欅並木をのぼった左手にあるお店

ちいさいけど心ほっこり、French!テイストなお店♪

冬がくる前に

2006-10-16 | story
“んっ、なにをそんなところにつっ立って、のんびりと秋なんか満喫しているんだい? まったく、もうすぐ冬が来るっていうのに、もう冬を越す準備はできたのかい?"

老人は農具をかかえて、いそいそとあぜ道を歩いていきたが、ぼんやりと秋の景色を眺めている若者にむかって、そう声をかける。

“若い人。冬を何の準備もしないままで迎えるのはあんたの勝手だが、そんな時になって助けを求めてきても、こっちも困るってもんだよ。さぁ、悪いことは言わない。今のうちからでも冬の準備にとりかかった方がいい。"

老人は若者の後ろをせわし気に通り過ぎようとしたが、それでも若者が気にかかるのか、そこで立ち止まり肩の荷をおろす。

“心の準備もしっかりしておくことだ。長い冬だよ。蓄えは十分にしとかないと・・。”

老人はズボンのポケットからタバコを取り出すと、それに火をつける。

“さぁ、悪いことは言わない。今からでも冬の準備をはじめることだ。そうじゃないととてもじゃないけど、この冬は越せやしないよ。
若い人。冬はとても長いんだ。どうもあんたの様子じゃ失礼だけど、なんの蓄えもしていないって感じだ。そんなことじゃ冬になってから物乞いに歩きまわるしかないって感じだよ。そんなことをしても何ももらえずに困り果てるだけなんだよ。"

"若い人。ワシは今までそんな若者たちの姿を嫌というほど見てきた。冬の備えをしなかった若者たちが雪の中を寒々しい格好で物乞いに歩いている姿を。そんな姿を嫌というほど見てきた。
ワシはもうそんな姿を見るのは嫌なんじゃよ。だから、こうしておせっかいだが、やかましく言うんだ。
なぁ、あんたはそんなことにならないように十分に蓄えをしておくんだよ。
まったく、今の若者はちっとも自分を守っていく術を心得ていないよ。"

老人はタバコを深く吸うと、口から煙を出しながら、こう言う。

“心の蓄えもたくさんあるに越したことはない。
自分の気持ちしだいで心の蓄えはなんとでもなるものだ。明るい言葉や希望のある言葉を自分にかけてあげるだけでもずいぶん違うってものだ。
あんたらはこの冬なんか持ち前の若さで乗り越えられると思っているかもしれないけど、最近の冬は、昔からもそうだけど、とても厳しいものなんだよ。
若い人よ。じゃあ聞くけど、疲れ果てたままで春をむかえたところで、いったいそれから何ができるっていうんだい?
こんなに長い長い冬の日を、淋しくつらい時間にあてがっておいて、いったい春になってどんな力が残ってるっていうんだい? 
ワシはそんなの考えるだけでまっぴらごめんだよ。"

老人はタバコを吸い終えると、ふたたび農具をかかえる。
そして、別れ際にこう言う。

“若い人。あんたにとってよい冬になることを祈るよ。それまでにしっかりと蓄えをしておくことだ。自分の心にやさしい言葉や明るい言葉をかけてやることだ。
そして、冬の間は窓の内側から美しい雪の景色を眺められるようにしておくことだ。
そうすれば冬が終わった時には、実りある美しい季節を迎えて、自分の力もみなぎり、やりたいこともしっかりやれるってものだ。そういうものなんだよ。
じゃあな、若い人。これからもしっかりやっていくことだ。”