代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

国交省、他の河川もウソだらけ

2010年11月24日 | 治水と緑のダム
 目下、国交省は、利根川以外の基本高水を見直すことに必死に抵抗している。政権のスローガンよろしく、河川局という組織にとっての「最小不幸化」を目指しているのだろう。しかし河川官僚にとっての「最小不幸」は、国民にとって「最大不幸」となる。

 他の河川も、利根川と同じように森林保水力は軽視され、不当なパラメータで計算されている。ダムの「費用対効果」云々の再検証に入る前に、全ての河川で基本高水の虚偽を洗いざらい明らかにし、その数値を見直すべきである。

 さる11月12日、衆議院国土交通委員会で穀田恵二議員の基本高水に関する質問に対し、馬淵国交大臣は以下のように回答している。
 穀田議員は、利根川のみならず全国の河川の基本高水を再検証し、見直すべきではないかという趣旨の質問した。馬淵大臣の回答は以下の通り。ブログ「ダム日記2」のまさのさんのまとめより抜粋させていただく。


****引用開始*******

http://dam-diary2.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-be1a.html

○馬淵国務大臣
 今御指摘のような形で、全水系までも実はそういった見直しが必要じゃないかという御指摘は、十分傾聴させていただくに値すると思っております。
 ただ、先ほど来申し上げているように、まずは利根川水系、具体的な瑕疵が明らかになったということでありますから、私はそこをしっかりと検討させることを優先したいというふうに思っております。

○穀田委員
 私も繰り返しになりますが、優先することについてとやかく言っているんじゃないんです。
 ただ、わざわざ陳謝したことは、こういうずさんなやり方が国民の生命と財産にかかわる問題だからでしょう。
 そうすると、ほかだって、そういうことがもしあったら、それをやらなくちゃならぬということを提起しているわけです。それは御理解いただけると思います。

****引用終わり*******
 
 馬淵大臣は、利根川では「具体的な瑕疵が明らかになった」ので基本高水を見直すと表明している。他の河川ではまだそれが明らかになっていないという認識なのだろう。
 もっとも馬淵大臣は、他の河川での検討にも含みをもたせている。以下に示すように、他の河川でも、利根川と同様のウソがある。馬淵大臣には、他の川でも利根川と同様にしっかりと計算モデルの情報公開をした上で、再検討してくれるよう切望したい。

 実際、全国の河川でも利根川と同様なウソがまかり通っていたことはすでに報道もされている。
 去る10月24日の『毎日新聞』(西部朝刊)では、福岡賢正記者の取材に対して、元国交省近畿地方整備局の河川部長である宮本博司氏は、「計画策定時の計算式が近年の洪水でも有効か検証する際、さまざまな定数など飽和雨量以外の要素はそのまま使うが、飽和雨量は実際の流量に合うよう洪水ごとに変えるのが通例だった」と回答している。
 
 この「宮本証言」の具体例として、四国最大の大河・吉野川におけるウソを見ておこう。
 以下は2005年9月26日に行われた社会資本整備審議会河川分科会河川整備基本検討小委員会の「吉野川水系に関する補足説明資料」より抜粋した図である。

http://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/shaseishin/kasenbunkakai/shouiinkai/kihonhoushin/050926/pdf/s1-2.pdf



 
 
 当時、利根川と同様に吉野川でも、森林の保水機能が基本高水計算に組み込まれていないことが大きな問題となっていた。

 吉野川の基本高水は、「150年に一度確率」の2日雨量440mmの雨を想定して、貯留関数法によって計算している。その計算モデルは全くのブラックボックスで、全く非公開なのであるが、河川局によれば、1974年9月型洪水を440mmに引き伸ばして計算すると、岩津の治水基準点で24,000立米/秒が流れるそうだ。この24,000が吉野川の基本高水とされている。

 これに対し、姫野雅義さんら住民側の主張は、「24,000という数字は、吉野川上流で拡大造林政策により自然林が大規模伐採されていた1970年代初頭の洪水から計算されたものだ。その後の人工林の生長により保水力が増加した。今日の森林状態を前提とすれば基本高水は19,000程度」というものだった。

 この住民の主張に手を焼いた河川局は、利根川と同じ手口で騙そうと、上の二つ図を作成(=捏造)したのである。

 2004年(H16年)10月、2日雨量366mmの台風23号によって治水基準点で16,400立米流れるという戦後最大の洪水が発生した。
 上の図にあるように、国交省は、上流で伐採が盛んに行われていた1974年洪水に当てはまったのと同様の計算モデルは、2004年洪水でも「モデルの再現性は良好」と主張した。

 2004年には366mmの雨で16,400が流れた。その366mm降雨を1.2倍に引き伸ばすと「150年に一度確率」の440mmの降雨が得られる。その1.2倍の440mmの降雨を計算モデルに当てはまると、計算ピーク流量は「23,016」となったという。およそ24,000程度であるから、基本高水24,000が正しいことが裏付けられたというのである。
 
 ちょっと考えてもおかしいことが容易にわかるだろう。降雨量は1.20倍にしか引き伸ばしていない。しかるに計算ピーク流量は、16,293から23,016へと1.41倍になっている。
 もちろん流出は非線形現象だから、降雨量とピーク流量は単純に比例しない。それにしたって、1.2倍の同一波形の雨でピークが1.4倍というのはどう考えてもピーク流量の計算値が過大すぎるのである。

 ここではウソが二度つかれている。
 まず第一のウソ。1974年に当てはまった計算モデルで、2004年洪水を再現できたという主張がウソなのだ。伐採が盛んだった1974年当時の飽和雨量に比べ、2004年の飽和雨量は相当に上昇しているはずである。国交省は、同じ計算モデルといいながら、じつはコッソリと飽和雨量の値を上昇させ、つまり計算モデルを変更した上で、「再現性がある」とウソをついた。
 つぎに二番目のウソ。2004年の台風23号の雨を1.2倍に引き伸ばした後、引き伸ばし前と同じ計算モデルを使っているように見せかけながら、じつは飽和雨量を1974年当時のような小さな値に引き下げた上で計算した。そうすると都合のよいように過大なピーク流量を算出できる。恐るべき悪知恵である。
 おそらくは、2004年洪水を適合させた上のグラフでは飽和雨量は120から150ミリ程度の適正な値が用いられ、それを1.2倍に引き伸ばした下のグラフでは飽和雨量は40から50ミリ程度のとんでもなく低い値が用いられているのであろう。これは情報公開すればすぐに分かる。

 これが国家財政を破たんに導く、河川局による「基本高水トリック」なのだ。国交省が吉野川の計算モデルの全貌を公開すれば、このトリックはたちどころに分かることである。
 
 2005年当時の私には、このトリックを見破ることはできなかった。吉野川の住民運動のリーダーだった姫野さんに「この国交省の計算をどう思うか」と聞かれ、「改ざんの可能性が高いのではないでしょうか。しかし、水文学者でない私には証拠を示す能力はありません」と答えたことを、昨日のように思い出す。自分の無力さに、断腸の思いだった。国交省・四国地方整備局は、吉野川の貯留関数法の計算モデルの内容を全く公開していないので、怪しいと思っても当時は誰もどうすることもできなかったのだ。

 ちなみに16,293の1.2倍は195,516である。実際、貯留関数法で計算しても、およそこの程度であろう。「基本高水は、森林の現状を反映すれば19,000程度」と言っていた住民の主張は正しかったのである。
 
 2005年の河川の審議会は、まさに「偽証・捏造審議会」と呼ぶにふさわしいものだった。国交省による虚偽と捏造の嵐が吹き荒れた後、住民運動の間には無力感も広がった。やがて、「基本高水」を語ることもタブーのような雰囲気が生まれてしまった。吉野川のリーダーの姫野さんもつらかっただろう。
 その姫野さんは先月、不慮の事故によって先立たれてしまった。もう少しで、吉野川の住民による「緑のダム」の主張が正しいことが明らかになるだろう矢先だった。姫野さんにそれを見届けて欲しかった・・・・。合掌。

  
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3 コメント

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吉野川の基本水流量 (yamayosito)
2010-11-24 11:47:36
関先生が主張される
1.平成16年10月洪水の再現流量を実測流流量に合わせるために飽和雨量を大きくした。
2.平成16年10月洪水の雨量を1.2倍引き伸ばした対象降雨から流量を計算す際には飽和雨量をもとの値に戻した。
との推定はあり得ることだと思いますが残念ながら確証はありません。

吉野川の治水安全度1/150における基本高水流量が24000m3/sに決定された経緯は、河川基本方針検討小委員会で配布された以下の資料から知ることができます。

http://www.mlit.go.jp/river/basic_info/jigyo_keikaku/gaiyou/seibi/pdf/yoshino-2.pdf

この資料から見る限りかなり杜撰な決定のように思います。

1.計画雨量440mm/2日の雨量確率は1/150でなく1/100である。
2.したがって雨量から計算されたピーク流量群の値は信頼できない。最大の昭和49年7月の23800m3/sを丸めて基本高水流量を24000m3/sにしたがこの値も信頼できない。
3.流量確率で1/150の確率流量が22300~24300m3/s(単純平均で23200m3/s)になるので、24000m3/sは妥当であると判断しているが、そのように判断してよいか検証を要する。観測期間が1912年~2004年の93年間であるが、資料が古ければ信頼性があるとは必ずしも言えない。特に森林の保水力を議論する際には考慮すべき点である。
4.同資料に記載された1954年~2004年の51年間の年最大流量のグラフから流量を読み取って流量確率を計算したところ、1/150の確率流量は、
SLSC(99%)が0.04以下の確率分布の確率流量の平均値は22300m3/s
極値確率分布(Gumbel、SQRTET、GEV)についてJackknife誤差最小の確率流量は23300m3/s(Gumbel)になった。
5.観測期間によって流量確率1/150の確率流量が変わることが分かったが、1954年~2004年の年最大流量について、観測期間を30年毎に区切ると次の結果になる。ここではSLSC(99%)が0.04以下の確率分布の確率流量の平均値を採用している。 
1954年~1983年 21000m3/s
1964年~1993年 19900m3/s
1974年~2003年 21400m3/s
森林の保水力の効果以外の因子の存在を感じさせるものがある。

国交省(四国地方整備局)は、吉野川の治水安全度1/150における基本高水流量を見直すべきです。先ず雨量確率1/150の確率雨量から再設定すべきです。私が上記資料に記載された基準点での1912年~2004年の年最大雨量から計算した結果、雨量確率1/150の確率雨量は550mm/2日を越しています。
この計画雨量まで引き伸ばした対象降雨については、サンプリングの観点から引き伸ばし率2.0倍にこだわらずにできるだけ多くの対象降雨を選び、流出計算の結果得られたピーク流量群に確率年の計算式を適用して、治水安全度1/150に見合う適切な基本高水流量を決定することです。総合確率法を適用するのもよいと思います。
流出計算の際に貯留関数法を利用するなら、最新の雨量と流量から求めた飽和雨量を採用することは言うまでもありません。最新の飽和雨量には関先生の主張される森林の保水力も当然考慮されることになります。
いままで国交省の公開資料を見る限り、治水安全度1/150の基本高水流量が19000m3/s程度になるとすれば、それは飽和雨量の見直しの効果である可能性は大きいと考えます。
返信する
yamayositoさま ()
2010-11-24 23:05:21
 雨量確率の議論は、私には判断能力がございません。森林の方のみに、返信します。

>1954年~1983年 21000m3/s
>1964年~1993年 19900m3/s
>1974年~2003年 21400m3/s
>森林の保水力の効果以外の因子の存在を感じさせるものがある。

 吉野川の場合、60年代後半から70年代初頭まで拡大造林が盛んで、上流の広葉樹林の伐採量が多くなっていました。
 従って70年代のピーク流量は相対的に高くなっていたはずです。
 また戦前は上流の焼畑の影響もあったはずで、これもまたピークは高くなっていたはずです。ざっと、森林ファクターは以下のようになっているのではないかと思われます。(大ざっぱですが・・・)

(1)40年代以前: 上流の焼畑の影響などで森林は一部劣化。
(2)50年代から60年代前半:焼畑の減少と広葉樹林の回復でそれなりに森林は良好。
(3)60年代後半から70年代:拡大造林の影響により再び悪化。
(4)80年代から現在: 人工林の生長でまた回復過程。

 1974から2003年をとると、70年代の荒れていた時期が入ってしまい確率流量は上がってしまっているのではないでしょうか? 80年から現在までの30年の確率流量を求めれば、もっと小さい値を示すと思われます。30年の区分の中に荒れていた時期と回復期の双方が含まれると、森林因子が分からなくなってしまいます。
 
返信する
全国の緑のダムの成長を知りたい方へ (拓大の地形・地質屋さん)
2010-11-25 00:53:08
関先生が主張されている緑のダムについて、全国の河川・ダム問題に関心があり、取り組んでいる皆さんへの参考資料としてご利用ください。


誰でも簡単に無料で画像比較する方法を記しておきます。

例えば、八ッ場ダムに関しては、1例です。
↓にアクセスしてみてください。

http://w3land.mlit.go.jp/cgi-bin/WebGIS2/WC_AirPhoto.cgi?IT=p&DT=n&PFN=CKT-75-11&PCN=C6B&IDX=19

いきなりアクセスするのに不安のある方は、

「国土画像情報」で検索ください。
一番上に「空中写真初期選択画面」
という国土地理院が試作版で公開している
閲覧システムの画面に入れます。

そこには、全国都道府県名→市町村名→番地
の順で入力していけば、閲覧したい河川の流域
(ダム建設予定地)とその上流の航空写真画像にたどり着けます。都会でなければ、町村レベルでたどれます。
ちなみに、八ッ場ダム予定地の場合は、
群馬県→長野原町で「閲覧する」をクリックすると、撮影範囲を示した概略地図上に □ マスだらけの図がでます。

ここでは、上から二段目の□コースで右から4段目の□をクリックすると、その場所の画像が出ます。

左上に写真画像の撮影年度や縮尺情報などが表示されます。この地点の番号は一番下の黒数字で反転した場所(19)がこの地点になります。お隣の18や20など1枚1枚クリックすると約60%が重なるよう撮影されていますので、プリントアウトすれば3D写真としてみれば立体的に見えます。

次に、見ている画像の解像度をあげて閲覧するには、表示画面の上の数字をご覧ください。現在は50dpiですが、右端に100と400dpi
という数字があります。そこをクリックすると
あがります。400の方では、樹種・樹高さなどもわかるようです。ただし、プリントアウトするには必ず光沢か写真用紙(A4)レベルに押さえてはみ出ないようにしてください。

後は、写真を貼り付け編集して、グーグルアースをダウンロードしている人は、2009年または2010年のグーグル画像と比較されれば地元の緑のダム(森)の成長ぶりを比較することができます。

カラー画像以外でもモノクロや撮影年代が古いものも閲覧は可能です↓。

http://archive.gsi.go.jp/airphoto/

国土変遷アーカイブ空中写真閲覧システム
こちらから入り、空中写真を見るをクリック
してください。こちらは閲覧のみですが、ご自分の関心がある河川流域の緑のダム(森林の成長ぶり)が把握できます。占領下の米軍が撮影した時代の物もある場合があります。

ちょっとだけ面倒ですが、コンクリート製ダムより、緑のダムの大切さを実感ください。
戦時中の伐採・戦後の単一植樹の弊害から脱却し、皆さんのふるさとの豊かな自然とおいしい水をもたらしてくれる世界一綺麗な森の育成に関心を持っていただきたいものです。落葉広葉樹をはじめ、かつて日本にあった多様性を持った森に戻せれば、洪水被害も無駄な公共事業も減らせます。自然に寄り添い、自然からもっともっと学べば、そのおすそ分けをたくさんいただけます。自然は、いくらでもコントロールできるものと傲慢に扱えば、必ず負の遺産として戻ってきます。謙虚に向き合って学べば、必ず良いことがあります。

長くなりましたが、全国の緑のダムを皆さんで育てていきましょう。そして、世界一美しくて多様で安全な環境を取り戻しましょう!
関先生、日本国内に留まらず、アジアへ、これからも頑張ってください。

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