ボクの奥さん

ボクの奥さんは、甲斐よしひろさんの大ファン。そんな彼女との生活をお話したいと思います。

ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~3

2014-12-31 04:04:35 | メディア
いわゆる『偉人伝』ではない『自伝』がお好きな甲斐さん

『ミュージック・ビジネスじゃなくて
ミュージシャンの背景に興味があって
どういう心の成り立ちでああなっていくんだ』という
メンタルの部分に注目なさったり

多くのバンドが著作権で揉めていることや(笑)
プロデュースのタイミングについての知識も吸収なさっていたようですが

スタンディング・オベイションの普及に時間をかけて
周到な準備をされたのにも関わらず
花園でのライブは暴動寸前に…(汗)

甲斐さんが話されてた通り
事故に到ってないから『伝説』と呼ばれ
今でこそ『ビニールシート』もネタになってますけど(笑)

40年のキャリアの中で『たった1度だけ』中断したライブには
色んな思いがおありなんじゃないかと…
まあ、そのことさえもう伝説の一部なんでしょうね(笑)

ライブ中に20分(この番組では15分とおっしゃってたけど)も
ミュージシャンが説教するなんて、まずないことだと思うし…(爆)

『俺よりラテンかよ!?(笑)』という甲斐さんの言葉に
奥さんが笑っていられるのも『苦渋の決断』のおかげです

ともあれ、甲斐さんが海外のロックから学ばれたことが
仮設トイレの設置や過去の音源・映像の保持に結びついてる訳ですが

かねてより常々おっしゃってる
『音楽は文化じゃない、経済だ(笑)』発言に

奥さんいわく…
だから初期の映像を放出して
保管料を回収しようよ♪(爆)

かつての野音や渋谷公会堂の映像が
…というより、超ロングヘアの甲斐さんが諦め切れないみたいです(爆)

そうそう!甲斐さんは、パンフやチラシなど
音源に関係ないものは持っておられないようだけど
『うまいもんで、松藤が全部持ってる』と甲斐さん(笑)

山野楽器の公録の時にも
『ビル・ワイマン』を引き合いに出されてましたが
そういう意味でもラブリーパートナーなんですね♪

【ブルーレター】の『孕ませて』だけでなく
『破れたハート…』が倫理規定に!?…という話は聞いたことがあると奥さん

【どっちみち俺のもの】の『植物●間』の部分が
音声処理されて流されていたという

でも、この放送でその理由が
『全面暴力賛美(爆)』だったと聞いて
『えっ!?そっち!?』と笑い転げておりました(笑)

まあ【ダイナマイトが150屯】に
【ジャンキーズ・R&R】ですもんねえ…(爆)

甲斐さんは『やった!!(爆)』と自慢話のように話されてたけど(笑)
奥さんによると…

当時は、難産だった【破れた…】や【ブルーレター】が
楽曲としてではない部分で取り沙汰されたことで
『不憫な曲だ』とおっしゃっていたという

ともあれ、マニアックな曲ばかりコピーしていた高校生が(笑)
その後、本気でプロになろうとして

『オリジナルを書くと女の子にモテるよ』って
言われたからではないでしょうけど(笑)
『オリジナルを演らないとダメだ(爆)』と曲作りに励み

ソロ・デビューのはずが、バンドを作りたいと言って
レコード会社が引いた(笑)のは
『頭の中でバンド・サウンドが流れていたから』だと…

ちなみに、何故そうだったのか?甲斐さんによると…
ステージに立つ時はギターの弾き語りで

レコードではバックに多くのミュージシャンを起用して
厚いサウンドを作るというやり方は
その落差が大きくて、今後は通用しにくいと思った
ソロよりバンドの方に大きな可能性が見えたからだそうだ

そしてプロになる際には、チャートに入ることを意識した
ロックの第一世代として、判りやすい表現を選び
スタジアムバンドを目指すことに…♪

甲斐さんいわく…人生は計画と準備が大事
こみ上げる思いと衝動をただの思いつきて終わらせるのではなく
自分を信じて、とことん追究する

舘野さんが『甲斐さんは繊細なのに狂暴(爆)』とおっしゃった時
『大胆でありながら繊細』って言って欲しい(笑)と
笑っていらっしゃったけど
この放送を見て、ホントにそうだなあと思いました

ロックが市民権を得た後は、スタイルが必要になると甲斐さん

宮迫博之さんとの対談の際にも…
ビッグ・マーケットになると
質が拡散しながらどんどん低下していくから

お笑いもロック・ミュージックも本質的なところに向かおうとすると
形にとらわれてる場合じゃなく

らしい自分の色とか、らしい自分のやり方、嗅覚とか
そういうところで技を磨くしかない

いくら自分が目指したって、狙ったって
そこに時代とか旬なものとかが寄って来なかったら意味がない

だから、運もあるんだけど
それ以上にその時代に生きてる自分が
その時代の旬なものを嗅ぎ分けてるんですよと話されてました

ただ『年齢を重ねることは怖くない』と
サラリと言える60代なんて、そうはいません(笑)

でも甲斐さんは、20代の頃から『ユーミンや俺たち(甲斐バンド)は
年齢に関係なく音楽をやり続ける最初の世代だ』とおっしゃってたんですよね

『博覧強記のロックマニア』というナレーションが
ピッタリな甲斐さんでしたけど

最後の最後に『歌詞が微妙に違う』話でオチがつき(笑)
いや~楽しませて頂きました♪

余談ですが、甲斐さんが
デイヴ・クラーク・ファイヴのファンクラブに
入っていらしたことに触れた記事を探してみたら

これを書かれたのは五業昌晶さん
…後に甲斐バンドのマネージャーになられた佐藤剛さんでした(笑)
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