知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

コストと阻害要因

2008-03-09 18:52:30 | 特許法29条2項
事件番号 平成18(行ケ)10257
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年02月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

『相違点の看過をいう原告の主張は,結局のところ,審決が相違点1及び2を認定するに当たり,引用発明は,特定の個人の使用条件を考慮することなく鋳造の型を用いて限られた種類のレンズ群を大量に生産するもので,その処方面を1枚1枚加工しないレンズであるのに,この点を認定しないで,単に,引用発明は「処方面は非球面に加工するにとどまる」とだけ認定したことの誤りを主張するものと解される。

しかし,引用例1には,次の記載がある。
「従来,累進度数レンズは,ブランクとして生産され,凹面を1枚1枚処方に従って研削研磨している為,凹面を1枚1枚非球面に加工することは,コスト面で問題がありすぎる。しかし,今日では,CR-39といった鋳造可能なレンズ材料が広く使われており,非球面レンズも安価に作れるようになっている。本発明の累進焦点レンズの場合も,累進度数の屈折面用の型と,凹面用非球面あるいは非トーリック面の型とを組み合わせ,鋳造でレンズを作れば,安価に高性能な累進度数眼鏡レンズを作ることができる。すなわち,本発明は,ガラス製レンズにももちろん使えるが,合成樹脂製レンズへの適用が好ましい。」(1頁右下欄12行~2頁左上欄4行)

 上記の記載からすれば,引用例1には,確かに,原告が主張するように,凹面を1枚1枚処方に従って研磨するとコスト面で問題があるため,鋳造でレンズを作れば安価に高性能な累進度数眼鏡レンズを作ることができるから,鋳造による合成樹脂製レンズへの適用が好ましいことが記載されているが,それに続けて,ガラス製レンズにも適用可能であることが明示されている。したがって,引用発明のレンズは,鋳造の型を用いて大量生産されたものに限定されるものでないことは明らかであるから,原告の上記非難は当たらないものといわざるを得ない。

・・・

エ 審決の「引用例1に凹面を処方に従って研削研磨していると記載されているので,引用発明の処方面においても使用者個人の使用条件を考慮してその形状を決めるようにすることは,格別のものとは認められない。」との判断について,
 原告は,
①引用例1においては,凹面を1枚1枚非球面加工する技術は,コスト面で問題がありすぎる技術として,引用発明が克服すべき従来技術として記載されているから,引用発明に,同発明が克服すべき問題ある技術としている技術を組み合わせることは許されず,その組み合わせには阻害要因がある,
②使用者個人の使用条件により眼鏡レンズの処方面の形状を決めることは周知事項ではなく,引用例1は使用者個人の使用条件を考慮して処方面を加工することは開示していないから,処方面において使用者個人の使用条件を考慮してその形状を決めるようにすることは,当業者が容易に想到し得た事項ではない,と主張する。


 原告の上記①の主張は,原告が取消事由1で主張する「引用発明は,特定の個人の使用条件を考慮することなく鋳造の型を用いて限られた種類のレンズ群が大量に生産され,その処方面を1枚1枚加工しないレンズである」ことを前提とするものであるが,引用発明が鋳造の型を用いて生産されたものに限定されるものでないことは,取消事由1についての前記第5の1に説示したとおりであるから,前提において失当である。

 そして,コスト面を考慮する必要がなければ,引用発明においても,凹面を1枚1枚非球面に加工するとの手法も採り得ることは明らかであり,1枚1枚加工するにせよ,鋳造するにせよ,引用発明における凹面は,処方に従って形成される面,すなわち,処方に基づくジオプトリック作用を得るために所望の形状に加工される面であると位置付けられるものと解することができる。したがって,引用発明に,使用者の処方値とともに,眼鏡フレームの形,角膜頂点間距離等の使用者個人の使用条件を考慮して,最適の眼鏡レンズを作成するための上記周知技術を適用するに際して,処方面を,遠視基準点と近視基準点のジオプトリック作用とともに,使用者個人の使用条件を考慮したジオプトリック作用を有するようにその形状が決められたものとすることは,当業者が当然考慮する程度の事項というべきである。』

(所感)
 思うに、「コストがかかりすぎるから適用できない」ということは、通常は、技術的には適用できるが経済上適用できないという意味ではないか。そうすると、コストがかかることのみを技術上の阻害要因とすることはできないようにおもわれる。
 仮に、コストアップをしなくてすむようにして適用したのであれば、そのための構成を請求項における特定事項とすることで(相違点ができるので当然ではあるが)先行技術の組み合わせを回避できると思う。

最新の画像もっと見る