小竹(ささ)の葉はみ山もさやにさやげどもわれは妹(いも)思ふ別れ来ぬれば 柿本人麻呂 万葉集巻の二
「さやぐ」は「騒ぐ」。「心を乱させる」こと。「さやに」は「さわさわと」の擬音語に取ってみた。「騒がせるようにして」という副詞的表現かもしれない。
これは筆者が赴任先の石見国から大和朝廷のところまで戻ってくる山中のようだ。石見国に、そこにいる間に、好きな女性が現れたのだろう。それを、愛しい人という思いを込めて「妹(いも)」と呼んで呼びかけている。こころが乱れてしようがないのだ。現地に残してきた愛しい女性がそうさせているのだ。一人残してきたのだから、その人を案じてもいるのだろう。
小竹(=笹)が山全体にさやさやさやと騒いでいる。そこを通っている。山には魔物が住んでいる。昔の人はそんなことにも怯えた。それもあろう。通せんぼをしている者があるようにも思ったのであろう。ともかく笹の葉が鳴るようにこころが騒ぐのである。そのときに、筆者はそれを鎮めるようにして、一心に愛しい女性を思って耐えようとしたのかもしれない。たったいま別れてきたばかりだというのに、これ以上先へ進めないのだ。
上の句で「さ」の音が繰り返されるので、音韻までもが情緒をそそってくる。そして下の句に降りて来る。膨らんだ情緒がここで爆発を起こす。隠しようもないさみしさかなしさなのだ。愛する人を引き裂いて別れて来るというのは。