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文字と歴史・・・『シュトヘル』に見る文字と文化と歴史の関係

2013-09-13 07:32:00 | マンガ
 


『シュトヘル』 月刊スピリッツ

■ 今一番面白い漫画は『シュトヘル』 ■


最近、漫画を読んでもドキドキしない。
ツマラナイ。
何故って・・・年を取ったから?
大体3ページ位い読むと、先が分かってしまいます。

そんな中年オタクでも、鳥肌をたてながら読む漫画があります。
ジャンプに連載されている『ナルト』です。
特に最新作でサクラが見せ場を作っただけに、ヒナタの応援団としてはヤキモキします。

まあ、冗談はさておき本日の話題は「月刊スピリッツ」連載の伊藤悠『シュトヘル』

以前にも一度紹介していますが、あまりにも面白いので、再度のお薦め記事です。
この画にゾクゾクしなければ、あなたは不感症だ・・・『シュトヘル』(人力でGO 2013.01.17)

■ 漫画の魅力は絵の魅力 ■


『シュトヘル』 月刊スピリッツ


『シュトヘル』 月刊スピリッツ

漫画の魅力は絵の魅力に負う所が大きい。下手な絵でも、ストーリーが面白ければ『美味しんぼう』の様にヒットもしますが、そうは言っても絵の上手い漫画にはドキドキさせられます。

現在、私が一番ドキドキするのは、『シュトヘル』ですが、カラーページだったら1時間は眺めていられます。本編でも、これだけ見開き1ページを多用する作家は珍しいのでは無いでしょうか。それでもページのスペースが足りずに、こちらに飛び出してきそうな勢いがあります。

さらに、コマ割が上手いというか、挑戦的。最近は見開き上下2分割のバリエーションが多いのですが、その他に見開き縦4分割や、見開き1ページの大きな絵の上に部分的にコマを配したりと、この伊藤悠のコマワリは挑戦的でワクワクさせられます。

このコマ割は、映像表現に近く、見開き1ページはズームアップ、横長のコマはパン、縦長のコマはティルト、小さなコマはモンタージュに相当します。

これらのコマを最適に配した結果、『シュトヘル』は静止画でありながら、あたかも動画を見ている様な錯覚を読者に与えます。

この様な表現は、「劇画」が長い時間を掛けて編み出して来たもので、沙村弘明や伊藤悠はその効果を最大限に引き出す作家達と言えるでしょう。

「シュトヘル」でgoogleで画層検索をすると、画力自慢の多くの人達が自分のイラストをアップしています。まあ、この絵を見たら、腕に自信のある人達は、思わずチャレンジしたくなる気持は痛い程理解出来ます。

■ 単なる活劇では無く、文字と文化を巡る壮大なストーリー ■

『シュトヘル』の魅力は絵だけではありません。ストーリーも知的でスリリングです。

12世紀末、中国は南宋、西夏、金に分裂しています。それらの国にモンゴルの地から戦いを挑み、大帝国を築き上げたのがチンギス・ハンです。


12世紀のアジア


13世紀のアジア

『シュトヘル』の主人公であるユルールは、モンゴルに平定された小さな遊牧民国家の皇子ですが、彼の母はモンゴルに国が蹂躙された時、人質としてチンギス・ハンに差し出されます。そう、ユルールの本当に父親は、チンギス:ハンなのです。

ユルール勇猛な父の血にも関わらず、知的で学問を好む子供でした。彼は西夏から彼の国に差し出された義母に良くなつきました。そして西夏文字を習います。

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西夏文字は漢字を原型にして、西夏王朝(1032年~1227年)初代皇帝李元昊の時代に制定された文字です。建国を期に、西夏独自の文字体系を確立しようとしたもので、6000文字から出来ており、一字が一音節を表します。

西夏文字は蒙古軍の襲来で西夏が滅ぶと同時に歴史から姿を消すので、実際に使われていたのは100年程の短い機関で、長らく解読すらされない文字でした。

『シュトーヘル』では、主人公ユルールがなついた西夏の皇女は、西夏を出る時に密かに西夏文字を刻んだ石版を嫁入り道具として持ち出します。国が滅ぶとも、西夏文字を残す事で、西夏の文化を後世に伝え、そして西夏の再興を果たそうとしたのです。

一方、チンギス・ハンは執拗に国々の文化を抹殺します。図書館を焼き、知識人を殺します。『シュトヘル』では、その理由はチンギス・ハンの個人的恨みによるものとされています。

一方、実際の歴史においては歴史は過去に遡って勝者が編纂)します。元(蒙古)の時代にも、彼らが滅ぼした宋・遼・金の三国の歴史(「三史」)が編纂されます。これは言うなれば自分達の都合の良い様に、歴史を改竄する行為とも言えます。ところが、西夏は「三史」に含まれなかった為、西夏文字と共に、西夏の歴史も後世に伝わる事が無かったのです。

■ 文字と国家、そして文化 ■

東アジア圏の中国、朝鮮半島、日本は漢字文化圏です。

遊牧民族だった蒙古は文字を持ちませんでしたが、チンギス・ハンの時代にウイグル文字由来のモンゴル文字が使われる様になります。蒙古が勢力を拡大する過程で滅ぼしたナイマンの宰相でウイグル人であったタタトゥンガという人物が、チンギス・ハーンに文字の重要性を説いたとwikiには書かれています。

モンゴル文字の元となったウイグル文字は、ヘブライ語などに通じる「表音文字」で、世界では西洋諸言語(文字)を始めとして、アラビア文字など「表音文字」がスタンダードです。

一方、漢字は「表意文字」で、非常にユニークな文字体系です。
中国語は同音異義語が多いのですが、漢字を使う事で文章表現上の混乱を避けられます。日本語も同音異義語が多いのですが、歴史的にカナ表現のゐ(ウィ)やゑ(ウェ)などの発音が消えていったのは、漢字表記とは無関係では無いかも知れません。紛らわしい発音や微妙な発音が淘汰されても、漢字によって同音異義語の区別た付くからかも知れません。

■ ハングルやかな文字は、庶民の為の表音文字 ■

一方、漢字を導入した日本や朝鮮半島では表音文字も編み出されています。日本の平仮名や片仮名、韓国のハングルがそれに当たります。

漢字は覚えるのが難しいので、庶民の間に普及させる事は難しい文字でした。そこで、庶民でも文字が使える様にする為に、漢字を元に表音文字を作り出したのです。日本は漢字カナ交じりのハイブリットな文字体系に進化して現在に至ります。

一方、ハングルは1446年に李氏朝鮮第4代国王の世宗(セジョン)が、「訓民正音」の名で公布しました。中国の属領であった朝鮮半島では、漢字を使う事が正しく、独自の文字を持つモンゴル・西夏・女真・日本・チベットなど蛮人と見なされていた様ですが、世宗は庶民の為には簡単な「表音文字」が必要と考えたのでした。

ハングルは○やトの様な記号の組み合わせで出来ており、母音と子音を表す部首で構成されるので、非常に合理的な設計がされた文字です。ある意味においては、自然起源では無く、人造的な文字とも言えますが、その由来は起一成文図起源説、パスパ文字起源説などがある様です。

■ 公文書では使われていなかったハングル ■

ハングルは表音文字としては良く出来ていますが、朝鮮半島においてはハングルはあくまでも庶民の使うものとされていたので、公文書などは漢字だけで書かれていました。

漢字とハングルを併用し始めたのは、日本の植民地時代だと言われています。

福沢諭吉の弟子の井上角五郎が。「漢城旬報」という新聞を朝鮮半島で刊行し、庶民の啓蒙を始めます。最初は漢字のみの表記でしたが、福沢の薦めで、漢字ハングル混じりの文章によって、より広く庶民に読まれる事を狙ったものですが、漢字カナ混じりの日本語的発想とも言えます。

■ 漢字を廃止した韓国 ■

興味深い事に、現在の韓国では漢字は名前くらいしか使われておらず、ほとんどの文書がハングルで書かれています。これは、日本植民地時代への反発から、独自文字を使おうという民族自立の精神が際立ったもので、西夏文字などと共通する考え方です。

漢字は李王朝末期に朝鮮半島が中国の属領扱いであった事を思い出させますから、日本の影響を排除すると共に、中国の影響下にあった時代も抹殺してしまおうという、実に大陸文化的な発想です。

ただ、問題も発生します。表音文字では、同音異義語の区別が難しい。英語などは、その混乱を避ける為、発音のバリエーションが多く、それに従って同じ様な発音の単語でもスペルが異なるので判別が付きます。

一方、漢字文化を採用していた日本や韓国では、発音が未文化、あるいは表意文字である漢字え新しい単語を作った為に、同音異義語が量産される結果となりました。これを、表音文字のハングルだけで書き表すと非常に混乱を生じます。そこで、新聞などでは()で脚注を入れるなどして、同音異議語による混乱を防いでいるそうです。

さらに、表音文字だけの文章は、表記の仕方にも工夫が必要です。

「きょうのじんりきでごおはもじとぶんかについてこうさつしています。」

何の事だかさっぱり分かりません。

「きょうの じんりきでごおは もじと ぶんかについて こうさつしています」

文節毎に区切るとかなり分かり易くなります。ハングルは、この様に文節に分けて表記する事である混乱を避けています。

これを、英語の様に単語毎に区切ると、むしろ分かり難くなるのが面白い所です。

「きょう の じんりき で ごお は もじ と ぶんか に ついて こうさつ しています」


■ 文化と不可分の文字を廃止する政治的決断と、文化に対する影響 ■

「敵国語は使わない」という政治判断や社会お圧力は、戦中の日本でも起こりました。ベースボールを野球と言い換えたりしています。

ただ、英語などは外来語でしたから、日本文化にそれ程強く根付いている訳ではありません。しかし、漢字を日本語から排除するとなると、問題は深刻です。

朝鮮半島はこれをやってしまったのですから、ある意味において驚きですが、そもそも漢字が読めるのが一部のエリートに限られていたので、庶民への影響は少なかったにかも知れません。

しかし、それでも色々と問題が発生します。学者でも漢字が読めないので、自分の国の古い資料を読む事が出来ません。様は、歴史が途絶えてしまうのです。

中国の属領であったとしても、その時代も含めて自分達の国の歴史です。しかし、儒教の思想では、都合の悪い事は過去に遡って改竄すれば良いとなります。

日本と韓国、あるいは中国との間で歴史認識の差が拡大するのは、儒教国家の歴史感が、根本的に私達と異なる事も一つの原因となっています。

日本とて、過去の歴史は都合良く解釈され、美化される事に変わりはありませんので、両者の隔たりは拡大する事はあっても、縮小する事は無いのです。




本日は『シュトヘル』という、素晴しい漫画を読む事で、東アジアに関する文字と文化、そして歴史に関する簡単な考察をしてみました。


『シュトヘル』を読まずして、現在の日本のマンガは語れません!!



<追記>

大国中国(唐、元、明)などに対して朝鮮半島や日本は小国として独立の確保に腐心します。中国の王朝は、伝統的に東アジアでは対等の国家を認めない冊封主義を取っており、朝鮮半島の王朝も日本の王朝も、古来、朝貢によって、中国から国王としての正等性を担保してもらって来ました、遣隋使や遣唐使は、「朝貢」以外の何物でもありません。

朝鮮半島と日本の違いは、中国との地理的な違いに負う所が大きく、朝鮮はお隣だけに色々と口出しをして来ましたが、「日本は海の向こうのどうでも良い国」、要は夷族の国に過ぎなかったのでしょう。これが日本の独立性に大きく役だ立った事は言うまでもありません。

実際には663年に「白村江の戦い」などで倭国(わこく)と百済の連合軍が唐と新羅の連合軍と戦い破れたり、元が日本を2度程攻めていますが、幸いな事に日本は海に守られ、独立を維持しています。

この様に、日本や朝鮮半島は中国の影響を大きく受けて着ましたが、地理的に中国と陸続きの朝鮮半島は、政治的にも文化的にも中国の影響は決して小さくはありませんでした。


一部、ネトウヨの中には、これをして国家の優劣を語る人達も居ますが、あまりにも巨大な中国に対して、海で隔てられていた日本が、単に幸運であっただけというのが事実では無いでしょうか?