知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

特許法157条2項の趣旨に照らして審決書の説示が十分でないとされた事例

2009-08-02 11:12:18 | Weblog
事件番号 平成20(行ケ)10338
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年07月29日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

(2) 審決に記載された理由の概要
 審決が法29条2項に該当すると判断した理由は,前記第2の3の(1)のとおりである。すなわち,
① 本願発明と引用例発明1とは,前記(1)のアの③において一致する。
② 他方,本願発明と引用例発明1とは,前記(1)のアの①,②において相違する,
③ 相違点の中の,前記(1)のアの②の「案内体が1本であること」に関しては,周知例1ないし4に開示されている,
④ 相違点の中の,前記(1)のアの②の「片持ち梁であること」及び前記(1)のアの①の「直交」については,引用例発明2に開示されている,⑤ 引用例発明1と引用例発明2とは,発明の対象が共通しているから,組み合わせることが容易である,
したがって,本願発明は,特許法29条2項に該当するというものである。

(3) 判断
 本願発明は,前記(1)のアの①,②,③の各構成のすべてを備えた,一つのまとまった技術的思想からなる発明である。これに対し,引用例発明1は,その中の一つの構成である③のみを共通にする発明にすぎず,①及び②(「直交」,「案内体の本数」,「片持ち梁」)の3点については,構成を有しない。
 審決は,本願発明中の各相違点に係る構成は,周知例や引用例発明2に示されている技術であると説示している。

 しかし,審決では,本願発明と一つの技術的構成においてのみ一致し,複数の技術的構成において,実質的相違が存在し,その課題解決も異なる引用例発明1を基礎として,本願発明に到達することが容易であるとする判断を客観的に裏付けるだけの説示は,審決書に記載されているとはいえない
 とりわけ,審決は,相違点1(前記(1)のアの②の「案内体が1本であること」)に関する判断においては,「身長計」,「自動車リフトの支柱」,「燭台」等を挙げているのに対して,相違点2(前記(1)のアの②の「片持ち梁であること」,及び前記(1)のアの①の「直交」)に関する判断においては,引用例発明2を挙げているが,引用例発明2は,「2本の円柱体のガイドポスト」を必須の構成要件とするものであって,相違点1に関して容易であるとする判断の基礎として用いた周知例と相反するものであるため,周知例と引用例の相互の矛盾を説示することが求められるが,審決では,その点の矛盾に対する合理的な説明は,されていない

 以上のとおり,本件における審決書に記載された具体的な理由は,特許法157条2項が審決書に理由記載を求めた趣旨,すなわち,審決における判断の合理性等を担保して恣意を抑制すること,客観的な証拠(技術資料)に基づかない認定や論理性を欠いた判断をする危険性を排除するとの趣旨に照らして,十分な説示がされているとはいえない

引用例に代わり周知例を提出する予備的主張を排斥した事例

2009-08-02 10:23:47 | Weblog
事件番号 平成20(行ケ)10338
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年07月29日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

ウ なお,被告は,仮に,引用例2(甲3)が,相違点2における「案内面の平面は案内体の軸心線と固定側型形成体又は可動側型形成体が,前記案内体から張り出す部分の重心を含む張出し面に概ね直交」する点を開示するものではないとしても,予備的に,プレス加工の技術分野においても,案内体の案内面が平面であって,その平面を,可動側型形成体が前記案内体からの張出し面に概ね直交させることは,周知であると主張し,乙4(周知例8),乙5(周知例9),乙6(周知例10)を提出する。
 しかし,被告の予備的主張は,以下のとおり採用できない。

 審決においては,本願発明と引用例発明1との相違点2に係る構成については,①引用例2発明には,「・・・」するとの技術事項が開示されているとした上で,②引用例1発明と引用例2発明を組み合わせることが容易である旨を理由中において述べているのみであって,他の引用例を示した上で,各引用例の組み合わせが容易であるか否かについて,理由を述べているわけではない。被告の予備的な主張について,本件取消訴訟の審理の対象とすることは,結果として,原告に対し,意見を述べる機会や補正をする機会を奪うことになり,妥当とはいえない。この点,乙4ないし乙6が,周知技術を示した文献であるという被告の主張を前提としたとしても,上記判断を左右するものとはいえない。

 したがって,被告の予備的主張は,採用の限りでない。

特許法施行規則24条の2の規定した「技術上の意義を理解するために必要な事項」の適用

2009-08-02 10:06:59 | Weblog
事件番号 平成20(行ケ)10237
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年07月29日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

3 取消事由21(委任省令要件違反に関する判断の誤り)について
 ・・・
 当裁判所は,委任省令違反があるとした審決の判断は誤りであると判断する。以下,その理由を述べる。

 審決は,特許法36条4項1号に規定する委任省令要件について,「本件の明細書,段落0007~0009には,本件発明が解決しようとする具体的な課題が記載されている。」とした上で,「請求項1~9,11,13~14に係る発明は,段落0007~0009に記載された課題の何れにも該当しないものである。」とし,「本件の明細書は,請求項1~9,11,13~14に係る発明について,発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他の当業者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載したものではないから,経済産業省令で定めるところにより記載したものであるとは認められない。」と判断した(審決書57頁30行~58頁32行)。
 しかし,委任省令違反があるとした審決の上記判断は,誤りである。

 すなわち,特許法36条4項は,「発明の詳細な説明の記載は,次の各号に適合するものでなければならない。」と定め,同条同項1号において,「一経済産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること。」と定めている。そして,上記の「経済産業省令」に当たる特許法施行規則24条の2は,「特許法第三十六条第四項第一号の経済産業省令で定めるところによる記載は,発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載することによりしなければならない。」と定めている。

 特許法36条4項1号において,「通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること」(いわゆる「実施可能要件」)を規定した趣旨は,通常の知識を有する者(当業者)がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したといえない発明に対して,独占権を付与することになるならば,発明を公開したことの代償として独占権を付与するという特許制度の趣旨に反する結果を生ずるからである。
 ところで,そのような,いわゆる実施可能要件を定めた特許法36条4項1号の下において,特許法施行規則24条の2が,(明細書には)「発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項」を記載すべきとしたのは,特許法が,いわゆる実施可能要件を設けた前記の趣旨の実効性を,実質的に確保するためであるということができる。そのような趣旨に照らすならば,特許法施行規則24条の2の規定した「技術上の意義を理解するために必要な事項」は,実施可能要件の有無を判断するに当たっての間接的な判断要素として活用されるよう解釈適用されるべきであって,実施可能要件と別個の独立した要件として,形式的に解釈適用されるべきではない

 もとより,特許法施行規則24条の2の求める事項は,発明の詳細な説明中の「課題及びその解決手段」に記載される必要もなく,当業者が発明の技術上の意義を当然に理解できれば足りるのであって,明示的な記載は必要ない。
 ・・・

 審決は,請求項1ないし9,11,13及び14に係る発明が,本件特許明細書(甲18)の【発明が解決しようとする課題】の欄(段落【0007】~【0009】)に記載された課題のいずれにも該当しないことのみをもって,「経済産業省令で定めるところにより記載したものであるとは認められない。」と判断した。審決の上記判断は誤りである。
なお,本件特許明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づいて,当業者であれば,サブリールの演出の趣向性を向上させるという課題を理解することができる。
 請求項1~9,11,13及び14について,委任省令違反があるとした審決の判断が誤りである旨の原告主張の取消事由21には,理由がある。

特許法36条6項2号の記載要件の判断事例

2009-08-02 09:28:07 | Weblog
事件番号 平成20(行ケ)10237
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年07月29日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

6 取消事由24(特許請求の範囲の記載要件違反に関する判断の誤り)について
 当裁判所は,特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号の要件に違反するとした審決の判断は誤りであると判断する。以下,その理由を述べる。
(1) 請求項17を見ると,「図柄の配置」が「図柄」と対応付けられているとの記載は,①「図柄の配置」が「図柄の配置」に対応すると記載すべきところの誤記であるか,②「図柄」が「図柄」に対応すると記載すべきところの誤記であるのか,その意味が不明確であり,その技術的意義を特許請求の範囲の記載のみからは一義的に明確に理解することができない

(2) 本件特許明細書の記載
そこで,請求項17の上記記載事項の技術的意義を理解するに当たって,本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌するに,本件特許明細書(甲18)には,次のような記載がある。
 ・・・
 このような本件特許明細書の詳細な説明の記載を参酌すると,請求項17における「前記各表示列の図柄の配置は,前記各メインリール毎に異なる種類の図柄と対応付けられている」との記載事項については,「図柄」が「図柄」に対応付けられているとの意味であると理解することができるから,特許を受けようとする発明が不明確であるとはいえない
 したがって,請求項17の上記記載事項の意味が不明確であるから請求項17及びそれを引用する請求項18及び19に係る本件発明は,特許法36条6項2号の要件に違反し,無効であるとした審決の判断は,誤りであるといえる。

特許法153条2項の「当事者が申し立てない理由」

2009-08-02 09:09:28 | Weblog
事件番号 平成21(行ケ)10023
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年07月21日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘


3 商標法56条が準用する特許法153条2項違反の有無について
 原告は,取消事由の主張イ(エ)において,「審決においては,他の食品が『元々,「コク(酷)」と「旨み」の要素が重視される商品であるのと異なり,本来的には,「辛さ」と「旨み」が主要な要素である』との独自な見解に基づく判断をし,これを理由として結論を出している。この理由は当事者が申し立てない理由であるから,商標法56条の準用する特許法153条2項により,審判長は,当事者に相当の期間を指定して,意見を申し立てる機会を与えなければならないところであるにもかかわらず,審決は,この規定に反してなされたものである。」と主張する

 ところで,商標法56条が準用する特許法153条2項において審判長が当事者に対し意見を申し立てる機会を与えなければならない「当事者が申し立てない理由」とは,新たな無効理由の根拠法条の追加や主要事実の差し替えや追加等,不利な結論を受ける当事者にとって不意打ちとなり予め告知を受けて反論の機会を与えなければ手続上著しく不公平となるような重大な理由がある場合のことを指すのであり,当事者が本来熟知している周知技術の指摘や間接事実及び補助事実の追加等の軽微な理由はこれに含まれないと解されるところ,
 審決の上記判断は,根拠法条や主要事実の変更ではなく,それまで審判手続の中で当事者双方の争点となっていた,本件商標が「その商品の品質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」(商標法3条1項3号)に当たるかどうかを判断する中において,その理由付けの一つとして判断された間接事実にすぎないから,商標法56条が準用する特許法153条2項にいう「当事者が主張していない理由」について審理判断したものということできず,同項に違反するとする原告の上記主張は採用することができない。