きのう8日と今日9日、
津幡町の北中条地区は「三輪神社」の「秋季大祭」に中る。
「三輪神社」の場所は、JR津幡駅の裏手の山の中。
創立は「承和三年」…西暦なら835年。
かなり長い歴史を誇る式内社である。
去年・9月9日の投稿にも記載したとおり、語り継がれる伝説を持つ。
「冒頭の一枚」は、そんな神殿の秋祭りで街に繰り出した獅子。
疫病退治・悪魔払い、祝いの縁起ものである獅子舞は各地で行われているが、
僕にとって中条地区の獅子は初対面。
津幡地区と比べると、蚊帳のスケールはやや小ぶりだろうか?
演奏されるお囃子も、津幡地区とはメロディが違い、
笛太鼓の数、プレイヤーの人数も少なく大人しい印象を受けた。
しかし、津幡町HPの解説によると、
北中条の獅子頭は通称「雄獅子」と呼ばれ、弘化4年(1847)の作。
町内に現存する獅子頭の中でも最も古いものだそうだ。
社同様、由緒がある。
家々からの花(御祝儀)を得て、勇ましい棒ふりが披露されていた。
…さて、僕が住む辺りと中条の秋祭りの一番の相違点は「神輿」が出る事。
「三輪神社」の鳥居前に、それはあった。
辺りに人気はなく、神輿はノーセキュリティ。
不用心だとも思うかもしれないが、コレを盗む者などいないだろう。
運ぶのは大変だし、何より畏れ多い。
堂々と、ただ置かれていた。
子供たちが担ぐらしく、サイズはコンパクトながらなかなか立派。
紅白の綱と飾りを施した漆塗りの屋形の頂には「鳳凰」。
典型的な「鳳輦」である。
社殿を象った本体の様子も、朱塗り黒塗りで細かいところまで細工され、
いい仕事ぶりが窺える。
予定があり、担ぐシーンまでは見届けられなかったのが残念。
それは、来年のお楽しみとしよう。
津幡町の北中条地区は「三輪神社」の「秋季大祭」に中る。
「三輪神社」の場所は、JR津幡駅の裏手の山の中。
創立は「承和三年」…西暦なら835年。
かなり長い歴史を誇る式内社である。
去年・9月9日の投稿にも記載したとおり、語り継がれる伝説を持つ。
「冒頭の一枚」は、そんな神殿の秋祭りで街に繰り出した獅子。
疫病退治・悪魔払い、祝いの縁起ものである獅子舞は各地で行われているが、
僕にとって中条地区の獅子は初対面。
津幡地区と比べると、蚊帳のスケールはやや小ぶりだろうか?
演奏されるお囃子も、津幡地区とはメロディが違い、
笛太鼓の数、プレイヤーの人数も少なく大人しい印象を受けた。
しかし、津幡町HPの解説によると、
北中条の獅子頭は通称「雄獅子」と呼ばれ、弘化4年(1847)の作。
町内に現存する獅子頭の中でも最も古いものだそうだ。
社同様、由緒がある。
家々からの花(御祝儀)を得て、勇ましい棒ふりが披露されていた。
…さて、僕が住む辺りと中条の秋祭りの一番の相違点は「神輿」が出る事。
「三輪神社」の鳥居前に、それはあった。
辺りに人気はなく、神輿はノーセキュリティ。
不用心だとも思うかもしれないが、コレを盗む者などいないだろう。
運ぶのは大変だし、何より畏れ多い。
堂々と、ただ置かれていた。
子供たちが担ぐらしく、サイズはコンパクトながらなかなか立派。
紅白の綱と飾りを施した漆塗りの屋形の頂には「鳳凰」。
典型的な「鳳輦」である。
社殿を象った本体の様子も、朱塗り黒塗りで細かいところまで細工され、
いい仕事ぶりが窺える。
予定があり、担ぐシーンまでは見届けられなかったのが残念。
それは、来年のお楽しみとしよう。