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徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

禿(かむろ)のはなし。

2025-05-07 21:02:38 | 歴史
※10年前の記事を再編集して再掲しました。
 現在放送中のNHK大河ドラマ「べらぼう」には多くの「禿」が登場する。「禿」というのは遊女の小間使いをする童女のことだが、この「禿」という字は「かむろ」または「かぶろ」とも読むし「はげ」とも読む。なんでそうなのか、以前から不思議に思っていたが、ネット上でも時々話題になっているようだ。
 「禿」という字を分解してみると上半分の「禾(のぎ)」という部首。これは「禾部(かぶ)」といって、イネ科のアワの穂が垂れる様子を象ったものだという。そして下半分は「儿(にんにょう・ひとあし)」だから、合わせると髪の垂れ下がった人を表すと考えたらよいだろう。つまり、「はげ」を表す意味はどこにもない。それではなぜ「はげ」とも読むようになったのか。
 そもそも「かむろ・かぶろ」という文字が文献に表れるのは鎌倉時代に書かれた「平家物語 巻一 禿髪の段」が最初だと言われる。2012年のNHK大河ドラマ「平清盛」にも登場したが、「平家物語」には
その故は入道相国のはかりごとに、十四五六の童を三百人揃へて、髪をかぶろに切りまはし、赤き直垂を着せて召し使はれけるが、京中に満ち満ちて往反しけり。」と書かれている。
 つまり清盛の策で、14~16歳頃の少年を300人揃え、髪を前髪ぱっつんで肩のあたりで切り揃えたいわゆる「禿髪」にし、赤い直垂(ひたたれ)を着せて京の市中に送り込んだスパイのような話だ。彼らのトレードマークだったこの髪形、つまり「おかっぱ頭」が後の世になって遊女見習の童女が「おかっぱ頭」だったことから「禿」と呼ばれるようになった由来ともなったわけである。
 しかし、「禿」がいつから「はげ」とも読むようになったのか。これはどうも時代はハッキリしないが、少年たちの髪形が単なる「おかっぱ頭」から、頭頂を剃る「中剃り」の習慣が普及してからのようだ。「中剃り」は烏帽子や兜を冠る時にむれないようにしたり、後には髷のすわりをよくしたりするのが目的だったようだが、これが「禿」イコール「頭頂の中剃り」つまり「はげ」となった始まりではなかったろうか。また「はげ」の語源は「剥ぐ」からきていると思われる。
 江戸時代の中期以降になると遊女の髪形が派手になるにつれ、禿たちの髪形も「おかっぱ頭」から、髷を結った「禿嶋田」という髪形に変わって行ったそうである。


大河ドラマ「べらぼう」の花魁 瀬川と禿たち

   ▼歌舞伎舞踊「羽根の禿」
2012.4.7 熊本城本丸御殿中庭・桜の宴 こわらべあかね(小5)、ゆりあ(小3)


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2 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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Unknown (1kamakura)
2025-05-08 12:03:49
江戸の秋と申します

とてもお勉強させていただきました。
私も大河ドラマ、べらぼうで禿が出てきた時に、清盛の禿を思い出しました。
あれ、禿っておかっぱ頭じゃないの?と思いました。
なるほど、江戸時代に禿島田に変わったのですね。
一つ知識が増えました。
ありがとうございます😊
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Re:江戸の秋 様 (FUSA)
2025-05-08 15:12:35
コメントありがとうございます!
蔦重が耕書堂を営み始めたのが安永2年(1773)だそうですので、江戸時代も後期に入った頃で、吉原も新吉原に移って100年以上経ち、風俗もだいぶ変わっていったのでしょうね。
大河の「平清盛」もう13年前になるんですね😯
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