ボクの奥さん

ボクの奥さんは、甲斐よしひろさんの大ファン。そんな彼女との生活をお話したいと思います。

妙安寺ファミリーバンドその4

2014-01-03 10:29:14 | 日記
エレキに持ち替えられて初めて
照和で演奏された時は

個々の楽器の音が大きいだけで
全体の音のバランスが取れていなかったそうだ(苦笑)

門田さんも以前はコーラスの声が聞こえていて
うまくハモれていたのが

ご自分の声さえ聞こえなくなってしまったという

でも、その経験がおありだったので…?

デビュー前の甲斐バンドが
スタジオで猛練習されていたのをご覧になった時

スタジオじゃなく観客の前で
ステージの場数を踏ませてあげたいと
南九州でのコンサートツアーに誘われたそうだ


甲斐さんが
『プロになるならソロでなくバンドで…』とおっしゃって
メンバーを探しておられた時も

曲に合わせてバックバンドの編成を替えるソロとは違い

甲斐さんご自身の歌い方も変えなければいけないし

それまで甲斐さんが、ご自身で曲を書いて
生ギター1本で表現されていたことを

理解して演奏するメンバーと一緒に
バンドとしての音を作っていかなくてはならない
と心配しておられたという


甲斐さんから『久保さんをメンバーにしたい』と
相談された門田さんは

久保さんが、甲斐さんと一緒にやりたいと言うなら
ご自分は引き止めない

妙安寺が解散することになっても
久保さんがプロになれるならその方がいい
とおっしゃったそうだ


甲斐さんが、大森さんや長岡さんを通じて
妙安寺の方々と知り合われ

照和のレギュラーにスカウトするよう
マネージャーを差し向け(笑)られて以来

甲斐さんのステージをご覧になったり
そのプロ指向に刺激を受けたりして

門田さん達もプロになりたいと
思うようになったと言われていたのに…

門田さんいわく…

甲斐がメンバー探しで苦労しているのを知っていたし
甲斐のことは好きだったからなぁ…

甲斐は、照和では先輩でも(笑)
よく考えてみれば、まだ10代の少年なんだ
とおっしゃっていた門田さん

弟のように可愛がっておられたんでしょうか?

甲斐さんはといえば…門田さんは
『少しゆったりとした歩調でオッサンだった』(爆)

…なんて書くと
甲斐さんがヒドイ人みたいだけど(笑)
きっとそんなことが言えるほど
仲が良かったんでしょうね♪


余談ですが…

妙安寺の皆さんは
エレキでの演奏に慣れるために

照和のステージをしばらくお休みして
特訓することになったらしい

その特訓の場が以前にご紹介した
大分県のホテルでのアルバイトだったようだ

『かたつむり』や森山達也さんと交替で
プールサイドで生演奏されていたらしい

それまでの妙安寺の曲を
エレキバンド向けにアレンジしておられたんだけど

門田さんと久保さんは
新生・妙安寺ファミリーバンドとして
新曲を作ろうとされたそうだ

門田さんの詞に久保さんがメロディをつけられて
出来上がった曲は…

ビーチボーイズ風のメロディで
【冬の朝】というタイトルだったらしい(爆)
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