マヨの本音

日本の古代史から現代まで、歴史を学びながら現代を読み解く。起こった出来事は偶然なのか、それとも仕組まれたものなのか?

金正日の女性秘書

2009年11月06日 09時11分41秒 | ひとりごと
「金正日は日本人だった」を一回り読み、いまもう一度読み返しているところだ。
p264に最側近の女性秘書の正体という項目がある。「金正日の執務室の警戒は当然のごとく厳重だった。出入りできる人間は小数のものに限られており、高英姫夫人と最側近の女性秘書・オギ同志、それに一部の秘書であり・・幹部でも執務室には入れてもらえなかった。」とあるが、このオギ同志というのは本名が金玉(キムオク・玉蔵じゃないからね・・・)、生年月日は1964年生まれ、平壌の金星高等中学をでて、平壌音楽舞踏大学でピアノを専攻、・・・1980年代初めから金正日の個人秘書を務め、2001年ごろから国防委員会課長の地位に付いた。とはいえ、ただの秘書ではなく、愛人を兼ねていて、金正日の海外出張に出かけるときは、必ず彼女の姿がみられた・・・・。2001年1月の金正日訪中の際には国防委員会課長の資格で同行し、金正日夫人として胡錦涛国家主席と挨拶を交わした・・・とある。
横田めぐみさんの生年月日はいつでしょうか、1964年10月5日です。金玉は実は金策市の日本人集落の日本人と言う噂もあるというが、高英姫が亡き後、実質的に将軍様の正夫人なのである。
実質的な後継者に決定している金正雲氏は三男であり、次男の正哲と共に高英姫の子供と言われているが、もしそうならよほどの理由がない限り、次男が後継者となるはずである。そうならないのは、そういう理由なのだ。
正雲氏の生まれ年は1984年、まさにめぐみさん20歳に生んだ子供と考えるとつじつまは合う。(めぐみさんの子供ならかわいい子になるだろうね・・・)
金正日は日本人の子供を後継者に指名し、日本にエールを送っているのである。
もう、真実はここまで明らかになりつつあるのだ。あとは「友愛」あるのみである。
この本の後半には金正日がいかに親日派であるかが説明されている。実は日本へは何回もやってきており、赤坂のコルドンブルーで引田天功に夢中になったと書いてある。
おそらく、本当に日本人じゃないのかなと私も思ってしまう。

さあ、がんばりましょう。拉致問題も、核疑惑も解決することは簡単なのである。鳩山さんが訪朝し、手を握ればいいのである。明日にでも出来るじゃないか。