時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(四十一)

2006-08-25 05:35:11 | 蒲殿春秋
やがて夕餉の時となった。
基成はこの地で取れる海山の幸を惜しみなく膳に載せた。

「あの乱の後はそなたたたちは大変な目にあったことであろうな」
「いえ、私は今の養父に拾われてそれなりに元気でやっております」
「そうか、それならば良かった。そなたの父には気の毒だったな。
我が弟と運命を共にさせてしまった・・・・
父君はそれはそれは子供達のことを大切にしていたからな。
さぞ、そなたたちのことが心残りであったであろうからな」

父の話を聞いて範頼は不覚にも涙をこぼした。
「どうした?」
「申し訳ありませぬ。あまり共に過ごすことのなかった父ではありますが
やはり、父のことを思い出しますと」
「すまないことを言ってしまった・・・
では、仕切り直しじゃ飲みなされ」
酒に弱いことも忘れて範頼は杯を飲み干した。

父と共に過ごした時間は数えるほどしかない。
それに都の屋敷で過ごしたときは遠江にいるとき父とはなにか違っていた。

けれども、父のぬくもりや愛情、雷のような叱責の怖さ
いまでもそれはしっかりと自分の心の奥に深く根を下ろしている。
愛情の深さは共に過ごす時間だけでは測れない。
養父範季には感謝し、大切に思っている。
が、また違う別の深い何かを実の父からもらっていた。

━━父上、お会いできるものならばまたお目にかかりたい

心の中でつぶやき、また杯を飲み干した。
そして、心の中に再び父をしまいこんだ。

そして、また酒をあおり、さらにあおり
いつの間にか、範頼は深い眠りの中に落ちていた。

日差しのまぶしさで眼が覚めた。

気が付くと昨日の狩衣のまま夜具の中に寝かされていた。
あわてて飛び起きる。
頭に鋭い痛みが走る。

━━━ しまった、またやってしまった・・・・・
下戸を忘れて何度酒で失敗するのだろうか

まずは、衣装の乱れをなおして基成に詫びなければ

そう思って立ち上がった瞬間
寝所の入り口に一人の若い男がたたずんでいるのに気が付いた。

「おはようございます。」

その若者はさわやかに声をかけてきた。

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蒲殿春秋(四十)

2006-08-23 23:55:15 | 蒲殿春秋
「驚くもの無理はあるまいのう。
この奥州で幼き頃のそちを知るものに会うとは思わなかったであろう。」
基成は説明した。

基成は元々陸奥守としてこの地にやってきた。
任期を過ぎてもこの地に留まり続けやがて奥州の真の王者秀衡に娘を嫁がせた。

一方彼は宮廷人でもあった。
彼は元々都育ち。奥州に居つくまでは都に住み続けた。

彼のまわりには問題の人物がいる。
平治の乱の首謀者になってしまった藤原信頼は彼の弟なのである。

所用があって基成が都の上った際
信頼との縁を深めていた範頼の父義朝が信頼の仲介で何度か基成の元を訪れた。
優秀な馬、武具を生産する奥州の実力者の一人となった基成とは
ぜひ縁を深めたいと思ったからである。
そして、基成も義朝の六条の屋敷を数度訪れた。
基成としても軍事貴族として重みを増しつつあり
奥州と交易を進行させていた上総の豪族の私的主である
義朝は興味のもてる存在だったからである。

そして、たまたま範頼が都に上っていたとき
基成が義朝の屋敷を訪ねて範頼を見たのだという。

「父君はそなたたち兄弟を呼ばれてわしに引き合わせて下さった。
嫡男の三郎殿は折り目正しく挨拶をされた。
五郎殿もおそるおそるなんとか挨拶をしていたな。
だが、そなたは、兄君の後ろに隠れてなかなか出てこなかった。
ついに兄君に引っ張りだされてな、やっとこさ挨拶をしたと思ったら
『あねうえー』と叫んで逃げていった。」

そんなことがあったのか 
範頼は赤面したい思いでいっぱいだった。

「立派になられた・・・」

基成はしみじみと言った。

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蒲殿春秋(三十九)

2006-08-23 23:22:28 | 蒲殿春秋
範季一行が到着してから暫くして
奥州の実質的支配者藤原秀衡が訪ねてきた。

範季の下座に座してはいたが、さほどそのことに気を留めたわけではない。
逆に範季の方が気を遣っているようにも見えた。

数日後、秀衡の舅であるという人物が訪ねてきた。

その人物は範季の側に控える人々を見渡した。
その視線は範頼の前でぴたりと止まった。
眼を向けられた範頼はなぜか緊張した。

その夕刻、範頼は養父範季から先刻会った秀衡の舅
藤原基成の屋敷へ向かうようにと命じられた。

基成から差し向けられた使者を案内にさほどはなれていない基成の館に向かう
範頼。

ほの暗い夕闇を跳ね返すかのような黄金のたちならぶ町並みを通り
豪勢な屋敷に誘われる。
ひたすら広い渡り廊下を歩いた後に通された部屋でしばし待たされる。

やがて、着飾った女房が現れて
この屋敷の主の元に通されることになった。

「やはりそなたであったか」
範頼の挨拶をうけた基成の最初の言葉がそれであった。
「わしはそなたをみるのは二度目じゃ。
もっとも最初のときはそなたはまだ幼子であったがな。
のう、源範頼どの」

自分の素性を知るこの人物はどのような者なのかを範頼はまだ図りかねていた。

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蒲殿春秋(三十八)

2006-08-20 14:32:03 | 蒲殿春秋
遠い旅路の末に範季一行はようやく奥州の中心地平泉に到着した。
白河関を抜けてからも長い道のりであった。

みちのくと呼ばれ、都からははるか彼方と思われるこの地には
多くの魅力が秘められていた。

黄金、名馬、優れた武具・・・
そして、姿かたちは同じであっても
都では見たこともない衣を身にまとい
まったく通じぬ言葉を語るものも目にした。

範頼がもっとも心魅かれたものは馬であった。
日頃は何に対しても頓着しない範頼。
けれども、道中魅力的な馬を幾たびか目にすると我が物にしたいという
心の衝動にその都度かられた。

このような広大で豊かな大地。
ここに養父範季が自ら任地に赴いた理由が判ったような気がした。

平泉は見事な街である。
整然とたちならぶ豪壮な家々。
いたるところに黄金が散りばめられている。
都の繊細なつくりな建物とはまた違った魅力に満ち溢れている。

そして、そこをどうだといわんばかりに見事な馬が多くの荷駄を載せて
往来する。

豊かな大路の先の先に一目を引かざるを得ない見事な館があった。
そこがここ奥六郡を実質的に抑えている
藤原秀衡の住まうところだという。
その周りを取り囲むかのように彼の一族の館もある。

そして、彼らの建物に劣らぬりっぱな宿所が平泉の一角に準備されていた。

そこがここ数年国守や目代が住まう屋敷だという。
範季一行はその屋敷に入った。

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蒲殿春秋(三十七)

2006-08-01 05:09:48 | 蒲殿春秋
もう一つ範頼にはぜひ奥州において果たしたいことがあった。
それは、その地にいるという彼の今一人の弟に会うということであった。
「九郎」と呼ばれるその弟は十六になった年に
いままでいた鞍馬を飛び出して、奥州に向かったという。

今はもう十八になったであろう。
奥州に行く前にあの美しい九郎の母から「どうぞよしなに」と範頼は頼まれた。
はるか彼方のみちのくへ我が子が行くという。
もしかしたらもう二度と会えないかもしれない。
母と子にとってはつらい別れであったであろう。
それでも、子は奥州へと旅立った。
旅立たせて後も母は我が子のことを案じ続ける・・・・

また、全成も密かに範頼のもとを尋ね弟の消息を知らせてくれと頼んできた。
母とは険悪になっても同腹の弟のことは気にかかるらしい。

そして、範頼自身もまた、まだ見ぬ弟に期待と不安を秘めて
奥州へ向かっているのであった。

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