虹色教室通信

遊びや工作を通して 子どもを伸ばす方法を紹介します。

ひとつのことにじっくり関われる素地

2019-04-23 15:30:34 | 教育論 読者の方からのQ&A

小学3年生の女の子たちと

空気の圧力で水を飛ばす道具を作って遊びました。

 

うまくいかないとき、「こうかな?」「こうじゃない?」とあれこれやってみて、

やっているうちに「そうだ、こういうことやってみよ!」と閃いて、ためしています。

一人の子のアイデアで、ストローの先に空気の吹き込み口にプラスチックのコップ

を取りつけてみたら、うまくいきました。

 「遊び」に近い自発的な活動のなかで何かに夢中になって関わると、

学習する時の考える力の持久力が変わってきます。

 

理科実験や工作の後で解いた「つるかめ算」などを面積図で解く問題。

 

集中して頭を使うような遊びをした後は、

見たことがない問題を解くときに、柔軟に多角的に考えて、

自力でやりきろうとする態度がアップします。

 

「もっと問題を出して!」とやる気が高まっていたので、

つるかめの足が200近いケースなど大きな数で問題を出しました。

 

すると「結局大きい数になったって、筆算する時に(ケタが)増えるだけでしょ?」

と自分なりに基本を応用させて解いていました。

 

そういう姿を見ると、「あれもこれも」と将来役立ちそうな知識を詰め込んだり、

技能を訓練するよりも、

 「ひとつのことにじっくり関わることを楽しめる」素地を養うことが大事だなと

思いました。

 

それは「うまくいかないとき、わからないとき」に簡単に他人に頼ったり、

放りだしたりしないで、自分で試行錯誤をしていくことにつながります。

 

子どもの遊びの世界を豊かにすることは、

そのまま子どもたちの学力の向上につながっていくことを今回も強く実感しました。

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大好きな段ボール工作

2019-04-15 15:31:38 | 教育論 読者の方からのQ&A

小学4年生のAくん、Bくん、Cくんはとにかく工作好きで、

段ボールを使って、大掛かりな作品をもりもり作ります。

この日、Aくんが作りたがったのは

ATMです。ここ数年の工作体験で、完成した形のイメージから展開図を描くことができる

ようになっているので、あっという間に形を作って組み立てていました。

 

 

Bくんは忍者屋敷を作っていました。

Cくんはお城を作っていたのですが、一度、作っていたお城を崩していたので、

写真を撮りそびれてしまいました。写真はカッターで折り筋を入れているところです。

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いきいきや学童で豊かな時間を過ごす子どもたち

2019-04-07 22:16:00 | 教育論 読者の方からのQ&A

もうすぐ小学1年生になるAちゃんが、春休み中から始まっている学校体験について

うれしそうにこんなことを言っていました。

「あのね、いきいき教室(放課後の教室)に、こーんなにいっぱいおもちゃ(ボードゲームなど)が

あるんだよ。最初に宿題をして、それが終わらないと遊べないけど、すっごく楽しいから!」

「すごいね。楽しそうね。いきいき教室好き?」とたずねると、

「面白くって大好き!」と元気な声で言っていました。

この日、Aちゃんは虹色教室内のゲームを真似て、ペンギンのおにごっこゲームを作りました。

数年前、学童にボードゲームなどを置くようになってから、

子どもの知力やコミュニケーション能力が上がったという話を親御さんから聞いて、

このブログでも記事にしたことがあります。

当時はそうした学童はすごく珍しかったようですが、

最近は、学童での時間を豊かにしようと、お家にあるカードゲームやボードゲームを

寄付しているという話もよく耳にするようになりました。

この日、教室に来ていた別の子の親御さんも、

「うちの学童もさまざまなボードゲーム類があって

子どもたちがアナログなゲームを楽しんでいるようです」と言っていました。

そんな風に子どもの遊びを大事に育てていこうとする環境にいる子らは

概して遊ぶのが上手です。「こういうことしたい!」「こういうこと好き!」をたくさん

持っているし、自分でやりたいことを考えて、遊びを作っていく力を持っているのを感じます。

 

 

 

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『フロー状態』が起きやすいような環境を作るには?

2019-03-09 20:16:00 | 教育論 読者の方からのQ&A

なかなか新しい記事を書く時間が取れなくて、過去記事をアップすることが多くて申し訳ありません。

「フロー」に関する記事をもう一度読みたいという声をかけていただいたので再アップします。

その前に最近いただいたコメントでうれしかったものをこちらに貼らせていただきます。

(コメント欄で埋もれてしまうと嫌なので)

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ご無沙汰しております。以前算数教室などでお世話になった娘も今日中学校を卒業です。
思考タイプと先生に教えていただいた娘は、その後メキメキと思考タイプを突き進み(笑)受験勉強には、まったく興味をみせず、中学になってからは、哲学書や思考実験の本を読みふける日々でした。
その娘は、高校受験をどうするかギリギリまで、悩んでいました。大学には行きたいものの、大学受験のためだけの勉強を3年間も費やすことに嫌気がさしているようです。
まさに知識を詰め込みすぎて、自由で柔軟な思考をする余地がなくなることに疑問を覚えたのでしょう。
私も仕事場で子ども達を見ていても、子ども達が自由に思考でき、挑戦し、失敗できる機会が年々減っていっているのを実感しています。
これから、グローバル化やAI化が進む未来で、答えをひとつと決めつけず、あらゆる可能性を考える力、また、、考える機械に『何を』考えさせるか?を考える力が必要になると感じています。
子ども達がのびのびと自由に思考の羽を羽ばたかせる世界を願ってやみません。
娘と「小学校の道徳の時間、せめて半分哲学にしてくれないかなぁ。楽しいのに!」なんて、話しています(笑)

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上のコメントを読ませていただいて、最近、中学生になった虹色教室の卒業生の男の子と女の子の

親御さん二名からも

「読書に夢中で、哲学書を熱心に読みます」とうかがって、「哲学書?」と意外に

感じる思いとうれしい気持ちを味わっていました。競争よりも

自分の考えをゆっくり練ることを大事にされてきた子たちです。

たまたまなのか、何か共通する下地があるのか、好奇心がそそられました。

 

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ずいぶん前のことになりますが、虹色教室では『ピタゴラスイッチ研究部』と

いうクラブを作って、自分で考えたアイデアを競いあうことをしていました。

競いあうといってもそれぞれの子の自分のアイデアですから、その子の個性が強く出て、

電気やモーターを使った仕掛けに熱中する子、音の出る仕掛けばかり作る子、

ゴールに凝る子と興味の方向が異なります。

優劣決めがたい互いに切磋琢磨する面白い研究報告になりました。

私は基本的に、材料の調達と、『フロー状態』が起きやすいような環境を

作ること以外はあまり手を出さないようにしていました。

「そんなものを使うの?」という子どもならではの変なアイデアが、

すごい動きを生み出すこともよくありましたから。

また、そうした遊びの興奮のあるうちに、レッスンの後半は算数や

数学の学習に集中させるようにしていました。「たくさん学んで、

もっと高度なことができるようになりたい」という気持を引き出したかったからです。

フローとは、人が時間も忘れて無我夢中になって何かに没頭しているときの

精神状態をいいます。

心理学者のミハイ・チクセントミハイによって提唱されました。

やってることにのめりこみすぎて、行為と意識が溶けあうような感覚です。

子どもにフロー状態を体験させるには、管理しすぎず、

成果を求めず、それぞれの子が自然な状態で自分に自信が持てるよう支えることが大事です。

また、友だちと協力しあって同じ目標に向かって努力するときも、

それぞれひとりひとりの子が、

自分自身の好奇心や探究心に突き動かされて取り組めるよう支援します。

この当時、5歳だったピタゴラスイッチの研究部員さんたちは

勉強中もフローの状態を作り出すことができるように成長してきています。

この研究部は、アイデアマンの主力メンバーが受験に突入したことと、

幼い子たちが『化学実験』ばかりやりたがる時期が続いたので、半休部状態のまま

今に至っています。

それが最近になって子どもたちの間に、「面白い崩れ方をするドミノが作りたい」と

いう気持ちが生まれてきたので、ピタゴラスイッチ研究部、復活しそうな気配です。

 

ピタゴラスイッチ研究部の報告 無事にライトがつきました!

ピタゴラスイッチ研究部の報告 無事にライトがつきました!2

ピタゴラスイッチ研究部の報告 運動の向きを変える 1

ピタゴラスイッチ研究部の報告  運動の向きを変える 2

ピタゴラスイッチ研究部の報告 ビー球スライダー 1

ピタゴラスイッチ研究部の報告 ビー球スライダー 2

ピタゴラスイッチ研究部の報告 ゴール地点の工夫 3

ピタゴラスイッチ研究部の報告  ビー球がよくすべる波の形 

ピタゴラスイッチ研究部♪ 音の出る仕組み

ピタゴラスイッチのスタート部分♪

科学クラブでのピタゴラスイッチ研究 1

科学クラブでのピタゴラスイッチ研究 2

 

ピタゴラスイッチ作品のアイデアは、

これ以外にも面白いものがたくさんできたのですが、きりがないのでこれくらいで……。

これは昨日の小1生たちがドミノで遊んでいる様子です。

最初に円の上にドミノを並べてみて面白かったので、

もうひとつ作って、8の字を一筆で書くように倒れるようにしたいと思いました。

が、台にしている円形の板は周りが丸まっていて、

思うように交差しておくことができません。

そこで、8の交差する部分にあたるドミノを吊り下げる作戦に出ました。

よいアイデアではあったんだけど、これは失敗。

すると、ひとりの子が、この吊り下げたドミノを使ったゲームを思いつきました。

下にドミノを重ねておき、ひもをつけたドミノを上から落として

いくつドミノが崩れるか競うゲームです。

改良を加えて棒を1本足すと、カーブを描いてドミノが降りて来て

積んだドミノをはじくゲームが完成しました。

子どもたちが次々にアイデアを出しながら、自分たちで工夫しながら遊ぶようにするには、

子どもたちのひとりひとりが『フロー状態』に入っていけるように

環境や大人と子どもの関係を整えることが大切です。

おまけーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ピタゴラスイッチ研究部♪ 透明ホースの中を走る

ピタゴラスイッチ研究部員さんたちの研究発表です♪

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ピタゴラスイッチ研究部 と フロー

の記事を読んだ方からこんな質問をいただきました。

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『フロー状態』が起きやすいような環境を作ること

→この点について家庭でできること、親としてできることを教えていただけますと

嬉しいです。うちの子(もうすぐ3歳です)は非常に気が散りやすいタイプで、

遊びが長続きしません。おもちゃも次から次へと変えていきます。もう少し集中して

遊び込めないものか・・・と悩んでおります。よろしくお願いします。

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3、4歳の子たちは遊びが長続きせず、おもちゃを次々変えていくことはよくあります。

一つの遊びで遊び込むことができるように導くために、次のような点に注意して

関わっています。

 

① それぞれの子の敏感期に注目する。

手作業で夢中になること。知能面で敏感になっていること。

 

② その子の好み。個性。

色、形、作業の好み。頭の使い方の個性。遊びの好き嫌い。

 

③ 最近の出来事。その日、関心を持ったものなどに注意する。

体験したことを遊びに取り入れる見本を見せる。

 

④ 遊びのさまざまなシーンで敏感期の活動を満喫できるようにする。

 

今日、レッスンに来ていた3歳と4歳の★ちゃん、☆ちゃんの遊びを例に挙げて、

もう少し具体的に説明させていただきますね。

 

教室に着いた当初、★ちゃんも☆ちゃんも、

次々と遊びを変えて落ち着かない様子でした。

☆ちゃんは椅子が好きな子で、2歳くらいの頃も、教室にある子ども用の椅子を

部屋中に並べたり、重ねたりして遊んでいました。

 

人形劇の劇場を取ってもらいたがったので、☆ちゃんに渡すと、劇場の前に椅子を

並べだしました。

以前、教室で人形劇の劇場を作って遊んだことがあるのを思い出したようです。

虹色教室では、子どもが何か新しい体験をしたときは、それを

おもちゃや工作で再体験できるようにしています。

 

保育園の発表会を楽しんだ☆ちゃんと発表会の様子楽しんだ日の記事 

この日は2つ年上のお兄ちゃんが主になって、舞台装置の仕掛け作りをするのを

見るのと、お人形を椅子に座らせていくのが☆ちゃんの仕事でした。

 

それを思い出したのか、☆ちゃんは人形劇場を目にするなり、椅子を並べ出しました。

「もっと椅子がほしい」と言いました。

 

椅子とお人形を用意すると、どんどん椅子を並べては人形を座らせていきました。

(椅子は100円ショップで購入したグラグラゲームに入っていたものです)

☆ちゃんは真剣な表情で、「先生、前は小さい人が座って、後ろは大きい人が座るよ。

だって、前に大きい人が座ったら劇が見られなくなるから」と言っていました。

幼い子たちは、手と目を協応させて集中してやらなくてはならない作業を、

何度も何度も満喫するまで繰り返すのを好みます。

その子がやりたがる作業をたくさん行える環境を作ってあげることが大事だと

思っています。

また時折、イメージを育てるために、大人が体験を再体験できるような

見本を作ってあげることも必要です。

 

★ちゃんに、「何がやりたい?何が好き?」とたずねると、「ビー玉」と答えました。

らせんにビー玉が転がっていくおもちゃにビー玉を入れて遊びだしました。

★ちゃんは感覚に訴えることが好きで、こうした遊びをはじめると

いつまでも続けています。

集中しているとはいえますが、こればかりでは発展しない上、知力や想像力をしっかり

使って遊ぶ満足感は得られません。

 

そこで、★ちゃんが熱中する作業の一つひとつを

次の段階に発展させたり、個々の遊びをつないで意味を作りだしたり

する方法をいくつか提案しました。

 

上写真の左は、★ちゃんが遊んでいたビー玉がクルクルとらせんに滑り降りていく

おもちゃです。高い位置に滑り台を作って、滑り台から飛び出したビー玉が

らせんに滑り降りるおもちゃの中に入るようにしました。

★ちゃんは放射線状に落下するビー玉の動きに大喜び。

滑り台の高さや位置を調整しながら遊んでいました。

 

ビー玉がポンッと跳びあがるおもちゃと、受ける道具の組み合わせでも、

十分楽しんだあとで、受ける側の穴を滑り台につないだり、

ビー玉を飛ばす道具を椅子の上に設置して遊びました。

 

ホースをゴムで椅子につないであげると喜んでいたので、最初は転がして受ける

遊びをし、途中から、それまで作っていた線路に貨物列車を作って、

ホースを使ってビー玉の荷物を荷台に入れて、運んで行くというごっこ遊びをする

ことにしました。

 

このように敏感期の作業的な活動と見立て遊びがつながると、

子どもはとても長い時間、夢中になって遊ぶことがよくあります。

 

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幼児が「よく考える」ようになるためのいくつかのステップ 5

2019-03-08 16:38:21 | 教育論 読者の方からのQ&A
幼児が「よく考える」ようになるために大事な3つめのことは、
「感じる」です。
特に自分の気持ちを感じて味わうという意味の「感じる」が大切だと思います。

「感じる」って、考えることと関係がなさそうですが、
幼児期に情緒的なものが十分発達しないと、
小学生になって、
ちゃんとがんばる気持ちの軸になるものがなくて、
「だるい~」「なんで、そんなんしなきゃならないの?」「どうでもいい」「べつに~」が口癖の子になってしまうかもしれません。

「できるようになりたい」
「ほめられたい」「認められたい」
「達成したとき気持ちがいい、スカッとする」「お友だちと共感しあいたい」「自分自身に満足」「もっとお話を読みたい」「あんな風になりたい」
といった前向きな気持ちは、

幼児期に、はずかしい、悲しい、うれしい、くやしい、さみしい、
といった気持ちをたくさん経験して、
大人に共感してもらったり、ゆっくり気持ちと向き合うのにつきあってもらって、自分の気持ちに通じていく先に生じてくる思いです。

幼児期に、悲しくても、寂しくても、「早く早く」「今忙しいから」「まだ泣いてるの?」「もうお姉ちゃんでしょ」と、感情を無視するように
教えられていると、
自分の基本の気持ちがだんだんわからなくなってきますよね。

そうすると、「どうして、人に優しくしなくちゃいけないのかわからない」
「どうして勉強しなくちゃいけないのかわからない~」
と、気持ちに関わることには、どれにも疎くなってしまうのも
仕方ありません。

子どもと接するとき、「教えたい」ことで接するのでなく、
気持ちを通いあわせることを一番にすることが、
「考える」ことを得意にする近道です。

ふしぎなだ、うれしいな、わくわくするな、悔しいな!できたらいいのにな、
いいな~うらやましいな、気持ちいいな、楽しいな

そうした気持ちが引き金になって、「知りたい」「学びたい」「考えたい」
という意欲が生まれるからです。

気持ちに気づけないのに、
知識だけインプットされても、
無気力や燃え尽きにつながる過剰ながんばりを生むだけですよね。

幼児期は、気持ちいいな、面白いな、不思議だな~といった「感じる」を
育むように心がけると、
自然と学ぶ意欲が高くて、
よく考える子に育っていくと思いますよ。
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幼児が「よく考える」ようになるためのいくつかのステップ 4 <聞いた後で>

2019-03-08 12:51:33 | 教育論 読者の方からのQ&A

「聞く」にもいろんな技術があります。記憶力が良く、語彙が多く、
園や学校生活をいきいきと楽しんでいる子というのは、この聞く力が発達した子が多いです。

「語りかけ育児」や、アウトプットを求めずにシャワーのように子どもに
言葉をかけましょう~

と最初に発言した方は、
おそらく、子どもと大人の間に自然なコミュニケーションの形があることを前提として、そうした方法を紹介したのだと思います。

絵本の読み聞かせにしてもそうです。

まだ言葉がしゃべれない赤ちゃんであっても、
非言語の状態で、大人と子どもの間に、身振りや表情や目の動きや、
なん語によって、
「思い」がいったりきたりする関係があって、それを補うように
「語りかけ」や「読み聞かせ」があるのなら、
それは子どもにとって貴重な体験となるはずなのです。

が、この「語りかけ」や「読み聞かせ」が、子どもの「聞く」力を鈍らせ、
大人に素直に心を開かない状態を作ることもあるのに注意していただきたいのです。

どういう声かけがよくないか……というと、
日本人がテレビ画面に向かって、「あほやな~こうしたらいいのに、ぶつくさ~」と独り言を言うことよくありますよね。
テレビから返事があるとは思ってないので、
自分が見たまま、そこで感じたことを外に吐き出してそのまま~という言葉です。

また、テレビゲームをしていて、
「もっと右右!」「だめだめ、そうじゃなくて、あっちに行かなきゃ。はやく取りに行って!」とゲーム画面の主人公に向かって、
声に出さないとしても、独り言を言い続けるときがありますよね。
これも、テレビから返事があるとは思っていないので、
言いっぱなしです。

カセットテープに絵本を音読して録音するとき、
ひたすら読むことに集中しますよね。
これもカセットテープが何を考えてるかなんて考えず、
言いっぱなしです。

この機械に向かって「言いっぱなし」の習慣が、
そのまま乳幼児に向けての言葉かけでも使われているケースを
見かけることがよくあります。

そうした機械に対するような言葉かけは、どこで集中して、どこで受け答えすればよいのかコツがつかみにくい上、

子どもの内面から伝えたい、しゃべりたい、会話のキャッチボールがしたいという気持ちを
引き出しにくいです。

「伝えたい、しゃべりたい、会話のキャッチボールをしたい」という気持ちを育てるには、
大人の側に、子どもの言葉を聞きたいという姿勢があって、
子どもの言葉に共感する言葉と、
それを膨らまして子どもの気持ちを引き立てる言葉を返すことが
大事だからです。

つまり、「語りかけ」が上手になるということは、

まず大人が「聞く」のが上手で、
「うなずく」のが上手で、
子どもの言葉をうまく膨らますという点で「語りかける会話が豊富」という
意味だからです。

そんな風に大人が上手に「聞く」姿勢をしめしていれば、
子どもは自然に、どうやって人の話を
聞けば良いのかマスターします。
「聞く」といった簡単な動作でも、やはりお手本がないと難しいからです。


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幼児が「よく考える」ようになるためのいくつかのステップ 3 <聞く>

2019-03-08 12:50:33 | 教育論 読者の方からのQ&A




上手に「考える」ことができるようになるには、
その前にできるようになっておくといいステップのふたつめは

上手に「聞く」ことです。

2,3歳の子にはじめて会うと、
耳の機能には何も問題がないのに、
まるでまったく耳が聞こえていないように見える
時がある子がけっこういます。

お母さんや私が呼びかけても、振り向いたり音のほうに顔を向けたりしないで、
好きなことをしています。
また、何かをひっくり返したりして、ガラガラ大きな音がしても、
その方をちらりと見ることもないのです。

幼い子は同時に2つのことをするのが苦手ですから、
何かに夢中になると、耳がお留守……となりがちなのですが、
わざと聞こえていても無視しているように見える子の場合、
大人の対応や生活環境に気をつけると、直ってくることがほとんどです。

「聞く」力の良し悪しは、自分の心の中で考えた言葉を「聞く」力とも
関係がありますから、「考える」力に大きな影響を及ぼします。
もし「見える」ものだけで反射のように答えを出すばかりだと、
少しも考えが深まりませんよね。

人の話も周囲の音も自分の心の声も、しっかり集中して「聞ける」技術
を身につければ、じっくり考える力が育ってきます。

それでは、どうしたら「聞く」のが上手になるでしょう?

一番良い方法は、お母さんが不必要なことをしゃべりすぎないことです。
「語りかけ育児」という言葉があるくらいですから、
シャワーのように子どもに言葉をかけたらいいんじゃないの?
と思うかも知れません。
確かに、語りかけるコツをきちんと押さえて、子どもの興味と聞きたい思いを
引き出しながら、語りかけていくのなら、とてもすばらしいのです。
でもだいたいの場合、
お母さんが子どもに声をかけるほど、子どもは音への反応を鈍化させて、

全部聞いていたらきりがない上、きちんと聞いてもどうでもいいことばかりだからBGMのように聞き流す

という習慣をつけています。
そうした場合、声かけというのは、「遊んできたら?それか~し~てっていって。何がしたい?よかったね。ほら、あれで遊んでおいで。これで遊ぶ?」といったものです。
それも、子どもが新しいものを目にして、真剣に頭を使おうとしているとき、
お家よりもお外で遊ぶ際や、お友だちを前にした際、
大人がしゃべりすぎてしまうと問題が大きい気がします。


2、3歳の子なら、「何をしようかな?」「あれ面白そうだな」
「触ってみようかな」「あれで遊ぼ」と、自分の頭で考えて決めることを
すべて、お母さんが横から
ロボットのリモコンスイッチを押して操作するように
言葉で指示を出しているのです。
もちろん、幼児の方は、そうしたことは自分で決めるべきと
わかっていますから、自分で自由に遊び出すのですが、
お母さんがたくさん指示を出す場合、
大人の声にはいっさい耳をかさないことが習慣になっている子も多いです。
そこでさらにたくさん声をかけ、さらに無視するという
悪循環に陥っています。

軽度発達障害があって、呼びかけると聞こえていないようだったかと思うと、小さな音にも敏感……という子もいるのですが、
ほとんどの場合は、自分に向けられる音が多すぎて、全てに反応していられないから、
自分に呼びかけられる声に鈍感になっているという障害とは無関係の
もののように見えます。

また赤ちゃんの時期から、そうした「こうしたら?」「ああしたら?」と背後から子どもの気もちを代弁する声かけは多いけれど、

あやして笑わせたり、手遊びしたりして、
子どもの顔を見て反応を引き出しながら、きちっと声をかけることは
少なかったという場合、

「聞く」ことが、とても苦手な子になりやすいように感じます。

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勉強が好きになるまでのプロセス 9

2019-03-04 09:53:16 | 教育論 読者の方からのQ&A

少し前の記事に「虹色教室でわたしがしている仕事の大半は、この『相手と自分の気持ちが強烈に迫る状態』を解除していくことと

相手と自分の気持ちを強烈に味わいながらも、それを楽しみ、

それによって自分のエネルギーを最大限に発揮していける状態にしていくことです。」と書きました。

 

それに対して、こんな質問をいただきました。

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こちらで書かれている「強烈な感情にがんじがらめになって動けなくなる状態」のことについて、ぜひ詳しく教えていただきたいです。

マイコー雑記さんの例を読むと「ああなんだかわかる」感覚はあるのですが、具体的にどんなことが起こっているのか、教室ではどのように解除しているのか知りたいです。

うちの下の子は、第二子なだけあり要領がいい部分もあり、普段は上の子ほど問題が見受けられないのですが、たまにこのように強烈な感情がコントロールできなくなって固まっているふしがあります。

先日は発表会で、観客の存在に圧倒されてしまい、自分でもどうしていいかわからなくなったのか、終始怒った表情で、後は横を向いたり髪をいじったりしていました。

本人はすごく本番楽しみにしていて、リハーサルはばっちりできていたので、本当は本人も笑顔で素敵な演技をしたかったはずと思うのですが。

泣きそうな気持ち、葛藤している様子が見ていて伝わってきてつらかったです。

また機会がありましたら記事にしていただけるのを楽しみにしています。

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実は質問をいただいた方はよく知っている方で、お子さんといっしょに物作りをしたり、遊んだりしたことがあります。

質問主さんの子育てのあり方を思うと、わたしがわざわざアドバイスしなくても、今のままの関わりで十分なのでは、

と感じます。

生まれつき過敏な子には、思いもよらない場面で驚かされることもあるでしょうけど、経験を積むうちに和らいでいくはずです。

 

そうした個人的にお伝えする話とは別に、こうした場面にわたしならどう対応するかお話しますね。

 

不思議なアリスのお茶会で、いかれ帽子屋が、

「何でもない日バンザイ!きみとぼくとが生まれなかった日。何でもない日、おめでとう!」と、

誕生日じゃない日のお祝いをしている話を知ってる方は多いと思います。

この「特別な日」と「特別じゃない日」をひっくり返したり、「価値あるもの」と「価値のないもの」をひっくり返して

話題にするのは、子ども向けの物語でよくあるパターンです。

 

リンドグレーンの長靴下のピッピは、学校に行かずに気ままに暮らしている小学生ですが、ある時、

学校に行っている子らには夏休みや冬休みがあるのに、自分にはないことに怒って

学校に抗議しに行きます。

 

くまのプーさんの世界でも、おバカさんばかりが暮らしているヘルムの村でも、言葉遊びのなかで、

物と物が交換され、価値観がひっくり返されます。

 

子どもたちは、こうした言葉遊びやイメージの世界のおふざけが大好きで、

それによってがんじがらめになった葛藤を解いたり、不安感をユーモアで解消したりする姿があります。

 

質問主さんのお家のふたり目ちゃんの

 「本番楽しみにしていて、リハーサルはばっちりできていたので、本当は本人も笑顔で素敵な演技をしたかったはずなのに、

 泣きそうな気持ちになって葛藤しているようだった」という出来事は、
過敏な子なら、どんなに適切に育てられていても、
たびたび遭遇するアクシデントだと思います。
 
おそらく、普段の関わりがいいので、過敏さが目立たないものの、
他人の視線や特殊な状況や自分自身の緊張に人一倍影響されやすい子なのだと思います。
 
ですから、こうしたアクシデント自体を避けることはできないけれど、
そうしたアクシデントの後で、身近な大人がその子とどう関わるかは、
次に同じような体験を迎える際の子どもの行動を左右するのではないか、と感じています。
 

「本番が一番大事で、本番でうまくできなかったら失敗」

という考えは、子どもにするとあまりにも辛い現実です。
まるで、月曜日の朝に、「日曜日はもう終わってしまって、楽しいことは全部終わり」と告げるようなものです。


もし、アリスのいかれ帽子屋なら、
「本番なんて、なんだ!あんな大勢の人にすてきな演技を見せるものか!もったいない。
ぼくもうさぎもチェシャ猫も、本番じゃない日だけ、すばらしい演技をするよ」
と言うでしょう。
 
もしくまのプーなら、
「本番って、何だい?それは食べられるの?」とたずねるでしょう。
 
おバカの村ヘルムの長老は、
「本番で失敗したから悲しんでおるのか?
それなら、本番という言葉とリハーサルという言葉を入れ替えてしまえばいいんじゃ。
そうすれば、お前は本番で大成功して、リハーサルで失敗したことになる。
ヘルムの知恵者に解決できぬことはない。」と告げるでしょう。
 
児童文学の主人公たちは、
「まばたきする間にいいこと思いついた。
他の本番を作ろうよ。お母さんとかお姉ちゃんの前で演技する本番や、おじいちゃんやおばあちゃんたちを
集めて、椅子を並べて、舞台を作ればいい」と提案するでしょう。
 
そうした言葉遊びやイメージの世界の遊びは、
子どもの失敗の傷をいやすだけでなく、
再度、失敗したことにチャレンジしようとする勇気をもたらします。
 
 
 
 
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勉強が好きになるまでのプロセス 7と8

2019-03-04 09:47:47 | 教育論 読者の方からのQ&A

遊びのアトリエのレオ先生が自分を律する力と自分の限界を知る経験の記事のなかで、

こんなことを書いておられました。

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私が子どもの頃、大人のいないところで経験した少し危険なこと、悪ふざけ、なんの生産性もないたわいもないこと…

でもそれが、私の中ではあたたかいものとして心の宝物のようにして残っています。だから、子ども達の行動を

同じ気持ちになって見守っている自分がいます。

「それで何か?」と言われれば何も言い返す理論的な答えは持ち合わせていません。ただ私の中で大切な

ことだと感じているから…そしてそこにはイキイキとした表情で元気に走り回ったり、責任をもってやり抜く子ども

達の姿が現実にあります。

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これを読んで、私自身も子ども時代の宝物に支えられて今の仕事を続けていることに

思いあたりました。

宝物のひとつは、子どもの頃に読みふけった童話や児童文学の数々です。

 

わたしが、「相手と自分の気持ちが強烈に迫る状態」に

がんじがらめになって、身体も頭も動きが鈍くなったり、落ち着きなくあちこちに意識をめぐらせて

ひとつのことにコミットメントできなかったりする子の気持ちを解除します……」といったことを書くと、

「どんなメソッドを参考にしたのか?」「どこで学んだのか?」「何から知識を得たのか?」と

疑問に思う方がいらっしゃるかもしれません。


もちろん、さまざまな情報と経験の積み重ねのなかで熟してきたものではあるけれど、

子どもと信頼関係を築いたり、複雑に絡んだ心の糸をほどいたり、見えない葛藤状態を解除したりする時に

わたしの進む方向を最も明るく照らしてくれるのは、童話や児童文学から得た知恵なのです。

 

子どもというのは、大人の作るきまりやルールには従わないけれど、

物語の世界の秩序には素直に従います。

暴君のように振舞う子は、長靴をはいたネコの言葉に乗るうちに

ねずみに化けてしまいます。

えらそうな殿様っ子も乱暴な武士のような子も、一休さんやきっちょむさんのトンチにはかないません。

子どもたちはタオの心を持つ くまのプーさんの親友ですから、大人が老子

に学ぶなら、どんなに荒れた心も静まります。

 

また、児童文学の多くは、子どもの内面の葛藤が、非常に長い時間をかけて、

さまざまな体験や人とのかかわりのなかで昇華されていくことを教えてくれます。

 

先の記事で書いたように、子どものころのわたしは本が好きでたまらない子でした。

月に一度、移動図書のバスが近所に来てくれたのですが、家族の貸し出しカードを全部使いきっても

読み足らず、学校の図書室の常連でしたし、休日にはおこずかいを使って2駅先の図書館に通いつめていました。

 

そうした子ども時代の読書体験は、

「人が人生で遭遇する問題」に対して、どのように捉えたらいいのか

ちょっとしたコツを伝授してくれました。

 

それは、「人が人生で遭遇する問題」は、

ページの裏に答えが書いてあるなぞなぞやクイズとはちがうということです。

 

それだけで分厚い本一冊分のページを読み切って、ようやく完結するもの。

 答えを求めてページをめくっていたつもりが、

最終章まできて、自分自身が答えだったと気づくもの。

 問題の対象を何とか変えたくて、読みはじめたはずが、

時間とプロセスの力で自分自身が変容していたことを悟るものだということです。

 

そんな質感、

どっしりした手ごたえこそ、わたしが受け取った知恵の中身です。

 

「勉強ができない」「勉強がきらい」ということにしても

人生で遭遇する難しい問題のひとつです。

ちまたにあふれている宣伝文句の通りにアレやコレを試して、

望む結果に子どもを持っていこうとしても、

うまくいかないか、たとえうまくいったとしても別の問題の火種を作ってしまいかねません。

身近な大人には、

子ども自身が、ひとつひとつのプロセスを踏んでいく姿を見守る

分厚い本1冊分くらいの時間感覚が必要なのです。

 

前回までの記事で、こんなことを書きました。

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大人の管理や支配は、教育現場から、

自分のアイデア、疑問、知への感動、より高度な内容に踏み込んだ質問などを

発信していく姿、自分の思考の筋道を苦労しながら表現していこうとする意欲を根こそぎ奪ってしまいます。

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 これは教室をしていて、毎日のように、実感していることです。

なぜなら、「勉強きらい」「勉強面白くない」「学校の勉強、つまんない」と繰り返していた子が、

子どもが勉強に興味を持ちだしたり、自発的に勉強しはじめたり、表情を輝かせて学ぶようになったりする

きっかけはみな同じなのです。

自分のアイデア、疑問、知への感動、より高度な内容に踏み込んだ質問がそれぞれの子のなかから生まれた瞬間です。

 

少し前に、こんなことがありました。

小学2年生の子らのレッスンで、「0,1,2,3,4

の5枚のカードがあります。これから3枚を取り出して、ならべて3けたの整数を作ります。

全部で何個の整数ができますか」という問題を出しました。

これはトップクラス問題集の4年生向けの問題なので、クイズを出す感じて、

できるようにさせるためではなく、

「どんな風に解くかな?」と様子を見るために出しました。

すると、最初はただ適当に書き出していこうとしていたAくんが、

「あっそうだ!」と紙に線を引いて、「1,2,3,4」のスペースを作ってから

百の位が1になるもの、2になるもの……などに分けて書き出しはじめました。

友だちのBくんも、同じように分けて解きだしました。

ふたりは、0の扱いや、書き出す上で気づいたことなどを

ああだこうだと言い合いながら解いていました。

途中で何か思いついた様子で、「あっ、そうだ!」と言って、

よりわかりやすい方法に書き直したりしていました。

 

ふたりとも、自分なりのアイデアをいろいろ試した後なので、

「どのようにしたいのか」がよくわかっているし、「どうもうまくいかない点」にも気づいています。

 

そこで、こうした問題を解くのに便利な樹木のような線を入れて

整理する方法を教えると、「あーそうか」と興味しんしんでした。

 

これが、先にプリントなどで樹木のような整理の仕方を習って、

その解き方に数字を当てはめていくように教えると、

子どもの頭は、「こういう問題を解くにはこういう図を書いて解く」ということはわかっても、

何のためにそんな整理の仕方をするのか、理解できないのです。

子どもが自分の頭を使って考える前に答えを教えてしまって、

その結果に向けて、無理やりにできる形に持っていこうとすると、

なぞるようにはできても、わかりはしないのです。

 

この日、自分でいくつかの解き方を試してみたAくんは、

全身で「算数って面白いな」という思いを発していました。

 

 座り方は何通り?

 

 

 

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勉強が好きになるまでのプロセス 5と6

2019-03-04 08:00:50 | 教育論 読者の方からのQ&A

前回の記事の続きを書く前に、虹色教室のことについて、少し触れさせてください。

虹色教室の特徴は、ひとりひとりの子と長い期間関わることが多いことです。

1,2歳の頃出会って、それから10年あまりの年月、見守り続けることもめずらしくありません。

もうひとつの大きな特徴は、子どもとの関わり方が多岐にわたっていることです。

工作したり、実験したり、ゲームをしたり、ブロック遊びをしたり、ごっこに興じたり、

算数を学んだり、お泊まりのレッスンに行ったり、それぞれの子のその時期の興味やニーズにそった

活動をしたりしています。

 

 そんな風に、幼い頃から大人のような口をきくようになる頃まで、

その子がどんな風に成長していくのか見守りながら年月を重ねるうちに、

子どもというものやそれぞれの子の個性、

子どもの育ちというものに対して、

深い信頼感や安心感や自然を前にして感じるような敬虔な気持ちを抱くようになりました。

 というのも、どんなに今、目の前の子の問題行動が目立っていても、できないことばかりが目についても、

子どもは成長の過程でそれを取り戻すかのような劇的な成長の時期が訪れたり、

個性の力で、不利な条件を利用して、他の子らが真似できないような面を大きく伸ばしたりする

姿を何度も目にしてきたからです。

 

戸塚滝登著の『子どもの脳が学ぶとき』に、数学者のシーモア・パパートの

『パパートの原理』がの一部が紹介されています。

 

「子どもの脳は単に知識を詰め込まれるだけでは

発達できず、その知識を使うための知識

(より良い方法を見つけたり、発展させたりする体験などの知識)を与えられない限り、

うまく成長することはできない」という考えのことです。

 

子どもの脳は単に新しいスキルや知識を身に付けるだけでは成長できない。

「知識を使いこなすための知識」

「知識についての知識」を学ぶことも、

子どもの脳の発達にとってかけがえのないステップになる。


               『子どもの脳が学ぶとき』戸塚滝登著

 

この著書には、脳神経科学者、ジュディス・ラポポートとジェイ・ジードの脳スキャナーを

使った脳発達の研究の話題も取り上げられています。

ララポート博士が、普通のIQの子どもたち、ややIQが高い子どもたち、最もIQが高い子ども

たちの3つのグループに分けて子どもの脳発達と知能指数との関係を追跡したところ、

もっとIQが高い子どもたちにだけ、奇妙な現象が見つかりました。

それは、

IQの高い子どもたちの脳ほどスロースペースで成長し、思春期がやってくるまで

成長をやめなかったということです。

 

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虹色教室では、先に書いたように長い期間、多岐にわたる活動を通して

子どもたちとかかわるため、

知識を使うための知識、つまり知恵を獲得していく場面にしょっちゅう遭遇します。

また、教室では、子どもがよりよい方法を見つけたり、オリジナルアイデアをひらめいたり、問題の解決法に気づいたり、

それらを繰り返しによって洗練させ、より高度なものへと発展させていけるように

環境を整え、私自身や親のスキルアップに努めてもいます。

 

 

最近、10年以上続けてきたそうした活動が実を結び、思った以上の成果を得るようになったのを肌で感じています。

その一方で、新たな問題に頭を悩ませてもいます。

「教室での子どもたちとの関わり」という現場の仕事について経験知が上がるにつれて、

ブログを読む不特定多数の人々に伝えることがより難しくなってきたのです。

 

子どもの成長のスイッチはいつどんな時、どのような条件で入るのか、

子どもとの関わりでどんな点に気をつけていけばいいのか、現場の子どもとのやり取りのなかでは正確に

把握できても、それを言葉でさらっと説明すると、どうしても言葉足らずになってしまうのです。

 

虹色教室通信は、そうした 現場での気づきを日誌のようにつづっているものです。忙しい日は日誌というより

メモの状態でアップしています。

 

  <補足>

断片的な日々の話題なので、もしもう少しまとまった形で読みたいという方は、

 PHP研究所で、『子どもの考える力をぐっと引き出すお母さんの話し方』という本にこれまでの気づきをまとめていただいたので、

手に取ってみてください。

 

「前回までの内容について、具体的な例をあげて、くわしく説明を……。」という心づもりはあるのですが……。

これから書こうと思うことは、あらかじめ子どもとの関わりの土台部分を共有しておかないと、

「読めば読むほど、何のことやらわからなくなった」となりがちな内容なのです。

 

 

そこで、子どもとの関わりの土台となるものをわかりやすい言葉で

解説しておられる他のブログの記事を引用させていただくことにしました。

 

(先に書いた「相手と自分の気持ちが強烈に迫る状態」の話は、この土台について

十分理解していただいた上でのより繊細な対応を扱っているため、後ほど書かせていただくことにします)

 

人気ブログ 『保育士おとーちゃんの子育て』に、

大人は「結果」をつくりだしたくなる というテーマで書かれた一連の記事があります。

 

大人は「結果」を作り出したくなる

 『大人は「結果」を作り出したくなる』のお話からふたつのこと 

『大人は「結果」を作り出したくなる』のお話からふたつのこと  vol.2 

『大人は「結果」を作り出したくなる』のお話からふたつのこと  vol.3 

 

 『保育士おとーちゃんの子育て』のブログにある一連の記事は、

子どもの勉強について書かれたものではありません。

 

でもここに書かれている

 

★  「できるようにしないこと」が子供を「できるようにしてくれる」


★ 「教えない・させない」でも子供は伸びていく


という保育の本質に触れる言葉は、そのまま子どもの学びを支える上での本質を言い当ててもいます。

 

直接的に子供の姿をこねくり回すことで、大人の望む「結果」を子供に短絡的に持たせる関わりが、

子どもが自主的に主体的に自分で考えていこうとする姿を奪ってしまうことは、

保育の現場だけで起こっている問題ではありません。

教育現場でも、まだ十分に準備のできていない子に大人の望む結果を即座に求めるあまり、

自分の頭で考えようとせずに、言われるままに丸暗記していく姿や

ただ作業として習ったことをなぞっていくだけの姿につながっているのです。

 

大人の管理や支配は、教育現場から、

自分のアイデア、疑問、知への感動、より高度な内容に踏み込んだ質問などを

発信していく姿、自分の思考の筋道を苦労しながら表現していこうとする意欲を根こそぎ奪ってしまいます。

 

 「なにが必要かを伝え、子供にどうすべきかを考えさせ、そして実行させる。

それでもうまくいかなかったり、失敗したら、そこにサポートをする。
それでもできなければそこから大人が手を貸すのでも遅くはありません。」

という保育士おとーちゃんの言葉は、

子どもの学びを支える際にも通じる言葉なのです。

 

 

勉強が好きになるまでのプロセス 1

 

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子どもが「習ってない!くんタイプ」だった場合、

次にとおるべきプロセスは、間違っていてもいいからやる気があふれだしている状態で、

それを存分にやりつくしてから、次の

「理解した上で答えを導きだす」「慎重に忍耐強く考え抜いていく」「考えるための技能を身につけて解く」

というプロセスへと移っていくといいのかな……と考えています。

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間違っていてもいいからやる気があふれだしている状態とは、

ある意味、学びを支えている大人に対する信頼感がある状態とも言えます。

 

間違っていても、待ってもらえる、

間違っても、大人は自分の思考の筋道を信頼してくれていると安心している、

間違っていても、それは終わりではない。間違っても、できなかったと烙印を押されるわけではない。

なぜ間違ったのか考えたり、

もう一度チャレンジしなおせば、リベンジできる、

 

ということを体験的に知っている状態と言えるのです。

 

また、学んでいる自分自身に対する信頼感が十分ある証拠でもあります。

 

途中ですが次回に続きます。

 

 

 

最後までパズルを解ききって、深いため息をついていた1年生のAくん。

自分に対する信頼感が高まり、自分への見方が変わったようでした。

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