つばた徒然@つれづれ津幡

いつか、失われた風景の標となれば本望。
私的津幡町見聞録と旅の記録。
時々イラスト、度々ボート。

散歩と競艇。

2016年11月27日 19時01分27秒 | 賭けたり競ったり
本日、長崎県の「大村競艇場」にて2つのビッグレースの優勝戦が行われた。
「第19回SGチャレンジカップ」と
「第3回G2レディースチャレンジカップ」である。
男女共に、年末の大一番へ向けた賞金上積みのチャンスであり、
ほぼラストと言っていい機会。
今節は、取り分け激しく見応えの多い攻防が繰り広げられた。

僕が応援するレーサーは戴冠ならず。
「毒島誠(ぶすじま・まこと)」は、予選段階で敗れ、
「大瀧明日香(おおたき・あすか)」は、優勝戦まで舳先を進めたが3着に散った。
残念至極。
節間を通し、両名の絡んだ舟券を買ってみたが空振りに終わる。
次に期待しよう!

そんな具合に、人生の一部を競艇に充てるようになり3年あまりが過ぎ、
お陰で、散歩中にも、関連する物事に目が留まるようになった。

…とある民家の物干しに下がった「三国競艇のバスタオル」。
半分だけ見えるのは、同場のキャラクター「カニ坊」だ。
ここのお宅にはご同輩がいらっしゃるのだろうか?
選手に知り合いがいたりするのだろうか?
わざわざ買い求めたのかな?
それとも、たまたま場へ遊びに出掛けた時にもらったのかな?
などと、つい妄想が膨らんでしまう。

変わっては、パチンコ「ダスラー津幡店」の店頭看板。
わが町にボートピアが出来て以来、パチンコ遊興は影響を受けていると聞く。
大当たりの合間に館内で観戦しながらネット投票をという訳だ。
僕自身がパチンコをしない為もあるだろうが、面白みや取組み方は別物に思える。
共存共栄を狙った一手の効果やいかに。

以上が、競艇ファンにならなければ気付かなかったであろう2つの事例。
さらに、不謹慎なこじ付けまでするようになったから困ったものだ。

日の丸を眺めて、こう考えてしまう。
『白と赤…1号艇と3号艇か。ポールの黒は2号艇。
123のボックスで勝負かな?!』
(※作注:舟は123456の順で、白黒赤青黄緑に色分けされている)
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戸田式、紹介。

2016年11月20日 19時45分47秒 | 日記
最近「ふれあい広場」入口に、
新しい案内看板が設置されている事に気が付いた。

広場の場所は、津幡銀座中央商店街の中ほど。
看板に向かって左側の建物は「ベンリー津幡店」。
その反対側の建物は「北國銀行津幡支店」。
画面最奥の建物は「津幡小学校」である。

ガイド内容はご覧の通り、比較的新しい3つの施設だ。
「津幡ふるさと歴史館 れきしる」は、拙ブログの過去に投稿済み。
 興味のある方は、トップページのブログ内検索にて記事を探し、ご覧いただきたい。
「科学の小径」については、次回以降に譲る。
今回ピックアップしたいのは「まちなか科学館」だ。

オープンは2年前の秋。
スーパーマーケット「カジマート中央店」跡地を利用した施設である。
主に子供向けの「実験室」や「水生動物ミニ水族館」、
「科学に関する写真」の展示コーナーなどを整備。
時折、ワークショップも開催しているらしい。
…先日、散歩途中に立ち寄ってみた。

<↑館内の様子↓>

展示物の中に、前回投稿した「久世ベローズ」の寄贈による「パズル」を発見。

近所の小学生が遊びに興じていた。

…と、彼の肩越しに一枚のパネルが目に留まる。

「戸田式 火起こし器」!?

タイトル上には『旧日本兵のジャングル生活から火起こしを学ぶ』とある。
…ムムム。
ちょっぴり妖しげで興味をそそる。
実物がコレだ!

『横井正一さん・小野田寛郎さんから、火起こしというものを学びました。
 現代ではマッチやライターを火起こしに使っています。
 しかし、戦争によって急にジャングルに追い込まれた日本兵が、
 どのようにして火種を手に入れたか知りたくて、
 名古屋まで会いに行かれました。
 2年後、小野田寛郎さんが帰ってこられましたが、
 すぐにブラジルへ移住され、その機を失いましたが、
 1983年、戸田先生は「どうやって火起こしをしたのか」をどうしても知りたくて、
 小野田さんが住むブラジルへ手紙を出しました。
 すぐに返事が届き、その秘訣が分かり、火起こしを徹底的なものにしました。』
(※説明文/パネル原文のママ)

昭和生まれには懐かしい「残留日本兵」に教えを請い、
火起こし器を考案した「戸田さん」は、お隣・富山県の出身。
どんな道のりを経て「まちなか科学館」に並んだのかは不明ながら、
何らかの縁あっての事。
機会があれば、間近でご覧になってみて下さい。
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津幡町に活気を送り込む鞴(ふいご)。

2016年11月19日 09時27分38秒 | 日記
「ベローズ」と聞いて、その正体が思い当たる方は、
英語、または、金属機械関係の造詣が深いに違いない。
予めお断りしておくが、僕自身はどちらも極めて不得手であり、
本日の投稿には、齟齬・曖昧が含まれているであろう事をご容赦願いたい。

さて、「ベローズ(Bellows)」の日本語訳は「鞴(ふいご)」または「蛇腹(じゃばら)」。
「ふいご」は、火を燃やす窯の中に風を吹き込む道具。
「蛇腹」の代表的な造作は、楽器のアコーディオンが分かりやすい。
音を鳴らすため、手動で開閉させ本体に空気を送り込むアレだ。

また、これらと似た形状の「ひだ」を、筒状の金属製品に設け、
伸縮性・気密性・バネ性を持たせたものも「ベローズ」と呼ばれている。

半導体や真空機器に欠かせない「金属ベローズ」は、
原子力・石油化学・鉄道・医療・建築等、幅広い分野に用いられている。
つまり、現代の生活に大きな恩恵を及ぼしているのだ。
わが津幡町には、そんな金属ベローズを生産する企業がある。
「株式会社久世ベローズ工業所」だ。

創業は、昭和14年(1939年)。
創業者久世重勝氏、東京都西品川において「液圧ベローズ研究所」を設立。
昭和18年(1943年)、東京都西六郷にて「久世航空精機(株)」を設立。
昭和20年(1945年)、石川県高松町に疎開。
昭和22年(1947年)、「久世ベローズ工業所」を開設。
昭和24年(1949年)、石川県河北郡津幡町字南中条へ移転し現在に至る。
津幡、羽咋、韓国に工場を有し、2016年4月現在の従業員数は474名。
金属ベローズのパイオニアであり、関連製品の国内生産トップシェアを誇っている。

金属ベローズの用途は前述の通り。
しかし、子供時代の僕は次のように誤解していた。
「ベローズは、航空機の飛行高度計測に使う部品らしい」。
昔、耳に挟んだウワサに端を発する勘違いだが、
同社の沿革を拝見すると、ほんの少し、遠因も感じられる。

…ともあれ、津幡町に本丸を構える製造業「久世ベローズ」の存在は、大変貴重。
これからも存続し、大いに気を吐いて欲しいものである。

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手塚式 三美人。~ピノコ、和登サン、タマミ。

2016年11月13日 21時59分42秒 | 手すさびにて候。
ほんの手すさび、手慰み。
不定期イラスト連載第二十五弾は、手塚漫画の女性キャラクター3名。

向かって左、一番手前は「ピノコ」。
元々は、完成された人体ではなかった。
双子の姉の身体に出来た大きなコブ…「嚢腫」に、脳、手足、内臓などが、
収まった状態だったものを「ブラック・ジャック」が手術で取り出し、
不足分を合成樹脂製のパーツと組み合わせて生まれた。
凄まじく波瀾万丈なスタートを切った女の子へ与えられた名前は、
似た境遇の男の子…操り人形から生身になった児童文学の名作の主人公、
「ピノキオ」に由来している。

その隣、真ん中に座るのは「和登千代子(わと・ちよこ)」。
漫画「三つ目がとおる」の主人公「写楽保介(しゃらく・ほうすけ)」の親友で恋人である。
古流武術や格闘技などに精通し、自身を「ボク」と呼ぶ男勝りな一方、見目麗しい。
相反するギャップを兼ね備えたキャラクターの命名の由来は、
推理小説『シャーロック・ホームズ』の右腕、「ワトスン医師」。

最奥、チューブに満ちた液体の中でたゆたうのは、
長編連作「火の鳥~未来編」に登場する主人公の恋人「タマミ」。
彼女は人間ではない。
望み通りの形に変身できる「不定形生物」…「ムーピー」である。
命名の由来は謎だが、自分勝手に「珠美」の字を当てはめ漫画を読み耽っていた。

「ピノコ」は、十字架を背負った孤独な天才外科医へ、惜しみない愛情を注ぐ。
「和登サン」は、名探偵の助手よろしく、非凡な能力を持つ少年を支え続ける。
「タマミ」は、殆ど永遠と呼べる時の果てに、肉体を無くしてまでも思いを貫く。
この3人のヒロインは皆、可愛らしく、甲斐甲斐しく、しなやかで、逞しい。
手塚治虫の丸みを帯びた画線によくフィットしていて、魅力的だ。
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赤い誘惑。

2016年11月13日 20時56分00秒 | これは昭和と言えるだろう。
きのうと今日の空は晴れ渡り、気温も平年以上。
碧空から降り注ぐ陽光も穏やかで、大変過ごしやすかった。
本格的な冬を前にして、天が束の間の恵みを与えてくれたような気がする。
そんな行楽日和の散歩で、鮮やかな花を見かけた。

津幡町立井上保育園前に咲く「サルビア」である。

『シソ科サルビア属』の総数は500種以上と言われるが、
緋色のそれは、園芸品種「サルビア・スプレンデンス」が主。
和名は「緋衣草(ひごろもそう)」。
ブラジル原産で、明治の半ばに導入された帰化植物だ。
夏~秋にかけ、公共施設や道路脇の花壇、民家のプランター植えなど、
彼方此方に見受けられるほどポピュラーな花である。

花は先端の開いた筒状。
子供の頃、長い花びらを引き抜き、根元に溜まった蜜を吸ったものだ。
…しかし、蜜にはほんの少し毒素があるらしい。
知らなかった。
まったく構わず、学校の帰り道にチューチューしていた。
人間よりずっと体の小さな虫も、受粉のお土産にいただくくらいだから、
大量に摂取しなければ影響はないとの事だが、あまりお勧めできる類ではない。

ところで、思えばサルビアの蜜の他にも「野の味」をつまみ食いした。
甘酸っぱいヘビイチゴと、瑞々しいグミ(お菓子ではなく果樹)は代表格だろう。
サルビア同様、鮮やかな赤い実に心をくすぐられ、
手も洗わず、軽くハタいたり、息を吹きかけて埃を払ってはパクリ。
昭和40年代なら当たり前田のクラッカーだが、
平成20年代は馴染みのない行為なのだろうか?
コメント (2)
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