徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

加藤清正と伊勢音頭

2013-03-28 19:47:53 | 音楽芸能
 慶長15年(1610)、徳川家康は諸大名に役割分担させて名古屋城築城を開始した。加藤清正は中でも最も難工事といわれた天守台石垣を担当した。この工事の石曳きのときに唄われたのが木曳き唄(木遣り唄)。清正は自ら音頭をとって木遣り唄を歌わせ、皆と一緒に綱を取ったと伝えられる。そして、その木遣り唄は、伊勢神宮の御神木を曳くときに唄われるようになり、伊勢音頭として全国に広まったという。
「伊勢は津でもつ、津は伊勢でもつ、尾張名古屋は城でもつ」 という歌詞はそんな故事にならったものかもしれない。


立方 ザ・わらべ
地方 本條秀美と秀美社中/中村花誠と花と誠の会