知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

「先願」(29条の2)が公開後に取り下げられた場合の「先願」の優先権の効果

2007-08-04 12:43:14 | 特許法29条の2
事件番号 平成1(行ケ)123
裁判年月日 平成2年07月19日
裁判所名 東京高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
(裁判官 竹田稔 春日民雄 岩田嘉彦)

『先願は、昭和五二年(一九七七年)二月一六日、一九七六年二月一七日イタリー国においてなされた特許出願に基づくパリ条約による優先権を主張してわが国に特許出願されたものであって、特許出願の日から七年以内に出願審査の請求がなかったので、昭和五九年二月一六日の経過によってその特許出願は取り下げたものとみなされたものであること、審決は、本願発明は、その出願日前の特許出願であって、その出願後に公開された先願明細書に記載された発明(先願発明)と同一であるから特許法第二九条の二第一項の規定により特許を受けることができないとしたものであること、は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三号証によれば、先願は昭和五二年九月二八日に出願公開されたことが認められる
 原告は、審決は、特許法の適用を誤った結果、同法第二九条の二第一項の規定により本願発明と審決にいう先願発明が同一であると誤って判断したものである旨主張し、その理由として、
「①元来取下げとは、何らかの法律行為がなされた後に、それがなされなかった当初の法律状態に復する行為をいうのであるから、少なくとも法律上は、その始めにさかのぼってその効果を生じるのが本来の性質である。また、特許法第二九条の二第一項の規定も「当該特許出願の日前の他の特許出願」の明細書の記載をもって当該出願の拒絶理由とする点において、同様にいわゆる先願を拒絶理由とする同法第三九条の規定に比較して、実質的にはその拡大であるから、たとえ同条第五項のような規定がなくても、同様の法理の適用あるいは類推適用があると解すべきである。
 ②仮に、先願について特許法第二九条の二第一項の規定を適用することが容認され、それが優先権主張を伴う出願であるため第一国出願の日を援用することができるとしても、右援用が許される根拠は、優先権を定めたパリ条約第四条の要請によるものであるところ、優先権享受の本体である出願が撤回され、これにより何らの権利も利益も生じる見込みが皆無となったにかかわらず他人の権利、権能の障害事由としてのみ残存することを容認するがごときことは、およそ優先権制度の目的を逸脱し、法の理念に反することは明らかである。
 ③優先権主張の実体上及び手続上の要件の審査権限は、専ら審査官、審判官にあると解すべきところ、先願についての出願関係書類は廃棄され、先願について優先権主張が特許法第四三条所定の手続を履践しており、その内容がわが国の願書に最初に添付された明細書及び図面の記載(すなわち公開公報により一般に公開された内容)と一致していることを確認できない
。」等を挙げている。』

『 そこで、まず特許出願の取下げについて検討すると、特許出願は、特許権の付与(特許査定)を求めて特許庁長官に対し願書を提出する行為であり、特許出願の取下げは、その要求を撤回する行為である。そして、法律行為その他法律要件の効力は、それがなされたときから以前にさかのぼらないのが原則であり、遡及効が認められるのは、特に法律に規定のある場合に限られるから、特許出願の取下げについても、その効力は法律に特別の規定のない限り、取下げがなされたときから将来に向かって生じるというべきであって、このことは出願人が自らの積極的意思により出願を取り下げるか、法律の擬制によって取り下げとみなされるかによって差異はない。
 この点について特許法の規定を見ると、同法第三九条第五項には、「特許出願又は実用新案登録出願が取下げられ、又は無効にされたときは、その特許出願又は実用新案登録出願は、前四項の規定の適用については、初めからなかったものとみなす。」旨規定されており、出願公告の効力に関する同法第五二条第三項にも、出願公告後に特許出願が取り下げられた場合につき同条第一項の権利は初めから生じなかったものとみなす旨の規定が設けられているが、同法第二九条の二第一項の規定の適用については、「当該特許出願の日前の他の特許出願」が取り下げられた場合につき、右取下げの遡及効を認める規定は設けられていない
 したがって、特許法第二九条の二第一項に規定する「当該特許出願の日前の他の特許出願」が当該特許出願後に出願公開されたときは、その後に右出願公開された出願が取り下げられたとしても、その取下げの効力が出願公開前にさかのぼり同項の適用が排除されることにはならないというべきである
 特許法第三九条は、一発明一特許の原則から、二重特許の成立を排除する趣旨のもとに規定されたものであり、同条第五項は、いわゆる先願が取り下げられた以上、二重特許の成立する可能性が消滅しているから、その取下げの遡及効を認めたものであって、同法第二九条の二とはその規定の趣旨を異にする。なるほど、同法第二九条の二の規定は、いわゆる先願の範囲の拡大ともいわれ、当該特許出願に先行する特許出願の存在を理由として後願が拒絶される点ではその趣旨を含んでいることは否定し難いが、同時に右先行出願が出願公告又は出願公開されることを要件とし、その公開内容によって後願を排除する点において、同法第二九条の規定する公知文献の拡大ともいうべきものを含んでいるから、公開時にその特許出願が正当な手続により係属している限り、爾後の手続により何らの影響も受けないとするのが制度の本来の趣旨に合致する
しかも、同法第二九条の二の規定が設けられたのは、出願審査制度の導入と同時であり、いわゆる先願について出願審査請求がなされるか否か等により後願の処理が影響され、後願の妥当かつ迅速な処理が不可能となることがないようにすることをも配慮して立法されたものと理解できることと合わせ考察すれば、同法第三九条第五項に取下げの遡及効を認めた規定が設けられているからといって、同法第二九条の二第一項の適用について、右規定を類推適用する余地はない、というべきである
 そして、優先権主張を伴う特許出願については、これを後願との関係で見た場合、その明細書又は図面に記載された範囲全部に特許請求の範囲記載の発明と同じ先願としての地位の基準日、すなわち後願排除の基準日を与えられるというべきであり、したがって、特許法第二六条及びパリ条約第四条B項の規定に照らし、その基準日は優先権主張日(第一国出願日)であると解するのが相当であり、優先権主張は特許出願に伴うものである以上、特許出願の取下げの効力につき優先権主張の効力を特許出願と別個独立に取り扱うべき理由も法律上の根拠も存しない(優先権主張を伴う特許出願の取下げの効力を判示のように解することはパリ条約第四条の趣旨に反するものではない。)から、その特許出願が出願公開後に取り下げられても、優先権主張の効果だけが出願公開前にさかのぼって消滅し同法第二九条の二第一項の適用を排除することにはならない、というべきである
 これを本件についてみると、先願は、昭和五二年(一九七七年)二月一六日、一九七六年二月一七日イタリー国においてなされた特許出願に基づくパリ条約による優先権を主張してわが国に特許出願されたものであって、昭和五二年九月二八日に出願公開されたことは前述のとおりであるから、先願は昭和五一年一〇月二日に出願された本件出願に対して先願たる地位を有するものであり、その後先願について特許出願から七年以内に出願審査の請求がなかったので、昭和五九年二月一六日の経過によってその特許出願が取り下げたものとみなされたことは、特許法第二九条の二第一項の規定の適用の妨げとなるものではない。』

請求書却下決定後で同決定の確定前の手数料納付

2007-08-04 12:18:20 | Weblog
事件番号 平成11(行ケ)18
裁判年月日 平成11年03月25日
裁判所名 東京高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 清永利亮

『第2 原告は、平成11年1月8日に指定金額の印紙を貼付した手続補正書を提出したから、本件却下決定は取り消されるべきである旨主張する。
 しかしながら、手続について納付すべき手数料を納付しないとして補正を命ぜられた者は、遅くとも請求書却下決定がされるまでにこれを補正すべきであって、請求書却下決定がされた後は、たとえ同決定の確定前に手数料を納付しても、有効な補正があったということはできないものと解するのが相当である(被告挙示の最高裁第二小法廷判決参照)。したがって、本件却下決定の結論は正当である。
 この点について、原告は、たとえ請求書却下決定がされるまでに手数料を納付しなくとも、同決定の取消訴訟の弁論終結までに手数料を納付すれば審判請求は適法であると解さなければ、手数料不納付を理由とする請求書却下決定に対する取消訴訟の提起を認めている特許法178条1項の規定が空文化する旨主張する。しかしながら、例えば適法にされた手数料納付を看過してされた請求書却下決定に対しては、取消訴訟の提起が認められるのであるから、特許法178条1項の規定が空文化するとはいえず、原告の上記主張は失当である。
 なお、原告は、上記判決の見解は変更されるべきであると主張するが、当裁判所も上記判決の見解に立つものであって、この見解は変更されるべきものとは解されない。』

「請求の理由」があると同視できるとした例

2007-08-04 11:53:23 | Weblog
事件番号 平成10(行ケ)312
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成11年11月09日
裁判所名 東京高等裁判所
権利種別 実用新案権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 永井紀昭

『(2) ところで、実用新案法41条により準用される特許法133条によれば、審判請求書が同法131条1項1号ないし3号(請求の趣旨及びその理由)の規定に違反しているときは、審判長は、請求人に対し、補正を命じなければならないものとされ(同法133条1項)、補正命令を受けた者が指定期間内にその補正をしないときは、決定をもって請求書を却下しなければならないとされている(同条3項。平成8年法律68号により改正されるまでは、同条2項として、「審判長は、請求人が前項の規定により指定した期間内にその補正をしないときは、決定をもってその請求書を却下しなければならない。」とされていた。改正後は、2項が挿入されて3項に繰り下がり、その規定振りは「決定をもってその手続を却下することができる。」となっているが、これは、1項に基づく補正命令に対する旧2項の「請求書を却下しなければならない」という処分と、新2項に基づく補正命令に対する「手続を無効とすることができる」という処分の両者を併せて規定したために、「することができる」となったものであり、1項に基づく補正命令に対応する関係では、従前と同様に「却下しなければならない」ものと解されている。)。

 (3) 原告は、審判請求書に請求の理由の記載がない場合であるから、審判長は請求人に対し相当の期間を指定して補正を命じなければならなかったのに、これを命じなかった違法がある旨主張するので、本件における審判請求書の請求の理由の記載が特許法131条1項3号に規定するものとして審判長が補正を命じなければならず、もし補正がされないときは却下しなければならない場合に該当するか否かを検討する。
 本件は、前記(1) において認定したとおり、原告のした実用新案登録出願について、特許庁が引用例を示して進歩性の欠如を理由とする拒絶理由通知書を原告に送付し、これに対し、原告は、意見書を提出して詳細に反論したが、拒絶査定を受けたため、拒絶査定不服の審判を請求したものである。その審判請求書の「請求の理由」欄のうち、「本願考案が登録されるべき理由」としては「詳細な理由は、追って補充する。」とのみ記載され、具体的な理由は記載されていなかったが、「請求の理由」を全体としてみれば、「手続の経緯」及び「拒絶査定の理由の要点」が詳しく記載されている。そして、本件審判請求が実用新案登録出願の拒絶査定に対する不服審判請求であり、審判請求書の「請求の趣旨」、「請求の理由」欄の記載全体及び拒絶理由通知に対する意見書からすれば、4つの引用例に基づく進歩性欠如を理由とする拒絶査定に対し、本願考案が進歩性を有するから、登録されるべきものであると主張しており、その具体的な理由も審査段階における拒絶理由通知に対する意見書に詳細に記載されていることが明らかである。このような場合には、審査においてした手続は拒絶査定に対する審判においてもその効力を有する旨規定する実用新案法41条、特許法158条の規定の趣旨からしても、また、請求人の審判を受ける権利の保護という観点からしても、請求の理由の記載がないとはいえず、同法131条1項3号の規定に違反しているとは認められないから、同法133条1項にいう補正を命じなければならない場合には当たらないというべきである(なお、本件のように特許法131条1項3号違反とはいえない場合においても、詳細な理由の補充を促す意味での補正を命ずることは何ら差し支えない。しかし、それは、特許法131条1項に基づく補正命令ではないから、それに応じないことに基づいて同法133条3項により却下することはできないものと解すべきである。)。
 これに反する原告の主張は採用することができない。』

「請求の理由」の補充と審判請求の定立2(最高裁)

2007-08-04 11:52:07 | Weblog
事件番号 平成15(行ヒ)353
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成17年07月11日
法廷名 最高裁判所第二小法廷
裁判種別 判決
結果 棄却
(裁判長裁判官 中川了滋 裁判官 福田 博 裁判官 滝井繁男 裁判官 津野 修 裁判官 今井 功)

『 3 原審は,本件請求書には,本件商標登録が15号の規定に違反する旨の記載があるのみで,具体的な無効理由を構成する事実の主張は記載されていないが,被上告人がその業務に係る商品に使用している「VALENTINO」,「バレンチノ」等の表示が我が国のファッション関連分野における取引者,需要者にとって周知であること,本件請求書に記載された請求人(被上告人)の名称中に「バレンチノ」の語が含まれていることなどの事情に照らせば,本件請求書には,本件商標は被上告人の上記表示との関係で混同を生ずるおそれがある商標である旨の無効理由の記載があるものと同視することができるから,本件審判請求は除斥期間を徒過した不適法なものではないと判断した。

 4 47条は,15号違反を理由とする商標登録の無効の審判は商標権の設定の登録の日から5年の除斥期間内に請求しなければならない旨を規定する。その趣旨は,15号の規定に違反する商標登録は無効とされるべきものであるが,商標登録の無効の審判が請求されることなく除斥期間が経過したときは,商標登録がされたことにより生じた既存の継続的な状態を保護するために,商標登録の有効性を争い得ないものとしたことにあると解される。このような規定の趣旨からすると,そのような商標は,本来は商標登録を受けられなかったものであるから,その有効性を早期に確定させて商標権者を保護すべき強い要請があるわけではないのであって,除斥期間内に商標登録の無効の審判が請求され,審判請求書に当該商標登録が15号の規定に違反する旨の記載がありさえすれば,既存の継続的な状態は覆されたとみることができる。
 そうすると,15号違反を理由とする商標登録の無効の審判請求が除斥期間を遵守したものであるというためには,除斥期間内に提出された審判請求書に,請求の理由として,当該商標登録が15号の規定に違反するものである旨の主張の記載がされていることをもって足り,15号の規定に該当すべき具体的な事実関係等に関する主張が記載されていることまでは要しないと解するのが相当である。』

「請求の理由」の補充と審判請求の定立2

2007-08-04 11:25:45 | Weblog
事件番号 平成14(行ケ)370
裁判年月日 平成15年09月29日
裁判所名 東京高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官  篠原勝美

『1 取消事由1(除斥期間の経過)について
(1) 本件審判請求及びその後の審判手続の経緯は,次のとおりである(証拠を掲げたもの以外は当事者間に争いがない。)。
ア 被告は,商標法47条所定の5年の除斥期間が経過する直前である平成8年11月28日(本件商標権の設定登録日は平成3年11月29日),本件審判請求をした
イ その審判請求書には,「請求人」として被告の名称及び住所が,「被請求人」として原告の名称及び住所がそれぞれ特定して記載されているほか,「請求の趣旨」として「商標登録第2357409号の登録は無効とする。」と記載されるとともに,証拠として,本件商標に係る商標公報及び商標登録原簿の写し(甲2の1,2,審判甲1,2)が添付されていたが, 「請求の理由」については,「本件登録第2357409号商標(以下「本件商標」という)は甲第一号証及び第二号証に示すとおりのもので商標法第4条第1項第8号,同法第4条第1項第11号及び同法第4条第1項第15号の規定に違反して登録されたものであるから,同法第46条の規定により,その登録は無効とされるべきものである。なお,詳細な理由及び証拠は追って補充する。」とのみ記載されていた(乙1)。
ウ 本件審判請求事件を担当する特許庁審判長(以下,単に「審判長」という。)は,平成9年1月10日付け「手続補正指令書(方式)」により,被告に対し,同指令書発送の日(同月24日)から30日以内に,請求の理由を記載した適正な審判請求書を提出すること等を命じた(乙2)。
エ 被告は,同年2月18日,手続補正書(方式)により,請求の理由を更に具体的に記載して補正し,証拠として審判甲3~14を添付した審判請求書を提出した(乙3)。
・・・』

『(2) 商標法56条1項において準用する特許法131条1項3号は,審判を請求する者は,請求の趣旨及びその理由を記載した請求書を特許庁長官に提出しなければならないと規定し,商標法46条1項は,柱書前段において,商標登録が次の各号の一に該当するときは,その商標登録を無効にすることについて審判を請求することができると規定し,1号ないし5号において,無効理由を列挙している。他方,商標法47条は,商標登録が同法4条1項8号若しくは11号に違反してされたとき,又は同項15号に違反してされたとき(不正の目的で商標登録を受けた場合を除く。)は,その商標登録に係る無効審判は,商標権の設定登録の日から5年を経過した後は請求することができない旨規定する。
 この除斥期間の定めは,上記のような私益的規定に違反して商標登録がされたときであっても,一定の期間無効審判の請求がなく経過したときは,その既存の法律状態を尊重し,当該商標登録の瑕疵を争い得ないものとして,権利関係の安定を図るとの趣旨に出たものであるから,上記の私益的規定の違反を無効理由とする無効審判の請求人が商標法47条の規定の適用を排除するためには,除斥期間の経過前に,各無効理由ごとに1個の請求として特定された請求の趣旨及びその理由を記載した請求書を特許庁長官に提出することを要するものというべきである(なお,最高裁昭和58年2月17日第一小法廷判決・判例時報1082号125頁参照)。』

『(3) 本件において,無効審判の請求人である被告が除斥期間経過前である平成8年11月28日に提出した本件審判請求の審判請求書(以下「当初請求書」という。)には,本件商標の商標登録を無効にするとの請求の趣旨が記載され,無効審判の対象となる登録商標が特定されるとともに,請求の理由において,本件商標は商標法4条1項8号,同項11号,同項15号の各規定に違反して登録された旨の記載はあったものの,具体的な無効理由を構成する事実の主張は記載されておらず,もとより,それを裏付ける証拠も一切提出されていなかったものであるから,少なくとも,同項8号及び11号の規定に基づく無効理由に関する限り,当初請求書が提出された時点で,各無効理由ごとに1個の請求として特定された無効審判請求の定立があったものと認めることはできない。したがって,被告が,手続補正書(方式)により,具体的な無効理由を記載した審判請求書を提出した平成9年2月18日の時点で,新たに同項8号及び11号に基づく新たな無効審判の請求を定立したものとみるほかはないが,その時点では,本件商標の商標登録について無効審判請求の除斥期間は既に経過していたことが明らかであるから,結局,補正による新たな無効審判請求の定立は許されないというべきである。

(4) しかしながら,商標法4条1項15号の規定に基づく無効理由については,後記3及び4で判示するとおり,被告がその業務に係る商品に使用する表示が我が国のファッション関連分野における取引者,需要者の間で周知であったとの事情等をも参酌すべきである。すなわち,当初請求書においては,上記(1)イのとおり,請求人である被告の「バレンチノ グローブ ベスローテン フェンノートシャップ」との名称が記載され,請求の理由として,本件商標は商標法4条1項15号の規定に違反して登録されたものである旨,換言すれば,本件商標が他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標である旨が記載されていたのであって,後記3(2)のとおり,被告がその業務に係る商品に使用していた「VALENTINO」,「Valentino」,「valentino」,「ヴァレンティノ」又は「バレンチノ」との表示が,我が国の婦人服,紳士服等のファッション関連分野における取引者,需要者にとって周知であること,本件商品の指定商品と被告の業務に係る商品とが極めて密接な関連性を有しており,当初請求書が提出された当時においても,取引者の一人である被請求人の原告においては上記表示を当然に知っていたと認められること(弁論の全趣旨),被告の社名に上記「バレンチノ」の語が含まれていること等の事情に照らせば,上記のような当初請求書の記載は,本件商標につき,請求人である被告が,その業務に係る商品に使用する上記の表示との関係で混同を生ずるおそれがある商標である旨の無効理由を記載して主張しているのと同視し得るものというべきであって,このように解しても,原告の防御や法的安定性に欠けるところはない。そうすると,商標法4条1項15号の規定に基づく無効理由については,当初請求書により,実質的に1個の請求として特定された無効審判の請求が定立されていたとみることができるから,当該無効理由に関する限り,本件審判請求は,同法47条の規定による除斥期間を徒過したものとはいえないと解するのが相当である。

(5) 以上によれば,本件無効審判請求は,除斥期間内に請求されたものであって,その請求を却下すべきものではないとした審決の判断は,商標法4条1項15号の規定に基づく無効理由に関する限り,結論において相当であり,かつ,審決は,上記第2の3のとおり,同号違反を理由として本件商標の登録を無効としたものであるから,結局,原告の取消事由1の主張は理由がない。』

「請求の理由」の補充と審判請求の定立1

2007-08-04 11:06:05 | Weblog
事件番号 平成14(行ケ)551
裁判年月日 平成15年09月29日
裁判所名 東京高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官  篠原勝美

『(1) 本件審判請求及びその後の審判手続の経緯は,次のとおりである(証拠を掲げたもの以外は当事者間に争いがない。)。
ア 被告は,商標法47条所定の5年の除斥期間が経過する直前である平成10年11月30日(本件商標権の設定登録日は平成5年11月30日),本件審判請求をした。
イ その審判請求書には,「請求人」として被告の名称及び住所が,「被請求人」として原告の名称及び住所がそれぞれ特定して記載されているほか,「請求の趣旨」として「商標登録第2595450号の登録を無効にする。」と記載されるとともに,証拠として,本件商標に係る商標公報及び商標登録原簿の写し(甲2の1,2,審判甲1,2)が添付されていたが,「請求の理由」については,「詳細理由は追って補充する。」とのみ記載されていた(乙1)。
ウ 被告は,平成11年1月27日,手続補正書により,審判請求書の請求の理由として,本件商標の内容を特定した上,「本件商標は商標法第4条第1項第8号,同法第4条第1項第11号及び同法第4条第1項第15号に違反して登録されたものであるから,同法第46条の規定により無効とされるべきものである。」と記載し,更に具体的な請求の理由を記載して補正するとともに,証拠方法として審判甲3~61を提出した(乙2)。』

『(2) 商標法56条1項において準用する特許法131条1項3号は,審判を請求する者は,請求の趣旨及びその理由を記載した請求書を特許庁長官に提出しなければならないと規定し,商標法46条1項は,柱書前段において,商標登録が次の各号の一に該当するときは,その商標登録を無効にすることについて審判を請求することができると規定し,1号ないし5号において,無効理由を列挙している。他方,商標法47条は,商標登録が同法4条1項8号若しくは11号に違反してされたとき,又は同項15号に違反してされたとき(不正の目的で商標登録を受けた場合を除く。)は,その商標登録に係る無効審判は,商標権の設定登録の日から5年を経過した後は請求することができない旨規定する。
 この除斥期間の定めは,上記のような私益的規定に違反して商標登録がされたときであっても,一定の期間無効審判の請求がなく経過したときは,その既存の法律状態を尊重し,当該商標登録の瑕疵を争い得ないものとして,権利関係の安定を図るとの趣旨に出たものであるから,上記の私益的規定の違反を無効理由とする無効審判の請求人が商標法47条の規定の適用を排除するためには,除斥期間の経過前に,各無効理由ごとに1個の請求として特定された請求の趣旨及びその理由を記載した請求書を特許庁長官に提出することを要するものというべきである(なお,最高裁昭和58年2月17日第一小法廷判決・判例時報1082号125頁参照)。』

『(3) 本件において,無効審判の請求人である被告が,除斥期間経過前である平成10年11月30日に提出した本件審判請求の審判請求書(以下「当初請求書」という。)には,本件商標の商標登録を無効にするとの請求の趣旨が記載され,無効審判の対象となる登録商標は特定されていたものの,請求の理由については,詳細理由は追って補充するとのみ記載され,具体的な無効理由を構成する事実は何ら記載されていないばかりか,商標法46条の定める無効理由のいずれに該当するのかを示す適用条文さえも記載されていなかったものであるから,このような当初請求書の記載をもって,各無効理由ごとに1個の請求として特定された無効審判請求の定立があったものと認めることはできない。したがって,他に特段の事情のない本件においては,被告が,手続補正書により,具体的な無効理由を補正するとともに証拠方法を提出した平成11年1月27日の時点で,新たに特定された無効審判の請求を定立したものとみるほかはないが,その時点では,本件商標の商標登録について無効審判請求の除斥期間が既に経過していたことは明らかであるから,結局,補正による新たな無効審判請求の定立は許されず,本件無効審判請求は除斥期間経過後の請求として不適法であるといわざるを得ない。』

『(4) 被告は,請求の理由が記載されていないという不備は補正できるものであって,商標法56条において準用する特許法135条に定める「不適法な審判の請求であって,その補正をすることができないもの」には該当しないとし,当初請求書は,方式に違反したものではあっても,その瑕疵は補正により審判請求時に遡及して治癒されたものというべきである旨主張するが,請求書の不備の性質上,補正が許されるか否かの問題と,補正が新たな無効審判請求の定立に該当するか否かの問題とは次元を異にするというべきである。
 上記(3)で判示したとおり,本件においては,当初請求書をもって,各無効理由ごとに1個の請求として特定された無効審判請求の定立があったものとは認められず,<ins>手続補正書により補正された時点で新たな審判請求があったと解すべき</ins>以上,除斥期間経過後の補正は,除斥期間経過後の新たな無効審判請求の定立にほかならないから,当初請求書の不備の性質自体は補正できる性質のものであったとしても,除斥期間の経過後は,商標法47条の規定によって,新たな無効審判請求の定立に当たる補正は許されなくなると解するのが相当である。

 被告が引用する東京高裁昭和53年9月21日判決・無体例集10巻2号447頁は,「請求の理由は追って補充する。」とのみ記載された無効審判請求書の「請求の理由」は方式違背であるが,この不備は補正される可能性があるから,審判長は,補正を命じ,これに応じなかったときに初めて,商標法56条1項において準用する特許法(平成8年法律第68号による改正前のもの)133条2項に基づく「請求書の却下」(なお,同改正後は同条3項に基づく「手続の却下」)決定をすることができるとして,上記手続を経ることなく直ちに審判請求を却下した審決の判断を違法としたものであり,請求書の不備の性質上,補正が許されるか否かの問題に係るものであって,本件に適切ではない。』