The Game is Afoot

ミステリ関連を中心に 海外ドラマ、映画、小説等々思いつくまま書いています。

『雪の階』奥泉 光著

2018-05-02 | ブックレヴュー&情報
『雪の階』 奥泉 光

中央公論新社 (2018/2/7)
587ページ 本体2400円(税別

※ タイトル『雪の階』の”階”は(きざはし)とルビが振ってあります。

【内容紹介】
昭和十年、秋。笹宮惟重伯爵を父に持ち、女子学習院高等科に通う惟佐子は、親友・宇田川寿子
の心中事件に疑問を抱く。冨士の樹海で陸軍士官・久慈とともに遺体となって発見されたのだが、
「できるだけはやく電話をしますね」という寿子の手による仙台消印の葉書が届いたのだ――。
富士で発見された寿子が、なぜ、仙台から葉書を出せたのか? この心中事件の謎を軸に、ドイ
ツ人ピアニスト、探偵役を務める惟佐子の「おあいてさん」だった女カメラマンと新聞記者、軍
人である惟佐子の兄・惟秀ら多彩な人物が登場し、物語のラスト、二・二六事件へと繋がってい
く――。
内容(「BOOK」データベースより)
昭和十年、春。数えで二十歳、女子学習院に通う笹宮惟佐子は、遺体で見つかった親友・寿子の
死の真相を追い始める。調査を頼まれた新米カメラマンの牧村千代子は、寿子の足取りを辿り、
東北本線に乗り込んだ―。二人のヒロインの前に現れる、謎のドイツ人ピアニスト、革命を語る
陸軍士官、裏世界の密偵。そして、疑惑に迫るたびに重なっていく不審な死。陰謀の中心はどこ
に?誰が寿子を殺めたのか?昭和十一年二月二十六日、銀世界の朝。惟佐子と千代子が目にした風
景とは―。戦前昭和を舞台に描くミステリーロマン。


タイトル、装丁共に上品でシンプル、純文学風です。
過去の奥泉氏の作品から想像していた内容とは全く異なる文体、内容で久し振りに堪能した本格
派小説です。
582ページという分厚い作品で、読み始めた時は果たして読み終わるのか一抹の不安を抱いたので
すが、次第に引き込まれ大分時間が掛かったものの一気に読み終えました。

文体が段落が少ない長文であったり、古典的表現の単語、格調ある文体、昭和初頭(2.26事件間
近か)と言う時代設定に合わせ外来語の名詞は漢字表記にカタカナルビ付き(例えば、麺麭”パン”、
麦酒”ビール”、洋墨”インク”、木卓”テーブル”等々)という懲り方、等々この時代にあわせた
世界観に圧倒されます。 何となく三島由紀夫の世界を思い起こさせられました。

当時の華族の生活状態、女性の立場、考え方等新鮮に描かれていて、この点も非常に興味深い描き
方がされています。
伯爵令嬢の惟佐子のシチュエーション毎に着る着物や帯の細かい表現、又”顔をする”(化粧をし
てもらう)、”髪をする”(髪を結ってもらう)等珍しい表現もあり、本筋とは別に興味を惹かれ
ます。

惟佐子が寿子の心中事件に疑問を持ち、子供の頃の”お相手さん”であったカメラマンの牧村千代子
が調査を依頼され寿子の足取りを追って行くのがメインプロットであるが、その鉄道トリックを捕え
た部分は松本清張のミステリーを彷彿とさせられます。

華族の娘である惟佐子はカリスマ性を持つミステリアスな雰囲気を醸し出しています。 この当時
の女性としては珍しく数学や碁を好み、しかし鋭い観察眼で父親伯爵や周囲の人々を判断しながら
も余り心の内を見せないミステリアスな女性。親の進める政略結婚にも唯々諾々と従いながら一方
で何人かの男性と関係を結んだりする奔放な女性でありながら そんな行動にも何故か熱を感じさ
せられない。 そんなミステリアスな惟佐子の言動の源も次第に明かされていきます。

一方当時の女性には珍しい女性カメラマンとして働くいわゆる職業婦人である千代子は 周囲の偏
見にもめげず惟佐子に依頼された寿子の事件を探るうち協力者である新聞記者の葦原に惹かれてい
く気持ちに戸惑いながら心惑う生身の女性、行動力ある描き方は現代に通じるキャラクターとして
惟佐子との対比が鮮やかで面白い。

惟佐子の兄、弟、又行方知れずの叔父等の計り知れない人物達を盛り込み、2.26事件へと突き進み
つつあるこの時代の政界、軍部のきな臭い動きの中、同時に純粋な日本人の血を持つ「神人」の存
在というかけ離れた世界観等を交差させながら 幻想的な雰囲気も漂わせながら最後まで端正な描
き方で 新鮮な感覚を覚えながら読み終えます。

最後、千代子と葦原のハッピーエンドで締めくくられほっとします。

兎に角、久々に端正で格調高いとも思える日本語の美しさ等含めて 時代考証、魅力ある登場人物
等含め 推理小説としても最後まで引き込まれ 味わい深く堪能させられた作品でした。