殿から聞いたとき二人は手を取り合って喜んだ。
だが次の瞬間姑として果たさなければならない現実が有ることを考えた二人は愕然とした。
婿が任官される、ということはその身分に相応しい装束を姑の小百合が支度しなければならないというしきたりがあるということを想起したのである。
当時の男女を問わず身分あるものの装束は高価なのである。
経済的には豊かとはいえない藤九郎と小百合には相当な負担である。
だが、装束を支度できないとは言えない。
婿を経済的に支援するのは正妻の実家の義務であり、
それができないならば娘は婿の正妻でいることができない。
夫を支援する力を持たぬ嫁は正妻の座から下ろされる。
ただでさえ、藤九郎の家は婿源範頼からみるとはるかに家格が低いのである。
鎌倉殿の乳母の孫、そして鎌倉殿の後見つきという立場で辛うじて藤九郎の娘は範頼の正妻扱いをされているに過ぎない。
なにがなんでも範頼の束帯一式を二つ用意しなければならなかったのである。
結局小百合の母比企尼に援助を依頼して比企尼に装束を全て支度してもらった。
だが比企尼もまた自身の三女の婿平賀義信の装束の支度をしなければならず
裕福な比企尼も少し渋い顔をした。
なんとか今回の装束は支度したが、この後従五位下三河守となった範頼を藤九郎夫妻は支援しつづけなくてはならない。
しかも、範頼の任官によって妻である瑠璃の実家安達家と範頼との家格は寄り一層格差がついてしまった。
瑠璃を範頼の正妻に止めておくには藤九郎と小百合はより一層の努力をしなければならない。
前回へ 目次へ 次回へ
「ときに鎌倉殿、六郎には本当に任官のことを何もいっていなかったのですね。」
と能保は語る。
「さよう。前々から話をすると色々とこじれることもあるやも知れぬでの。
そなたも存じていようが、六郎と強いつながりのある御仁方がどのような出方をするやらわからぬでな。」
と頼朝は答える。
「ただ、一条殿と藤九郎だけには前々から伝えておきました。
藤九郎は六郎の装束を支度する都合があるゆえな・・・・」
藤九郎は範頼の妻の父である。当時男の装束一式は正妻の実家が全て支度するのがしきたりだった。
「一条殿にはお手数をおかけしましたな。
任官を知らさなかった故に六郎は作法を習わせる暇がなかった。
任官のその日のうちに作法を教えるようお願いしたのはさぞご迷惑だったやも知れませぬが・・・」
「なんの、なんの。六郎は私の大切な義弟です。義弟の為に義兄が役に立てばそれは嬉しいことで。
六郎は高倉殿のところである程度の素養を受けていたゆえさほど手がかかりませんでした。」
「さようか・・・・・ですが改めて御礼申し上げまする。」
その後酒肴がならべられ頼朝と能保の間にはおだやかな時間が流れていった。
一方同じ頃安達盛長の邸では夫婦が疲れ果てた顔を見合わせていた。
「なんとかなったな。」
「はいなんとかなりました。」
この邸の主夫妻はこんな会話を交わしていた。
娘婿の源範頼が国守に任官される。この話を鎌倉殿から聞いたとき二人は手を取り合って喜んだ。
だが次の瞬間姑として果たさなければならない現実が有ることを考えた二人は愕然とした。
婿が任官される、ということはその身分に相応しい装束を姑の小百合が支度しなければならないというしきたりがあるということを想起したのである。
当時の男女を問わず身分あるものの装束は高価なのである。
経済的には豊かとはいえない藤九郎と小百合には相当な負担である。
だが、装束を支度できないとは言えない。
婿を経済的に支援するのは正妻の実家の義務であり、
それができないならば娘は婿の正妻でいることができない。
夫を支援する力を持たぬ嫁は正妻の座から下ろされる。
ただでさえ、藤九郎の家は婿源範頼からみるとはるかに家格が低いのである。
鎌倉殿の乳母の孫、そして鎌倉殿の後見つきという立場で辛うじて藤九郎の娘は範頼の正妻扱いをされているに過ぎない。
なにがなんでも範頼の束帯一式を二つ用意しなければならなかったのである。
結局小百合の母比企尼に援助を依頼して比企尼に装束を全て支度してもらった。
だが比企尼もまた自身の三女の婿平賀義信の装束の支度をしなければならず
裕福な比企尼も少し渋い顔をした。
なんとか今回の装束は支度したが、この後従五位下三河守となった範頼を藤九郎夫妻は支援しつづけなくてはならない。
しかも、範頼の任官によって妻である瑠璃の実家安達家と範頼との家格は寄り一層格差がついてしまった。
瑠璃を範頼の正妻に止めておくには藤九郎と小百合はより一層の努力をしなければならない。
前回へ 目次へ 次回へ
![にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ](http://novel.blogmura.com/novel_historical/img/novel_historical80_15.gif)