マヨの本音

日本の古代史から現代まで、歴史を学びながら現代を読み解く。起こった出来事は偶然なのか、それとも仕組まれたものなのか?

またもや時短営業へ・・・

2020年11月26日 18時29分15秒 | S氏の告発
またもや時短営業の要請がでてしまった。わがうどん屋とカフェには全く関係のない時短営業要請だが、影響は強烈にやってくるだろう。大企業はテレワークを増やすだろうし、自宅勤務に切り替える会社も増えるだろう。昼食のための外出を禁止している企業も多いし・・・どちらにしても景気にはマイナスである。何とかならないものか・・・。

さて、PCR検査のサイクル数というのをご存じだろうか。このサイクル数を増やすと陽性患者をいくらでも増やすことができるという話なのだ。
PCR検査(新型コロナの場合はRT-PCR検査)とは、検体に含まれている極めて微量なウイルスの遺伝子を、2本から4本へ、4本から8本へと複製させるサイクルをくり返すことで、検出可能な数にまで増幅させて、陽性判定を行うものだ。
細かい話は専門的だし難しいので省略しますが、要は増幅しないと発見できないぐらいウイルスは小さく少ないからなのだろう。しかし、増幅しすぎると本来は陰性の場合でも陽性になってしまうことがありうるようなのだ。
https://diamond.jp/articles/-/250443
「PCR検査ではサイクル数を増やすごとに、より少ないウイルスでも陽性になる。
 理論的には、10サイクルだと、ウイルスが1000万個以上ないと陽性にならないが、20サイクルにすれば10万個以上で陽性になる。30サイクルでは1000個以上で陽性になり、40サイクルになると、わずか10個以上でも陽性になるのだ。
 新型コロナの場合、感染して発熱などの症状が出るには少なくとも10万個程度のウイルスが必要だから、感染しているかどうかの判定は20~25サイクルで検査するのが適切だと大橋氏は言う。
 ところが、日本の国立感染症研究所のマニュアルが示す「リアルタイムPCR」は45サイクルであり、国内メーカーの3つの検査キットでは40~45サイクルとなっている。
 これらを使ったPCR検査では、ウイルスが10個程度存在すれば陽性となるわけだ。
 問題はそれだけではない。
 PCR検査では遺伝子配列の類似性で判定するので、ここまでサイクル数を増やすと、新型コロナの遺伝子配列に部分的に類似した、病原性のない常在ウイルスが存在していても陽性になる可能性がある。
 常在ウイルスは多くの人の体内に存在しているウイルスで、こうした共生ウイルスがいくつもの臓器に多数、存在していることが近年の研究で明らかになっている。」
詳しくはサイトを読んでいただくとして、いつまでこんな馬鹿らしい騒ぎに付き合わなければならないのだろう。

さて、先日苦労した丸薬についてS氏に聞いてみた。
「こないだ作った丸薬ですが、とても効果が出るとは思えないのですが・・・」
S氏「そうだね、スピードカッターですりつぶしてしまったら何の効果も期待できないね。」
「えー?すりつぶしちゃダメなんですか?」
S氏「圧力なべで長い時間かけ、水分がなくなってきたら水を足し、さらに煮込み、二三日煮込むとどろりとしたエキスが得られるんだよ。それを丸めて飲むと体中の化学物質が排出される。これは気持ち悪いほどだ。逆に効きすぎるって言うか・・・やはり薬と言ったほうがいいかな。」
「そんな・・・・二三日も煮込むなんて・・・僕にはできませんよ・・・。」
S氏「そうだよね、まだ先のプロジェクトだから・・・・まだいいよ。」
残念ながら、最初から僕にはとても無理なようでした。

そうそう、突然動画を紹介し、驚かれた読者も多いと思います。驚かせてすいません。天孫さんが今どのような活動をしているかを知っていただきたいために載せました。
言うまでもなく某宗教とは世界救世教ですが、現在ここは三つに分かれ大変な状況のようです。その分裂の原因となっているのが天孫の父親だと言われているわけです。しかし真実は、三井某が父の名前をかたりうそをついていたという話で・・・・天孫の父親XXというのはよく考えると明治天皇の息子さんだよね・・・この人は伊勢神宮で育ち、ある時突然神が宿り単一キリスト教会の教祖になった方です。で、さすがに息子さんですので国策の中枢部にいたわけです。何をやっていたかはNGですので書けませんが、大本教を動かすようなこともやっていたのだという。で、この救世教を立ち上げるときに岡田茂吉の相談に乗り、ずいぶんと気もあったようです。
問題は三井某が四代目、陽一夫妻を前に「XX氏から授かった天命を授けよう・・・」みたいな言葉を二人が頭を下げ拝聴している姿が盗撮され「教主はキリスト教に改宗するつもりだ」と吹聴されたと天孫はいう。まあ、三井某が仕組んだわなだったわけで、当時すでにXXはなくなっており、三井某がキリスト教の教祖でも何でもないのだから、これは陰謀だった。
まあ、この動画を拡散し、本来の岡田茂吉の意思を再確認して欲しいというのが天孫さんの希望なのです。
メソポタミア・ヴァレーに宗教色はご法度ですので今回の動画とヴァレーとは関係はありません。しかし、本来の岡田茂吉が目指した自然農法の考え方は偶然にしてもヴァレーの目指すものと似通っています。
まず、彼らのいう浄霊ですが、要は「手かざし」で、これは普通に考えると気功ですね。気功は実際は松果体の発するエネルギーなのです。人間の第六感を非科学的というのは勝手ですし、手かざしをまやかしと思うのも勝手ですが、実はすでに科学がそれを測定する時代に来ています。要はどのようにトレーニングし自在にコントロールするかがメソポタミアヴァレーのプロジェクトの一つに入っています。また採食ですが、ケトンを始め発酵食品などを使い予防医学を駆使し、糖尿やガンを克服しようというのも大きなプロジェクトです。つまり、茂吉さんの考え方は正しいし、今でも十分に通用するものだと言えます。
現実に手かざしを治療と称し何度も警察に捕まってしまったため、結局宗教にしてしまったというのが本当ではなかったのか?
とも思ってしまいます。そうなると・・・MMSを「シバ神の聖水」と称した僕と同じ考え方かも・・・・。
結局は「薬害」の問題です。まあ、話が長すぎますね。薬害は次の機会にしましょう。
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この世の闇に光を当てていく(NEW!)

2020年11月24日 16時41分56秒 | S氏の告発
この世の闇に光を当てていく


読みにくかった箇所を修正しアップしました。

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闇に光を当てていく

2020年11月23日 16時24分16秒 | S氏の告発
闇に光を当てていく

画像を新しく入れ替えています。しばらくお待ちください。

具体的には申し上げれませんが、現在さる宗教団体を正しい方向へ導くための行動を起こしています。

この画像をブログで紹介してもよいとのことですのでお知らせします。
具体的なことは進行中の案件でもありしばらくは控えさせていただきます。

肝心の水戸大内家に関するブログ記事ですが「うん、うまくまとめている」とほめていただきました。なんとか合格ラインに届いていたようです。要は、北朝、南朝のどちらに属するか全く判断できない派閥は逆に言えば、両者を操る派閥の可能性がある、それは天神系、つまり〇〇宮だということになる。大内家はまさにそこだということですね。

では、また。
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明治維新の考察ー3

2020年11月21日 19時05分18秒 | 世界の支配者
もう何週間調べているのだろうか・・・・何を?
「長州と水戸の関係」をです。まったく関係のないように見える二つの藩がまるで連携を取っているように同時に同じような方向へ動いたのはどうしてなのか?
ヒントはいただいていた。「水戸学」と「虎銭」、そして川崎定徳この三つである。
先日がんちゃんから牛久藩に山口氏がいることを指摘されていた。しかし、牛久と水戸は近いけれど関連は見いだせない。
やはり水戸学から探すしかないようだ。
距離的にも遠いこの二藩が、藩士レベルとはいえ、「成破の盟約」(万延元年)をむすび、水戸天狗党が滅びるまで(元治元年)、密かに協力して活動してきたことは歴史が証明するところです。
ネットには情報が溢れている、しかし長年歴史を学んできた経験からすると、最低限事実は事実として認めるにしても、その背景にある真実はまず書かれることはないということです。例えば大内家は歴史上滅びたことになっているにもかかわらず、現実には毛利家を支配していたとS氏は語っています。しかし、そんなことどこにも書いてないじゃないですか。
今回、水戸家が大内氏に支配されていた証明はなんとしても自分で見つけ出さねばならない。
水戸学を調べている中で大内正敬という人物が見いだされた。そこから遡ると常陸源氏が登場する。「佐竹氏は常陸(現在の茨城県あたり)の守護・戦国大名で、「新羅三郎義光」の流れをくむ氏族とされています。常陸国司であった義光の孫にあたる「源昌義」が、久慈郡佐竹郷に土着したことから地名を氏族の公称としたのが始まりです。」
wikiで佐竹氏を調べると「佐竹氏(さたけし)は、日本の氏族のひとつ。日本の武家。本姓は源氏。家系は清和源氏の一家系 河内源氏の流れをくみ、常陸源氏の嫡流。武田氏に代表される甲斐源氏と同族である。」
大内氏は本姓多々良氏で百済王の流れであり新羅三郎では困るんだけど、百済も新羅も源氏になっているのかもしれない。清和源氏、河内源氏、佐々木源氏などいくつも源氏は存在する、日本に攻め込んで日本に土着した武士団がひとまとめに源氏を名乗った可能性がある。いまのところ真実は私たちにはまだわからない。

さて、水戸藩大内氏でwikiを調べると、ちゃんとあるじゃありませんか。
「水戸藩郷士 大内氏  本姓 清和源氏義光流 種別 武家 地下人 出身地 常陸国 著名な人物 大内清衛門

主家の秋田転封に随行せず、常陸国に在国した大内氏については、水戸藩により郷士に取り立てられた。大内勘右衛門は田中中村に50石を与えられたという。この郷士登用には水戸藩の新藩主となった水戸徳川家が旧領主 佐竹氏一門の西丸氏や長山氏などとともに配下に組み入れることで撫民政策を取る狙いがあったという。 また、水戸藩領内からは江戸時代中期から後期にかけて活躍した大内清衛門が出る。清衛門は諱を利貞といい代々、那珂郡前浜村に隅、後に湊村に移り、回船・海産物問屋を営み、北海道貿易で巨利を得るという。兄の大内五郎衛門彰信の養子となり、献金により郷士となるという。格式代官列、350石を給され、勘定奉行、格式小納戸役、湊殻会所仕法懸に昇るという。 また、江戸時代後期に水戸藩の百姓から藩士となった者として、大内正敬が出る。正敬は代々百姓であった久慈郡留村の大内重政の子として生まれたが、小宮山楓軒に師事して、郡方勤となり、弘道館句読師を経て彰考館に入り、歩士格・弘道館訓導、北郡勤め、南郡勤めなど歴任し、小宮山の手代として民政に尽力したという。wiki以上

ここで上の赤文字にある廻船・海産物という言葉で思い出したのは水戸藩勘定方であった川崎八右衛門です。
wikiから
「嘉永2年(1849年)数え年16歳で、家業の回漕問屋を継ぎ、初代八右衛門を襲名。翌年、現在の水戸市成沢町の私塾「日新塾」(加倉井砂山開設)に入門し、砂山の次女である香蘭と結婚。幕末には財政逼迫に苦しむ水戸藩の鋳銭事業に着手。」

つまり、この川崎八右衛門と大内清衛門は同じ人物ではないのか?まあ、ちょっと飛躍した可能性はあるが、川崎と大内は同じような経歴で偶然にしてはできすぎじゃないのか。
川崎氏をこれ以上調べることはできない。どこにも書かれていないからだ。つまり不都合な真実なのだろう。

そういえば、もう一つ課題を忘れていた。榎本武揚という不思議な人物である。後に北海道で蝦夷共和国を建国しようとしたのだが、S氏によれば水戸(大内家から?)から出ているのだという。で、大内清衛門を調べる過程で「大内清右衛門という名で、徳川斉昭の密命で蝦夷地から千島・樺太を調査し、海を渡って沿海州も調査した。その後の経過は、はっきりしないが「蛮社の獄」に連座し、命を落とした。」という話が出てきた。
なぜ榎本にこだわるかと言うと、日本製原爆の起爆スイッチを押した人物は彼の縁者である。まあ、榎本に関してはまた別の機会に書くつもりだが、今回の清右衛門と蝦夷地とのかかわりは偶然とは思えない。
要は、清右衛門は役職であり、該当する人間は複数いたのかもしれない。


まあ、これで大内家と水戸藩のつながりを調べることは終了します。
そうそう、虎銭ですが、鋳銭の技術も必要ですが、なによりも裏付けとなる資金がなければ信用されません。大内家は石見銀山を支配しており、当時世界の銀の産出量の三分の一と言われるほどであったわけで、どこの藩でも可能だったわけではないのです。
川崎氏=大内氏という仮説が成り立つ理由はそこにあります。

さて明治維新を調べるとまだまだ伝えなければならないことがたくさんあることが分かってきます。
つまり、水戸家も大内家も明治維新の主役級ではありますがまだまだ主役ではありません。岩倉具視にはまだ触れていません。
でわまた。

追記 まゆみさんからコメントをいただきました。ありがとうございます。僕がブログを始めてまもなく知り合った方です。最初のブログは「マヨのぼやき」だったかな・・・2007年ですからもうひと昔前ですね。
当時は何もわからないまま、思ったことを思いつくまま書いていたので今読むのは怖いですね。(絶対に読みません)
一番最初は鬼塚英昭さんの応援ブログから始まり、鬼塚さんとけんかして「シバちゃんのため息」に移ります。そしてそのころサムライさんと知り合い影響を受けます。そしてまた彼とケンカして「マヨの本音」に移ります。そしてS氏と知り合い大変なことになりました。従来の常識をひっくり返されました。しかし残念ながらさることで破門されブログは休止しました。そして今年の夏に再開しました。メソポタミア・ヴァレーの紹介ブログとしての再開です。私の役割は正式には何も決まっていませんが勝手に食育と歴史シュミレーションだと考えています。今回の明治維新のシリーズはその準備の一環ですが、私としての訓練でもあります。要は、歴史書に書かれていない真実を明らかにすることです。簡単に終わるつもりだったのですがやはりとても大変です。日本も世界の一部であることを意識しないと意味がなくなります。だから時間を縦軸に、世界を横軸に見て考察しなければなりません。
まだまだ思う通り行きませんがもう少し我慢してお付き合いください。

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丸薬には夢が・・・・。

2020年11月15日 15時24分04秒 | 食品研究
この一週間、丸薬つくりに専念していました。詳しいレシピは伏せて欲しいということなので公開しませんが、それほど特殊な材料を使うものではなく、作るのも比較的容易な物でした。
一番悩んだのは粘りを出すための増粘剤を何にするかでしたが、今回はコンスターチを水に溶いて使ってみました。まあ、悪くない選択だったと思います。
材料を煮詰め、スピードカッターでペースト状に・・・・

冷やした後、手で丸めてみました。ちょっとおおきいかな・・・。

その丸薬で本当に「体の中の化学物質を排出する」ことができるとしたら、まさに画期的なことです。
とりあえず、一日2粒ほどを服用していますが、効果のほどを感じるまでは至っておりません。
作った本人も気長に服用する必要があるだろうと思っています。

今回のメソポタミア・ヴァレーでの重要な課題が予防医学であり、それを食事で実現することが私たちに課せられた役目の一つです。
この丸薬に限らず、丸薬には大きなメリットがあります。それは粉末でも液体でも、あるいはペースト状のものでは簡単に摂取することができるということです。また、大掛かりな設備を用意しなくても容易に薬品を提供できます。もちろん薬というと薬事法等の縛りがあり簡単なことではないのですが、いわゆる栄養補助食品と考えれば何ら問題は出てきません。医薬品ではなく食品であればハードルは低く、我々も販売をすることができます、しかも安価に・・・・。

丸薬で問題なのは、粒の大きさで、小さくきれいな丸薬を作ろうとすればやはり製丸機が必要です。また、保存性を持たせるには乾燥する必要があり乾燥機も備える必要があります。一日何粒を服用するかも大きな問題です。

栄養学を学ぶと当たり前のことですがすべての食品を幅広くつまりバランスよくとるように言われています。当たり前のようですが、これは大変に難しいことです。従って食生活を調べ、どうも摂取不足と思われるものをサプリで補うという考え方は合理的ではあります。
しかし、サプリは極めて幅の狭い特殊な栄養素をうたっているものが多く、体内に入った時、本当に所定の働きをしてくれるのかは疑う余地があります。というのも、確かに酵素であるとかアミノ酸とかホルモンであるとか研究所の中で抽出された成分に効果があることはおそらく疑う必要はないでしょう。しかし、その成分をサプリとして飲用した場合望む効果が出るかどうかは分かりません。体内には色々なホルモンや酵素、アミノ酸が分泌され、成分が必要なだけ必要なところへ届く保証はないのです。
つまりサプリよりも、その成分を含む食品を丸薬として接種するほうが間違いないと言えるのではないでしょうか。
例えばの話ですが、その人に合わせた食品エキスを混ぜ合わせ、オリジナルの丸薬を作ることができれば、それこそ理想の補助食品になるでしょう。
まあ、これができるかどうかは分かりませんが、丸薬にチャレンジしてそんな夢のようなことを考えてしまいました。

コメント (9)
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