知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

「先願」(29条の2)が公開後に取り下げられた場合の「先願」の優先権の効果

2007-08-04 12:43:14 | 特許法29条の2
事件番号 平成1(行ケ)123
裁判年月日 平成2年07月19日
裁判所名 東京高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
(裁判官 竹田稔 春日民雄 岩田嘉彦)

『先願は、昭和五二年(一九七七年)二月一六日、一九七六年二月一七日イタリー国においてなされた特許出願に基づくパリ条約による優先権を主張してわが国に特許出願されたものであって、特許出願の日から七年以内に出願審査の請求がなかったので、昭和五九年二月一六日の経過によってその特許出願は取り下げたものとみなされたものであること、審決は、本願発明は、その出願日前の特許出願であって、その出願後に公開された先願明細書に記載された発明(先願発明)と同一であるから特許法第二九条の二第一項の規定により特許を受けることができないとしたものであること、は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三号証によれば、先願は昭和五二年九月二八日に出願公開されたことが認められる
 原告は、審決は、特許法の適用を誤った結果、同法第二九条の二第一項の規定により本願発明と審決にいう先願発明が同一であると誤って判断したものである旨主張し、その理由として、
「①元来取下げとは、何らかの法律行為がなされた後に、それがなされなかった当初の法律状態に復する行為をいうのであるから、少なくとも法律上は、その始めにさかのぼってその効果を生じるのが本来の性質である。また、特許法第二九条の二第一項の規定も「当該特許出願の日前の他の特許出願」の明細書の記載をもって当該出願の拒絶理由とする点において、同様にいわゆる先願を拒絶理由とする同法第三九条の規定に比較して、実質的にはその拡大であるから、たとえ同条第五項のような規定がなくても、同様の法理の適用あるいは類推適用があると解すべきである。
 ②仮に、先願について特許法第二九条の二第一項の規定を適用することが容認され、それが優先権主張を伴う出願であるため第一国出願の日を援用することができるとしても、右援用が許される根拠は、優先権を定めたパリ条約第四条の要請によるものであるところ、優先権享受の本体である出願が撤回され、これにより何らの権利も利益も生じる見込みが皆無となったにかかわらず他人の権利、権能の障害事由としてのみ残存することを容認するがごときことは、およそ優先権制度の目的を逸脱し、法の理念に反することは明らかである。
 ③優先権主張の実体上及び手続上の要件の審査権限は、専ら審査官、審判官にあると解すべきところ、先願についての出願関係書類は廃棄され、先願について優先権主張が特許法第四三条所定の手続を履践しており、その内容がわが国の願書に最初に添付された明細書及び図面の記載(すなわち公開公報により一般に公開された内容)と一致していることを確認できない
。」等を挙げている。』

『 そこで、まず特許出願の取下げについて検討すると、特許出願は、特許権の付与(特許査定)を求めて特許庁長官に対し願書を提出する行為であり、特許出願の取下げは、その要求を撤回する行為である。そして、法律行為その他法律要件の効力は、それがなされたときから以前にさかのぼらないのが原則であり、遡及効が認められるのは、特に法律に規定のある場合に限られるから、特許出願の取下げについても、その効力は法律に特別の規定のない限り、取下げがなされたときから将来に向かって生じるというべきであって、このことは出願人が自らの積極的意思により出願を取り下げるか、法律の擬制によって取り下げとみなされるかによって差異はない。
 この点について特許法の規定を見ると、同法第三九条第五項には、「特許出願又は実用新案登録出願が取下げられ、又は無効にされたときは、その特許出願又は実用新案登録出願は、前四項の規定の適用については、初めからなかったものとみなす。」旨規定されており、出願公告の効力に関する同法第五二条第三項にも、出願公告後に特許出願が取り下げられた場合につき同条第一項の権利は初めから生じなかったものとみなす旨の規定が設けられているが、同法第二九条の二第一項の規定の適用については、「当該特許出願の日前の他の特許出願」が取り下げられた場合につき、右取下げの遡及効を認める規定は設けられていない
 したがって、特許法第二九条の二第一項に規定する「当該特許出願の日前の他の特許出願」が当該特許出願後に出願公開されたときは、その後に右出願公開された出願が取り下げられたとしても、その取下げの効力が出願公開前にさかのぼり同項の適用が排除されることにはならないというべきである
 特許法第三九条は、一発明一特許の原則から、二重特許の成立を排除する趣旨のもとに規定されたものであり、同条第五項は、いわゆる先願が取り下げられた以上、二重特許の成立する可能性が消滅しているから、その取下げの遡及効を認めたものであって、同法第二九条の二とはその規定の趣旨を異にする。なるほど、同法第二九条の二の規定は、いわゆる先願の範囲の拡大ともいわれ、当該特許出願に先行する特許出願の存在を理由として後願が拒絶される点ではその趣旨を含んでいることは否定し難いが、同時に右先行出願が出願公告又は出願公開されることを要件とし、その公開内容によって後願を排除する点において、同法第二九条の規定する公知文献の拡大ともいうべきものを含んでいるから、公開時にその特許出願が正当な手続により係属している限り、爾後の手続により何らの影響も受けないとするのが制度の本来の趣旨に合致する
しかも、同法第二九条の二の規定が設けられたのは、出願審査制度の導入と同時であり、いわゆる先願について出願審査請求がなされるか否か等により後願の処理が影響され、後願の妥当かつ迅速な処理が不可能となることがないようにすることをも配慮して立法されたものと理解できることと合わせ考察すれば、同法第三九条第五項に取下げの遡及効を認めた規定が設けられているからといって、同法第二九条の二第一項の適用について、右規定を類推適用する余地はない、というべきである
 そして、優先権主張を伴う特許出願については、これを後願との関係で見た場合、その明細書又は図面に記載された範囲全部に特許請求の範囲記載の発明と同じ先願としての地位の基準日、すなわち後願排除の基準日を与えられるというべきであり、したがって、特許法第二六条及びパリ条約第四条B項の規定に照らし、その基準日は優先権主張日(第一国出願日)であると解するのが相当であり、優先権主張は特許出願に伴うものである以上、特許出願の取下げの効力につき優先権主張の効力を特許出願と別個独立に取り扱うべき理由も法律上の根拠も存しない(優先権主張を伴う特許出願の取下げの効力を判示のように解することはパリ条約第四条の趣旨に反するものではない。)から、その特許出願が出願公開後に取り下げられても、優先権主張の効果だけが出願公開前にさかのぼって消滅し同法第二九条の二第一項の適用を排除することにはならない、というべきである
 これを本件についてみると、先願は、昭和五二年(一九七七年)二月一六日、一九七六年二月一七日イタリー国においてなされた特許出願に基づくパリ条約による優先権を主張してわが国に特許出願されたものであって、昭和五二年九月二八日に出願公開されたことは前述のとおりであるから、先願は昭和五一年一〇月二日に出願された本件出願に対して先願たる地位を有するものであり、その後先願について特許出願から七年以内に出願審査の請求がなかったので、昭和五九年二月一六日の経過によってその特許出願が取り下げたものとみなされたことは、特許法第二九条の二第一項の規定の適用の妨げとなるものではない。』

最新の画像もっと見る