知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

当業者にとって当然の技術的課題にすぎない事項について動機付けを認めた事例

2010-12-26 20:28:34 | 特許法29条2項
事件番号 平成22(行ケ)10147
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年12月22日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塩月秀平

2 取消事由2(容易想到性の判断の誤り)について
(1) 引用発明のバイオセンサは血液中のグルコース等の化学物質を測定する機器であり(刊行物1の段落【0001】),刊行物2のセンサーも水溶液中のグルコース等の化学物質を測定する機器であって(1頁右下欄下から2行~2頁左上欄上から4行),両者は技術分野が共通するところ,化学物質の有無や濃度を検出する分析機器であるバイオセンサにおいて,正確な測定,分析を行うことは当業者にとって自明の事柄であり,正確な測定,分析を行うための機器の実現は当業者にとって当然の技術的課題にすぎない
 そうすると,上記技術的課題を解決するために,刊行物2の「モート」の構成を引用発明に組み合わせる動機付けがあるということができる

(2) この点,原告は,引用発明においては,反応層の厚さについての認識も,反応層の厚さを制御するために他の構成を設けることの認識もないし,引用発明では,構造を簡単にしてバイオセンサを安価にすることが目指されているのみで,正確な分析を可能にするため,試薬の厚さを均一にするべく凹部を設けることが示唆されていない等と主張する。
・・・
 しかしながら,化学物質の有無や濃度を検出する分析機器であるバイオセンサにおいて,正確な測定,分析を行うことは当業者にとって自明の事柄であり,正確な測定,分析を行うための機器の実現は当業者にとって当然の技術的課題にすぎない

 また,電極上の試薬の厚さが均一でなく,例えば反応域ないし反応層の一部にこれらが広がっていないような極端な場合には,当該センサを用いた正確な測定,分析を行うことができないのは明らかであるから,引用発明の発明者や刊行物1に接した当業者において,電極上の試薬の厚さを考慮しないとは考え難い
・・・
 そうすると,仮に刊行物1に試薬の厚さについての記載が明示されていないとしても,当業者において当然に考慮すべき事柄であって,電極上の試薬の厚さを均一にするべく,引用発明のバイオセンサに刊行物2の「モート」を組み合わせて,電極の周囲に凹んだ部分すなわち「凹部」を設ける動機付けに欠けるところはないというべきである。

権利能力なき財団の権利義務を承継する原告への商標権の移転登録請求が認容された事例

2010-12-26 17:21:13 | Weblog
事件番号 平成21(ワ)2400
事件名 商標権移転登録手続請求事件
裁判年月日 平成22年12月16日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 阿部正幸

2(1) 上記認定のとおり,
① 旧協会は,本件出願がされた当時,既に20年以上にわたって本件検定試験を実施し,同試験の受験料を主な原資とする,総額1億円以上の銀行預金を旧協会の基本財産として有していたこと,
② 上記預金の名義は,「日本中国語検定協会」,「日本中国語検定協会代表 B」などとされ,預金通帳や銀行届出印は旧協会の事務局において管理されていたこと,
③ 旧協会は,旧協会規則及び旧協会諸規則を定め,これらの規則にのっとり,理事や理事長を選出し,本件検定試験の実施等の事務を行うための事務局及び各種委員会を設け,理事会において収支予算及び収支決算の承認等がされていたこと,
④ 旧協会は,昭和63年ころに民法(平成18年法律第50号による改正前のもの)39条,37条所定の各項を含む寄附行為(本件寄附行為)を作成し,財団法人設立認可を申請したものであり,本件出願当時も同申請手続を推進していたこと,
が認められる。
 したがって,本件出願当時,旧協会は,個人財産から分離独立した基本財産を有し,かつ,その運営のための組織を有していたものといえ,いわゆる権利能力なき財団として,社会生活上の実体を有していたものと認められる(最高裁判所第三小法廷昭和44年11月4日判決・民集23巻11号1951頁参照 。)。

 また,上記認定事実に照らすと,本件出願及び本件商標権の登録に係る費用を負担したのは旧協会であり,本件出願前に「中検」という標章(本件標章)を使用していたのも,本件商標権の登録後に本件商標を使用していたのも旧協会であって,Bが個人として本件標章ないし本件商標を使用したことはなく,本件商標権がBを商標権者として登録されたのは,本件出願当時,旧協会が財団法人の設立認可を申請中で法人格を取得していなかったため,旧協会を出願人とすることができなかったことから,商標登録出願手続を進めるに当たっての便宜上,Bを出願人としたことの結果にすぎないものと認められる。

(2) そうすると,Bは,本件出願に当たり,旧協会が財団法人として設立後は本件商標権を同法人に帰属させる趣旨で本件出願をすることを了解していたといえるから,旧協会が財団法人として設立したとき,又は,Bが旧協会の代表者の地位を失ってこれに代わる新代表者が選任されたときは,財団法人ないし新代表者に対して本件商標権を移転登録する義務を負っていたものと認められる。
したがって,Bは,同人が旧協会の理事長を退任し,Cが新理事長に選任された時点で,本件商標権をCの名義に移転登録する義務を負っていたものであり,この義務は,Bの相続人である被告に承継されたものと認められる。また,上記認定事実に照らすと,原告は,旧協会によって設立されたものであり,旧協会の権利義務を承継したものと認められるから,被告は,現在,原告に対して本件商標権の移転登録義務を負っているものと認められる。

商標法2条3項1号所定の「商品の包装に標章を付する行為」

2010-12-26 16:59:34 | 商標法
事件番号 平成22(行ケ)10013
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年12月15日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

2 商標法2条3項1号に基づく本件商標の使用の有無について
(1) 商標法2条3項1号所定の「商品の包装に標章を付する行為」とは,同号に並列して掲げられている「商品に標章を付する行為」と同視できる態様のもの,すなわち,指定商品を現実に包装したものに標章を付し又は標章を付した包装用紙等で指定商品を現実に包装するなどの行為をいい,指定商品を包装していない単なる包装紙等に標章を付する行為又は単に標章の電子データを作成若しくは保持する行為は,商標法2条3項1号所定の「商品の包装に標章を付する行為」に当たらないものと解するのが相当である。

(2) これを本件についてみると,前記認定のとおり,被告は,本件請求登録日以前から,本件容器に本件商標を付して販売するための準備を進めていたところ,被告が平成21年4月10日に外部会社から受領したものは,本件容器のパッケージデザインの電子データであるにすぎない。したがって,被告が上記電子データを受領し,これを保持することになったからといって,これをもって商標法2条3項1号所定の「商品の包装に標章を付する行為」ということはできない。

「具体的な取引状況」として審決後の不使用取消審判の結果を参照した事例

2010-12-26 16:17:45 | 商標法
事件番号 平成22(行ケ)10171
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年12月14日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘


1 請求の原因
イ 取消事由2(手続の違法)
・・・
b なお,本願の指定商品/役務の補正は,譲受交渉の後半段階において,引用商標権者が引用商標について第35類に係る指定役務については使用しているが,第43類の「宿泊施設の提供,宿泊施設の提供の契約の媒介又は取次ぎ」に対しては使用していないことが判明したことに基づくもので,本願から第35類の指定役務を削除訂正し,第43類の上記指定役務に対する不使用取消審判請求を前記時期に予定していた。原告は,前記取消審判の審決確定により,本願商標は登録されると確信していた。
・・・

3 被告の反論
・・・
 なお,審理終結通知後に,原告代理人から,電話にて審理の再開の打診があったが,その理由は,引用商標に対して不使用取消審判を請求するとのことであったため,かかる対応は,審理を再開するための合理的な理由に該当するものではなく,時機に後れた対応であることから,審理の再開は行わずに審決をすることにしたものである。
 ・・・
オ 不使用取消審判につき
 商標法4条1項11号にいう「先願の登録商標」は,後願の商標の査定時又は審決時において,現に有効に存続していれば足りると解すべきところ,本件の場合,審決時(平成22年4月19日)において,不使用取消審判の請求がされている事実は認められないから,引用商標が本件の審決時に有効に存続していた事実は何ら影響を受けることがない
 ・・・そして,審決が維持され,本願商標の拒絶が確定した場合であっても,原告は,事後指定による再出願を行うことができるものであり,原告に多大なる不利益が生ずるものとはいえない



第4 当裁判所の判断
1 ( 請求の原因(1) 特許庁等における手続の経緯), ( (2) 商標の内容),(3) 審(決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
 また,証拠(甲2,14)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件審決後である平成22年5月10日付けで,引用商標である商標登録第4558717号の指定役務のうち第42類の「宿泊施設の提供,宿泊施設の提供の契約の媒介又は取次ぎ」につき,権利者・・・を被請求人として,商標法50条1項に基づく不使用取消審判を請求し,同年5月21日(処分日)にその旨の予告登録がなされ,同年8月31日に認容審決(甲14)がなされ,同年11月2日(処分日)に確定登録がなされたことが認められる。
 上記事実によれば,上記予告登録がなされた平成22年5月21日の3年前である平成19年5月21日から,引用商標の商標権者である株式会社ほるぷ出版ないし株式会社ブッキングは,指定役務第42類「宿泊施設の提供,宿泊施設の提供の契約の媒介又は取次ぎ」につき,引用商標を使用していなかったことになる

2 本願商標と引用商標の類否について(取消事由1)
 商標の類否は,・・・,そのような商品・役務に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべく,しかもその商品・役務の取引の実情を明らかにし得る限り その具体的な取引状況に基づいて判断すべきものである。そして,商標の外観,観念又は称呼の類似は,その商標を使用した商品・役務につき出所の誤認混同のおそれを推測させる一応の基準にすぎず,したがって,これら3点のうち類似する点があるとしても,他の点において著しく相違することその他取引の実情等によって,何ら商品・役務の出所の誤認混同をきたすおそれの認めがたいものについては,これを類似商標と解することはできないというべきである(最高裁昭和43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照 。)

 一方,甲33(引用商標に係る公報)及び甲15(本願商標に係る出願・登録情報の検索結果)の各指定役務欄を比較すると,本願商標(35類は取り除かれ,39類及び43類はそれぞれ変更された後のもの)と引用商標(上記不使用取消審判事件の審決により,第42類「宿泊施設の提供,宿泊施設の提供の契約の媒介又は取次ぎ」が除かれた後のもの)では,その指定役務の抵触関係はないものと認められる。
 そこで,以上の観点に立って,本願商標と引用商標の類否につき検討する。

・・・
(5) 以上の(1)ないし(4)からすれば,本願商標と引用商標とは,外観は相当異なり,観念は「予約」との部分で一部共通し,称呼は原則として「ブッキング」との共通部分があり,これらの諸要素に,前述した取引の実情,とりわけ不使用取消審判により認められた平成19年5月21日からの引用商標不使用の実情を総合考慮すると,本件審決時(平成22年4月19日)において本願商標と引用商標とが類似するとはいえないと認めるのが相当であり,本願商標は商標法4条1項11号には該当しないというべきである。


*事後指定による再出願は、商標法68条の三十二に基づく出願か

同一の機能・作用効果を有するが構成が異なるものは特許発明の技術的範囲に属するか

2010-12-26 14:20:11 | 特許法70条
事件番号 平成21(ワ)35184
事件名 特許権侵害差止等請求事件
裁判年月日 平成22年12月06日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 大須賀滋

エ 検討
(ア) 前記ウの「車載」及び「装置」という語の一般的な意義からすれば,「車載ナビゲーション装置」とは,車両に載せられたナビゲーションのための装置(ひとまとまりの機器)をいい,ひとまとまりの機器としてのナビゲーション装置が車両に載せられていることを意味すると解するのが,自然である。そして,本件各特許の特許請求の範囲の記載のように,A,B,C,Dとの「手段を含むことを特徴とする車載ナビゲーション装置」というとき,「ナビゲーション装置」がA,B,C,Dという手段を備えるとともに,そのような手段を備えたナビゲーション装置が「車載」,すなわち,車に載せられていることが必要であると解するのが,その文言上,自然である

 また,本件各明細書に開示されている「車載ナビゲーション装置」の構成は,前記イのとおり,各構成要素から成る一体の機器としての「車載ナビゲーション装置」であって,被告装置における被告サーバーと本件携帯端末のように,車両内の機器と車両外の機器にナビゲーション装置の機能を分担させ,両者間の交信その他の手段によって情報の交換を行い,全体として「ナビゲーション装置」と同一の機能を持たせることは開示されていない。したがって,各機器をどのように構成し,また,各機器にどのように機能を分担するか,各機器間の情報の交換をどのような手段によって行うかについても,本件各明細書には何らの開示もされていない。

 さらに,本件各特許発明はナビゲーション「装置」に関する特許発明であるから,「装置」の構成が特許請求の範囲に記載された構成と同一であるか否かが問題となるのであって,同一の機能,作用効果を有するからといって,構成が異なるものをもって,本件各特許発明の技術的範囲に属するということはできないことはいうまでもない。

 以上のことからすれば,本件各特許発明にいう「車載ナビゲーション装置」とは,一体の機器としてのナビゲーションのための装置が車両に載せられていることが必要であり,車両に載せられていない機器は,「車載ナビゲーション装置」を構成するものではないと解される。

(イ) 原告の主張について
 原告は,「車載」の通常の意義,本件明細書1の段落【0002】の記載及び本件特許発明1の作用効果等に照らして,その構成の一部を両に載せた状態にする必要はあるが,その構成のすべてを車両に載せることまでは要求していないと解すべきであると主張する

 しかしながら,原告は,その前提として「車両用ナビゲーション装置」と「車載ナビゲーション装置」とを同一のものとしているが,「車両用」のナビゲーション装置と「車載」されたナビゲーション装置とは必ずしも同義ではない(例えば,車両外にナビゲーション装置を設置し,その経路探索結果や進路等をドライバー等に連絡する等,車両用のナビゲーション装置であっても,車載されないものもあり得る。)。
 また,特許請求の範囲の記載や本件各明細書の記載に照らして,その構成のすべてが車両に載せられた状態にある必要があること,作用効果又は機能が同一であれば,機器の全部が「車載」されている必要はないということはできないことは,前記(ア)のとおりである。

 したがって,原告の前記主張は,採用することができない