知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

条約規則49.6(a)ないし(e)を国内法に適合しないとした事例

2010-12-12 22:36:26 | Weblog
事件番号 平成22(行コ)10003
事件名 手続却下処分取消請求控訴事件
裁判年月日 平成22年11月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 その他
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

原告は,
条約規則49.6(a)ないし(e)を適用して,外国語特許出願につき,翻訳文の提出を優先日から最大で42か月まで可能とすることによって,出願審査の請求がされてから最大6か月の間,明細書等の翻訳文が提出されない事態が生じ,その間における審査ができないこととなったとしても,特許庁や第三者に何ら実害が生じないし,法の規定との不整合も生じない』,
法の規定と不整合が生ずるというためには,審査官の審査(着手)時期を拘束するような法の規定があることを要するところ,法は,出願審査の請求の期間を出願日から3年とするだけで,審査時期については何ら定めていないから,法の規定と不整合を生ずることはない
と主張する。

 しかし,法47条1項は「特許庁長官は,審査官に特許出願を審査させなければならない。」と規定し,法48条の2は「特許出願の審査は,その特許出願についての出願審査の請求をまつて行う。」と規定しており,出願審査の請求がされたにもかかわらず審査に着手しなくてよい旨を定めた規定がないことからすれば,特許庁長官は,出願審査の請求がされたときには,審査官をして速やかに審査に着手させなければならないというのが法の趣旨であると解される。

 そうすると,条約規則49.6(a)ないし(e)を適用し,翻訳文の提出を優先日から最大で42か月まで可能とすることによって,出願審査の請求がされてから最大6か月の間,明細書等の翻訳文が提出されず,その間における審査ができないという事態を招くことは,上記の法の趣旨に反し,法の規定との不整合を生ずるというべきであり,条約規則49.6(a)ないし(e)は,我が国の国内法令に適合しないというべきである。

冒認出願に係る事実の主張立証責任等について

2010-12-12 22:10:39 | Weblog
事件番号 平成21(行ケ)10379
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年11月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

1 冒認出願に係る事実の主張立証責任ないし主張立証の程度について特許法は,29条1項に「発明をした者は,‥‥‥特許を受けることができる。」旨,33条1項に「特許を受ける権利は,移転することができる。」旨,及び34条1項に「特許出願前における特許を受ける権利の承継は,その承人が特許出願をしなければ,第三者に対抗することができない。」旨を,それぞれ規定し,特許権を取得し得る者を発明者及びその承継人に限定する。同規定に照らすならば特許出願に当たり,同要件に該当する事実が存在する旨の主張,立証は,出願人において負担すると解するのが合理的である。このことは,36条1項2号において,願書の記載事項として「発明者の氏名及び住所又は居所」が掲げられ,特許法施行規則5条2項において,出願人は,特許庁からの求めに応じて譲渡証書等の承継を証明するための書面を提出しなければならないとされていることとも整合する。
 ところで,123条1項6号は,「その特許が発明者でない者であつてその発明について特許を受ける権利を承継しないものの特許出願に対してされたとき。」(冒認出願)を,特許無効事由の一つとして挙げている。同規定によれば,「その特許が発明者でない者・・・に対してされたとき」との事実が存在することの主張,立証は,無効審判請求人が負担すると解する余地もないわけではない。しかし,このような規定振りは,同条の立法技術的な理由に由来するものであることに照らすならば,無効事由の一つを規定した123条1項6号が,29条1項における主張立証責任の原則を変更したものと解することは妥当でない
 したがって,123条1項6号を理由として請求された特許無効審判において,「特許出願がその特許に係る発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたこと」についての主張立証責任は,少なくとも形式的には,特許権者が負担すると解すべきである。

 もっとも,123条1項6号を理由とする特許無効審判における主張立証責任の分配について,上記のように解したとしても,そのことは,「出願人が発明者であること又は発明者から特許を受ける権利を承継した者である」との事実を,特許権者において,すべての過程を個別的,具体的に主張立証しない限り立証が成功しないことを意味するものではなく,むしろ,特段の事情のない限り,「出願人が発明者であること又は発明者から特許を受ける権利を承継した者である」ことは,先に出願されたことによって,事実上の推定が働くことが少なくないというべきである。
 無効審判請求において,特許権者が,正当な者によって当該特許出願がされたとの事実をどの程度,具体的に主張立証すべきかは,無効審判請求人のした冒認出願を疑わせる事実に関する主張や立証の内容及び程度に左右されるといえる。

 以上のとおり,正当な者によって特許出願がされたか否かは,発明の属する技術分野が先端的な技術分野か否か,発明が専門的な技術,知識,経験を有することを前提とするか否か,実施例の検証等に大規模な設備や長い時間を要する性質のものであるか否か,発明者とされている者が発明の属する技術分野についてどの程度の知見を有しているか,発明者と主張する者が複数存在する場合に,その間の具体的実情や相互関係がどのようなものであったか等,事案ごとの個別的な事情を総合考慮して,認定すべきである。

特許請求の範囲の解釈と出願経過の参酌

2010-12-12 21:34:21 | Weblog
事件番号 平成21(ワ)7718
事件名 特許権侵害差止等請求事件
裁判年月日 平成22年11月30日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 大鷹一郎


(ウ) そして,本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載及び前記(イ)の本件明細書の記載事項を総合すれば,本件発明は,・・・などを目的とし,切餅の切り込み部等(切り込み部又は溝部)の設定部位を,従来考えられていた餅の平坦上面(平坦頂面)ではなく,「上側表面部の立直側面である側周表面に周方向に形成」する構成を採用したことにより,焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に,・・・などの作用効果を奏することに技術的意義があるというべきであるから,本件発明の構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,・・・切り込み部又は溝部を設け」との文言は,切り込み部等を設ける切餅の部位が,「上側表面部の立直側面である側周表面」であることを特定するのみならず,「載置底面又は平坦上面」ではないことをも並列的に述べるもの,すなわち,切餅の「載置底面又は平坦上面」には切り込み部等を設けず,「上側表面部の立直側面である側周表面」に切り込み部等を設けることを意味するものと解するのが相当である。

(ウ) 出願経過に関する主張について
原告は,
① 本件特許の出願経過において,平成17年11月25日付け意見書(甲10の1),平成18年3月29日付け手続補正書(甲12の1)及び平成19年1月4日付け回答書(甲16)をもって,本件発明では切餅の上下面である載置底面及び平坦上面に切り込みがあってもなくてもよいことを積極的に主張し,その結果,本件発明について特許すべき旨の審決がされており,本件発明は,切餅の載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けても設けなくてもよいことを前提に,特許登録に至っていること,
② 本件特許の出願経過の当初から,本件発明においては,側周表面のみに切り込みを設けるという構成には限定できないことを審査官より指摘され,原告としても限定しないことを前提に,本件特許についての審査がされていること,
上記①及び②のような本件特許の出願経過からみても,本件発明の構成要件Bは,「載置底面又は平坦上面」に切り込み部等を設けた構成を除外するものではないと解釈されるべきである旨主張する。

・・・

上記認定事実によれば,原告は,本件特許の出願過程において,積極的に「(切餅の上下面である)載置底面又は平坦上面ではなく,切餅の側周表面のみ」に切り込みが設けられることを主張していたが,その主張が,平成17年9月21日付け拒絶理由通知(甲9)に係る拒絶理由によって認められなかったため,これを撤回し,主張を改めたものというべきであるから,本件発明では切餅の上下面である載置底面及び平坦上面に切り込みがあってもなくてもよいことを積極的に主張し,その結果,本件発明について特許すべき旨の審決がされたとの原告の主張は,その前提において失当である。
 このように,原告が主張する前記a①の点は,本件特許の出願人である原告が,特許庁に提出した意見書等の中で,本件発明の構成要件Bに関して原告主張の解釈に沿う内容の意見を述べていたということ以上の意味を有するものではなく,このような事情が,本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の解釈に直ちに結びつくものとはいえない

(b) 原告主張の前記a②について
 前記(a)の認定事実によれば,原告が主張する前記a②の点は,本件特許出願の審査の過程の中で,前記拒絶理由通知(甲9)を発した当時の特許庁審査官が,本件発明の構成要件Bに関して原告主張の解釈に沿う内容の判断を示し,これを受けた出願人たる原告も,特許庁に提出した意見書等の中で,同趣旨の意見を述べていたということ以上の意味を有するものではないから,このような審査過程での一事情をもって,本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の解釈を左右し得るとみることは困難というべきである。