その足で範季は右大臣九条兼実の邸に向かった。
範季は兼実の家司をも勤めている。
兼実も福原陥落の知らせを受けて「信じられぬ。」と声を発した。
兼実はしばし呆然とした後、
「神器はいかがなされた?」
と問うた。
「それは未だに不明でして。」
範季はそのようにしか答えられなかった。
兼実の邸を後にした頃には夜が明けかかっていた。
邸に戻った範季を妻が起きて待ち構えていた。
「殿、どちらにおでかけですか?」
妻はやや強い口調で問いかける。しかしその表情は不安を浮かべている。
「この物騒な時に夜お出かけとは。そこまでして何ゆえにお出かけになったのです。」
妻は続ける。
━━ 困ったな。
と思った。
妻の様子には夫を案じる気持ちと、夫の行動に対する疑惑が含まれていそうだ。
妻は真実を追求せねば気が済まぬといった様子である。
ごまかしは効かぬようである。
出かけた理由を妻に告げなければならない。
しかし、真実を告げることは妻にとっては残酷な事実を知らせることになる。
━━ いずれ知れること。ならばいっそのこと。
範季は覚悟した。
「落ち着いて聞いてくれるか。そなたには辛いことを今から話さねばならぬ。」
その言葉を聞いた妻の目は一瞬鋭くなった。
その妻の視線を範季はそらさずに受け止める。
「わしは、院の御所、そして右大臣様の邸へ行った。」
鋭くなっていた妻の目がきょとんとする。
「福原が落ちた。」
「はい?」
妻は事態が飲み込めていない。
「鎌倉勢が福原に攻め入って平家が敗れた。」
妻はしばらく押し黙った。しばらくして
「うそ!」
とだけ言った。
「わしも信じられぬ。だが、先ほどその知らせが参っての。
とりあえず、その事を院と右大臣さまにお知らせに参上したのじゃ。」
「まさか・・・」
「今真偽を確かめる。もし事実だったらそなたは辛い思いをすることになろう。
だが、忘れるな。そなたの父上や兄上に何があってもそなたはわしの妻じゃ。
なにがあってもそなたはわしが守る。」
範季はそっと妻を抱き締めた。
平家が敗れた。もしこれが事実であったならば、平家一門の平教盛を父に持つ妻はこの先辛い思いをすることになる。
範季の妻にとってこの知らせは忌むべきものである。
しかし、範季の周りの人々は色々な思惑で平家一門の敗北を受け止めるであろう。
それぞれの立場の違いがこの日浮き彫りになってくる。
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範季は兼実の家司をも勤めている。
兼実も福原陥落の知らせを受けて「信じられぬ。」と声を発した。
兼実はしばし呆然とした後、
「神器はいかがなされた?」
と問うた。
「それは未だに不明でして。」
範季はそのようにしか答えられなかった。
兼実の邸を後にした頃には夜が明けかかっていた。
邸に戻った範季を妻が起きて待ち構えていた。
「殿、どちらにおでかけですか?」
妻はやや強い口調で問いかける。しかしその表情は不安を浮かべている。
「この物騒な時に夜お出かけとは。そこまでして何ゆえにお出かけになったのです。」
妻は続ける。
━━ 困ったな。
と思った。
妻の様子には夫を案じる気持ちと、夫の行動に対する疑惑が含まれていそうだ。
妻は真実を追求せねば気が済まぬといった様子である。
ごまかしは効かぬようである。
出かけた理由を妻に告げなければならない。
しかし、真実を告げることは妻にとっては残酷な事実を知らせることになる。
━━ いずれ知れること。ならばいっそのこと。
範季は覚悟した。
「落ち着いて聞いてくれるか。そなたには辛いことを今から話さねばならぬ。」
その言葉を聞いた妻の目は一瞬鋭くなった。
その妻の視線を範季はそらさずに受け止める。
「わしは、院の御所、そして右大臣様の邸へ行った。」
鋭くなっていた妻の目がきょとんとする。
「福原が落ちた。」
「はい?」
妻は事態が飲み込めていない。
「鎌倉勢が福原に攻め入って平家が敗れた。」
妻はしばらく押し黙った。しばらくして
「うそ!」
とだけ言った。
「わしも信じられぬ。だが、先ほどその知らせが参っての。
とりあえず、その事を院と右大臣さまにお知らせに参上したのじゃ。」
「まさか・・・」
「今真偽を確かめる。もし事実だったらそなたは辛い思いをすることになろう。
だが、忘れるな。そなたの父上や兄上に何があってもそなたはわしの妻じゃ。
なにがあってもそなたはわしが守る。」
範季はそっと妻を抱き締めた。
平家が敗れた。もしこれが事実であったならば、平家一門の平教盛を父に持つ妻はこの先辛い思いをすることになる。
範季の妻にとってこの知らせは忌むべきものである。
しかし、範季の周りの人々は色々な思惑で平家一門の敗北を受け止めるであろう。
それぞれの立場の違いがこの日浮き彫りになってくる。
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