知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

引用明細書の阻害事由と見える目的よりも開示技術の性質を評価して動機付け等を認めた事例

2011-09-25 21:09:01 | 特許法29条2項
事件番号 平成22(行ケ)10302
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年09月13日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塩月秀平

 そして,請求項1にかかる発明(本願発明)は,駆動トランジスタが導通したときに流れる電流量を小さくするための具体的手段として,ドレインオフセット領域のドーピング濃度を変更することを選択したものということができる。

(2) 引用発明
 刊行物1の記載によれば,引用発明は,電極間にEL素子を用いた発光装置に関するものであり,電流制御用TFT602は,過剰な電流が流れてEL素子603が劣化しないよう,そのチャネル長が長めに設計され,電流値が小さく設定されたものであることが認められる。

(3) オフセット領域の目的について
 刊行物2及び3,特開平9-219525号公報(乙2),特開平10-189998号公報(乙3)には,オフセット領域を具備した薄膜トランジスタにおいて,オフセット領域の不純物濃度が低いと電気抵抗が高いため,オフセット領域のない薄膜トランジスタと比べて,薄膜トランジスタを流れるドレイン電流が小さくなることが記載されており,かかる技術的事項は技術常識であると認められる。
 そうすると,刊行物2及び3の記載は,いずれもオフセット領域によってオン電流を減らすことを積極的に使うという内容はなく,むしろそうなるのを避けることを説いているとしても,その記載は,オフセット領域を具備した薄膜トランジスタにおいて,オフセット領域の不純物濃度が低いと電気抵抗が高いため,オフセット領域のない薄膜トランジスタと比べて,薄膜トランジスタを流れるドレイン電流が小さくなるという技術常識を背景としているから,そこには上記周知の技術的事項が示されていると理解することができる。
・・・

(4) トランジスタの使い方の違いについて
・・・
そこで,オフセット領域を具備した薄膜トランジスタにおける前記(3)の技術的事項と,薄膜トランジスタの動作領域との関係について検討するに,オフセット領域を具備した薄膜トランジスタが,線形領域(非飽和領域)と飽和領域のいずれで動作する場合でも,薄膜トランジスタを流れるドレイン電流の経路に不純物濃度が低く電気抵抗が高い上記オフセット領域が存在すると,ドレイン電流はオフセット領域による影響を受けるから,オフセット領域のない薄膜トランジスタと比べてドレイン電流が小さくなる。このことは,技術常識ということができ,刊行物2(甲2)の表1(3)及び(4)の測定結果からも推認できるものである。

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 また,前記のとおり,オフセット領域を具備した薄膜トランジスタが,線形領域(非飽和領域)と飽和領域のいずれで動作する場合でも,薄膜トランジスタを流れるドレイン電流が制限されることは,当業者には自明であるから,引用発明に上記周知の技術的事項を適用して引用発明における「電流制御用TFT602」を構成した際に,「電流制御用TFT602」を線形領域(非飽和領域)と飽和領域のいずれで動作させるかは,当業者が必要に応じて適宜選択し得たものであることも明らかであって,このように認めることをもって後知恵とするのは相当でない

 加えて,引用発明に,オフセット領域を具備した薄膜トランジスタにおける上記周知の技術的事項を適用する際に,オフセット領域の不純物濃度を調整することにより,「電流制御用TFT602」に流れる電流値を制御することができ,その結果,「EL素子603」の輝度を調整できることは,当業者であれば容易に認識し得たものであって,格別のものとはいえない。

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