時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(五百九十七)

2012-07-13 05:37:14 | 蒲殿春秋
鎌倉殿源頼朝の元に吉報がもたらされた。

畿内で伊賀伊勢の平家の蜂起に対処していた大内惟義からの使者がもたらしたものである。
それによると、七月十九日近江国で合戦を行い平家方を打ち破った、
ただし、平信兼と藤原忠清は囲みを打ち破って逃亡中であると。

頼朝は安堵した。とりあえず都が平家の手中に落ちずに済んだことに。

頼朝は次の手をすぐに打つ。
都に使者を発し、伊賀の平家蜂起を抑えきれなかった惟義を叱責する使者を派遣すると同時に、
畿内西国を任せている義経に引き続き残党の掃討にあたるように指示を出した。

やはりしばらくの間義経は畿内の平家残党に備えなくてはならないようだ。

そんな頼朝の元に範頼が三河から来着したとの報がもたらされた。
頼朝はすぐに範頼をここに呼ぶように命じた。

一方範頼は旅装も解かぬまま頼朝の御前に参上した。

「三河守よく参ったな」
と頼朝はねぎらう。

「三河守、いや六郎、任国について早々に呼び出して済まぬことをした。
だが、此度の出陣はそなたをおいて大将軍を任せられるものはおらぬ。」

頼朝は範頼に事情を説明した。
西国にある梶原景時、土肥実平が苦戦していること。
その両人を支援するために義経を出兵させたかったが、その義経は畿内の平家の反乱に手を取られて身動きできなくなってしまったこと。
この状況を解決するには東国から再び兵を出さねばならぬこと。
頼朝はいまだに鎌倉を動くことができぬこと。

そのような状況にあって、東国から派遣する兵を指揮できるものは範頼を置いて他にいないこと。

頼朝の説明を聞いて範頼は今鎌倉方は深刻な状況にあることを知った。
そして自らが課せれる使命の重さをかみしめた。

「私に、つとまるのでしょうか?」
範頼は率直な思いを兄にぶつけた。
「つとまるのでしょうかではない。つとめてもらわねば困る。」
頼朝は続けた。
「野木山の戦い、義仲征伐、そして福原攻め、それらの戦そなたは十分に将としての勤めを果たした。
此度もきっとうまくいく。」
「しかし。」
範頼も躊躇いがちに返答する。
「野木山は小山兄弟が、義仲征伐は土肥殿が、福原の折には梶原殿がおりました。
私は何もしておりませぬ。私は周りのものに助けられてここまで戦って参りました。
されど此度は土肥殿も梶原殿もすでに西国におられます。
私一人ではとても。」

「心配には及ばず。」
頼朝は静かに答えた。

「明後日ここに参れ。そなたと共に出陣するものをひきあわせよう。」

その声を聞いた範頼は安堵の表情を浮かべて兄の鎌倉殿に平伏した。

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