知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

具体例による効果の裏付けを欠く数値限定範囲

2008-03-09 18:58:45 | 特許法36条6項
事件番号 平成18(ワ)6162
事件名 特許権侵害差止等請求事件
裁判年月日 平成20年03月03日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 山田知司

『(2) そこで,本件明細書の記載が,特許請求の範囲の請求項1の記載との関係で,明細書のサポート要件に適合するか否かについて検討する。
ア 前記1で認定したとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明においては,Snを主としてこれに少量のCuを加えるだけでなく,Niを所定量添加することにより,Sn-Cu金属間化合物の発生を抑制し,合金溶融時の溶湯の流動性が阻害されることを回避したとの趣旨が記載されている(前記1(2))。しかし,その成分組成を採用することにより得られる合金の性質を確認した具体例としては,①・・・,②・・・が記載されているにすぎず,これらの試験はいずれも本件発明1の構成要件Aの成分組成を充足するはんだ合金が,構成要件B所定の「金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した」という性質を有することを確認したものではなく,その他に流動性が向上したことを確認した実施例の開示はない(・・・。)。

 そうすると,本件明細書においては,本件発明1の成分組成であれば構成要件Bの性質を有すると当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載されているとはいえない
・・・

 このように,本件発明の特許出願時ないし優先日当時において,Sn-Cu合金にNiを添加したときに,CuとNiが全固溶の関係にあることからSn-Cu金属間化合物の生成が抑制されるということが技術常識として一般的に承認されていなかったことからすると,本件明細書においてそのような理論が一般的に記載されたのみでは,本件発明1の成分組成であれば構成要件Bの性質を有すると,具体例の開示が全くなくとも当業者に理解できる程度に明細書に記載されているとはいえない

ウ また,仮に本件明細書における上記イの記載から,Sn-Cu系合金においてNiを添加することにより金属間化合物の発生が抑制され,流動性が向上すると当業者が認識できたとしても,それは一般的なNi添加の効果について認識することができたというにすぎず本件発明の構成要件Aで数値限定された具体的な各成分量の下において,実際にそのような性質を合金が有するのかという点については,実施例による確認が記載されていない以上,なお当業者が認識できる程度に記載されているとはいえない
・・・

 特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するためには,発明の詳細な説明に,特許出願時の技術常識を参酌してみて,所定の成分組成のはんだ合金が所定の性質を有すると当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載することを要すると解するのは,当該成分組成を有する合金が当該性質を有することが単なる憶測ではなく,実験結果に裏付けられたものであることを明らかにしなければならないという趣旨を含むものである

 そうであれば,発明の詳細な説明に,当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる程度に,具体例を開示せず,本件出願時の当業者の技術常識を参酌してもそのように認識することができないのに,特許出願後に実験データを提出して発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足することによって,明細書のサポート要件に適合させることは,発明の公開を前提に特許を付与するという特許制度の趣旨に反し許されないというべきである
 したがって,上記原告提出に係る上記実験結果は,本件特許がサポート要件に違反するとの上記認定判断を左右するものではない。』


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