門井慶喜さんの「銀河鉄道の父」を読みました。宮澤賢治の父親の政次郎の視点から描かれた本です。小説ですから、細部の描写には脚色もあるでしょうが、かなり事実に基づいていると思います。賢治が7歳の時に赤痢にかかり入院したとき、政次郎はつきっきりで看病し、赤痢が伝染し大腸カタルになり、生涯その後遺症に苦しんだ。後年、中学生だった賢治が、腸チフスにかかったときも、政次郎は看病して腸チフスに伝染した。政次郎は、成績優秀だったにもかかわらず、商人に学問はいらないと進学を父から反対され、小学校卒業後、父親に従って家業の質屋、古着屋に専念し、ずっと一家の生活を支えた。しかし、賢治に盛岡中学への進学を許し、質屋を嫌う賢治にはさらに盛岡高等農林学校への進学を許した。また、この小説は、賢治をめぐる家族の物語でもあり、賢治にとって大切な二つ違いの妹トシ、賢治を敬愛していた八歳違いの弟清六のことなども、詳しく描かれていました。政次郎が浄土真宗を深く信仰していたのに対し、賢治は日蓮宗に傾倒し、親子で宗教のことで議論しあったことも政次郎には楽しかった。トシは東京の日本女子大に進学したが卒業間際に病を得て花巻にもどった。トシは成績が極めて優秀だったため、見込点で卒業を許可された。自宅療養後、小康を得て、いっとき母校の盛岡高等女学校で教師をつとめた。しかし、結核にたおれて職を辞した頃、賢治も群立稗貫農学校で教職についた。賢治が就職して政次郎は肩の荷をおろしたのだったが、24歳でトシが亡くなった後、賢治は教師をやめた。4年余りの勤務だった。賢治は家業をつぐことなく独立し、一人で畑をやり、自給自足の生活をした。父からの援助は受けず、菜食主義者となった。トシにすすめられた童話や詩の創作は続けていたが、自らも農民になり、口先だけでない農民の指導をし、無料で肥料相談にも応じた。粗食を極めた重労働の日々により、健康をそこねた賢治は、37歳で肺結核で亡くなった。弟の清六は、賢治の嫌った質屋をやめてラジオや自動車部品などに商売変えをし、宮沢商会を繁盛させた。しかも、賢治から託された兄の原稿を大切に保管し、その出版に尽力した。賢治の死後、草野心平などの後押しを受けて、ようやく宮澤賢治は全国に知られる作家になったのだった。宮澤賢治をめぐる温かい家族の物語でした。
池井戸潤さんの「下町ロケット」を読みました。主人公の佃航平は7年前、宇宙科学開発機構の研究員として実験衛星打ち上げロケットの開発に携わり、ロケットに搭載する水素エンジン、セイレーンを足掛け9年かかって開発し、種子島宇宙センターでロケット発射の現場に立ち会っていたが、打ち上げ後、異常飛翔が発生し、爆破を余儀なくされた苦い経験があった。今は家業であった小型エンジンを主力製品とする佃製作所を引き継ぎ、製品開発に注力して社長として業績を伸ばしてきたが、大口の取引先の京浜マシナリーから取引終了を通告され、おまけに同業者ナカシマ工業から特許権侵害で訴訟を起こされると言う窮地に陥る。別れた研究者である妻の紹介で技術面の知識に詳しく知的財産に絡む訴訟に辣腕を振るう神谷弁護士を紹介され、ナカシマ工業との訴訟に勝ち、窮地を脱することができた。ところが次は帝国重工という大企業から佃が持つ水素エンジンの技術特許の独占使用を条件にする契約を持ちかけられる。しかし、佃は目先の特許使用料に揺るがず、製品供与を申し出るのだった。それはロケットに自社製品を搭載すると言う航平の夢だった。池井戸潤さんらしい大企業対中小企業の対立の構図。中小企業の窮地を顧みない銀行。企業の中での人間関係など、前回読んだ陸王にも通じる内容でしたが、面白いので一気に読みました。タイトルが下町ロケットなので、ハッピーエンドが予測できますが。^^; 第145回直木賞受賞作です。
池井戸潤さんの「陸王」を読みました。池井戸潤さんといえば、直木賞受賞作の「下町ロケット」を始め、「空飛ぶタイヤ」「あきらとアキラ」、ドラマでも大ヒットした半沢直樹を主人公にした銀行の話など、難しそうな企業の話をわかりやすく興味深い小説にする作家さんだと思いますが、今回読んだ「陸王」も100年の歴史を誇る足袋製造の老舗「こはぜ屋」が、和装の衰退から本業の足袋の売り上げが落ち込み、企業としてジリ貧になっている現状を打開すべく、新規事業としてランニングシューズ製造を始める話です。この陸王は、こはぜ屋がシルクレイという新素材をソールに使い、アッパー素材も新しく織物業者から調達して生み出した新製品の靴の名前です。ランニングシューズをめぐる大手のアトランティスとの競合、中小企業の資金不足からくる行き詰まり、融資をしぶる銀行の姿勢、シルクレイを生み出し、その特許を取得した飯山という男の存在、ランニングの選手とシューフィッターとの関係。企業買収の話など、いろいろな要素を取り込み、最後までグイグイと読ませる内容です。「あきらとアキラ」はWOWOWのドラマで観てとても面白かったのですが、池井戸さんの小説を読んだのは初めてだと思います。「陸王」お薦めです。なんとなく敬遠していた「下町ロケット」も読んでみようかと思います。
カズオ・イシグロさんの「日の名残り」を読みました。彼は長崎生まれですが、5歳の時にイギリスに両親とわたり、イギリスで教育を受けイギリス国籍で妻もイギリス人。幼い頃の日本の記憶はうっすらとあるものの、ほとんど中身もイギリス人と言ってよい人です。「日の名残り」は栄華を誇った大英帝国時代のイギリス貴族の館、ダーリントン・ホールで、父親の代から長年、執事としてダーリントン卿に仕えたミスター・スティーブンスが、現在のダーリントン・ホールの主人、アメリカ人のファラディから自分がアメリカに行っている間、旅行に行くよう薦められ、イギリス西部に主人のフォードを借りて、旅に出たことから物語が始まります。2つの大戦の間に、ダーリントン・ホールで秘密裏に行われた政府要人による会議に執事という立場で、立ち会ったミスター・スティーブンス。多くの使用人の長として、目配り、心配りを欠かさなかった有能な執事だった彼は、主人亡きあと、屋敷が売りに出され、屋敷と共に次の主に仕えることになった。しかし、多く居た使用人たちは、ほかへ移ってしまい、残った使用人はほんのわずか。屋敷の運営は人出不足で、とても昔のようにはいかなかった。また、彼自身も年老いて、かつてはしたことのないミスをしたりするようになっていた。そんなある日、遙か昔にダーリントン・ホールで女中頭をしていたミス・ケントンから手紙を受け取った彼は、数十年ぶりに彼女に会うため旅に出た。もしかして、ミス・ケントンはダーリントン・ホールに戻りたいのではないかという淡い期待を胸に抱きながら。道中、スティーブンスが思い出す昔のダーリントン・ホール。敬愛するダーリントン卿。忙しい毎日の仕事を互いに助け合ったミス・ケントンとのエピソード。いろいろな出来事、行動、考え方など、古き良きイギリスを彷彿させる内容です。階級社会のイギリスらしさがいっぱい詰まっています。とても礼儀正しく、くそまじめで、頭が固い。仕事に誠実であるが故の融通のなさ。女心がわからない堅物。執事という仕事は、イギリスが発祥だそうで、なるほどという感じです。イシグロさんは、この作品で英国最高の文学賞であるブッカー賞を受賞しました。
あさのあつこさんの「弥勒の月」を読みました。弥勒の月シリーズの一作目の小説ですから、物語はここからスタートなのに、読む順番が第2、第4、そしてこの第1話という具合で、良くなかったですね。図書館で書架に並んでるのを借りてくるのでこのようなことになりました。第1作目では冒頭に小間物問屋の主、遠野屋清之介の妻、おりんの死体が川から上がる事から始まる。清弥と名乗っていた武士だった頃の清之介の悲惨な生い立ち、内に狂気を秘めた父からいいように使われた刺客として過去や町娘おりんとの馴れ初め、おりんの死の真相と彼女を死に追いやった人物も明らかになる。なるほどと思えた内容でした。話は暗いです。(^^;;