徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

不開門隠しの怪しい杉?

2018-03-16 15:03:06 | 歴史
 今朝の熊日新聞の連載企画「熊本城のいま」に、明和6年(1769)頃の御城内御絵図に描かれた不開門(あかずのもん)下の坂に植えられた杉の木のことが紹介されていた。6年ほど前に津々堂さんが「津々堂のたわごと日録」に投稿された記事「熊本城・昭君の間の抜け道」にこの絵図が掲載されていたので初見ではない。新聞記事によると、なぜ杉の木が植えられたかについて「門の存在を隠したのか」と推測していたが、不浄門とも呼ばれていた不開門に、往古より空気を浄化する働きがあると知られていた杉の木を植えたのだろう。
 また、不開門はいざという時に主君の緊急避難経路となっていたとも伝えられる。熊本城築城に携わった高瀬(現玉名市)の大工棟梁・善蔵(ぜんぞう)が語った「大工善蔵より聞覚控」という古文書には次のように書かれている。

――それから昭君之間のうしろに機密の間があつたこつも覚へとる。壁がめぐる仕掛けで壁が一帳きりつとめぐると床の高さ六尺ばかりのところから細か梯子で下に降りって女の髪の毛で練り合わせた綱にすがつて下に降りそれからつまる所は不浄御門から小豆坂に出るやうになつておつた。――

 つまり、昭君之間から秘密の抜け道を通って不開門へ降りる脱出路があったのだろう。不開門から坂を下ると、現在、伝統工芸館がある辺りの下を坪井川が流れており、小豆坂を下ったところにあった船着場から舟での脱出を図る手はずになっていたのだろう。推測するに、昭君之間を出て船着場までものの5、6分しかかからなかったと思われる。


昭君之間には秘密の抜け道が


本丸からこの不開門にダイレクトに降りるルートがあったと思われる。


不開門を出ると


坂を一気に駆け下り、船着場へ