つばた徒然@つれづれ津幡

いつか、失われた風景の標となれば本望。
私的津幡町見聞録と旅の記録。
時々イラスト、度々ボート。

橋の袂の門前にて。

2016年05月29日 19時12分09秒 | 日記
今にも泣き出しそうな5月末の夕空の下、辻説法を見かけました。



あなたの「大切なもの」って何でしょうか?
一つ、お互いに考えてみるとしましょうか。
無理に答えを出す必要はないと思います。
まず思考する事が肝要なのだと思います。
掲示してある言葉についてだけじゃなく、
言葉を起点に思いつくまま幅を広げ考える。
それもまた、大切な事なのかもしれません。
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再開2年目に寄せて。

2016年05月28日 12時09分34秒 | 手すさびにて候。
拙ブログのスタートは、2010年5月12日。
2013年6月初旬で一旦中座した2年後、2015年5月末に再開して1年余りが経った。
今日で908回目の投稿となるが、足かけ6年間の方針は一貫してきたと自負している。
これは、とても私的な【津幡町見聞録】。
主に、愛犬との散歩途上で接した風物と、連想したアレコレを綴ってきた。

改めて読み返してみると、町内の変遷の一端が窺える。
驚くほどの激変を遂げた訳ではないが、少しずつ、着実に変化が積み重なっている。
やがて、全ては「過去」になる。
過ぎ去って、忘れ去られる時がやって来る。
僕のささやかな望みは、いつか拙ブログが「失われた景色の標(しるべ)」になる事。
左程目立たない北陸の片田舎の記録になれば本望だ。

そして、これは同時に【個人の記録】でもある。
振り返れば投稿時の自分を想起できる。
詳細を述べるつもりはない。
書き手だけが享受する密かな楽しみなのである。

また、ブログを始めて沢山の気付きがあった。
その一つが「お絵描き」である。
gooブログ「お題」投稿「10代に夢中になっていたことは?」に参加し、
10数年ぶりにイラストを描き、下手さ加減に辟易とした一方で、
忘れていた喜びを思い出せた。
そこで、個人史の一環として「タマには描いてみるか」と思い立つ。
ほんの手すさび、手慰み。
不定期シリーズとしてやってみます。
どうか大目に見てやって、お付き合いください。

取り敢えず、プロローグとして描きかけの習作を掲載。
この続きは、またの機会に。
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津幡短信vol.18

2016年05月22日 10時32分20秒 | 津幡短信。
自分の目で見た、津幡町に関するごく短いニュースの不定期通信。
今回はコチラ。 

【夏の風物詩】

気温や紫外線量の変化、日差しの強弱。
様々な定例行事に、時期によって咲く花々。
暮らしの中には、季節の移り変わりを感じさせてくれるものが溢れている。
例えば、コレもその1つ。

「旗指物」である。

そもそも「旗」は、戦場の小道具だった。
わが津幡町の倶利伽羅峠でも行われた源平合戦では、
源氏が「白旗」、平家が「赤旗」を使用。
平安時代から、敵味方の識別として用いられてきた。
戦国時代には、戦場で勲功をアピールする為、
より目立つように武将毎のオリジナルデザインが登場する。
武田の「風林火山」や、真田の「六文銭」などが有名か。
つまりは「広告物」。
現代も使い方に大差はないのかもしれない。

今、町内の店舗前には、夏到来を告げる旗指物が風に揺れている。



商いも一種の「合戦」。
熱い「夏の陣」が始まっている。

<津幡短信vol.18>
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ボク、ガンバッタヨ(※飼い犬談、語尾は涙声)。

2016年05月21日 13時51分11秒 | りくすけ
日本の法律では、犬を飼う人に対して以下の3点が義務付けられている。

①現在居住している市区町村に飼い犬の登録をすること。
②飼い犬に年1回の狂犬病予防注射を受けさせること。
③犬の鑑札と注射済票を飼い犬に装着すること。

これは、一種の「通過儀礼」だ。
狂犬病は、発症すると、ほぼ100%の致死率とされる恐ろしい人畜共通伝染病。
日本国内では影を潜めたとはいえ、猛威を振るう国や地域も多く、
輸入感染の危険性がある以上、上記3つの約束は避けて通れない。
我が愛犬「りくすけ」も同様。
年に一度、津幡町の集団接種に参加している。

また、掛かりつけの獣医からは、
毎年、犬の混合9種ワクチン接種と、フィラリア検診&予防薬の案内が届く。
こちらは任意。
その是非…必要性や頻度などについては様々な意見があるようだが、
特に副作用も認められないので、僕は、年に一度の健康診断を兼ねて足を運んでいる。
今日が、その当日だった。

訪れる機会が少ない馴れない場所。
盛んに鳴き声を挙げる、見知らぬ犬たち。
蘇る過去に味わった痛みの記憶。
それらがない交ぜになって、「諦念」が滲み出ている(笑)。

しかし、いざ診察台に乗って、採血とワクチン注射の段になっても、
声を挙げずに耐えきった。
「エ、エライぞ!りくすけっっ…。
 帰ったらミルクを、あ、あげる、から、なっ!」(※飼い主談、語尾は涙声)(笑)
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巡って、回って、糧を得た昭和。

2016年05月15日 12時52分57秒 | これは昭和と言えるだろう。
快晴に恵まれた空の下「つばた幼稚園PTA」による資源回収が行われた。
事前配布の案内文によれば、その目的は『園の備品拡充』。
集まった資源ゴミを売却し、利益を施設のために活かす訳だ。
@新聞・雑誌・古紙・段ボール。
@牛乳パック。
@アルミ缶。
@日本酒(一升)・ビール・ジュースなどのビン類が対象。
今朝早くから、路上には予め分別された回収物が配置されていた。

こうした、ゴミを「最初の段階で区分けする」のは、世界的には少数派。
一旦まとめて回収し、専用施設で集約してから分けるのが主流なのだそうだ。
入口でやるか、出口でするか。
考え方の違いは、バックボーンの違いが影響しているのかもしれない。

紙が貴重品だった江戸時代。
使い古しは回収され、汚れ具合によって選り分けて再生するのが一般的。
天秤棒を担いで長屋を回る「紙屑買い」→「古紙問屋」→
「漉き返し業者」→「紙問屋」を経て利用者の手に戻る。
循環型リサイクルが確立されていたのだ。
そんな歴史背景から「入口分別」が定着しているのではないだろうか。

そう言えば、最近は「ちり紙交換」の声を聞く機会が減った。
【♪え~毎度おさわがせしております。こちらはちり紙交換車です。
  ご家庭でご不要になった古新聞、古雑誌、ダンボールなど御座いましたら、
  多少に関わらず、ちり紙、トイレットペーパーと交換致します。
  なお、御用の方はお手を上げて、お知らせいただければ、
  お近くまで参ります。 こちらはちり紙…♪】
独特の節回しのテープ音声を流しながら、オート三輪や軽トラが巡回していた。
回収物を渡すと、小さな「バネ秤」で重さを量り、
紐で括ったB5サイズ位の白い紙束をくれたっけ。

住宅街を巡る移動販売も多かった。
納豆、豆腐、石焼き芋、ラーメン。
パン、わらび餅、鮮魚、竿竹(物干し竿)。
それらのアナウンスや鳴り物を耳する度、妙にワクワクしたのを覚えている。

(※「津幡の風景今昔」パンフレットより引用)
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