徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

観音様の帰座

2019-09-12 22:04:25 | ニュース
 明後日オープンする大型複合商業ビル「サクラマチ クマモト」の地下一階に、かつて交通センタープラザ・泉の広場のシンボルだった泉の観音様が帰って来られた。一時的に鎮座ましましていた高平の浄国寺から四年ぶりに桜町に帰座された。今日現地で遷座式が行われたという。ただし、新しい場所には泉はなく、デジタル映像で池や熊本の風景が映し出されるのだそうだ。センタープラザの時のように単純に祈りの対象から、見世物になられたようでちょっとお気の毒。


再び桜町に鎮座


浄国寺におられた時の観音様

大津絵飛騨ぶし

2019-09-11 14:57:36 | 音楽芸能
 YouTubeの「東海風流チャンネル」に水野詩都子さんと本條秀五郎さんによる「大津絵飛騨ぶし」という歌がアップされている。東海道五拾三次の宿場を品川から大津まで綴った歌詞となっている。
 先月、熊本県立美術館で開催されていた「歌川広重展」で東海道五拾三次の浮世絵集を観たばかりだったし、25年ほど前、滋賀県に住んでいた僕にとって大津は思い出の町でもあるのでとても興味深かった。その大津絵ぶしがなぜ飛騨なのか、これが疑問だった。下の映像の中にも触れられているが、飛騨は東海道とは遠く離れている。しかし、江戸時代は街道のネットワークが発達しており、大津は東海道の宿場であるとともに中山道の宿場でもあるから大津の流行り歌が中山道の太田宿を経由し飛騨街道に入って飛騨へ伝わることは、他の民謡の伝播などと同様、ごく普通のことだったと考えられる。飛騨に伝わった大津絵ぶしは、地域なりのアレンジや独自の作詩が行われ、「大津絵飛騨ぶし」となったのだろう。
 そもそも大津絵は、「大津絵の筆の始は何仏」という芭蕉の句が残っているように、江戸時代前期に旅人のお守りとして作られた仏画が始まりだという。旅の土産として人気が出ると「藤娘」のような風俗画も描くようになり益々人気を博して行った。江戸中期になると、これら人気の大津絵を題材とした大津絵ぶしを大津の遊女たちが歌い始め、これが街道を往来する旅人たちによって各地に伝えられていった。さらに大津絵が歌舞伎舞踊の題材となったことも、全国的な人気に拍車をかけた。その大津絵ぶしの元唄は次のように絵の題材を並べたものだった。

 〽外法梯子剃り、雷錨で太鼓を釣りあげる
  御若衆は鷹を据え 塗傘お山は藤の花
  座頭の褌を犬わんわん咬いつきゃびっくり仰天し
  遽てて杖をふりあげる
  荒気の鬼も発起して、鉦撞木
  瓢箪鯰でおさえましょ
  奴の槍持釣鐘矢の根五郎



サクラマチくまもと と 聖火リレー

2019-09-09 20:52:31 | 歴史
 今週末の14日(土)「サクラマチくまもと」がオープンする。
 今から55年前の1964年、ここには熊本県庁が立っていた。この年の9月9日、鹿児島を出発した東京オリンピックの聖火リレー第1コースは、九州西側を繋いで走り、12日に聖火が熊本市に到着した。2万人の観衆でごった返す中、聖火ランナーは予定よりもだいぶ遅れて熊本県庁に到着し、前庭でセレモニーが行われた。来年再びやって来る東京オリンピックを前に、新装なった「サクラマチくまもと」がスタートする。なんだか不思議な縁を感じる。


熊本県庁前庭で行われた聖火到着セレモニー


2万人の観衆でごったがえす中、熊本城を背景に進む聖火ランナー


混雑で聖火到着が遅れるハプニング(聖火ランナーは九州学院野球部OBの川島弘範さん)


桜町にあった当時の熊本県庁

新作能「沖宮」DVD上映会

2019-09-07 18:21:08 | 日本文化
 昨年2月に亡くなった石牟礼道子さんの遺作である新作能「沖宮」のDVD上映会が今日、熊日本社2階ホールで行われたので観に行った。昨年10月、熊本を皮切りに京都、東京の三都市で公演が行われたが、その東京・国立能楽堂での公演を録画したもの。昨年の熊本公演は、日程が熊本城薪能と重なっていたため見逃していたのでいい機会となった。
 上映に先立ち、「沖宮を読み解く」と題して、石牟礼道子さんと近かった伊藤比呂美(詩人)、米本浩二(新聞記者)、志村昌司(志村ふくみ孫)のお三方によるトークショーがあった。
 僕は昨年「沖宮」の脚本は読んだがいくつかの疑問が残っていた。それは石牟礼さんの遺言がなぜ「能」なのかということや、衣装を担当した志村ふくみさんとの関係性などだった。今回参加することによってそのほとんどが解消した。詳細はまた後日。


阿国歌舞伎 in くまもと(考察)

2019-09-05 21:23:45 | 歴史
 慶長15年(1610)に熊本で行われた阿国歌舞伎はその後の熊本芸能史に少なからぬ痕跡を残した。これは以前にこのブログで紹介したことがあるが、明治42年に出版された鈴木天眼著「清正公」という加藤清正伝記のなかに次のように書かれていることからもうかがえる。(鈴木天眼とは明治大正期のジャーナリストおよび政治家)

「肥後は細川氏時代より現代に至る迄 チンコ芝居《少女歌舞伎》の名産地なり 其淵源は恐らく清正公當時 阿國招聘に歸せむか」

 この熊本にとってエポックメイキングな出来事を映像化しつつ考察を加えてみた。しかし、手がかりとなるのは清正死後50数年後に書かれたという「續撰清正記」の次の一節しかない。

 八幡の國という芸能者を熊本まで招き、城下の塩屋町三丁目の武者溜まりで勧進能を行い、その能の後で歌舞伎を行わせた。この時、家臣の侍たちは銀子1枚を出して桟敷において見物をし、城下の町人たちは八木(米)を見物料として出し、鼠戸の口より入って芝居(舞台と貴賓席との間の芝生席)にてこれを見た。歌舞伎とはこの國が始めたものであり、その当時西国の者たちは聞いたこともなかったため、その珍しさに集まった貴賎上下の老若男女、鼠戸の前に市をなす有様で、みな押し合いながら見物したという。

 まず、「八幡の国」という人物が、後年、「出雲阿国」と呼ばれるその人なのかどうか。「出雲阿国」という呼び名は後世の人たちが伝説として付けた名前であり、自らそう名乗ったことはなく、「八幡の国」と同一人物と考えてよいという研究者が多い。それではなぜ「八幡の国」と名乗ったのか。お国は勧進元によって太夫名を使い分けたともいわれており、熊本での興行は「八幡社(藤崎八旛宮)」の勧進興行として行われたと考えられ、またお国を招いた清正の両親が鍛冶の家の出で、鍛冶の神は八幡神であることも配慮したのかもしれない。
 次に小屋掛けをした塩屋町三丁目の武者溜まりであるが、ここは柳御門のたもとであるため仮設の小屋であったろう。下の遊女歌舞伎の図が参考になるが、勧進能をやった後に勧進歌舞伎をやるので舞台は能仕様そのものだったと考えられる。舞台や橋掛かり、鏡の間などの上には屋根が設けられ、竹矢来と陣幕で囲った中に町人の野天芝生席や家来衆の屋根付桟敷席が設けられただろう。木戸口のところだけ建付けがあり、客は鼠戸口をくぐって入場しただろう。
 木戸銭は桟敷席の侍たちが銀子1枚とあるが、仮に50匁の慶長丁銀1枚とすると現在の価格で60,000~70,000円くらいか。結構高い。芝生席の町人たちは米を持ってきたとあるが、江戸時代初期、米1升が2,500円くらいだそうだから、1升持ってきたのか、5合くらいだったのか、投銭形式で量は本人の気持次第だったのかもしれない。「鼠戸の前に市をなす有様…」とあるので相当混み合った状態で見物したに違いない。
 最後にどういう演目だったのかだが、熊本初の歌舞伎興行なので定番の番組だったと思われる。おそらく次のような演目が繰り広げられたであろう。

 念仏踊り/大原木踊り/因幡踊り/かぶき踊り(茶屋遊び)etc.


▼お国の時代のかぶき踊りの図(地方は四拍子のみ)


▼お国より少し後の時代の遊女歌舞伎の図(地方に三味線が入る)


▼慶長15年、阿国歌舞伎が小屋掛けした「塩屋町三丁目武者溜まり」(現市電洗馬橋電停付近)


▼現代の歌舞伎舞踊(2019年5月 山鹿八千代座 山鹿をどり 鏡獅子)



熊本城特別公開

2019-09-03 23:22:24 | イベント
 熊本城天守閣の大天守外観復旧を記念して、10月5日から特別公開が始まります。
 原則として復旧工事のない日曜・祝日のみの公開となりますが、10月5日から14日までは熊本城大天守外観復旧記念週間として、その間の平日(10月7日~10月11日)も午後のみ公開されます。
 また、ラグビーワールドカップ・世界女子ハンドボール選手権開催期間中は土曜日も公開されます。
 なお、今回の公開範囲は頬当御門から大天守下までの限定された区域のみです。


熊本地震前の熊本城大小天守の雄姿


作詞:小川芳宏 作曲:今藤珠美

ミラクル明日香!

2019-09-02 17:34:41 | スポーツ一般
 1日、山梨県で行われた陸上競技記録会の女子100㍍障害で寺田明日香選手が19年ぶりの日本記録更新かつ日本人女子初めての12秒台の記録12秒97をマークした。
 これは、男子100㍍における日本人の9秒台に匹敵する価値のある記録だと思う。それは、かつて100㍍障害でトップレベルにあった寺田選手が6年前に引退、その後、結婚・出産を経てなんと7人制ラグビーに転向。そして今年6年ぶりに陸上競技に復帰するという極めて異例の経過を辿ったことにある。いったん完全に競技生活から離れたアスリートの復活劇としても興味深いが、僕はこの快挙の秘密は7人制ラグビーの経験にあるのではないかという気がする。彼女にとっては異郷であったはずのラグビーから陸上を見つめ直すことが出来たこと。さらには陸上の直線的な動きと異なりピッチを縦横無尽に走り回ることによるフィジカル面の効果などがすべてプラスに働いたような気がする。今年6月の日本選手権で好走し3位に入った時になんとなく活躍しそうな予感はあったが、まさか日本新記録を出すことまでは予想もしなかった。30代を前にして、そろそろリタイアを考え始めている多くの女子アスリートたちに大いに勇気を与える出来事であったことは間違いない。


2019年日本選手権陸上女子100㍍障害決勝での寺田明日香選手(左端)

That's 民謡 !!

2019-09-01 22:54:59 | イベント
 第61回熊本県芸術文化祭オープニングステージ「大地のうた」を県立劇場に観に行った。第1部では熊本県民謡14曲。第2部では「牛深ハイヤ節」をルーツとする全国各地の民謡を中心に9曲が演奏された。特に第2部は、「牛深ハイヤ節」が廻船により沿岸伝いに全国各地に伝わり、それぞれの気候風土の中で個性豊かに発展を遂げていることがよくわかって面白かった。
【第1部】
 五木の子守唄(唱歌)/肥後節/キンニョムニョ/お陰参り/キンキラキン/ポンポコニャ/八代おざや節/鹿北茶山唄(のぼり唄)/鹿北茶山唄(もみ唄・つみ唄)/球磨の六調子/五木の子守唄/田原坂/おてもやん/牛深ハイヤ節
【第2部】
 牛深ハイヤ節(元ハイヤ)/越中おわら節/佐渡おけさ/阿波踊り/津軽あいや節/六調/牛深三下り/牛深ハイヤ節/TAKiOのソーラン節