切り立つ崖の際に佇む源義経はその奈落の下を覗き込んだ。
眼下には平家の赤旗が幾筋も流れている。
この崖の真下に一の谷口の平家の本営がある。
義経はここに着いたとき道案内をしてくれた鷲尾三郎に尋ねていた。
「ここがその獣道か?」
と。
鷲尾三郎は無言で頷いて答えていた。
卯の刻に始まった一の谷口の戦いも間もなく一刻が過ぎ去ろうとしていた。
義経の戦況をじっと見守ってきていた。
その義経は一の谷の東側を見つめている。
やがて一の谷の平家の陣の後方に異変が起きた。
前夜から行軍していた別働隊が平家の陣の背後に回りこみ攻撃を仕掛けてきたのである。
一の谷の西の木戸口にばかり気を取られていた平家の軍勢は東からの現れた軍勢に対して動揺を見せている。
その動揺の中平家は新たなる敵と戦っている。
その時が来た。
義経は彼が率いた僅かな手勢に命じた。
「この道を下り平家に攻撃をする。」
あらかじめ自分達の行なうべきことを聞いていたつわものたち。
だが、夜が開け視界が開けると今から下る道いや崖の険しさをみて慄いた。
坂という程度のものではない。
まっ逆さまに下に落ちていくような「道」である。
その崖を今から下るのかと思うとためらいが走る。
その様子を見て義経は傍らの人物に尋ねる。
「鷲尾三郎。この道は鹿が通るのか?」
鷲尾三郎は返答する。
「はい。鹿はよく通ります。」
その言葉に義経は心強くうなずき、そして兵達を大きな声で励ました。
「鹿が通るならば馬も通れるはずである。
ましてや人が操る馬である。
下れないわけなどあるまい。」
義経は兵達の顔を見回した。
「殿輩(とのばら)、我に続かれよ!」
そういうと義経は馬首をめぐらして一気に崖を駆け下りた。
颯爽と下る将に佐藤兄弟が、伊勢三郎が、武蔵坊弁慶が、そして東国の武者達が続いていった。
福原陣立て 戦闘開始後1
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眼下には平家の赤旗が幾筋も流れている。
この崖の真下に一の谷口の平家の本営がある。
義経はここに着いたとき道案内をしてくれた鷲尾三郎に尋ねていた。
「ここがその獣道か?」
と。
鷲尾三郎は無言で頷いて答えていた。
卯の刻に始まった一の谷口の戦いも間もなく一刻が過ぎ去ろうとしていた。
義経の戦況をじっと見守ってきていた。
その義経は一の谷の東側を見つめている。
やがて一の谷の平家の陣の後方に異変が起きた。
前夜から行軍していた別働隊が平家の陣の背後に回りこみ攻撃を仕掛けてきたのである。
一の谷の西の木戸口にばかり気を取られていた平家の軍勢は東からの現れた軍勢に対して動揺を見せている。
その動揺の中平家は新たなる敵と戦っている。
その時が来た。
義経は彼が率いた僅かな手勢に命じた。
「この道を下り平家に攻撃をする。」
あらかじめ自分達の行なうべきことを聞いていたつわものたち。
だが、夜が開け視界が開けると今から下る道いや崖の険しさをみて慄いた。
坂という程度のものではない。
まっ逆さまに下に落ちていくような「道」である。
その崖を今から下るのかと思うとためらいが走る。
その様子を見て義経は傍らの人物に尋ねる。
「鷲尾三郎。この道は鹿が通るのか?」
鷲尾三郎は返答する。
「はい。鹿はよく通ります。」
その言葉に義経は心強くうなずき、そして兵達を大きな声で励ました。
「鹿が通るならば馬も通れるはずである。
ましてや人が操る馬である。
下れないわけなどあるまい。」
義経は兵達の顔を見回した。
「殿輩(とのばら)、我に続かれよ!」
そういうと義経は馬首をめぐらして一気に崖を駆け下りた。
颯爽と下る将に佐藤兄弟が、伊勢三郎が、武蔵坊弁慶が、そして東国の武者達が続いていった。
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