おじたん。的ぶろぐ生活。

おじたん。である。語るんである。

盆栽5億円。

2006-10-06 01:59:57 | 我思う、故に書くなりよ。
さいたまで揉めているやに聞く…。

日本の世界に誇れる文化…と考えたら格安なのが『5億円』。
植木鉢くんだりに…と考えたら無茶苦茶高いのが『5億円』。

って事なんじゃないかと思う。

残念ながら、おじたん。もその価値が全く判らない。聞けば、あーそーかなぁ…って位には判ると思うのだが、見比べてどっちがどうとか判らないレベルで、

『うちのお豆ちゃんの方が価値は高い…』

と、素で思えるところもあったりする。

文化を値踏みするってのも、なんだかとは思うのだけれど、現実問題として多々ある。絵画なんかね、もう、大変な事になってるワケだし、バブルが過ぎても…ってコトもあったりする。

これが、そうした『絵画』だったら、なんとなく収まってしまう話なのかもしれないと思うんだが、『アート』ってのも範疇が広く、値踏みも様々なので、時として困った事が多々起きる。

元写真家としては、写真のその価値が他のアートと比べるとべらぼうに低いのが納得行かなかったりするんである。絵画のそれと比べたら、100分の1も無かったりするし、どうかしてるぜベイビー! な気分だ…。

そうした中で、盆栽と言うモノがどう見られているのか気にはなる。聞けば、盆栽に特化した街づくり、街おこしが適当ではあっても、不適当では無い場所だとも聞くのではあるが、その価値の意味するところを理解出来ていない、あるいは理解するに不十分と言うのが実情な様だ…。

やはり、賛成も反対も『井の中のかわず』であってはイケナイというコトだ。

何でもかんでも『文化』だ…とはなかなかイカナイんだけれど、消えつつある様な物なら残すべきだし、その方向を役所が導くってのも悪くは無い。だが、そうした『文化』であることや、それらの持つ『意味』と『価値』を万人に広く知らしめる努力を惜しみ、一部の特化した人間たちで構築しようとすれば、本来の意味からそれたモノになってしまう。

まぁ、他にも理解ある人が多く住む地域があって、そうした場所での継承も有り得るらしいのが救いではあるのだけれど、もっともっと、広くその文化を知らしめる努力と、現状を伝える努力があって然るべきだと思う。

とか言ってるおじたん。も昔は…

『神社仏閣なんか文化でも何でもねー! ぶっ壊せー!』

な勢いで、無理矢理修学旅行で見せ付けられるそれらに

『金閣炎上再びぃー!』

な青年であったりもした。それが変わったのは、成人するにつれて行った独学と言えよう。有形、無形を問わず、文化を親しむとか、それらを貴重に思うなんてのは、学校の教育じゃ不十分極まり無いんだな、これ。落書きなんてのもそんな教育の果てなんだよ、きっと。

もっともっと、それらを掘り下げてフィーチャーして行かないと、得られる物も失ってしまうし、放っておけば間違いなく失われるモノだって多いんだから。

てなワケで、盆栽5億円。いかような解決策が出るのか楽しみでもある。
残念と思う結果であっても、万歳と思う結果であっても、それが何に対しての結果なのか定かになれば良いと。『文化』に対する答えなのか、『単なる趣味嗜好』なのか、そこがね…。消えていくものも、残っていくものも、再び蘇るものもあるのが『文化』だったりするんで、一概に残せ…ってのも変だったりするし、消えて亡くなれ…ってのも変なんだよね…。そこが、ムズカシイ。お金が絡んでくると、なおさらだし、それが『税金』ともなれば…。

時代と共に『価値』が変わってしまうのも『文化』だなぁ…。そうしたうつろい易いものをどう観ていくのか? それこそ『教育』が担っていかねばならないものだし、それは『義務教育』の中だけの話じゃない。人として、学んで行かなきゃならない事だと、伝えていく、教えていく。そうしたところに目を向けていく姿勢がなぁ…。

で、うちのお豆ちゃんはどの時点から『盆栽』になるんだろうか? 文化の成り立ちもムズカシイんであるなぁ…。

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超劇場版ケロロ軍曹。

2006-10-06 00:48:04 | 我思う、故に書くなりよ。
好きなので、借りてきて観ました。

もうちょっと『共鳴』があると、良かったと思います。いっその事、みんなで共鳴してもらえるとかなり良いと思うのですが、それでも楽しめました。

そう言えば、メディア芸術100選にも入選してましたな。ケロロ軍曹。

子供向けとは言いながらも、完全に中年のオッサン向けアニメに違いないところが良いのであって、幅広いんだ、これが…。『ガンダム』はともかく『ウルトラセブン』あたりも拾っておかないと見過ごしてしまうのがもったいない…&くやしい…って心憎いものがちらほらしているんですね。何気に見過ごすシーンでありながらも、元ネタが忘れた頃に蘇ってくる快感とでも言うのでしょうか、実にニクイ演出が…。

そうしたノリが劇場版にも欲しかったと思いますが、これはこれで、探せば結構ありそうなんですけどね。

原作と言うのか、コミックと言うのか、そっちの方では無難に見えても実は恐ろしいエイリアンだったりする所が良かったりもするのですが、子供向け、テレビ向けとなると、その辺がやはりスポイルされてしまい、残念なところも多かったりします。仕方ないのですけれど、これも『亜種』って事で1つと…。

んー。劇場版でも『友情』はしっかりと描かれていますねぇ。それもこれも『クサイ』ほどに…なのですが、それで良いのです。そうでなければ…『侵略』と『蹂躙』と『酒池肉林』なワケですし…本来は…。

欲を言えば、単独で1本の作品として、もうちょっと長い尺で作りこんで欲しかったという希望はありますね。他の作品と合わせて…だった様ですけれど、そんな話もあるのかな? 『ケロロ軍曹』だけでしっかりと、観る者を寄せ付けないくらいの作りこみで『これでもかっ!』ってのが観たいです。それ程の『コア』な部分が本来はあるのですから。

あれこれ考えずに楽しめる作品であるコトも重要な要素でもあります。前評判で『良い』と言われていても、実際に見てみると『?』な難解な作品が多い昨今、冬樹とケロロの友情はストレートに伝わって来ます。そうした簡易さと、作り込みの両立は難しくなっているのかもしれませんけれど、(お金かかるからねぇ…)頑張って頂きたい作品のひとつだと思いますねぇ…。

おじたん。的に言わせてもらうと、モアちゃんの活躍がイマひとつだったですね。なんです? あの気の抜けたコスチュームは…。ポールの『狩る者の目』もイマイチでした。アノ辺のサブ的なキャラの炸裂がやはり見たいですなぁ…。もう40歳越えてるのに…。

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金魚も風邪をひく?

2006-10-06 00:00:46 | 我思う、故に書くなりよ。
うちの金魚ちゃんは相変わらず元気で、日増しに『巨大化』しておりんす。

エサを浮上性の粒状のモノに変え、あまり水が汚れなくなったコトが良かったのか、ここの所の気温の低下にもビクともせずに、人の顔を見れば『バクバク…』しながらエサを要求してますが…。

まぁ、そんな金魚ではありますが、先日、ちょっとした『異変』がありました。

水槽…と言っても、大きなモノでは無く、容量5リットルなんですが、これを洗った翌日、金魚ちゃんの透明な目が何やら白っぽいモノで覆われつつあるのを発見したのです。

『うわぁー。病気かぁ!』

と、かなり驚いてしまったのですが、と言うのも、そんな状態を見たコトも無いし、かつての熱帯魚の飼育歴の中でも経験が無かったのですね…。

で、何の病気かと調べてみると…『風邪』。

水中に生息する魚類にもインフルエンザとか感冒があるのか? と言う疑問は甚だ大なトコロではありますが、水替えで水が合わなかったり、急激に水温の変化があったりすると『風邪』ってコトもあるようです。

んじゃあ、薬は? と言うと、他の病気みたいに原因が明らかでは無かったりもするので『風邪薬』ってのは無いみたいです。となると、万能薬の登場ですな…。

『塩』です。食卓塩でも構わないと思いますが、『塩』なんですね。これがいろいろな病気に効き目があって、用法はちょいと違ってきますが、1リットルあたり5gとか…書いてある場合もあるんです。すると、うちでは25gが…。

25gの塩を実際に用意すると、かなりビビります。

『こんなに入れるの? ヤバくねぇ?』

ビビるのは量だけでなく、うちの塩はこだわりの塩だったりするので、100g数千円しちゃったりもするんで…それでもまぁ、普通の食卓塩よりはミネラル豊富だから、ゴリゴリ削ってシャリシャリすって、入れましてけれども…。

まぁ、最初から25gも入れません。様子見ながらで…。すると…僅か数時間でキレイに透き通った金魚の目が蘇りました。めでたい。

どうも、水が合わないと体表を守るために組織が異様な発達をするとかしないとか…が病気の原因みたいで、カルキを抜いて、汲み置いた水だったのですけれどねぇ…。あまり汲み置きすぎてもいけなかったのかなぁ…。

当の金魚も、そうした状態にありながらもいたって普通だったのが不思議で、確かに見えが悪いのでエサを捕まえるのは難儀してましたが、それとて水面を満遍なくバクバクする技を会得した感じで…。

もうちょっと大き目の水槽がそろそろ必要かな…と思いながらも、今月は自転車の工具を買い漁ってしまったんで、来月かな…。小さいから、何かあった時に何でも気楽に出来る…って便利さはあるんだけれど…、巨大化には幾分あわせないとねぇ…。

夜店のヒヨコもそうなんだが、巨大化するんだよなぁ…金魚も…。

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毎度おなじみの謝罪でございます。

2006-10-05 23:19:07 | 我思う、故に書くなりよ。
「いじめ」で小6女児自殺、市長らが謝罪 北海道滝川市(朝日新聞) - goo ニュース

なんだかねぇ…。イヤだねぇ…大人ってのは…。

まぁ、謝ってんだからいいじゃん…ってのも確かにそうだが、あの『遺書』が大手マスコミに流れなかったら『手紙』のままで、謝罪する気なんかこれっぽっちも無かったのはバレバレなんだからさぁ…。

どこの誰があの『遺書』を読んで『手紙』にして、調査と称して放置の挙句にうやむやにして済まそうとしたのかが『問題』なんだよね。そこまで晒す気があって『謝罪』するならまぁいいじゃん…とは思うんだが、役所のこうした不穏当な動きってのはどこも同じでさ、埼玉のストーカー殺人での警察の対応なんかも同じでしょ?

いざ裁判となると、謝罪もへったくれも無く非を認めるコトを拒絶するじゃないの。

だから、そうそう謝罪したところで、何も解決になっていないコトの繰り返しばかりなんだよね。でまぁ、裁判なんかでそれがまかり通るって結果になると、同じ方法を取るのがトレンドにはなるんだけれど…。

そうしたイヤな繰り返しが日本中あちこちで繰り返されて来たんだけれど、それらを『謝罪』ってコトで流してしまうのも、いい加減にやめるべきだと思う。謝罪して、辞任して、それで責任を取るのは構わないが、事件の解決にちっとも結びつかない。『やめれば済む…』と言う悪い慣習をどこかで断ち切らないと。

まぁ、結果的には『やめてもらう』事にはなるのだが、それは徹底した調査の後で良いんじゃないだろうか。とは言え、『徹底した調査』を誰が出来るのか? 本当に出来るのか? ってのも謎だったりする。

スケート連盟の背任などもそうだが、そうした不正をチェックする体制は少なからずあったハズなのに、骨抜きになっていた。以前から不正を正す声があったにも関わらず、連盟の親分連中が揃って裏金まみれになってんだから、正すもクソも無い状態だったワケ。これだって、スケートなんか縁がねぇや…ってスタンスで見ていると、それで終わってしまうが、元を正せば税金だからねぇ。そうした金にまみれて『理事でございます…』ってエラそーな顔していた連中もいずれ捕まると思うが、辞めたからと言って許して放っておくのは大間違いなんだな、本当は。

不祥事の隠蔽と、露見した時の謝罪は実に見事なんだが、本来の事件・事故、それにまつわる不祥事の解明はとことんお粗末な国なんだよねぇ…。

何かお手本となる様な、そうしたチェック機関があれば…とは思うが、独立したモノも無いし、警察ってモノが必要不可欠だったりするワケで、そうなると必ず胡散臭いモノの集まりに終わってしまい、誰もが納得出来る様な、調査すら満足に行えないで終わる…ってコトばかりなんだよなぁ…。司法機関でさえ、身内に甘い…なんて言われている様じゃ、そうした面では多くを望むのは無理なのかもしれない。

アメリカのそれが全て…とは言わないが、以前に航空機事故の調査がどこまで詳しいものか書いた覚えがある。一見、事故とは関係ないような、客室乗務員の事故前1週間の夫婦生活とか、そんなのまで聞き出して調査しているんである。そこまでやらないと、事故、事件、ミスの原因には近づけないと判っていてやっているんである。

子供が教室で首を吊ってしまったのは、もう、ある意味『仕方ない…』で済んでしまうコトかもしれないし、蒸し返して何になる? ってコトもある。地域性の強いところでも、薄いところでも、必ず聞こえる言葉。時間と言う『薬』に任せて、『風化』を望んで、過去のコト…にしてしまうコトが良い言う考えからだろう。

それでは、何もかも同じコトが繰り返されるのは、間違いないコトだと誰もが判っているハズだ。それでは良くないと、判っているコトも間違い無いのに、どうして何も変わらないのだろうか?

謝罪は良い。頭を畳みに擦り付けて謝罪するのはもっと良い。だが、マイナスは消えない。遺族が望んでいるのはそんなコトじゃ無い。誰が読んでも『遺書』と判る書面を『手紙』に変えたのは誰で、誰の指示か? 何を調査して、何を得たのか? その得た『結果」はどうなったのか? 失ったものが帰ってくる事が無い以上、それを上回る『回答』を出さねば『プラス』には転じない。

そうした答えを出すのが、マスコミに突かれて…では困るし、突かれて頭を下げられても誰も納得はしないんだが、それで『終わり』と言うのはもっと困る。突かれて困るのは当然として、突かれてボロボロになっても、事件、事故、ミスと向き合う姿勢がこの国には足らな過ぎる。

誰が悪い…それも大切なコトだが、その『誰』が『どうして…』って事はもっと大切なのだが、そこまで踏み込む勇気がどこにも無い…。それで良い…って事では済まされない時代だとは思うんだけれどねぇ…。

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落武者ヘッドの今を語る…。

2006-10-04 03:29:08 | 我思う、故に書くなりよ。
すっかりタイトル考えるの忘れてた…。

歳相応だと思うのだが、頭がハゲて来たのがイヤでも目に付いてきたのは先月のコト。

一番恐れていた『ザビエル』ではなく、前頭から頭頂にかけて薄くなる『落武者』であったことと、以前つるっぱげにしていたコトもあって、これを楽しんでみようかと、比較的『前向き…』『ポジティブ…』な方向にいられたのだが、内心はセツナイものが渦巻いていたりする。

んでまぁ、放置するのも芸が無いので、一応ね、薬用シャンプーとリンスなんかに変えてみたりしているんだが、『医薬部外品』だから、そうそう気合の入った物では無い。

まぁ、かなり『すーーーーーっ…』っとした感じが強く、髪の毛がバサバサになる感じにハイパーな洗剤成分ってトコロが汚濁成分の除去に貢献してんだろう…感じ。

で、髪の毛の復活をそこそこ信じて使っているが、シャンプー直後から猛烈に頭が痒くなり、掻き毟るのだから、髪の毛に良いコトはほとんど無さそうなんである。頭皮が馴染んでいないのかどうなんだか…。

おまけに、痒くなる部分は肝心な前頭から頭頂にかけてでは無く、それ以外の部分。

『全体的に薄くしてなお一層の購買意欲を増進させる目論見…』

と言う策略的なモノさえ感じられるすんげえシャンプー&リンスなのである。

まぁ、ハゲちゃったらハゲちゃったで…と言うスタンスなので、それほど真剣では無いが、こんなシャンプー&リンスでも『効き目』らしきものはあるみたいなのだ。落武者ヘッドを通り越して、波平ヘッドもまんざらではないと思っているので、真剣にその1本の行方を毎日眺めて耽美に浸るワケではないのだが、歯止めがかかったと言えばよいのか、まぁ、生えて来たってワケじゃあ無いにしろ、現状維持に貢献はしている感じが判るんである。

とは言え、不用意に痒いのは辛抱ならなかったりもするので、より良い方向を模索せねばならないのだけれど、遺伝的要素『大』ってコトもあるので、法外な費用のかかる努力は無駄だとは思う。ま、インデアン・シャンプーなんか良いらしいと聞いたので、試してみようかと…。

つるっぱげ…もいいのだが、眉毛もつるつるにしたくなる衝動に駆られるところが難だよなぁ…。

てなワケで、今月も『落武者ヘッドでごごっごぉ~♪』月間としておく…。

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祝!22位。 -日本のメディア芸術100選-

2006-10-03 22:28:53 | 我思う、故に書くなりよ。
『HELLSING』がマンガ部門で22位だよ…。

きっと9巻のカバー外すと何かやってくれるに違いない…。巨乳な婦警が白目むいてるピンナップだったりするとファンとしてはたまらないものがあるんだが…。その後ろにティーポット抱える執事が…。ああっと、ハルコンネンの精がっ…。

文化庁も大変だよなぁ…。古墳からエヴァンゲリオンまでだもんなぁ…。

いろいろと100選には疑問もある。『のらくろ』は外しちゃいけないだろうし、『沈黙の艦隊』もと思う。もっと評価されておかしくない作品は多いと思うんだな。

アニメ部門で言えば『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』なんか、もっと高位でおかしくない。逆に「ありそうで、まだ無い…」って近未来をリアルに見せてくれた『攻殻機動隊』とか「機動警察パトレイバー』などが入っているのウレシイなぁ。でも『廃棄物13号』な『WⅩⅢ』は入ってないのが残念。あれは気合の入った刑事ドラマだったんだけどなぁ…。

再度マンガ部門に戻る…。

『よつばと!(13位)』「あずまんが大王(16位)』はかなりウレシイ。独特の『間』とその『切り取り方』は秀逸なだけに、おじたん。の愛読書でもある。

『MONSTER』はもっと高位かと思っていた。長々とアニメでもやっていたけれど、これもしっかりと『ドラマ』。大人の鑑賞にしっかりと堪えるだけの力作だったと思う。『巨人の星』が50位に入っていないのも残念。

まぁ、個人的には『ああっ女神さまっ』とか『エロイカより愛をこめて』なんか入ってくれるともっとウレシイんだが、『がきデカ』とか『魁! クロマティ高校』も見過ごせないと思う。『マカロニほうれん荘』なんかラストの飛びっぷりを考えたら、それこそ『爆発』だもの…。

アニメで言えば『あらいぐまラスカル』『フランダースの犬』『きんぎょ注意報』『ゲゲゲの鬼太郎』なども50位内だと思うけれどねぇ…。

ともあれ、文化芸術…メディア芸術…って『枠』にこれらが含まれたコトの意義は大きいねぇ…。未だに「たかがマンガ…」って視点が根強かったりもするし、くだらないもの…と評される場合も多々有る中で…だから。

エンターテイメント部門で『カリキュラマシーン』が入ってないとか、アート部門に『未来への遺産』が入ってないとか、やはり不満は残るんだけれど、HP上では100選と言いながらも50位までしか出てないのはいかがなものか…。まぁ、来年になれば、国立新美術館で見られるらしいので、それはそれで楽しみでもあるんだけどな…。

そう言えば、芸術の秋がやって来たんであるな、もう…。

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毎度おなじみの自殺でございます。

2006-10-02 18:56:26 | 我思う、故に書くなりよ。
いじめ苦に自殺と遺書 小6女児、市教委公表せず(共同通信) - goo ニュース

いじめで自殺する場合、遺書を残すならしっかりと『いじめ』が原因で、いつ誰にどんないじめを受けたかしっかりと書き残しておかないと、うやむやにされるってコトらしいな…。

まぁ、公になった部分だけ読んでみても『いじめ』が原因でこれから死のう…と決意した事は、普通に判るのだが、北海道の滝川市の教育委員会ってのは読んでも判らない人間が教育委員を努めているコトが露見してしまったようだ。死に際して書いた手紙は普通『遺書』と称して何ら問題ないものの、この委員会ではあくまでも『手紙』と呼称し、さも、亡くなった人間と、その原因とは関係無いかの様な扱い。

まぁ、クラス全員で人間1人をいじめ殺しちゃったワケだから、さぞかし無かったコトにしたいんだろうけれども、そうは行かないよなぁ…。子供の世界ほどあからさまにいじめに繋がるような感情、奇異な物へのモノの見方、そうしたモノは格別に大きいしまた多い。知的障害とか身体障害なる者への接し方が判らないうちは、それはもう残酷とも思える見方や扱いが普通に見て取れる。

だけれども、ちゃんと理由なり説明すれば、それらは奇異でもなんでもなく受け入れられ、暖かいものへ変わっていくんである。そうであっても、汚いモノは汚い…って事はあったりするんだが、それすらも笑いに変えて、そうしたハンデを伴ってしまった人と仲良くやっていく、仲良くやっていける様な感情と視点を養っていくんであるよ。

そうした機会を与える場所が学校であり、教員であり、それらを監督するのが教育委員会だったりするハズなんだが、子供の『遺書』と言う手紙も満足に読めない人間がやってると、さもありなん…。そこから学びこそすれ、失うものは何も無いのに隠しちゃうのは大人の都合以外になんでもない。学校で児童が首をつらなければならなかった責任は、そうした大人にしっかりとあるべきで、それを『関わり無い』と考えてしまう教育委員会なんぞ、税金の無駄以外の何物でもないんだがなぁ…。

とりあえず、人口が一定以上あるもんだから、学校は作らなければならないし、それらを取りまとめる委員会も作らなきゃならない…って流れでやってるだけで、児童はおろか、教員の監督指導もままならない様なところが多過ぎている。本当の意味でのそうした活動をやろうとすると、組織ってモノが邪魔になりすぎて満足に活動出来ない…ってのが当たり前になりつつあったりもしている。

自分の住んでいる町や市の「教育委員会」ってのが何やってんだかサッパリ…なのは、本当はイケナイんだな。今時なら、どこの委員会でもそれらのメンツの顔と名前くらいはネットでも見られる時代。実際に見て、コイツらが本当に適任なのかどうかは、就学児童を抱える親ならば1度は勘ぐっておかないと。年に何回か顔合わせて「会合」と称し、お茶飲んでくっちゃべって「教育委員」なんてのは過去の遺物にしないといけない。

むしろ、こうした事件・事故が起きた時に、自ら動き回ってそれらの再発に身を挺する様じゃないとダメじゃん。いくら偉い肩書きが付いていても、動けない人間、考えられない人間を「教育委員」にしちゃダメなんである。

とはいえ、日本中でこんな調子だと思うので、やはりいじめを苦にして死ぬんだったら、ハッキリと、しっかりと『原因はいじめ』と、大きく誰にでも判る様に書かないと、読まれても『判らない』『しらない』『そうは思わない』で何も意味を残さないコトになってしまう。加えて、いつ誰にどんな…と、残された者が裏を取れる形にしておかないとイケナイのが、事実だって言うのが、何よりも悲しいじゃねぇか。

『いじめ』は必ずあるもの。だからこそ無くす努力を怠らない姿勢が無ければ、消えてなくならない。いじめられた者の逃げ場も考えてあげなきゃな…。いじめの無い学校なんか無い。必ずそこに人間が集う限り、有り得る。有るモノとして考えていかないとダメなのに、隠してどーすんだ…まったく…。

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