ぱそらぼ (ぱぁと1)

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デジタルなココロ

2012年09月09日 | 雑談
「デジタル化は必ずしも万能ではないと考えている。デジタル信号に置き換えられないもの、これを仮にアナログと呼ぶとすれば、デジタル化はアナログを補完するもの、アナログ的なものを実現するための手段であったはずだ。」

これは、地上波テレビのアナログ放送が終了し、デジタル放送に完全移行しようとしている時、前NTT会長・福地茂雄氏が指摘された一節です。「アナログとデジタルの関係は、本来アナログというココロがデジタルというカタチになったものと理解している」。氏は、その「本来」が今では逆になってしまっているのではないかと言われています。

世の中に警鐘を鳴らしている人はいても、ただ流されていく膨大な情報の1つで、誰の心の中にも留まらなければ、私たちは将来に禍根を残すことになりかねません。

デジタル化は、今の文明に「無くてはならないもの」です。今では、手書きのプリント配布など多分あり得ないし、携帯が無ければ夜も日も明けないという人も多くいます。カメラの世界、音楽の世界。軒並みデジタル化していて、従来からのアナログ製品は見る影もありません。それは、エジプト文明の「パピルス」を凌ぐほどの大事件に違い無いのです。

ですが、何をどうデジタル化したところで、最終的にどうしてもデジタル化できないのが「人間」です。大学受験も「マークシート方式」が採用されて以来、デジタル化を止めようもありません。それが一番正確で公平な選抜方法だと、皆が信じているからです。

マークシート方式では、多肢選択方式が良く使われます。つまり「ア」「イ」「ウ」「エ」といった解答群から正しい符号を選択するもので、「ア」と書けば「ア」、「イ」と書けば「イ」と答えたことになります。ためらいながら書いたとか、自信を持って書いたとか、鉛筆を転がして書いたとか…は、一切省みられずに、書いた答のみが評価されます。

現代はそういう時代です。だから、世の中が荒んでいくのも当たり前ではないかと、ふと思います。デジタルなものを使いこなしているものはアナログな「心」に他ならないのに、その「ココロ」がどうやらデジタル化してしまっているような気がします。


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