虹色教室通信

遊びや工作を通して 子どもを伸ばす方法を紹介します。

経験で培った知恵は、経験を通過していない人に伝わるか 3

2017-08-30 21:41:53 | 自閉症スペクトラム・学習が気がかりな子

前置きが長くなってしまいました。話をもとに戻しますね。

 

経験で培った知恵を経験や勘を通過していない人が使う時に

起こる問題ってどんなものでしょう?

 

一番に考えられるのは、経過を観察せずに、期待する結果を求めてしまうことかな、

考えています。また、現実を吟味する前に、先入観が刷り込まれてしまうという

きらいもあります。

 

「こういう問題で悩んだ時は、こうしたらいいよ」という外から与えられた

解決法を試してみて、うまくいかないと、

「これはよくないから別の方法を試してみよう」と次を探し求める気持ちに

向かいがちにもなります。

 

でも、実際にはそれがどんな問題でも、その問題の背後にあるものが

見えてくるくらいまで、じっくりそこで踏ん張ってみないことには、

その子ども自身が見えてこないし、理解もできないのです。

子どものことで気がかりなことがある時、親はその問題を解決して終わりとする

修理屋さんのような立ち位置ではなく、

問題というきっかけを通して、子どもと深く関わっていくようにすると、

子どもを知り自分自身もよりよく知ることになるし、

子どもと大人が相互に変容していくことにもつながります。

 

前の記事で、発達障害という言葉が普及したことで、

「全く経験のない人が、経験や勘で培ってきた方法の

マニュアルの字面だけをおってそのまま実行する」ことによる弊害が

蔓延しているんじゃないか、といったことを書きました。

 

それはどういうことかというと、

子どもとはどういうものかという子ども像を持たない人が、

(まだ子どもという人との付き合いが浅い人が)

発達障害という色眼鏡だけで、子どもの問題に

過剰な干渉をしてしまう、一場面、一場面をより大きな問題として

不安を感じて、子どもをより不安定にさせてしまう

という問題につながるのではないか、と感じているのです。

 

また、周囲の人が、子どものことでうまくいかないことがあるごとに

発達障害かどうかというフィルターを通してそれを眺めるゆえに、

親が不必要に動揺したり傷ついたりして、

反抗期のような子どもにとって大切な体験をきちんと通らせてあげることができない、

ということも起こります。

 

子育てには不快なことやうまくいかないことがつきものです。

うまくいかないことが、即、子ども側に問題があるとか、

親側に問題があるということにつながるわけではありません。

 

子どもの成長にはさまざまな時期があり、性格もさまざまで、

集団の環境やいっしょに過ごす子たちや先生との相性というものもありますから、

どちらにも何の問題もなくても、あれこれあるのが子育てなんです。

 

たとえば、「幼い子が集団の場になじめない」という時、

子どもの状態が「今、その時の姿」で切り取られて、特性の有無をチェックされ、

発達障害かどうかという捉え方だけで処理されることは

危険なことだと感じています。

もちろん、発達障害であるリスクはあるし、

保険の意味で、療育的な関わりをすることが悪いわけではありません。

 

でも、初めから終始、子どもがなじめないことについて、

その子自身の問題として、つまりその子が発達障害なのかどうなのかという

切り口から問題を見るようになると、

集団の場自体が、子どもから学んで成長するあり様が、ゆがむのではないかと

思うんです。

子ども側に問題があるという前提条件が普通になると、

集団を管理する側にとって、それが自らのあり方を考えなくてすむ

逃げともなるし、

子どもという存在から学んでいく集団自身の成長が小さくなります。

 

たとえ、集団の場を発達障害の子たちのニーズに

沿うよう改善して、環境がより良いものになっているように見えても、

問題を子ども側だけに押し付けている

安易な手札を手にしていることに変わりなくて、

もっと根本的な保育なり教育なりの質の向上が難しくなってしまうように

感じています。

なぜなら、問題を発達障害という手札だけで眺める限り、

子どもとはどのようなものか、子どもにとって

良い環境とはどういうものか、を追究する心が

薄くなるからです。

 

次回に続きます。

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経験で培った知恵は、経験を通過していない人に伝わるか 2

2017-08-29 22:28:56 | 日々思うこと 雑感

前回の記事で、発達障害という言葉が普及したことで、

今、まさに知人の言う「全く経験のない人が、経験や勘で培ってきた方法の

マニュアルの字面だけをおってそのまま実行する」ことによる弊害が

蔓延しているんじゃないか、と感じた、という話を書きました。

そのことについて触れる前に、これまでわたしが発達障害という言葉と

どのように付き合ってきたのか、その経緯をお話しようと思います。

 

わたしが発達障害という言葉について意識し始めたのは、教室を始める前に

ファミリーサポートという市の子育て援助の活動に参加していた時に

目が合わなかったり、会話が成り立たなかったり、攻撃的だったり、

常に動き回って危険なことを繰り返したりする子の存在を気にかけていたからです。

 

当時は、突然、思ってもみないようなことをする子

(その子の妹や弟のおむつを替えている一瞬の間に、玄関に突進していって

鍵を開けて外にでようとする子や、

何の前触れもなく、階段のかなり高い段から飛び降りようとする子など)の事故を

防ぎたいという気持ちから、危険度に応じて、預かる側がそうした情報を共有

する必要性を強く感じていました。

 

それと同時に、書いていたらきりがないほど危険なことや破壊的なこと

をし続ける子について、全てを書面に残して親に差し出すことに

躊躇していました。

それは預かる側の義務ではあるものの、

育てにくい子の子育てに困窮している親がちょっと息抜きをしようとしたとたん、

さらに悩みを抱えることにはならないか、

問題を指摘されることで、誰にも頼れない子育てへと引きこもってしまわないか、

親子の関係をさらに悪くすることにつながらないか、といった

迷いの渦に飲み込まれていたのです。

 

十数年前のことなので、親御さんが相談する場もほとんどなく、

あちこち医療機関をはしごしても、「様子を見ましょう」と告げられるのが

関の山でした。

幼稚園や学校で集団活動ができない場合、親御さんは、

周囲から親の育て方の問題として扱われるか、

しつけて何とかしようとするうちにそれが虐待に近いものになっていくか、

子どもの問題から目を背けることだけに力を注ぐか、

わが子は発達障害なのか、発達障害でないのか、と悩むことに

時間を費やしていました。

 

子育てに悩む親への受け皿がほとんどない時期でしたから、

「私自身、どうしたらいいのかさっぱりわからないけれど、

悩みを聞きながら支えていくくらいのことはしよう」という思いで、

発達障害のある子たちと関わるようになりました。

 

その後、知り合った方々から、

子どもの遊びや物作り、算数の学習を見てほしいと頼まれるように

なって、虹色教室という小さな教室を始めるようになりました。

生徒として集まった子たちは、7割くらいがごく一般的な子で、

残りの3割ほどが、発達に気がかりなところのある子たちで、現在もそうした

形で教室を続けています。

 

虹色教室では、何よりもひとりひとりの子の自発的な学びを大切にしてきました。

2時間~2時間半のレッスン時間のうち、最初の1時間半で工作やボードゲーム、

実験などをし、

残りの30分~1時間だけ算数の学習をしています。

 

(教室での学習の一例は、ブログ『ボディーワーカーのギフテッド子育て記』の

 虹色教室と勉強方法 でご紹介いただいています。)

 

教室を通して、十年以上子どもと関わるうちに、

わたしの子供観や発達障害の思いは

最初の頃よりも、

ひとりひとりの子の成長する力を信じる気持ちと個性的な才能に魅了される思い

で占められるようになりました。

 

 

次回に続きます。

 

 

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経験で培った知恵は、経験を通過していない人に伝わるか 1

2017-08-28 17:13:20 | それぞれの子の個性と才能に寄りそう

先日、知人からこんな話をうかがいました。

知人の息子さんが夏休みの自由研究の工作に取り組んでいた時の話です。

初めのうち息子さんは、何を提案されても乗り気でなく、

自分でやろうと思いついてもぐずぐずしていたそうです。

が、はっとひらめいてからは、生き生きと自分の思い浮かぶものを想像しながら

一気に形作っていったそうです。

 

知人が自分の意欲に火がつくまでぐだぐだと過ごさせてあげたからこそ

息子さんは生き生きと取り組み、達成感を味わう結果となったわけです。

とはいえ、その都度している判断はちょっとしたことに左右されるので、

一般化できるものなどなくて、

子どもたちのやりたいこととそれだけでは成り立たない生活のペースの狭間で

 その場その場でどうしたらいいか考えていることに思いいたったという話でした。

 

わたしも、何でも一般化しようとする風潮の中で、そうした経験に基づく判断が

ないがしろにされているのを危惧していたところでした。

 

知人がこんなことを言いました。

「ゆとり教育」の始まりや「ホームスクール」の取り組みも、

最初は試行錯誤しながら勘を養いながら出来上がっていったものが、

そういった経験を通過していない人まで利用しようとすると

おかしいことになるし、

そういった経験のない人にまでわかるように言語化するのは難しいです。

 私が今やっている仕事でも、一番初めの取り組みをやっていて、

それが誰にでもできるように文書化しないといけないんですけど、

あらゆることが想定されるため、文書化しづらいし、

細かく指示したものをつくっても、誤った判断をしかねないなと感じます。

 

勘を養ってきた人が文書をみたら、どのような文書でもうまく

解釈して白黒判断できそうですが、それが全く経験のない人が見ると、

マニュアルの字面だけをおってそのまま実行するようになって

しまうだろうなと思うので、めったなことをかけなくなります。

ですから、結局のところ、私がつくる文書はあいまいな

文書になってしまいます。それをみてわかる人は自由に利用してもらって、

そのあいまいな文書を見てわからない人は、利用しないか、

細かく質問をしてくることになるのだろうなと想像しています。

 

その言葉を受けて、ふいに、発達障害という言葉が普及したことで、

今、まさに知人の言う「全く経験のない人が、経験で培ってきた方法の

マニュアルの字面だけをおってそのまま実行する」ことによる弊害が

蔓延しているんじゃないか、と感じました。

 

次回に続きます。

 

自閉症のAくんが作ってくれた薬袋。

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ホームスクーリングで学んでいる子のブログを紹介します

2017-08-25 17:14:52 | 日々思うこと 雑感

ホームスクーリングで学んでいる小2のAちゃんの日常をお伝えする

ブログを紹介します。

 

ボディーワーカーのギフテッド子育て記

 

Aちゃんは虹色教室の生徒のひとりで、とても創造的で飛びぬけて知能の高い子です。

 

 

Aちゃんの作品。

Aちゃんといっしょに人口当てクイズをして遊びました。

 

<遊び方>

問題にする県のカードを用意します。

上の写真でしたら、「兵庫県」の人口を推理します。

 

兵庫県の人口を推理するために参考になりそうな県をふたつ選び、選んだ理由を述べて、

(「同じくらいの面積だから」とか「隣の県だから」など)

カードを裏返して、人口を見ます。

参考にした県の人口よりも多いか少ないかなどと考えます。

最後に兵庫県のカードの裏に描いてある特産品や県の名所を見て、

それを考慮にいれなかがら、県の人口を当てます。

推理は、そこにいるみんあで口々に言って、メモし、

正しい人口に最も近い人を正解とします。

 

Aちゃんはとても楽しんでゲームに取り組んでいました。

 

 

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見えない世界の栄養

2017-08-24 16:20:44 | 日々思うこと 雑感

お正月中の記事へのコメントでいただいた二つの言葉。

 

発見したのは、こどもにとって「見えない世界」の栄養がとても大事なんだな、

ということ


ひとつのキーワードとしては、心、頭、感性を自由に働かせる、

それに夢中になって時間のないところまで行く、ということなのかなと思いました。

 

どちらも、とてもすてきで重要な言葉ですよね。

 

「見えない世界」の栄養って具体的にどんなものでしょう?

すぐにピンとくる方は、

子どもと過ごすあらゆる場面でそれを見いだしていることでしょう。

でも、わからない、という方は気づかないだけではなく、

子どもにより良いものが与えたくて、

「見えない世界」と「時間のないところまでいく」体験を減らすことに

躍起になっているかもしれません。

 

そこで、レッスンの中から、

子どもたちが「見えない世界」から栄養を得ているなと感じた瞬間を

いくつか切りとってみることにしました。

 

今日は2歳9ヶ月のAちゃんのレッスンでした。

まだ冬休み中なので、年長のお兄ちゃん(Bくん)も付いてきていました。

「工作をしよう」という流れになって、わたしがビー玉コースターの簡単な作り方を

披露しました。

2歳児さん向けの見本ですから、

「できるレベルであること」「やってみたいと思うような感覚的な楽しみを伴うこと」

「すでにできることをベースにすること」の3点が大事です。

幼い子には『興味があって自分ができそうなこと』しかきちんと見えていないような

ところがありますから。

 

両面テープを画用紙に貼って、はがします。

 

上の写真のようなレールの作り方なので、大人が作ってあげようとすると、

「先に画用紙を切って、両端に両面テープを貼る」という順序で作ってしまいがちです。

もちろん、その方が仕上がりがいいのですが、

それだといきなり難易度が上がって、2歳児さんの想像力では

作業の流れをつかむのは難しいのです。

また、もし訓練でそれができるようになっても、

他の工作でできるようになったことを応用しにくいのです。

 

そこで、テープを貼って、はがして、はがした後にストローを乗せて貼ります。

それからはみ出している部分をはさみで切り取るのですが、

その部分を大人がしてあげたとしても、見ていて、何をしているのかわかりやすい

ので、先の順序よりずっと学びやすいです。

 

わたしが両面テープを貼って見せて、先っぽを少しはがしてみせると、

Aちゃんはそれをペリペリはがして上機嫌でした。

「ここをはがしてごらん」と教えるよりも、思わずはがしたくなるような状態を

作る方がわかりやすいです。

Aちゃんは、うまくはがせたことで自信を得たのか、今度は自分で両面テープを

貼り始めました。何本も。

こんな時に、大人が仕上げたいものを意識して、「ここにこうして貼って……」とか

「2本までね」とか指示しないで(年齢によって、きちんと手本や指示通り作るよう

教えるのが大事な時もあります)、

よほどの無駄使いでもしない限り、

何度もやりたがることに熱中させてあげるのがいいと思っています。

次のアドバイスやお手本を見せるのは、本人が退屈しだした時でいいし、見本ではなく

大人は大人で自由に制作活動に興じるのもいいと思います。

Aちゃんは、ここまでこちらのお手本に添って作っていましたが、

そこからは、自由にはさみであれこれ切りだしました。

Aちゃんが空き箱を切ろうとした時、お母さんが、「Aちゃん、それ固いよ」と

注意したのですが、Aちゃんはどこ吹く風。ゆっくり着実に切っていきました。

Aちゃんは4歳違いのお兄ちゃんと同年代だと信じているような二人目ちゃん。

観察力の高く慎重に行動する一方で、

「それはAちゃんにはまだ難しいよ」というニュアンスの忠告をされると、

俄然やる気になるタイプなのです。

 

大人だって固くて切りにくい空き箱をチョキチョキした後で、得意気に

それを開いたり閉じたりしながら、「ご本ができちゃった」と言いました。

 

こんなふうに自分でやってみたことが何らかの形になって、おまけに

自分で見立てることができた時、

幼い子たちはどんなすばらしいものが手本通りできた時よりもうれしそうです。

わたしは、Aちゃんの作った本を開いて、読む真似をしました。

「Aちゃんが、おかいものにいきました。おしまい」とか「

むかしむかしあるところに、うさぎさんとかめさんがすんでいました」という具合に。

すると、Aちゃんは笑顔をはじけさせて、切った箱のもう一方も開いてみて、

それも本のように見えるのがうれしくてたまらない様子で作品を

ぎゅっと胸に抱きました。 

一回、真っすぐ切っていっただけで、二つもできた作品と呼べないような作品。

でもAちゃんにとっては、何も代えられないすごいもののようです。

  

「ご本ができた」と見立てたとたん、それまで箱だったものが、本に見えて、

本として関わって遊ぶことができる、ということは、

まさしく「見えない世界」の栄養分。

『星の王子様』の童話にあるような、王子様には見えるのに、『数字が好きで、

一番大切なことは何も聞かない大人たち』には見えなくなってしまった世界からの

贈り物なのです。

 

 

「Aちゃん、よかったね。2冊も本ができたのね」とお母さんが声をかけると、

Aちゃんは目をキラキラさせて、次の箱を切り始めました。

 

切った後で、Aちゃんはセロテープをペタペタ。何枚も何枚も。

「切ったり折ったりした後で、セロテープでそれを覆うのが好きな

2、3歳の子って多いんです。

紙を折って、テープで封印してテレホンカードみたいなものを大量に作ってから、

『お手紙』と命名する子たちがいますよ」と言うと、

Aちゃんのお母さんが笑いながら、「そうなんです!うちでも折り紙を折って、

テープで完全に貼り合わせてお手紙を作っています。

それも、内側が色がついている面になるように折るので、

裏の白い面だけの同じようなものがいっぱいに……」と返しました。

 

Aちゃんの作品(切った後でテープで貼り合わせた紙)を使って手品ができるように

お菓子の箱に細工をしてあげました。

引き出し式になっている内箱を半分で切って、逆さまになるように貼り合わせると、

入れた紙が、箱を逆さまにすると出てくるようになるのです。

引き出す際に小さな覗き穴から顔のマークが見えるようにして、

その顔を押して、箱をひっくり返すと、上から入れたはずの紙が下からでてきます

……という仕掛け。

 

これはお兄ちゃんのBくんが、箱を覗きこんで不思議がって、

「どうして?どうなってるのかなぁ?」と夢中になっていました。

模倣が上手なAちゃんは、手品のタネはいまひとつわかっていない様子でしたが、

たちまち、手品の演じ方を覚えて披露してくれました。

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「見えない世界」の栄養 2

 

「見えない世界」の栄養 3

 

「見えない世界」の栄養 4

 

 

「見えない世界」の栄養 5

 

 「見えない世界」の栄養 6

 

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遊びと学びの中間ゾーン

2017-08-22 23:04:33 | 日々思うこと 雑感

工作はただ工作するだけでも
巧緻性や創造力や芸術的な感性を高めてくれる楽しい活動です。
でもそれではちょっともったいないな~と感じるのです。
工作活動を支援する大人がほんの少し工夫するだけで
工作は小学校に上ってからのさまざまな分野の学力の基盤を作ってくれるものだからです。

そのためにはどんな工夫をすればよいのか、
私が気にかけている点を書いてみます。

工作教室やアトリエに通っていると
もう工作はしたから十分~と大人は思ってしまいがちです。
けれどもそうした創作活動だけを主とした場とは別に
工作と勉強の中間ゾーンを意識した活動時間も持っていただきたいのです。

工作中、どんなことに気をつけると
学力につながるのか……というと、
まずひとつは、

★見積もる力をつける~ということです。

見積もる力は、大人の指示に従いながら
集団で同じものを作っているうちはなかなか身につきません。
どんな簡単なものでもいいから、自分で作りたいものがあって
試行錯誤するとこうした力はアップします。

たとえば、四角形の周りの長さが20センチで、縦の長さが4センチの
長方形の面積を求める問題

なんかを見積もる力は、

箱やひもを使って工作していると
材料が足りなかったり、思うように作れなかったりする経験の積み重ね
から生まれます。
準備しすぎず、完璧を目指しすぎず、教えすぎないことが
工作を学力に結び付けます。

もうひとつ。
★ 道具の使い方を教えることも大事。
それも完成した道具よりも、
ひもとプッシュピンとえんぴつをつないだコンパスとか、
お皿を使った円の描き方とか……が最適です。

なぜかというと、そうした原始的な道具は
辺や中心点の意味をそのまま子どもに悟らせることができるからです。

また、ものさしの目盛りの読み方や
はかりや分度器の使い方をマスターさせると
理科でも算数でも役立ちます。
教え込むのでなくて、ゆっくり子どものペースで
マスターさせていきます。

★ 動きを加えて、理科の知識を増やし、
工作道具で遊ぶことが、実験の結果を理解することにつながるようにする。

★ さまざまな角度からのものの見え方に興味がわくように
工作する。

★ 手を使ったさまざまな作業を正確にマスターさせる。

★ 素材について学ばせる

★ 工作といわず積み木やブロックも
シンプルなものほど、頭を使います。
デュプロブロックとレゴの小さなパーツのブロックでは、
デュプロの方が見積もる力を育ててくれる一面があります。
(本格的なレゴ作品は別です)
パーツの形が決まっているので、計算しながら
組み立てないと、形が作れないからです。
どんどん複雑に、難しいものを~と
親心でおもちゃのレベルを上げることは、
学力につなげるという点からいうとあまりよくないように思います。

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先の記事と重なる部分が多いのですが、遊びと学びの中間ゾーンを意識した活動の様子を

いくつか紹介しますね。

 

小学生の女の子ふたりの『お祭りの屋台ごっこ』です。

「分類する」作業が遊びに含まれていると、

楽しさが増すし、遊びの世界が広がります。

カラフルなおはじきやビー玉を色分けしては、キャンディー屋さん、ジュース作り、魚の配達などを

して遊んでいます。

水風船を膨らませて、ヨーヨー釣りを作りました。

 

「ろ過する」作業を

喫茶店遊びに入れています。

屋台で売る小物として指輪を作っていました。

「折り紙を半分に折り、もう一度半分に折る」という作業で、

どの折り方が適切な細さになるのか考えました。

 

こんなシンプルな物作りでも、

折った後の形を推理するようにしていると、

算数のセンスが身についていきます。

屋台とは関係がないかもしれませんが、

『ピッケのつくるえほん』というソフトで手作り絵本を作って、

販売するコーナーを作りました。

本作り、マンガ雑誌作り、新聞作り、詩集作り、写真集作りなども

遊びに取り入れると、遊びの質が上がります。

クレープ製造機。

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この日の午後に来た小1の男女のふたごちゃんと幼稚園の女の子のレッスンの様子です。

午前のレッスンの女の子たちが作っていた

屋台用の遊び道具をもとにして、自分たちが考えた遊びをいろいろと発展させていました。

色違いのスライム作り。

 

ヨーヨー釣り用の釣る道具は

ティッシュペーパーにモールの釣り針をつけて作ります。

簡単な工作だからこそ、物差しで測る作業や

「1㎝はどれくらいの長さか?」「10㎜は何㎝か」といったことに

気をつけて作ることができています。

濃度の異なる砂糖水を作って、二層ジュースを作っています。

水で膨らむジェルを使って遊ぶついでに

試験管に入れて遊びました。

それぞれの数を描きだしたり、

大きい球の時と小さな球の時ではどちらが

たくさん入るのか推理したりしました。

「Aの5」「Fの6」など、座標を言って攻撃する

バトルシップゲーム。とても面白かったようです。

 

付録のおさるのてんびんばかりで遊びました。

付録で遊ぶ時は、説明書が自分で読めるようになるように

サポートしています。

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自閉症の子の学びのスイッチが入る時 2

2017-08-19 17:49:49 | 自閉症スペクトラム・学習が気がかりな子

Aくんが即座に下敷きをはさみで切ろうとしたという出来事の続きです。

下敷きが工作用の素材ではなくて、見て学ぶために用意されたものだと

説明されても、Aくんは、何度も下敷きをはさみで切ろうとしていました。

地図の見た目が、条件反射的に「バラバラに切り離したい」「富山のところを切り取りたい」という

衝動を生じさせているようでした。

 

そこで、はさみの刃を下敷きにあてようとするAくんに、ゆっくりとこう話しかけました。

「下敷きははさみで切りません。

Aくん、もしBちゃん(Aくんの上の妹)が、下敷きを

はさみで切ろうとしたらどうする?

Aくんは、こう教えなくちゃいけないよ。

ダメダメ、下敷きは、はさみで切りません、って」

そういうと、Aくんは面白そうに声をあげて笑いました。

 

そういえば、以前のAくんでしたら、こちらの話を聞く間もなく、止めに入る人の手を振り払うようにして

下敷きを切ろうとしたかもしれません。

でも、今のAくんの態度には、切ろうとはするけれど、こちらの注意を聞いて切るのをやめるくらいの

余裕がありました。

 

また、Aくんにとって、「もし、〇〇だったらどうしよう?」という仮定での話は

少し難しいはずなのですが、こうした機会にさまざまな言いまわして会話を膨らませるようにすると、

それを聞いて楽しむ姿がありました。

それからもAくんがはさみで下敷きを切ろうとする度に、

「もし、Cちゃんがはさみで下敷きを切ろうとしたらどうする?

Aくんは、こう教えなくちゃいけないよ。

ダメダメ、下敷きは、はさみで切りません、って」とゆっくり話しかけると、

Aくんは、毎回、面白そうに聞いていて、「もし」という言葉が

Aくんにとってそれほど遠いものでなくなっていくのを感じました。

 

 

もとはといえば、Aくんの困った行動に対応するためにかけていた言葉です。

でも、それに対するAくんの反応から、Aくんが言葉の世界が一段、レベルの高いもの

受け入れつつあるのを感じました。

 

こうした微細な学びのスイッチが入った徴候に気づくことと、

さらに学びを深めるために、さまざまな場面で言葉遊びのようなやり取りを増やす必要を

感じました。

 

 

 

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『子どもの脳が学ぶ時』

2017-08-18 21:47:03 | 日々思うこと 雑感

ずいぶん前の記事ですが、探している方がいたので再アップします。

途中まで書いている記事の続きは時間がある時に続きを書かせてもらいますね

 

☆パソコンの生みの親 アラン・ケイの子ども時代の記事に、「子どもの脳が学ぶとき」の著者の戸塚滝登先生がコメントをくださいました。

とてもうれしいです!!


戸塚滝登先生の著書を引用させていただいて書いた記事は↓です。
よかったらもう一度読んでくださいね。
☆ IQの高い子の脳の不思議 


☆IQの高い子の脳の不思議 2


☆なぜゆっくり脳が成長したことで数学の天才が生まれたのか?

☆ 子どもの算数思考回路を活性化する方法♪ 


☆ 子どもの脳は新しいスキルや知識を身につけるだけでは成長できない 

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自閉症の子の学びのスイッチが入る時 1

2017-08-16 20:58:15 | 自閉症スペクトラム・学習が気がかりな子

 

 

小学2年生の自閉症のAくんと都道府県のパンフレット作りをしました。

上の写真は、子供たちが駅でもらってきた旅行の

パンフレットを貼ったり、図鑑にある地域の特産品の絵を描いて貼ったりする手作りパンフレットです。

画用紙を半分に折って作っています。

 

 

 

Aくんは家族で富山に行ってきたところで、富山のパンフレットをいくつか持ってきていました。

Aくんは五箇山の合掌作り家と温泉の絵を描きました。

Aくんが虹色教室に来始めたのは3歳の時。

最初の数年は工作とは名ばかりで、

激しく動き回り、材料を散らかしていくAくんといっしょに

心と体を使いきりながら関わっていくだけで時間が過ぎていきました。

 

いつ頃からか、Aくんは、精力的に絵を描き、立体物を作るようになりました。

最近のAくんの姿を見ていると、「工作」という自分が親しんだことを土台にして、

受け入れるのも理解するのも難しい抽象的な概念と接する時間が

持てるようになったことを感じました。

 

自閉症の子たちは、自分の関心がないものを、完全に心からシャットダウンしてしまうことがよくあります。

Aくんが都道府県のパンフレット作りをしているのは、高学年になって地理や歴史といった

Aくんにとって「何を学んでいるのか、さっぱりわからない」となってしまいそうな分野に、

「知っている、知っている!」と興味のとっかかりとなるものを作っておいてあげたい、と思うからです。

 

Aくんは五箇山の合掌作りの家に毛羽だった毛糸を貼り付けたり、

温泉にセロファンを貼ったりする作業を心から楽しんでいました。セロファンがはみ出す時はちょうどいいサイズに切ったり、

セロファンの大きさに合わせて、温泉の大きさを調整したりしていました。

楽しい時間の中で、何度も繰り返してきた工作体験が、Aくんが頭を使った作業をする時に

それをリードする役割をしたり、物の理解の補助をしてくれているのを感じました。

 

算数の学習でも、コミュニュケーションを取るのがまだかなり難しいAくんにとって、

理解するのは難しいだろうと思われた「記号を使ってまわりの長さを足し合わせて計算する方法」や

「テープを貼り合わせて計算する時に、のりしろ分を引くこと」などが、図を描いて学ぶとちゃんとできるように

なっていました。

富山のパンフレット作りをしている時、こんなことがありました。

富山が日本全体のどこにあるのか見せてあげようと

地図の下敷きを傍らに置いたところ、

Aくんが即座に下敷きをはさみで切ろうとしたのです。

富山を切り抜きたいと思ったようです。

「Aくん、これは切りません。富山はどこにあるのか見るための地図です」と言っても、

少しすると、はさみで下敷きを切ろうとしていました。

 

次回に続きます。

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シルバニアファミリー好きの子たちへ

2017-08-15 21:37:06 | 工作 ワークショップ

お墓参りの帰りに梅田のオーパに寄ったら、

地下2階でシルバニアファミリーのタウンシリーズの発売を記念した期間限定のお店がオープンしていました。

ドールハウス作りの参考になります。

梅田を通るついでがあったら、寄ってみてくださいね。

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