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トドの小部屋

写真付き日記帳です。旅行記、本や美術展の紹介、俳句など好きなことをつれづれに。お気軽にどうぞ。

東雲の途

2018-04-13 23:15:26 | 
あさのあつこさんの「東雲の途」を読みました。弥勒の月に始まる弥勒シリーズの4作目にあたる小説です。主な登場人物は同心の木暮信次郎、小間物問屋の主人、遠野屋清之介、信次郎の配下で働く岡っ引きの伊佐治である。伊佐治の女房のおふじは息子の太助、嫁のおけいと共に梅屋という一膳飯屋を営んでいる。息子の太助は腕のいい料理人で、梅屋を改築して大きくし、店は大繁盛。ちょっとした小料理屋といってもいいほどだった。おふじは幸せを感じる日々だったが、夫の伊佐治は店の仕事より岡っ引きの仕事に熱心で、何か事件が起きると生き生きとして同心の木暮信次郎と共に事件解決に奔走するのだった。ある日、川に男の屍体が上がった。町人のなりをしていたが、武士であると見抜いた信次郎は、屍体を弄り、腹の中から袋に入った瑠璃の原石を見つける。死んだ男は遠野屋清之介の生国の武士で、異母兄の宮原主馬の家来で用心棒、伊豆小平太の弟だったことがわかる。男はおそらく宮原主馬の政敵で、嵯波藩の筆頭家老に上り詰めた今井義孝の一味により惨殺されたと推察され、狙いは瑠璃の原石。武士を捨て商人として生きる清之介の周りにまた昔の抗争の渦が迫っていた。

夜叉桜

2018-04-09 09:16:31 | 
あさのあつこさんの「夜叉桜」を読みました。「弥勒の月」を第1作目とする弥勒シリーズの第2作のこの作品。時代小説です。主な登場人物は北定町廻り同心の木暮信次郎、配下の岡っ引の伊佐治、小間物の大店の主人、遠野屋清之介。信次郎は亡父の右衛門から同心の職を引き継ぎ、父親の代から使えていた町人で岡っ引きの伊佐治と組んで難事件を解決していく。本作では女郎ばかりを狙った連続殺人事件で、義理の親子関係、男女関係のもつれが絡む難事件であったが、信次郎と伊佐治の名コンビが下手人を割り出し捕らえる。物語の中で、遠野屋の主人、清之介は類まれな剣の遣い手で、某藩の重鎮であった亡き父の命で父の政敵を何人も屠った過去を持つ男だったことがわかる。同心の信次郎の抱える心の闇が気がかりなこの小説は暗い話ですが、続きが気になる作品です。

たまゆら

2018-04-04 17:47:16 | 
あさのあつこさんの「たまゆら」を読みました。恋愛小説です。しかもとても変わった。物語は早春の夜明け、まだ深い雪が残る頃。花粧山という山へ向かう山道最後の地点に建つ家に暮らす老女、日名子が山道を登ってきた人の足音を聞き、起き上がるところから始まる。夫の伊久男もすでに70歳を越えている。2人は人間の世と山との臨界に位置する家で、訪う人を全て受け入れ、もてなし、休ませた。彼らの家を訪ねる人は一様に疲れ切って眠り、1日2日逗留したのち、麓の街に引き返す人もいれば、道なき道をさらに進み、山頂へ向かう者もいた。山から戻れる人もいれば、そのままになった人もいた。2人は彼らが無事に山から戻ることを念じ、送り出すだけだった。その朝、おとづれたのは若い娘だった。彼女の名は真帆子。幼なじみであり、忘れられない想い人の陽介を迎えに花粧山に登ってきたのだ。陽介は父親を刺し殺していた。しかし、陽介と思われる青年が山に向かったのは一年も前のことだった。日名子は真帆子の中に遠き日の自分を重ねたのか、自分と伊久男の過去を語る。いつもは黙って送り出してきた彼らだったが、日名子は山へ向かう真帆子を一人で向かわせることができない…独特の雰囲気の小説でした。面白く一気読みしました。島清恋愛文学賞受賞作。

夜をゆく飛行機

2018-03-20 17:19:06 | 
角田光代さんの「夜をゆく飛行機」を読みました。東京で昔ながらの小さな酒屋を営む谷島家の物語である。主人公は四女の里々子、高校三年生。3人の姉、有子、寿子、素子のそれぞれの個性が生み出すエピソードが面白く、酒屋でありながら酒呑みの父、謙三、料理上手な母、美佐子の行動も憎めない。次女の寿子がひそかに書いていた小説が新人文学賞をとったことから一家は騒動に巻き込まれる。また近所にチェリージェというお洒落な酒類も売り、レストランまである大店舗ができたことで、客を取られた谷島酒店は改築してリカーショップ谷島と店名を変える。里々子の受験や恋、人妻である有子の焼け木杭事件など、色々なことが次々に起きるが、悪人は登場しないのどかな小説である。映画化すると面白いかも。きっとこれはコメディになるでしょう。里々子は自分の下にできたが、流れてしまった弟を勝手にピョン吉と呼んでいた。私も子供の頃、日記をピョン子と名づけていたことを思い出しました。(^^;;

猫を抱いて象と泳ぐ

2018-03-14 10:11:29 | 
小川洋子さんの「猫を抱いて象と泳ぐ」を読みました。子象のインディラはデパートの屋上に連れてこられ、人気の的になっていたが、動物園に連れて行こうと計画された時は大きくなり過ぎてエレベーターに乗れず、階段から降ろすこともインディラが怖がってできなかったため、死ぬまでデパート屋上の檻の中で足輪をはめられて生きたのだった。主人公の少年にチェスを教えてくれたマスターは廃車になったバスを住宅に改造して住んでいたが、甘いものが大好きな巨体の持ち主だった。少年に優しくチェスの手ほどきをして少年の才能を開花させてくれたマスターも肥満による心臓発作で死んでしまう。おまけに大きすぎる遺体をバスから出せず、バスを壊さざるを得ない。2つの悲劇は少年に大きくなることに対する恐怖を植え付け、彼は11歳の大きさから成長することを拒むようになる。後年、少年はリトル・アリョーヒンと名付けられた人形の中に入り、客を相手にチェスをする仕事に就く。彼は素晴らしいチェスをさし、棋譜は大変美しく語り草になるほどだったが、彼を知る人は彼と心を通わせたわずかな人たちだけだった。独特の空気感の作品。リトル・アリョーヒンは幸せだったのかもしれませんが、読後感は悲しいです。