マヨの本音

日本の古代史から現代まで、歴史を学びながら現代を読み解く。起こった出来事は偶然なのか、それとも仕組まれたものなのか?

宋末、元初の時代に何があったのか?

2021年08月29日 09時43分28秒 | 歴史の翻訳
少し追加記事を書きました。

前回は神武天皇の東征がモロッコから始まったと述べました。なぜモロッコなのかがいまいち不明なのですが、そもそも始まりの天照様が降臨したのは天国アルメニアとなっていて、そこからイザナギ、イザナミ、海幸・山幸の物語などがあり、結果そうなったのしょうが、順番通り歴史を調べると意外と退屈なもので、気になることを重点的に調べるのが私のやり方なのです。わからないことはまたの機会に調べればいいのです。
私が最も知りたいのは日本の支配者がいつごろ、どのような経路で日本にやってきたか、そして彼らはその足跡をどのように残してきたかであります。
神武が実在したとして、その年代、さらにオリエントの歴史の中ではたしてどのように描かれているのか・・・・疑問は山ほどあるのですが、少しづつ解明してゆくしかありません。
現在研究対象にしているのが国立国会図書館デジタルコレクションでダウンロードした古書「日本民族祖先の雄図」(著者 木村鷹太郎 出版 大正9年)です。
古書をスキャンし、そのままPDF化したもので、入手困難な書物を我々が無料で読むことができる非常にありがたいサイトです。https://dl.ndl.go.jp/
もちろん「日本太古史(上、下)もダウンロードしましたが、「雄図」がおそらく木村氏の最新版で一番新しい考えが書かれていると思い、まずはこの本を読んでみようと考えました。(年代により少しづつ主張が変わってゆく。当然ですね。)
ただし、今日話題にするのは「日本太古小史」で、これは太古史の縮小版といえるもので、いわばダイジェスト版と言えます。これを少しずつプリントアウトし読んでいますが、時間が限られているため一日に何ページも読めません。まあ、ライフワークとしてゆっくりやっています。
何度も言いますが、私は木村氏の考えとは明らかに違います。彼は日本の天皇は世界を支配するべきだというような超右翼的な考えを持っていて、それこそ日本は世界のひな型だという危険な思想を持っています。しかし日本の天皇がエジプト・ギリシャ方面から移動してきたことを明らかにし、移動の経過を詳細に記すことは支配者層にとって実は「不都合な真実」であり、「ありがた迷惑」な話になっていたと思います。だからこそ史学会はシカトし彼の挑発を無視し続けたわけです。
さて、木村氏の説を鹿島氏がさらに進め、「史記解」(鹿島昇著)で、中国の歴史はオリエント史の借りものであることを証明し、さらに、日本史も朝鮮史のコピーだと論証してきた。しかし鹿島説をさらに進めたのが稲羽太郎で、鹿島氏の見逃してきた部分を大幅に見直し、おおむねオリエント史と中国史の対比がほぼ完成できてきた。
鹿島氏は司馬遷が漢の史家で、漢以降の歴史は正しいものと考えています。稲羽氏は中国史の宋代以前をすべてオリエントの借史とし、さらに高句麗・新羅・百済までもオリエントの歴史としています。ここまでくると中国・日本・韓国の歴史はほぼ全部が歴史とは言えず、支配者たちの出世物語に過ぎないことになります。
とはいえ、トロイ戦争と白村江の真実、ヘブライ王国の誕生年など本当に正しいのかは現状では仮説にすぎない。そんな中でデジタルコレクションで木村氏の著書が見ることができるとわかり現在夢中で読んでいるわけですが、そこで気が付いたのは「木村が一番過激」なことです。
まずは少し読んでみましょう。とはいえ、長くなるかも…ですが、本物は旧字体で格調高い代わりに読みにくいのでマヨ流に翻訳してあります。
「これより後代に関し、古典に書かれているのはアフリカ南部一帯より、インド、チベット、中国西南方面を含み日本書紀、天智、持統、天武天皇の時代においては日本国家の中心はインド・チベットとなりバンコク、ウイグル、デリー、カシミールの地は古典では他の名称をもって記載していることは新研究の発見でした。かくて日本歴史は奈良朝、平安朝、源平時代、鎌倉時代、南北朝時代となるものがあったと言うが、それらの時代の地理的舞台はどこであったのだろう。私はこれを極東島国日本ですとは言うわけにはいけないという者であります。なぜなら源平時代と南北朝時代とは実は連携する時代とは言えず重複していると考えるべきで、南北朝時代の末期、光厳院の行脚記事なるものは明らかにビルマ方面からインド南方一帯及び、セイロン島地誌を示しているわけで、しかもその年代は中国史に当てはめると宋末・元初のころになってしまう。
その日本書紀以後太平記に至る間に包有される地域は西北はエジプトギゼーの三角塔地からアフリカ南端に居たり、現在のアルベルト・ニャンザ湖、ビクトリア・ニャンザ湖等をはじめそのほか詳細なる地誌が存在する。また、マダガスカル及びその東方の再会島(リュニオン島・近松門左衛門は又会う島という)は鬼界島(オデッシーKirkao島)の名で書かれている。・・・・・略・・・・・・
その果たしていずれの時より現在島国日本の国家的活動の歴史の始まったのだろうか。私もいまだに十分明らかにできていないところではありますが、意外と新しいものであることは感じているところであります。」(「日本太古小史」p128)
まあ、さすがに平安時代や鎌倉時代まで日本列島の出来事ではないと言われるとちょっとびっくりせざるを得ないが、南北朝が別々の場所で起きたことを重ね合わせた歴史だとすると・・・・うーん何も信じられなくなるが…。
ただ、以前S氏から「亀山天皇の時代に日本の地政学的重要性」が高まってきたため、〇〇宮を設置し、日本を南北朝に分断し支配することにした。」と聞いている。その時代と木村氏の指摘する光厳上皇の宋末、元初が奇しくも一致する。
さらに稲羽氏の「中国の歴史は宋、元の時代から本当の歴史になる」という主張とも一致する。
それ以前に日本に歴史がなかったとは言わない。十分な長い歴史はあったのですが、書き換えられ、以前の歴史は破り捨てられたということでしょう。
宋はAD960年に建国された国家でこの国の歴史から本当の歴史だと稲羽氏は述べる。つまり元、つまり女真族とイスラエル部族の本格的な争いが起き、日本の地政学的位置が重要になってきたものと思われる。春秋時代の宋は実はヘブライ王国の歴史を中国語に翻訳したもので中国本土の歴史ではない。
また、木村氏は日本の元寇がペルシャとギリシャの戦争と全く同じであると述べている。つまり元寇があったとする北条時代に疑問を呈している。まあ、この件は別の機会に検証しよう。

木村氏は出雲風土記はエジプト史だとも言っている。この分でいうと各地に残る風土記も怪しいものである。wikiで風土記を調べると、「現存するものは全て写本で、『出雲国風土記』がほぼ完本、『播磨国風土記』、『肥前国風土記』、『常陸国風土記』、『豊後国風土記』が一部欠損した状態で残る。その他の国の風土記も存在したと考えられているが、現在は後世の書物に逸文として引用されるのみである。ただし、逸文とされるものの中にも、本当にオリジナルの風土記の記述であるか疑問が持たれているものも存在する。」まあ、すべてをつじつまを合わせて改修するのはなかなか大変で、重要なものは書き換え、面倒なものは焼き捨てのだろう。

それにしても、支配者たちの歴史に対する執念には恐ろしいものを感じる。ウバイド=倭国は世界の王を決める権利を持っているという。国の代表が王だとしてその王を選ぶのはもはや神の仕事である。倭国は表面的には消えているが、既得権益を所持したまま影の存在として今もどこかに存在しているようだ。
私の研究はどこへ向かうのか、今は何も見えていない。

追加分

神武の兄弟で、稲氷命が新羅、つまりローマの始祖となったと書きましたが、もう一人の兄弟、三毛入野命はエジプトに入ったという。これがミケリヌスと言い、該当するエジプトの王とは、ギザの三大ピラミッドのうち第三ピラミッドを建造したとみられるメンカウラー王のことです。この王について、ギリシャの歴史家ヘロドトスがミケリヌス(Mykerinos)という名で伝説を残しているんですね。つまりメンカウラーのギリシャ語読みがミケリヌス。これはもうビンゴでしょう。このことでうれしいことは年代がほぼ確定できることです。この王のミイラが英国博物館に現存しているともいわれます。これで神話が現実とつながります。
要は、神武兄弟の活躍した時代がほぼBC2500年前後となります。
まあ、このような小さな積み重ねで歴史を構築してゆくわけです。
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自己責任で自分を守る

2021年08月28日 19時06分21秒 | ひとりごと
先日菜の花さんからコメントを頂きました。イベルメクチンがすごい!という話でした。私はイベルメクチンというよりコロナをほとんど意識したことがないのでびっくりしました。現実に体験した話なので非常に貴重な報告だと思います。
コメントの内容は次の通りです。

「イベルメクチン凄いです。
常備薬として置いておかれることをお勧めします。

実は私も服用してみました。
先週の金曜日、長時間エアコンの強いところにいたのと、雨に当たったのと、睡眠不足とが重なり、喉の痛みと悪寒がし、これはヤバイ!と思いました。
いつもなら葛根湯の出番なんですが、買い置きしておいたイベルメクチンがあったので寝る前に飲んでみました。
通常、予防では体重1キロに対し0.2mgだそうなんですが、症状もあることだしとりあえず2錠(12mg)を。

イベルメクチンは1錠6mgのと12mgのがあるようですが、私が買ってあるのは1錠6mgのです。

起きた時にはまだ喉の痛みがありました(夜中の3時半に寝て起きたのは6時半、睡眠時間は3時間です)。

飲み合わせてはいけない薬として、シゴキシン、ワルファリン(その後ワルファリンは大丈夫からしいと)と書いてあったので、寝起きに大好きな(?)葛根湯も飲んでおきました。

数時間後、ふと気が付くと喉の痛みは完全に消えていました。
念のため、続けて3日、イベルメクチン飲んでおきました。
その後の経過は至って順調です。

その後、母が空咳をしていて、だんだんひどくなってきたので母にもイベルメクチン試してみました。
最近は治まっていますが、もともと喘息の持病があるので喘息の再発かもと気になりました。
喘息にも効いたと体験談が書かれていたので期待も込めて。

イベルメクチンは副作用も殆どなく、高齢者にも安心だそうです(妊婦さんは飲まれない方がいいようです)。

飲んで1時間くらいで咳は静まり、何事もなかったようにスヤスヤと眠りにつきました。
安眠できるという体験談もいくつかあったので納得です。
母も翌日には何事もなかったかのように過ごしていました。


下記は「ヒカル イベルメクチン服用体験 @hikaru1032」さんのツイッターです。

イベルメクチンの購入、飲み方、安全性、服用サプリ、後遺症、体験談等、詳しく書かれています。

https://twitter.com/hikaru1032/status/1427638223052984320?s=20
私の姪は下記からイベルメクチン購入したそうです。
https://idmart.net/s/
いただいたコメントは以上です。

このほかにも、日本国内では
▽関節リウマチの薬「アクテムラ」や
▽新型インフルエンザの治療薬「アビガン」
▽ぜんそくの症状を抑える「オルベスコ」
▽急性膵炎や血栓ができる病気の治療薬「フサン」
などがあるようですが、現状では国の方針がワクチン接種一本やりで、特効薬の効果はまったく国民に伝わってきません。このコロナ騒動の闇がこのあたりにあるわけで、あと半年から一年ぐらいは現在の不自由な状態が続くのではないでしょうか。

現在熱が出たり、咳が出たりして下手にPCR検査でもしようものならほぼ間違いなく感染者にされてしまいます。肝心なことは、現在コロナウイルスを正確に発見する方法が見つかっていないというのが現実です。だから「姿の見えないウイルス」を排除するため怪しいものはとりあえず感染者にしてしまおうという話になっています。しかし本物のコロナウイルスが存在したとしても非常に少量で、例えば東京の重症者の数は250程度となっていますが、これはおそらく本物のコロナと考えてもよいと思います。つまり本当の感染者は一日に数人の感染者しかいないのです。このウイルスがそれほど脅威なのかと言えば、見つける手段がないところが脅威と言えば言えなくもないのかな。
まあ、支配者層からすれば一種のゲーム感覚で、どこの研究所が最初にウイルスを発見できるかの競争をさせているように見えます。逆に、それが見つかるまでこの騒動が終わらないのかもしれないが・・・・。
いずれにしても、私のカフェもうどん屋も毎日悲惨な戦いをしています。マスコミ等で菅政権の無策を嘆く声も聞こえてきますが、世界の頂点にいる人たちがやっていることです、現政権や我々国民に何もできることはありません。せめて自分の身は自分で守るしかありません。私はMMSでコロナに対抗しますが、菜の花さんのようにイベルメクチンも結構、自己責任にはなりますが国民全体が国の方針を無視し自分が正しいと思う方法でコロナと戦っていくべきじゃないでしょうか。
MMSですが、S氏と話をしたときにS氏はMMSで鼻うがいをしていると言っていました。MMSは腸で殺菌効果を発揮しますが、喉から直接肺に入るとMMSは効きません。それで鼻うがいが良いのだと。鼻うがいはきついですが、慣れれば逆に気持ちがいいです。

歴史の話はまた明日にでも書きます。


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木村鷹太郎の世界(神武天皇)

2021年08月22日 15時42分12秒 | 歴史の翻訳
さて、ここ数か月にわたり古代史の研究をしてきて、日本(倭国)とエジプトとの関係が少しずつ明らかになってきました。日本の天皇がエジプト王の中にいたとして一つ解決しておくことがあります。古事記や日本書紀に書かれている神武天皇の真実です。つい先日まで私は神武東征はアレクサンダー大王のペルシャ征伐のことだと思っていました。また、歴代天皇に関しても史実と認めていませんでした。しかし、木村鷹太郎の「日本太古史」を読んでゆくと全く驚きます。世の中には本当にすごい人がいるものです。

私は実を言うと、古事記や日本書紀を最初から偽書と決めつけ、真剣に研究する必要はないと思っていました。ところが木村鷹太郎の著書を読み進めるとすぐに大きな発見が出てまいりました。それは「古事記とギリシャ神話」は同じ内容だという話です。
ギリシャ神話に登場する神のいくつかは聞いたことがある程度で、世の中に古事記に精通し、さらにギリシャ神話も十分知識がある人がいるなら、恐らくそういえばそうだな…と感じるかもしれません。残念ながらこの私は両者とも詳しくなく、簡単にそれを認めるわけにはいかず、神様ひとつづつ調べて行く必要が出てきました。

さて、今日は神武天皇の東征を明らかにしてみましょう。細かな証明はブログの中ではなかなか難しく、単に木村鷹太郎氏の記事から抜き出しとします。引用元は「日本太古小史」です。
・・・・・・・・・・・・・
ジブラルタル海峡のアフリカ側は鸕鶿草葺不合尊の陵(陵)ある地なるに考へ、また天皇の妃の名を吾平津姫というに考え、天皇の東征は、このアビラの地(ミューサギ=宮崎)より出発ありしものの如く地中海を東進し、シチリア島の南方マルタ島において海路の手助けとして珍彦(うづひこ)を得給へり。このマルタ海をギリシャ神話は渦即ち「カリブラ」の海といい、古事記はこれを甲斐辨羅(カヒベラ)の神という。
珍彦の珍(うづ)は「渦」と同語であります。使徒ポールの難船伝説はまたこの島におけるものなり。
天皇はさらに東航して北ギリシャの西方アカル・ナニアに上陸したまえり。ナニア、すなわち難波なり。天皇アカル・ナニアより東行し北行し給えり。アカル・ナニヤよりアイトリヤの岸を東行しロクリス・オゾーリス国即ち「毒気国」の山中にて山神の毒気に当たり給ひ、ドーリス国即ち「剣奉献国」にて高倉下(たかくらげ)の剣を天皇に奉献するあり、高倉下とはヘラクレス族の別名なり。烏山(からすやま)の名に八咫烏の古跡を留め、またアイトリヤの吉野に入り伊奈佐即ちイナスの地に転戦し諸方の賊を滅ぼし、アハヤに入り、ナルタキウスなる長髄村、鵈の村に至りて長髄彦を誅し、ついにテッサリヤのクランノンに達し給う。クランノンは橿原を意味する。
・・・・・・・略・・・・・・・
神武天皇より崇神天皇に至るまでは、日本はギリシャにあり、八代の皇都皇陵所在地はギリシャ地圏明らかにこれを私に教える
神武天皇はギリシャに建国し給えり。他に三皇兄の中、五瀬命は長髄彦の矢に薨し給ひしといえど、他の二皇兄のうち一人が海原(イタリア)に入り、他は常世国(エジプト)に入りてその地の大王となりませり。
海原に入りましたところの「稲氷命は新羅の祖なり」とは姓氏録に記せるところ。
・・・・・・・・・・・・
きりがないので今日はこの辺までにしておきます。なにせ大正3年に書かれた本であり、旧字ばかりで非常に読みづらく、疲れますね。
いずれにしても、ここに書かれているのが本当なら、ギリシャ、エジプト、そして新羅が鸕鶿草葺不合尊の子供から始まることになります。日本ってすごいんだと思うのは勝手ですが、あくまでも「日本を支配している倭国(ウバイド)」がすごいのですから、お間違えないよう。
まあ、そんなわけで、しばらくは木村鷹太郎の世界にどっぷりつかることにします。
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災害は終わらない

2021年08月15日 06時27分39秒 | ひとりごと
長い夏休みも今日まで。昨日旅行から帰ってきたのですが諏訪湖を訪れていました。木曜日に行きましたが雨ばかりで観光というようなものは全くできず諏訪湖一周の遊覧船に乗り一応諏訪湖全体を見たことにしました。諏訪神社は過去に何度も訪れてますから今回は行きませんでした。
恒例の諏訪花火は今年も中止で、旅館及び諏訪全体はお盆の盛り上がりは少なくお気の毒ですね。
次の日は昼神温泉に行きましたが、こちらも大雨で名物の朝市に行くことも断念しました。昼神のお湯はすっごくいいですね。
温泉につかればいいのであって、雨のほうがむしろ体は楽です。
問題だったのはその雨です。昼神の旅館の目の前に川が流れているのですがもう十分警戒レベルに達していて一階の部屋にいると少々気味が悪いぐらいでした。土曜日の朝、帰り道にどこへ行こうかと考えていたら旅館の係りの方が「現在中央道の山本・恵那間が通行止めで、途中の道も土砂崩れがあり、名古屋へは153号で帰った方がいいですよ。」と言われた。
ニュースを見ていたつもりだったが、知らなかった。びっくり!
まあ、時間はいくらでもあるので非常に時間はかかるが153号線で足助、グリーンロード経由で帰ってきた。
月曜日の営業のための仕込みがあるため会社へ行き、麺の仕込みをして家に帰るともう夕方になっていた。

帰ってテレビを見ると長崎、佐世保、広島の被害は恐ろしいものがある。また、私たちが旅行していた地域もかなり危ない地域になっている。無事に帰れたことはラッキーだったようだ。
さて、降雨災害があるたびにいいますが、これは言うまでもなく気象操作が行われている。おそらくこの操作(線状降水帯)は日本の軍事特許となっているのだろう。スーパーコンピュータのおかげでピンポイントで雨を自由自在にコントロールする物だ。本気でこれを使えば日本中を湖の中に沈めることも可能なのだろう。
現在の豪雨災害はもちろんその兵器の精度を高める実験でもあるが、やはり最大の目的は「簿外資金の獲得」しか思いつかない。
つまり、災害が起きるとほぼ自動的に「災害給付金」が降りる。要はインフラ整備費であり、簿外資金を投入する理由としては一番出やすいものなのだ。
では意図的に起こされた災害にも簿外が出るかと言うと、「出る」のである。もう自動的みたいに出るようだ。
災害をこうむった方々は誠にお気の毒です。その犠牲の上に、地域のインフラは確実に整うことになります。要は、本来なら産業を発展させるために簿外資金を投入し、より良い国家を築くべきなのに、現在の日本は「未だに前の戦争を始めた連中が支配している」状況で、正式な簿外資金である企業に対する産業育英資金がストップしているのです。従って、条件の緩い災害給付と、これは世界的に用意されているコロナ対策資金に頼っている状態となっています。
誰も不思議に思わないのかな・・・コロナ対策に何兆円も使ってますが、日本の財務省の金庫の中にそんな金はないですよ。飲食店に協力金が払われますが、とんでもない金額だし、上場会社も含め多額の雇用調整助成金が払われています。これらはすべて簿外資金です。他に説明はできません。国債?誰が返すのですか。
ただし、世界中の国に簿外が使われるわけではなく、ODAとして援助される部分が多いのです。すると、いずれその援助を違う形で返済しなければなりません。その部分が先進国が得る開発途上国の差し出す権益として積みあがるわけです。
今回のコロナの究極の目的がそこにあると思います。つまり植民地獲得ですね。日本はどうか?もちろんODAを進めている側です。
ODA(ワクチンのことだが・・・)を拒否する大統領が何人も殺されています。
我々が何も知らないうちに我々も加害者になっています。もちろん「菅政権」が悪いのではありません。裏政府といえば陰謀論になってしまいますが、私どもはベルファシとか〇〇宮と呼びます。要は、政府を動かす裏政府が存在しています。世界がそのような仕組みで動いているのです。私たちができるのはそれらの仕組みを解明することです。
その正体を暴く手段が日本史の研究です。木村鷹太郎は明治時代にすでにギリシャ神話と古事記は同一であると書いています。これらの説は学会から無視され単なる与太話にされてますが、実は日本の本質を解明しているのです。ただ、日本を支配している人たちがギリシャやローマから来たとの認識ではなく、日本人がギリシャ人と同一と言っているようで、やや私とは考えが違うのかも。
現在、トロイ戦争と白村江の戦いが同一のものだったと説明しようとしていますが、オリエント史で一番謎となっているところで少々私には荷が重いようです。一番重要なのはどのように新羅がローマを支配したのか、そして日本がギリシャに進出したのはいつごろで、どのように乗っ取ったのかですね。まだまだ謎だらけです。
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アタリアと皇極天皇は同一?

2021年08月08日 07時18分19秒 | 歴史の翻訳
コロナ感染者数が急増している。と言っても陽性率が異常なだけであまり気にする必要はないでしょう。この騒動がいつ終わるかは見当もつかないのですが、支配者たちの究極の目的は富の独占なのだから、産業の寡占化が目標通り進めば満足するのだろう。
また、幸せを世界中で共有する気は全くないから貧困者がふえれば自分たちがより幸せに感じるのではないだろうか。
現状が続くとおそらく企業は大半の従業員を派遣に切り替えてゆくことになるだろう、正社員は本当に最小限にまで減らしてゆくことになる。また、現在のパワハラやセクハラ、マタハラ告発は企業家が社員を雇う気を徐々になくしてゆくだろう。
みんなが貧乏になると金はますます金持ちの元に集まる。まあ、今回のコロナ騒動を奇貨として格差拡大を狙っているのは間違いないのだから、国民は貧乏を嘆くより貧乏に慣れたほうが楽だろう。まあ、生きていればいいこともあるさ。
さて、愚痴はこれぐらいにして、歴史捏造の研究を続けよう。

毎日オリエントの歴史を勉強していますが一番難しいのが年代の確定です。歴史書というのは調べればわかることですがいわゆる暗号書なわけで、単純に書かれたものをそのまま受け取っていては真の歴史は見えてきません。歴史書を作った人たちはわかる人にはわかる、いわゆる「トリック」を埋め込んでいるはずです。
稲羽氏はそのトリックを女王に求めています。具体的に言うなら聖書のシバの女王をハトシェプスト女王で、卑弥呼をセベクネフィル女王に・・・・のように当てはめるように。
そして一番大きな暗号がセミラミスとなります。

なぜこのようなテクニックを使うかと言えば、各歴史書にはそれぞれの相対年代が存在します。現在のように世界統一の西暦年代がない中で各王朝の歴史はほぼ相対年代が使われます。各王朝が自分たちの相対的な年代を使って歴史を作ったのはやむを得ないし、それなりに正しかったとしても世界全体を見回すとそれでは困ることが出てきます。
まあ、聖書や中国史、朝鮮史、日本書紀などを残した史家は間違いなくユダヤ人であり、彼らはほぼ真実の歴史を知っていた。ただそのまま残すと彼らの不都合な真実がばれてしまうし、彼らが各地を征服してきた歴史まで明らかになってしまう。
そのために真実をオブラードにくるみ普通に読むと真実が見えない歴史書に仕上げたのです。ただ、ヒントを入れておかないと今度は自分たち自身が分からなくなってしまう。
そこで考え付いたのが同一人物の複製で、これの整合性を取ると年代の整合性も取れるということです。
卑弥呼がセベクネフィルと分かると我々はそれがエジプト第十二王朝でBC1806ごろのことだとわかるのです。魏志倭人伝ではAD180年ごろと習いましたよね。また、ハトシェプスト女王がエジプト十八王朝でBC1473ごろの人で、ソロモンが生きた時代が500年ほど古くしなければならないことが分かります。
さて、もう一人、最大のトリックがセミラミスとなります。なぜならオリエント史のすべての謎がここに集約されるからです。
S氏からセミラミスとニムロデの話を聞いたことがあります。ニムロデはサルゴンと勝手に決めつけていましたが、そうではなくサルゴン二世だった可能性が高いのです。もちろんまだ決定できません。というのも、ニムロデとアブラハムは同一の時代の人間だったのであり、アブラハムはソロモンより少なくとも百年は古いはずで、整合性が取れません。

ニムロデが世界征服の戦略を立てそれが現在まで継続されているというのが私の認識で、その始まりが紀元前12世紀のカタストロフなわけで、オリエント史の一番不明瞭な部分なのです。言うまでもなく、それがトロイ戦争につながります。

ではこのセミラミス女王とは誰なのか・・・・です。稲羽氏によると極端な話、則天武后でもありユダ王国のアタリヤでもあり、エジプトのタウセルトでもあると・・・つまり、それらは同一人物であり、我々歴史を研究する人間に与えられている重要なヒントです。

これで年代がはっきりできます。要は、WIKIに載っているアッシリアやヘブライなどの年表は当てにできないということになります。
さて、セミラミスも興味深いのですが、ユダ王国のアタリアも非常に興味深い女王です。母親がイゼリアと言い、フェニキア人でシリアの王女だったという。北イスラエル王国の王妃となり娘のアタリアをユダ王国に嫁がせ、南北ユダ国家をバール教にしてしまったという。このあたりに預言者エリアが登場してきます。中国の史書では孔子ですね。この時代にバール教、すなわち偶像崇拝を崇拝するアタリアとそれを攻撃するエリアの争いが起きます。この経過を研究してゆくと、この話がひょっとすると朝鮮史の善徳女王、日本における大化の改新と重ね合わせることができるように感じます。

トロイ戦争が白村江の戦いと同意だとすると、日本史では天智天皇と斉明天皇、そして中臣鎌足が登場します。そして朝鮮史では金春秋、善徳女王、そして金ユシンですね。悪役としてヒドンと蘇我入鹿・・・・役者はそろうのです。ひょっとすると聖徳太子はエリア?
ただし、聖書と書記では善悪が逆になりますがそこが面白い。要は、ユダヤ側、一神教側から見た正義とバール教側、つまり仏教側から見る正義は逆になるわけで、日本が神道の物部氏と蘇我氏の対立や聖徳太子と蘇我氏の対立が聖書の中に見えてくるのです。
これらの分析はあまりにも面白いのでもう少し時間をいただき研究を続けようと思います。
さて、セミラミスに関してはその次の段階ですね。

さあ、今日から連休です。コロナの影響で毎日毎日苦労の連続でした。本当はこれほど休みたくはないのですが、営業してもおそらく暇でしょうから思い切って休みます。さあ、時間があるので勉強をします。
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