青龍神界鏡

次はまた首相してみんかお前。
https://www.youtube.com/watch?v=CsI7GSs4d1s

Azores, Ilhéus das Cabras アゾレス諸島カブラス島

2020年05月04日 00時00分00秒 | 投稿

対話は、疲労を私に認めさせる。
しかし、回避は着想すら許され得ないのは当然。
抱きしらしき希望と、支配理性の間の非相関を強力に矯正するには、来訪者に熟考を許容せずのまま、単純渇望の告白を誘うのが妥当と見る。
何を、お望みなのかを、理性が不明である現況を、お分かりではない事が、共通項目、来訪者にとっての大血流の首と見る。
ここを胴とした、自由自我の形成の時を待つ。
何故あなた達はそうも一様に、非相関ごと、霧状欲望を常としているのだ。
あなた達は何故、人間の在り様を霧状に蒸発させゆきて未来に発生しゆく隷従量を以ってして、自己の欲望を叶えゆく推移の起点たる、硬質思考を認識せずが共通特徴なのか。
この察知、“硬質思考を認識せずが共通特徴”にとっての粒子振幅増幅導管との科学注視され対象は、人間衝動が共に走る太い首の筈。
何かを、外界に及ぼしていきたい、が最小の共通公約数の波形音声の筈。
自己の肉体血流が走るその太首の中にこの音声、始祖波形がこだましている内に、それへ素朴にでも、頭部を突入させてみる。
夢から目を覚ましいく刺激はその即興舞台に視神経が感じる火花の筈。
訪問者の瞳は、厚い科学妄想の雲が数式状の雷雲を走らせるまぶたで覆われている。
恐らくあなた達すら知らずであった、素朴な衝動との初めての出会いの時だ。
何を、外界へ願いいく自己の始源的下品罵声に包まれるであろうか。
人間とは、文明が机の上の花瓶として、丁寧理性へ広報する科学操作手腕との間で設ける、操作への容易妄想、利便性招来期待との姓名、適宜相互交替との破廉恥な娘のお陰で確かに、こうした下品罵声に惚れをもたらし、黙らせているのだ。
あなた達のまぶたとはそして、異星人技術知見常時口語漏らしのコノハナサクヤヒメ、紫紺銀河回す宇宙広域内接なる電磁波粒子、超破廉恥。
どのような科学思想への、長期間、野放図放置が今のこの時代、事態をもたらせしか。
超新星爆発への、知性、視野快楽刺激欲望、同時の愕然は文明統御視野にとっては恒星死後の漆黒の闇。
注視は共に、時空を歪曲しゆく、欲望科学を無限に招来しゆくのみ。
ただ、論外が係数との、絶望状況を憶測する他は無い。
こうした現在への過去の推移に関しては。
何故、そうした過去の推移にとっての起点らしき、膨大なる科学性欲を、何者がこの世界に発生せしめたるか、との問いへの手掛かりは、訪問者が果たしいく、素朴な衝動との初めての出会いに、丁寧に探しいく事になる。
試行の仮定からして気が遠くなるので、実践意欲は沸かない。
膨大なる科学性欲をもたらしたのは、どのような養殖文明群、栽培寸前での実験停止、無数事例を認知したる、廊下での豪放声量政談なのか。
人間なのかこれらは。
人間としての認知を確かに帯びつつ、文明を泳ぎしか。
対話者は長い時を燃やしての結論無き憶測の沼泳ぎのさなかに、ようやく気付く。
私の思考理性、大部分とはもしかして・・・回答は霧の奥と確信した問いへの、裂帛行軍の時に在ったのだろうか。
来訪者が、夢から目を覚ましいく術との、太首の内の裕仁への短剣での暗殺を思案するに当たり、私は太首の周囲にて御前会議忍び。
これは果たして、文明理性、全領域に於いては、いかなる、在り得べき人間思考上期待、物の手渡し作法との一相関候補であろうか。
何故私は自らの意思で兵站無補給戦線へ思考を出征させいきし、か。
・・・また、始まった、か・・・。
何なのだこうした終わりの無い追及思考は。
コノハナサクヤヒメ、超破廉恥電磁波粒子、異星人技術知見常時口語漏らし・・・。
起源は謎である膨大なる科学性欲・・・。
来訪者の太首・・・。
中京区に在りし成山荘との水墨画詩編芳名の宿の地下に詰めし惑貪瞋痴の作務坊主、人生の自己資本比率とは俯瞰上、宿泊を選びし中国人観光客の脳、意外さを喰らう、北米からの中国系留学生は堀川の白鶴か、とののたまい、唯に刺さりいくは毎秒不義の娘との脳梁、明の文人も思い付くまい。
全てとは、ベルトコンベア。
成山荘の地下、宿泊客を祝うべくへの術としては末端なる作務への梯子。
何か、誰ぞへの、祝いが為の、遮二無二の自動走行推進力。
膨大なる科学性欲の起源だ。
これを生みゆくは、同種同様の、遮二無二なる祝い推進力への随伴政経、無数による思想上の乱交が、筆頭候補の筈。
現在の蒙昧状況の足首から頭頂部にわたる全貌掌握力との、飛行眺望気球船への乗船券代は笑徳思考の実践だった。
真面目経営の成山荘が過去から現在へまで適宜存在するとして、地下の作務坊主とはしかし俯瞰上、膳食猛禽なる白鶴、慨嘆。
笑徳ごとぞ。
では、何故関係者はまともな気付きを、自然な理性を自己の生活や文明を眺望する丘へ至らしめずであったのか。
皿のメロン、ステーキ、イチゴ、ハモの蒸し焼き、ウナギ、スイカ、マグロ丼、キウイ、サーモン丼、かしわ丼、アサリ丼、カニ飯、イクラ丼何もかもを、膳食として完璧認知せしめる力は、いちいち、南米産やらロシア産のば仕入れおる、と調べさせず、コピペすらさせずであった、を前とした無力、無神経は。
笑徳の鳥、膳食猛禽なる白鶴、慨嘆、なら何もかもを俯瞰出来る筈。
肉体及び頭脳へ流入する美食由来熱量に関する主観的健全燃焼先を、苦労のまばたきの両目が捕捉していると思われる。
無神経な体躯にとって、開拓すべき外界が広がっておりそれは、投資環境の美化を歌う広告にとっての、健康飲料広告利益との容易な取り組み先は何か、との学生にとっては希望と容易快楽が混在する、就職エントリー期間界だった筈。
これとは、住人へ大なる罪悪感や、逼迫した倫理論争題材をもたらしは、せずであった。
何故なのだ。
何故、世界は住人にとって妥当に、健良で、堅牢で、開拓ごとを、仄めかしていられたのか。
膨大であった科学性欲に見合いし、成山荘の内部設計、月との遠隔電話器、音を媒体とする高速回線ネットパソコン、異空間技術にての月の街並み撮影動画、動物言語翻訳機といったしつらえ、煽情的なる、具体的手腕群は、如何にして沸いたのか。
対話者は未知であった。
ある星の地下管区に流出せし透明なる死後科効能は、二千キロ離れた隣の管区の人間の活動足跡を知るにつけ、当該管区の隅、林業の駐在交代期を狙い、豪壮な木造建造物を建ててしまったとの現象を。
物体や複雑構造利器を、透明は、死後の神界存在の甲方量を減らさず、複写する力を備えていた。
起源は謎である膨大なる科学性欲、そして依拠先利器は不明との科学思想はこうした間への来訪者との対話をしつらえてくる。
私達はこうした機を看過は出来ない。
そして、至りいくべき、妥当な合意点を眺望出来ない。
ここで過ごす時の目的をどのように鋳造していくべきであろうか。
分からない。
途方に暮れてしまう。
私達が現在の勤務先に在っての、長い時にわたる沈思が紬ぎし、思想の編纂意欲群の丁寧配列への、下品眺望無きようにとの高速思考上注意の数々へは、この間での対話の機はどういった連関を唱えゆくであろうか。
何も無き、との断定が既に容易だ。
沈思、思想編纂意欲との連関を、高速思考駆使が不可避の対話が何も紡ぎいきようにはない。
即ち、人間文明と連関する思想と、何の連関も無い、連関観念を紡ぎいきようにはない、鈍重にして時に身勝手に高速なる、霧状欲望への即応隷従を選びし利器の想像図面の描画を試みゆく機に資す他は無い。
何故、利器は顕現せしであろうか霧状欲望の人間達の日々に。
これから未来にかけて、過去在りしらしき異常顕現の再発を招来せずべく警視意欲を増幅す、がここでの機にとっての目的の候補であろうか。
ともかくだ。
私はここでの対話を四度経て、こうして至ってしまった深い当惑思考とは、不可避であったとの確信もまた、不可避だ。
では次の対話に臨みいくに当たり、この不可避当惑を不可避的に足場に選びつつ、没入してしまう対話時思考とは如何なる素性であろうか。
浴びし当惑の霧を明ける、何らかの扉と鍵の役目を果たしいくであろうか。
私の勤務先と回線を繋ぐべしとしたらしき、この間の過去の経緯を知りたいところだ。
何故、こうした霧状捉えの時が私の勤務先を襲ってきたのだろうか。
この世界には属さぬ、何者かによる、科学性欲投下実験・・・未来に再び起き得るとして、私達には抵抗の術を配剤する力は無い。
無い、のだ。
かくなる霧状対話の間の始祖との、堀川の膳食猛禽なる白鶴、慨嘆にとっての巣の島への抗いの小舟術などは。
何もかもを俯瞰す、この笑徳の鳥は降り立つ先は即、成山荘。
文明理性への意外な猛禽宿は地下。
依拠利器は、バケツ傍のバイトへ向かい、動く床のみとのkaiten-sushi barの科学性欲は、皿のメロン、ステーキ、イチゴ、ハモの蒸し焼き、ウナギ、スイカ、マグロ丼、キウイ、サーモン丼、かしわ丼、アサリ丼、カニ飯、イクラ丼を、膳食として選ばずであったオーストラリア人大勢lumbersの食後の寸志を、イギリス人authenticのcarelessな逡巡満つ視神経と指に変える、との想像を確かに生む。
成山荘はいちいち、南米産やらロシア産のば仕入れおる事実を、authenticは一顧だにせん設定のを。
対話後に、理性が投げ置かれゆくであろう、慨嘆の沼への事前眺望は続く。
他の眺望ごとに向けての、折るべし紙飛行機は残りを数えるのが、苦痛になる。
しかし、他の眺望ごとへの眺望衝動は現況に関する分析思考が沸かせてしまう。
これの素性は、書籍をめくる指と目の能率が同期しての快楽に描写を求めてしまう。
そして、一判明ごと、思考にとっては結論的な、強力なすがり先ごとを、取り合えずは得てしまう。
対話の機にとっての先行文明とは、書籍をめくる指と目の能率同期快楽を、碩学泰斗の栄典能力として全く栄光視せずであった、また市井当然のたしなみとの、温泉街の足湯に浸からせるままであった、との憶測の硬質度とは、かくかくしかじか。
・・・切りが無い。
際限を、見えず続けであると見なす自我は確かに在るのだが、・・・理性にとって健全参照先風体の情報が複数並び、慨嘆の投げやり先判定、かつ侮蔑からの知的救済への義侠心沸かせとの不得手造形人形判定の同象限情報が複数並び、確定的なる愛着視野先と思われる湖沼ほとりの古ぼけた水車風景情報と、健全学生にとっての洗練なる携帯型パソコン、滝流れ庭園併設茶店、美味への戒め型ヨモギ饅頭、ここらから近し電気店、文明にとっての洗練背広の輪郭伝えが、鷹揚に、芳醇に、住まいし人生を、非傲慢に、温かに誇ってくる。
書籍をめくる指と目の能率同期快楽にとって、これらを侮蔑する未来に至る必要は在るであろうか・・・。
すぐに問いへ答え能う自己とは在らずは当然なのだ。
こうした状態に至った理由は分かっている。
訪問者が、夢から目を覚ましいく刺激を考案すべく、肉体血流が走る太首の中に、素朴にはなく、攻略的思考の頭部を突入させたからだ。
何者なのだ、対話の間や訪問者にとっての、始祖とは。
何故こうも、確実に野放図である、しつらえ事万象への、しつらえ苦労伴わずの在り様を、人間に抱擁させいこうとしたのだ。
科学性欲をいずこぞに、放ちし者の素性とは一体何なのであろうか。
ようやく、これに可能となった指摘がある。
何も、考えずであった。
科学性欲、始原的、在りの起点に於いては。
これの膨大係数から、すぐさまの判明として、この世界に放ちし者も同様に、何も、考えずであった、との指摘が立つ。
即ち、この世界にとっては忌むべき、壮大な失態の筈。
人間が編みし思想を脅かし得る、人間揺籃文明を、丁寧にお探ししていた日々にあり、これ程、甚大な危険要素に遭遇する事になるとは・・・ただ慨嘆しかない。
もはや、容易に成立するとの憶測がある。
そこに揺籃さる人間とは、“人間をどう思っているのか”との底流する思想を敷衍刺激するが如くの、情動刺激上、危険な芸能台詞の問いへ、何と答えられない筈だ。
何とも、思ってはいない、を問われざる続けの、脳内衝動、常時効率的満足人だからだ。
このような人間とは、思想からは最も遠くへ、人間営為によって追いやられていくのだ。
無関係なのだ。
ただ、文明的ではあるも、ひたすらに非人間なのだ。
首の中のファーストフード熱量混じりの血流と、苦悩文学を肌身で知る青春の頭部による、相互の嫌い合いを、何故か知っていないのだ。
潔癖さを維持する美学のレベルがずっと100なのだ。


対話の機とは、科学思想の健全性を私達が維持していこうとする思考を、鈍麻させゆこうとある、と俯瞰出来る。
そして、対話の機を無視しても是、との判断を私達は選ぶ事は出来ない。
では、回避は不可能である対話の機の後に在っては、如何にして思考を健全に立て直しいくか、の術を、どのように事前準備しておくべきであろうか。
対話の機に臨むにあっての、事前の警戒事や、事後に向けての計らい事は数多い。
・・・途方に暮れてしまう。
・・・ふう。
知的含意を一切帯びずの疲労の溜息となると、ああいった憶測を帯びいく他は無い、科学性欲まみれの先行文明は如何に、的確な慰安指南を着想させ得たであろうか。
この憶測推移は、次に如何なる硬質確信項目、例えば先行文明に於ける価値不明商品を撮影しての利便性と希少性、価格即時表示目的携帯端末の存在密度を知的描画しゆくであろうか。
この問いを攻略しゆく、一程度の高さの足場が、岩のなだれ込みであったとしても、成った感じがしたならば、攻略を試行する事で、思考を健全に立て直しいくかの術の、準備法に資しゆく妥当性を発見していく事は不可能であろうか。
・・・・・・私が過ごしている、苦慮思案の時とは、人間思想を、科学性欲直参配下の自動走行の床から守護しゆくべくの職務とは、有縁、無縁、いずれなのか。
その答えは真実なのか。
私の現在の苦慮思案の時とは、既に科学性欲直参配下、自動走行の床の上での瞑目座禅・・・か・・・。
ただ、出会いいく先は、有翼の猛禽時給学生の前、頭部内部での“的”観念の相互融合の限り。
人間に自由であった、非物理なる、観念的核融合。
学生的、銀座の寿司店的、頭部にて算術式駆使にての惑貪瞋痴の堀川白鶴的、法力の高しめにいそしむ廊下から地下の蜜舐め坊主の速記真言、表書き参詣記帳の時的、全てはいずれ青龍神界鏡で喰われるエサとの笑徳ごとなので無問題、的。
何とでも、のたまえるのだ。
がてら、眼前の指と脳を繋ぐ視神経は既に、的の相互融合の先、これが次に的と融合しゆくべくの美味芳香の調味に忠実。
私は今、何に忠実なのであろうか。
何らかの相互融合に向けての、美味芳香の調味とは、人間思想を首内の血流から脅かしゆく、科学性欲直参配下の自動走行の床を、胃として認めゆくべくの、ただ遮二無二の時、一可能性なのであろうか。
私の現在の思考は既に、脅かされているのだろうか。
止まらない、のだ。
何故、なのだ。
その故を、追う。
そして、それは新たに、何か止まらず事を、気付かせてくるのみ。
何なのだこうした時とは。
あ、新たな判明事だ。
常識を、大無視だ。
この論外事が、過去、科学性欲大降臨の地、前後ではびこった筈・・・だ・・・。
では、対話の機の前後、とにかく常識を増強しゆく、何らかの思想を丁寧に洗練しゆく可能性を確保出来たならば、対話に臨みいくに当たっての、人間思想守護職務上の不安をある程度・・・。
ふう・・・、との溜息すら・・・収奪されゆく先とは、終わりの無い、核融合思考的の時だ・・・。
どうすべき、か・・・。
一秒すら、脱却が許されない。
句読点を置けないのだ。
起点は何だったのであろうか。
それは、来訪者と彼らが嗜好しゆく良俗の間に満つと思われる大量の日常挙動を、常識分子構造、八方細密充填に閉じ込めての、思われ事、の追及思考だった。
日常挙動のみにとってではなく、彼らのあらゆる非作為性の近傍にて穿孔、内装されゆく、真剣沈思企画意思を・・・尾行、内偵しゆく営為だった。
それは、想念への想念による、辺測定の試みであり、目盛設定時の疲労は重き、わだかまりを二者間に、不可避的に招来する事になる、と事前予見すべき象限にある。
危険な事であるが、他に手立ては無かった。
私達による、人間思想調査意欲の健全性と、この広間へ来訪しゆく彼ら一様なる無意味思考への耽溺からの救済経緯を確保するには、だ。
そして私は未経験なる、南北が直結なる回遊廊下に歩行思考営為が追いやられる事となった。
彼らとの対話の機にとっては、どういった選択、手立てが他に正解だったのだろうか。
分からない。
この機とは一体如何にして出来しゅったい、したのだろう・・・か。
・・・始まった。
回遊廊下歩行思考が。
答えへすがりつきゆく思考はある程度の発見ごとを見出しいく推移をもたらし、これは他の視野と絡み合う事で、鮮度印象の良い、攻略的視座を確信させゆくであろう。
何故、何もかも、この機への接着振る舞い思考へは、心地良い報酬の実が生っているとの、大樹の枝なのだろうか。
・・・これだ。
これこそが、今度こそは、あらゆる問いへの、一結論的視座に該当しゆく筈だ。
人間の全、失敗へ、情けない泣き声を装いつつ、知的哲理風体の結論を浴びせかける主体は一夜、市井へ忍びし、皇太后にて、一週間以内に固定化しゆく失敗回避方策は、伝家の宝物解釈法との璽奥を夫から溶かし盗みゆきしとの、京のあらゆる女の声が、遮二無二、完成を主張。
全失敗の土が一カ所に集まっているその花壇に、次は嘘の勇敢さを装う知的哲理風体結論を浴びせかけゆく術は、作為にては人間文明は編集は不可能の筈。
必ず、非作為性、濃厚象限に在る。
真剣である、思想間口論が近傍に開設しゆく、隠密なる、無意味義憤霧散会話室なら、無数なる、いかがわしい、浴びせかけ事を担当可能。
七度以上の浴びせかけの後に、土に生えゆく心地良い報酬の実の大樹が、対話の機周辺に立つ様とは、少なくとも三本以上・・・。
この数及び、対話の機の頻度から敷衍ふえん、妥当な思想間口論の規模とは、無数の文明、即死後の流出血液、分配論争が、俯瞰上成立なる妥当題目。
何故、無数の文明、即死・・・。
何故、・・・。
分からない・・・。
恐らくは当該、無数の文明、分からない・・・、との自然な頭蓋輪郭、遠方視野上慨嘆を、無視し続けた異常な、分かりいきの力、京曰くの“おしみいぬかさ”、漬物周囲の糠ぬか、との、臭い女ながら脳のまとわりつき観念に樽が満たされ続けたる、断固、キュウリ、壬生菜みぶな、との漬物現物一切が伴わずながらの、・・・まとわりつき経緯、主張の樽。
嘘だ。
漬物現物が埋まっておらずの糠樽が何故、蓋を開けた突如、臭い女ながら脳、まとわりつき経緯を、俯瞰上主張し得たのか。
如何にして。
そして当該、文字式で成立らしき糠樽文明群は何故、即死へ至ったのか。
こうした憶測へ至りいく推移の規模から敷衍さるに、根源とは、いかがわしいの始祖、大嘘、これ在るのみ。
何故なのだ・・・。
過去、この世界に漏れし科学性欲の規模、及びその現象への完全無視事実の成立を鑑みるに、糠樽文明群、即死の故、大嘘を招来せしは、大破壊とこれの後の大後悔との推移。
世界大補修能力や権限を備えし、宇宙視野への眉間、北極星が地球の地軸が如くの酩酊足取り軌道の後の、瞑目を覆う両手縫う涙。
然るに、この宇宙への北極星君臨推移との、理系的把握公言からは憚られる、絶頂脳波波形をもたらせし雌雄については、糠への、引き籠りキュウリの相。
こんな頭と、涙腺の緩さの相関に知的修辞が帯びいかないアホとは、必ずだらしない、へっぽこ交尾が生む。
この二者以前を辿るには、二者にとっての大人生、大銘柄動態が必要。
かような、この世界の大過去に関し、控除的に容易成立となっていきしは、論難を網掛け漁の網素材として暗い海に投げて船に揚がる推論を、足場台座に重ね置いて見える、船室での口論の人影。
成立推移に於ける、思考上狂喜視野、ついでに強固確信ごととは、私が出会いし対話の機に端を発する、回遊廊下歩行思考の対象と、何らかの図形的交合、倫理的整合を果たすであろうか・・・。
即座の断定とは容易だ。
有り得ない。
何者もによる牽制や監査を、完全無感知であり続けし、北極星権力、ただ宇宙への大落下軌道が、宇宙に成層圏観念を招来しての、大熱波との事態規格のみが、私が暫時至っていった、科学性欲の沼での思考歩行のぬまりから知的に観察さる、天文館の天井上映映像と添付字幕。
然るに、この世界の人間とは守られては、いない。
何から、そして何者のご義務によりか、については、把握をする意欲は無い。
とにかく、守られてはいない。
大いに、激烈に。


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