虹色教室通信

遊びや工作を通して 子どもを伸ばす方法を紹介します。

2019年版 子育てのしかた (虹色教室文庫の新作です)

2018-12-30 16:21:17 | 虹色文庫出版局

昨年、『子育てのしかた』という本を作ってお母さんに贈ったAくん。

今年は小学3年生になりました。

Aくん、今年も、9歳版の『子育てのしかた』の本を書いてお母さんに

プレゼントすることにしたそうです。

 

今年の本には、「宿題をしなさい」と言われた時の

子どもの心の中の葛藤やそれを乗り越えていく様も書れています。

本を読むと、1年の間にAくんの心が精神的にぐっと成長したのがうかがえます。

今回の作品は、宿題をしたくない時に子どもがそれを乗り越えるための

ふたつのアイテムが付録としてついているそうです。

 今年のAくんは、

「宿だいをやらないこの心の中はきっとやりたくないマンと

やりたいマンがたたかっていると中です。

なのであんまりおこらせるとやりたくないマンがかって

しまう」ということに気づいたそうです。自分に宿題をさせるために、おやつ

抜き、ご飯抜き作戦を提案しています。来年も、Aくんが『子育てのしかた』を

書いてくれるとしたら、食べ物お預け作戦よりもっと名案が浮かぶのでしょうか?


虹色教室文庫(虹色教室では、卒業生の中一のBちゃん編集長のもと、教室内の出版社で本を製作しています。

教室に通っている多くの子が自作の本作りに取り組んでいます。)

Aくんは小さい頃、「なおみせんせいへ」という手紙をくれました。

「いっしょにすてきなきょうしつにしようね」と書いてありました。Aくんはこれまで教室で、

立体のジオラマ、造形作品、映画のスタジオ、動きのある作品、

展開図を描いて作るペーパークラフト、

ボードゲームやカードゲーム、雑誌などを作ってきました。

最近では身近な疑問を調べる研究レポートなどを作る姿があります。

グループのお友達とそれは仲が良くて、いつも大笑いしながら、

協力しあって、さまざまなことにチャレンジしています。

 

今年の本は帯付きです。虹色教室文庫の今は中学1年生になる編集長が

本の帯を作っていたことの影響でしょうか。

 

『子育てのしかた』  9さいばん

<とくべつフロク> やるきはちまき

この1さつで9さいのそだて方 バッチリ

子どものなやみのなやみ すぐにかいけつ

 

<もくじ>

1もくじ   どうがなし  1ページ

2ちゅうい  どうがなし  2ページ

3宿題をやらないとき  どうがあり  3ページ~7ページ

4あさべん(朝の勉強)をやらないとき どうがあり 8ページ~10ページ

5クイズ ちゅうい     12ぺ―ジ

6よんでもこないとき  どうがあり

7クリスマスのイベントひょう  17ページ~18ページ

8クイズ    19ページ

9ふりかえろう  19ページ

10手あらいのこと 21ページ

 

<ちゅうい>

この本は2018年10月二十六日につくられたものです。

そのため外国にはとどけられません。

日本国内です。

ふりょうひんがありましたら、買った店へもっていってください。

名前をきかれますがごりょうしょくください。

ふりょうひんがまんがいちありましたら、500円てんいんがわたしますので、

ちゃんとうけとってください。

この本を家でうるのははんざいです。

けっしてやらないでください。これはかみなので

おれてもべんしょうやこうかんはしませんので、あらかじめごりょうしょうください。

三さいみまんのおこさまの手のとどかないところにおいてください。

本がとどきましたらすぐに本をみてください。

よごれているとかおれているばあいは、電話〇〇〇〇―〇〇〇〇にごれんらく

だくさい。

 

<宿だいをやらないとき>

宿だいをやらないとき。おやつをあげてもやらないとき。

→  この二つは心の中に宿だいをやりたくないマンがいるのでは?

あなたの心の中をもういちどおたしかめください。

 

<やりたいマン 一号> やる気が出たときに出てくるマンです。 ねんれい 30さい

<やりたいマン 二号> ねんれい10さい

<やりたいマン 三号>  ねんれい?さい

<やりたくないマン>

 

<やりたいマンのぶきひょう もちものひょう>

一号 けん たて じゅう 水 たべもの ロープ

二号 けん たて じゅう 水 たべもの バケツ

三号 けん たて じゅう

 

<ポイント>

宿だいをやらないこの心の中はきっとやりたくないマンと

やりたいマンがたたかっていると中です。

なのであんまりおこらせるとやりたくないマンがかって

しまいます。

 

<子どもへ>

宿だいをやりたくないときは

おかあさんにあたらないようにがまんしましょう。

 

子どもに先におやつをあげないこともじゅうようです。

おやつをあげてしまうと

子どものやるきがなくなります。

 

<どうが>

ただいま

おかえり

おやつほしい

宿だいやりや

いやや

こくこくとじかんがたっています。

 

<一時間>

「やりたくない おやつ」

「ブーブー」

<2時間ご>

「ブーブー」

「やりたくない」

<三時間ご>

「やらな ばんごはんなしよ」という

「えー」

 

あとのばしをやるとおわらなくなり

生活リズムがみだれます。

 

<朝べんをやらないとき>

あさべんをやらないときはあさごはんをぬきにすれば子どもも

あさべんをやります。

はりがみをつくりましょう。

 「朝べんやらな朝ごはんはぬきやぞ~」

 「朝べんやりや ちゅうい」

 

 

<どうが>

「やりたくない」

【ブーブー」

  

 

「朝ごはんほしいよ~」

「いそがなちこく」

キンコン~

 

 

<とくべつふろく>

やるきぼうし(はちまきのようなもののようです)

ながさはかくじでちょうせつしてください。

 

<クイズ 〇×クイズ>

1おやつをさきにあげていい ( )

2あさごはんをぬきにしない ( )

3おたがいやつあたりしない ( )

4なにもべんきょうをやらせない( )

5はやくできたらおこる ( )

 

ちゅうい

この本はぜいきんで作られています。

たいせつにあつかいましょう

 

クイズのこたえ 1× 2〇と× 3〇 4× 5×

 

<よんでもこないとき>

べんきょうがおわって工作をしはじめてよるごはんのじかんだよー

とよんでもこなかったら、さきにたべときましょう。

 

あとははりがみをしましょう

「よんだらこんとさきたべるぞよ~」

「きつけやな」

「ばんごはんさきにたべるぞ。おわらへんと」

 

 

こどものあたまのなかでは きっと工作しようかなぁ よるごはんたべようかなぁ

とたべるマンとするマンがたたかって

なやましいしょうぶをしているので

できるだけちかよらないようにしましょう。

<たべるマン>(それぞれ装備に注意)

ごはんマン

おかずマン

デザートマン

おやつマン

<あそぶマン>

 

<クリスマスイベントひょう(チケット)>

いぐ村ツリーつくり イグ村WX230がビハホテルさんかしゃにプレゼントも?

いぐ村わくわくキッズひろば 朝八時~九時はやすみ

てんいん300名様

いぐ村ミニSLづくりたかさ30センチメートル よこ1メートル

あたる

 

 

<手あらいのこと>

みなさんかえってきて てあらいをしていますか。

していないこは かぜばいきんがはいってかぜになって

しまいます。

ですからてあらいをしまょうといっただけじゃきかないこには、

手あらいしいやぁとおばけのようにいうと

こわがるので、やさしいこえで手あらいしいやといってあげてください。

 

<とくべつふろく>

やるき刀

すみませんがとくべつふろくの

やるきかたなはふうとうにはいっています。

 

算数を学習中のAくんたち。

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とっても役立ついい本ですね。

Aくんへの感想は、このブログのコメント欄にお願いします。

今年も編集長からの感想もお願いします。

 

今年は、教室で本作りブームでした。

みんなたくさんすてきな本を作ってくれました。

来年もいっぱい作って読ませてね♪

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さっそく虹色教室文庫の編集長からコメントをいただきました。

Aくん。9歳にして、先生と呼ばれていますよ。

 

<虹色教室文庫編集長(中一の女の子です)より>

先生!
こんなためになる本を書いてくれてありがとうございます 
また後日改めて小切手と現金を送らせていただきます
やるき刀めっちゃ欲しいです!
あとイベントは日程が合えば参加させていただきます
10歳版などを出していただけると幸いです
ではまた後日

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4歳児さんを中心にした知恵遊び

2018-12-28 17:49:38 | 算数

4歳児さんを中心にした物作り 知恵遊び をまとめました。

興味のある方はリンク先に飛んでくださいね。

 

3、4歳児さんの知恵遊び 物作り

 

4歳児さんたちのゲーム、算数、ブロック、好奇心を広げるための活動

 

 

 算数遊びが楽しくてたまらなくなってきました♪ カードゲーム、理科遊び、物作り

 

 

グループレッスン2年目 成長した2歳半~3歳だった子たち

 

 

ボードゲームがとっても楽しくなってきた

 

 

4歳になったばかりの子 数の取り組みは? 1

4歳になったばかりの子 数の取り組みは? 2

4歳になったばかりの子 数の取り組みは? 3

 

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3歳児さん(を中心にした)工作 知恵遊び

2018-12-27 18:53:08 | 算数

工作記事や通常レッスンの記事を年齢別の分けて探ししやすいようにしてほしい、という要望が

あるのですが、工作や知恵遊びやレッスンの内容はだいたいの年齢で分けられるものもあれば

年齢を超えて10歳くらいの子から1歳前後の子まで同じ活動を楽しんでいるものもあるので簡単に分けることができません。

年齢別のものを見たいという方には、定期的にまとめの記事を紹介していますので、

そちらからリンク先に飛んでくださいね。

 

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3歳児さんたちの工作や知恵遊びの様子をいくつか紹介します。

あやつり人形のお散歩ワンちゃん と 幼児用手作りトランプ

 

 

3歳児さんたちのグループ 工作 ゲーム ごっこ遊び

 

 

ひとつひとつの活動に集中する2歳児さん お友だちの反応を楽しむ3歳児さん

 

 

3、4歳児のグループレッスン 個性に合わせた働きかけ 1

3、4歳児のグループレッスン 個性に合わせた働きかけ 2

 

 

3歳半~4歳半の子のグループレッスン ミッション

 

 

子鉄くんたちのごっこ遊び、工作、算数

 

 

年少さんと工作、知恵遊び

 

 

小さな力で大きな破壊力

 

 

排水設備に興味しんしん

 

 

3歳半 ひとつひとつの遊びにじっくり関わり、発展させることができるようになりました

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15年以上前の家族の記録 <将棋の時間>

2018-12-25 23:20:09 | 私の昔話 と 物語

 

我が家の過去の記録から、(くだらない)笑い話を拾ってみますね。
これは、まだうちの子たちが幼かった頃……
私が将棋に凝って、家族を辟易させていた頃の話です。


   <将棋の時間>

うちの近所に「あなたのところは、いつもダンナさんが傍にいていいわねぇ」
と、うちが自宅兼自営業なのを、
ひたすらうらやましがる人がいます。

その人ときたら、高校生になる息子さんがいるのだから、
当然、結婚フタ桁目だと思われるのに、
「私も毎日主人に家にいて欲しいわぁ」と
まるで新婚さんのような言葉を繰り返すのです。

その人がしょっちゅう「うちの主人は面白い人だ」と自慢するので、
私はその詳細な根拠をたずねました。
するとその理由というのは、そこのご主人が頻繁に「トイレにいっトイレ」
といった駄洒落を飛ばすから……という
何ともマニアックな内容でした。

うわぁ……さむいギャグだ……
うちのダンナにそんな氷点下レベルの駄洒落を連発された日には、
暖房費がかかってしょうがないわ……


と思ったのですが、これからの近所付き合いの手前、黙っていました。

将棋を覚えたての頃(といってほんの数ヶ月前ですが)私自身、ダンナが
一日家にいるのを、とてもありがたく感じました。
うちのダンナというのは、子ども時代、少し将棋をかじった程度、
まぁ、ようやく矢倉囲いが組めるかな、
といった棋力の持ち主なのですが……
駒の動かし方を覚えたばかりの私にとっては、二枚落ちでも到底かなわぬ
上手でした。

それで、ダンナは、私が1手指すたびに
「そんな見え透いた手を打って」だとか、
「これは10枚駒を落としてちょうどだ」などと、からかってばかりいたわけです。
ところが、そうして半月も経つ頃には、
お互いの棋力が並んで、ヘボはヘボ同士、手に汗握る白熱した試合を
するようになりました。

一局にかかる時間も、1時間、1時間半……と伸びていき、夕食後、ふたりで
将棋に熱中するうちに、子どもたちは、パジャマにも着替えずに
寝てしまったという日も……多々ありました。

その頃、将棋に定跡というものがあることを知り、

初心者向けの定跡書を買ってきたのは私でした。

私がひそかにそれを研究していると、
初めは、
「定跡なんて、相手はその通りに打ってくれないんだから、無駄だ」
なんて言ってたダンナも、定跡書の棋譜を盤に並べて
研究するようになりました。

それからしばらく、わが家では、

<うろおぼえ中飛車  対  いいかげん向かい飛車>

<おぼえたて四間飛車  対  間違いだらけ穴熊>

といった試合が続きました。


私は昔から活字中毒で、本ならば何冊読んでも苦としないので、
ダンナに勝とうと、次から次へと将棋の本を読み漁りました。

といって、本を読むだけでは、実際の棋力は伸びないものです。
……が、私の傍らに積みあがっていく将棋の本を見て恐れをなしたのか、
私の将棋熱中病のために散らかった部屋を見て、
百年の恋も冷めたのか(将棋への? 私への?)
ダンナは、唐突に、断筆宣言ならぬ断駒宣言をしました。

「二度と、将棋はしないぞ」 

こうして、ダンナに将棋の相手をしてもらえなくなった私は、将棋クラブに通うようになりました……

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   <先生>

ある土曜日(子どもをダンナに預けて息抜き中)
梅田の将棋クラブの○席主から
「ちょっと、待っときいや。ええ先生が見えはるからな」と言われた私は、
傍らの椅子に腰掛けて、のんびりと先生のお見えを待ちました。
この席主の言う「先生」とは、奨励会の指導対局……○○○円っとかいう例の先生のことではなく、私のような初心者の下のクラスの者とでも、
一局指してあげようという奇特な人のことです。

「暇なんか? 教えたろか?」
その日、声をかけてくれたのは、お好み屋あたりで、
焼きそば食べながら昼間から一杯やってそうな下町風の人で、
「バカ、ドアホ、どこ指しとるんや」と叱咤しながら教えてくれました。

その先生はトイレに立つ際、持っていた扇子で将棋盤を指して、
「次の一手は宿題やぞ。俺が戻ってくるまでに、考えときなさい」
と言い残していきました。

宿題というのは、今にも破られそうな8筋をいかにして受けるか、という問題で、
私はこの答えを子ども向け将棋の入門書で知っていました。
それで私は、手を拭き拭きかえってきた先生に、得意満面で
飛車の頭を歩で叩いて見せました。
そうしておいて、手持ちの角で飛車とト金の両取りをかけようという了見なのです。
「あれっ」という顔をした先生は、いきなり隣で静かに
将棋を指している人に向かって、
「くそっ、お前教えたな」といちゃもんをつけました。

また別の日、市役所の窓口にでも座っていそうな生真面目な男性に教えてもらいました。その先生は、二枚落ちの勝負の間中、一言もしゃべらず、
額にしわを寄せて難しい顔をしていたので、
私はてっきり(あんまり私の棋力がひどいんで怒ってるのだ)と解釈して
びくびくしていました。
ところが、対局がすんだとたん、その先生はにっこり笑って、
「趣味は何ですか?」とたずねました。
「絵を描くことですね」と答えると、先生は神妙な口調で
「では、お茶やお花は?」と問い返しました。その「お茶やお花」という言葉を聞いたとたん、なんだかお見合いでもしているような錯覚を起した私は、
突如姿勢を正し、真面目くさった声で、「はい、絵です」と答えました。
それから自分で自分がおかしくて苦笑してしまいましたがね……。

こうやって、一日生徒体験を積んでいると、即席先生 対 即席生徒 の会話が面白くて、将棋の劇の台本でも書けそうな気分になります。
そこで、実際あった私とある先生との授業風景を寸劇風に書いてみようかと思います。

  場面 将棋クラブ
     卓上にお茶
     将棋盤をはさんで向かい合った男女。
     パチリ……パチリ……(将棋を指す音)

男  駄目だ、駄目だ。
女  何でしょう?
男  玉の囲いは、矢倉に組まなきゃ駄目だ。
女  相手が振り飛車でもですか?
   私、ようやく舟囲いを覚えたんですけど。
男  相手が四間に振ろうと、三間やろうだろうと、舟囲いなんちゃ駄目だ。
   囲いは、矢倉がいっちゃん固いんだ。


  場面  卓上のお茶はなくなっている。
      先ほどの男女が二局目のために駒を並べたところである。
      パチリ……

男  駄目だ、駄目だ。
女  まだ、一手しか指していませんが。
男  上手相手に角道開けてどうすんだ。
   (男、ふんぞりかえり)
   飛車の前を突きなさい。 

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   <二歩>

4階にある将棋クラブのあるビルの階段を昇る途中で、ちょうど二階と三階の中段あたりで、私はパチパチという音を耳にしました。
まず駒を打つ音だろう、ということくらいはわかるのですが、
その音たるやクラブ中の人が一斉に
「せいの~はいパチ、せいの~」と拍子を合わせて
駒を指しているほど大きいのです。

四十か五十くらいのひとりの男性がその音の主であることが
将棋クラブに着いて判明しました。
その男性は、一手指すごとに、親の仇とばかりに盤をバンバン駒で叩くので、
まるで将棋をしているのではなく、紙相撲でもしているように見えました。

「ひゃ-、こりゃまいった」「こりゃ助からん」と連呼している
その男性の肩越しに盤を盗み見ると、
まさにその人の穴熊城は崩壊寸前でした。
おそらく、その「ひゃー」は断末魔の叫びなのでしょう。

しばらくして、試合を終えたそのにぎやかな男性が、
「どれ、一局どうです?」と
私を誘ってくれました。
「二枚落ちでね、まぁ、教えるという按配でやったって」
とはたから席主が声をかけました。
「ひぇ-、駒落ちかい。まあ、いきましょう」

当時、二枚落ちの定跡を知らなかった私は、スズメ差しの構えで打ち始めました。

私  (トン)
男性 (パンパンパンパン)
私  (トン)
男性 (パンパンパンパン)

試合が進み、私の耳がようやくこのパンパンパンパンに慣れたころ、
その男性に新たな癖が加わりました。
「わぁ、ここに打たれちまったら、しまいだ」
「おれがここに指す、あんたがそこに指す、こりゃ駄目だ」
と盤を人差し指でコツコツやりながら、先行きを読むのです。
本当言うと、中盤あたりから、私はさっぱりどこに指したら
良いのかわからなくなっていたのです。
けれど、その人が、ここほれわんわんとばかりに、
指で叩く場所に駒を置くうちに、
私の有利はどんどん拡大していきました。

席主の「教えるように……」という命を受けて、
私に行く先を指導してくれているのだったら、そんなに悔しがらなくともいいものを、
その男性ときたら、「くそぉ」「こりゃまいった」と
やたら吐く息が荒いのです。

飛車の頭に打たれた歩を取るべきかどうか悩んでいたときです。
私はある驚くべき発見をしました。

なんとその歩の筋をたどっていくと、もうひとつ同じ方を向いた歩があるのです。
私は頼りない笑みを浮かべながら、その奇怪なふたつの歩を指差しました。

狐につままれたような面持ちで私の手元を見つめていた男性は
「に、に、二歩だ~!!」と叫んだかと思うと、
椅子から転げ落ちんばかりに笑い出だしました。
そして、周囲の人が何ごとかと眉をひそめて振り返るなかで、ぐちゃぐちゃと駒をかきまぜてしまいました。
まるで子どもが、積み上げた積み木を嬉々として崩してしまうように……です。

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(二歩(にふ)は、成っていない歩兵を2枚同じ縦の列(筋)に配置することはできないという、将棋の禁じ手です。 )

 

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子育てで気をつけていたこと

2018-12-24 17:52:49 | 番外(自分 家族 幼少期のことなど)

 

私のかなり手抜きでおっちょこちょいな子育ての中で、

大事にしていたことが2つあります。

子どもが大きくなるにつれて、その2つに注意していれば、子育てって、

あとは何とかつじつまがあってくるんだな~と感じることが多々ありました。



<1つめのことと長い前置き>

私はずいぶん幼いころから、表面的な出来事や人の言動の背後にある

目には見えない力関係やエネルギーの流れを敏感に意識していました。

無意識の世界のやりとりのようなものです。

それは、父と自分との間にある奇妙な力関係から気づいたことでもあるし、

妹と母との間で、日夜繰り返されるドラマを外から眺めるうちに

感じたことでもあります。

また団地暮らしという環境ゆえに敏感になったものでもあります。

私の父は、これまでもブログで何度か書いていますが、子煩悩だけれど、

粗暴でわがままで、母からすれば今でいうDV夫。

ギャンブル中毒で、周囲のだれからも恐れられていました。

スポーツや肉体労働で鍛えあげた巨体で、女子どもに暴力を振るうんですから、

ひと睨みされたら最後、誰も父に反抗できる人はいませんでした。

一方、私は喘息や鼻炎や起立性の低血圧やら貧血やらで、身体が弱く(そんな私も

当時は毎日外遊びをしていましたが)内向的で引っ込み思案な性格で、

とにかくひ弱な印象の子どもでした。

それにもかかわらず、私は父をちょっと小ばかにしていて、

「お父さんは私のことを怖れてる。私が怖いんだ」と感じていました。

DVの人というのは、暴力を振るっていないときは、

ベタベタと優しくする~って話をよく聞きますよね。

私の父も同じく、激怒していないときは、何か買ってくれようとしたり、

お小遣いをあげようと言ったり、子煩悩そのものの姿を見せたりしていました。

妹やいとこは、父に当時はまだめずらしいドーナツ屋さんやレストランに連れて

行ってもらったり、おもちゃを買ってもらったり、お小遣いをもらったりすると、

もう目の色が変わって、父の思うままになっていました。

父がお店の近くまで子どもたちを連れて行きながら、急に気が変わったからと

帰りはじめたりすると、半泣きになってすがって、父の機嫌を取っていました。

私は父がそうやって人の心をコントロールしようとするやり口を軽蔑していましたし、

もともと、外食にもおもちゃにもお金にも興味がなかったので、

そうしたドラマの中ではいつも部外者でした。

すると、父は今度は私に嫌がらせを言ったり、にらみつけたり、

げんこつでこづいたりするのですが、それに対してもお腹の中で、

そうした父の幼稚さをちょっと小ばかにしているもんですから、

怖がりもしませんでした。

そんな私を父がどこかで恐れている、怖がっているというのは、

妹や母には遠慮のない父が、私の前では途方にくれた小さな子どものようにも、

老いた老人のようにも見える弱々しい一面を時々見せていたからです。

私は、相手が自分の前に釣らすエサに無関心だというだけで、

それがかなり大きな力になりうることを感じ取りました。

また、表面的に言葉でかわされたり、目で見える出来事の後ろには、

いろんな力がうごめいていて、さまざまな見えない力関係が

成り立っているのだと思いました。

 

虹色教室にやんちゃですぐ口答えする子が来た場合も、

私はすぐさまその子たちが私を巻き込みたいと思っている『力のゲーム』を

行えない状態にするので、

わがままが癖になっている子ほど、素直に私の言葉に従いがちです。

「ぼく誰々君いじめてやったんだ!」とか「~しんじゃえ」「つまんない」とか

言う子に、ショックを受けたり、言葉でわからせようとしたり、悪い子と決め付ける

態度を取ったりすると、たちまち、その子の力争いのゲームに巻き込まれて、

過去にその子が周囲の人と演じてきた悪い関係やドラマを繰り返してしまいます。

そうした言葉は跳ね返さずにきちんと受け取って、こちらから伝えたいことを

はっきり言うと、子どもはたいてい素直に従います。

それがその子お母さんとの間だと、お母さんが注意し、困惑するほど、

子どもは言うことを聞かなくて、好き放題するという繰り返しが続いていることが

多いのです。

 

私の母と妹の関係もそうでした。表面的なやり取りは、妹からのおもちゃを買って

欲しいとか、もっとテレビが見たいとか、母からのそんな贅沢許しませんとか、

テレビは一日○時間まで、とかの言い合いなんですが、

お互いの言葉が相手の気持ちを鎮める方向に働かず、

妹の方は、むしろいっそう気持ちが高ぶって、テレビが見れないんだったら、

すべて終わりだ、何もかもめちゃくちゃにしてやるくらいの勢いになっていくし、

母は母で、どうしてこんな子産んだんだろう~こんな子いらない~

思いきりおしりをたたいて思い知らせてあげなくては……

くらいの追い詰められた気分になっていくんです。

そこまで激しくやりあっているものが、『魔法使いサリーちゃん』ならまだしも、

『デビルマン』ですから……私は母と妹の気が知れませんでした。

そこは、テレビ番組じゃなくて、レストランでもなくて、

目には見えないけれど、お互いが相手を自分のものにしたいというような

力のぶつかり合い、エネルギーのやりとりが背後にはある—。

子どもの頃はそれを言葉にできたわけではないけれど、雰囲気で感じていました。

目に見えない力関係とかエネルギーとか無意識というと、

何だかもやもやと捉えにくい感じがするでしょうね。

テレビやインターネットや宣伝広告があたり前となった現代は、

こうした目には見えない力やエネルギーが乱用されている時代です。

人工的でクリーンで無害そうに見える場所にも、操る側の意図があって、

無意識レベルで操られる側のひとりへと仕立てあげられてしまう

仕組みがいっぱいです。

 

無意識というのは意識されないから無意識です。

テレビで自分よりずっと立派に見えるタレントたちが、口をそろえて、

出された食べ物に「おいしい~!」と笑みを浮かべるのを見続ければ、

自分の味覚と関係なく、みんながおいしい~と言うときには、

「おいしい~」と言うべきなんだな~と知らないうちに学習してしまいます。

食品会社の思惑で、食品添加物いっぱいの新製品を

「おいしい~おいしい~」と食べさせられてしまうくらいはかわいいもので、

しまいには政治や戦争への参加、不参加を決めるような大きな決断をくだす際も、

自分がお留守のまま反射的にみんなに合わせる人が増えていくのかもしれません。

 

話がずいぶんそれてしまったのですが、子育ての話にもどりますね。

大人の場合、自分が感じていることを無視して、操る側や力を乱用している側に

同調する悪い癖がつく程度ですむものの、

子どもの場合、操る側や力を乱用している側が期待していることが、

自分が楽しいことなんだ、うれしいことなんだ、欲していることなんだ~と

間違っちゃうこともよくあります。

そうして子ども時代から自分がスカスカのまま、周囲の思いを自分の思いと

勘違いして育ってしまった子の犯罪や自殺や心の病があとを絶ちません。

だから私は、わが子が何ができるようになったかとか、何ができないかとか、

先生からどう評価されているかとか、

何を食べ、何を着て、どんな家に住んで、どんな学校に通うのか、

なんてことは、ほとんど気にかけませんが、自分の心には細心の注意を

払っています。

エゴに絡め取られて、間違った判断を下さないように、

時々周囲のノイズから離れて、なるべくクリーンな状態を保つように

気をつけています。

それはけっしていつも良い人、良い親でいることではないです。

良い人、良い親であろうという思いだって惰性で仮面のように貼り付けていれば、

叱るときに叱れないし、

ルーズなくらいでいいときにやりすぎてしまいますから……。

ある程度ダメな親でも、子どもの人格や魂に対して、純粋で正直な気持ちで

向き合えたなら、子どもはとても幸せなんだと思うのです。

私も子どもの頃、最も幸せに感じたのは、母が自分の好きな針仕事に夢中になって、

母自身の夢を生きているのを感じるときでした。そうしたときは、私は私で、

自分にとって大事な何かを探しに行きたい気持ちに駆られるのです。

 

しかし、母が果たせなかった自分の夢を私の上にかぶせて

あれこれ期待するときには、心が萎縮し、

この世は何て退屈でつまらないところだろう!と感じていました。

そんなわけで、私が子育てで、気をつけてきたことのひとつは、

自分の心に注意する、です。子どものことで問題にぶつかった時には、

必ず、子ども時代の自分(インナーチャイルド)の気持ちに

おうかがいを立てています。

どんな親であってほしかったのか、子ども時代の私は今の私に訴えます。

すべてを呑むわけにはいかないけれど、正直に対応するわ……と、

現代の私はインナーチャイルドと会話しています。

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<2つめのこと>

私の母は、私が何を言っても、何をしても、良いように解釈して、

ひたすらかわいがってくれました。

ですから、私には母から叱られたリ、注意を受けたという記憶が

皆無といっていいほどありません。

そんな風に猫かわいがりに愛してくれる母に対して、

私はいつも複雑な気持ちを抱いていました。

というのも、私のふたつ年下の妹は、それはそれは極端なほどに、

朝から晩まで叱られ通し~と言っていいほど、

毎日毎日、母とぶつかり合っていたのです。

それは妹がまだ赤ちゃんで、昼夜を問わず一日中わめくように

泣き続けていたころからはじまって、

2~3歳の反抗期も、幼稚園児、小学生、中学生となっても、

どの時期として落ち着いた良い関係というのはなくて、

いつも母と揉めていたからです。

ですから、私は母から特別にひいきにされる度に、胸が苦しくて、

うれしさと同じくらいさみしく悲しい気持ちを感じていたのです。

母にすれば、内気で、けっして反抗しない私の態度に、

自分が良い母であるという証明や癒しを求めていたのかもしれません。

私をひたすらかわいがることで、理想どおりいかない妹の子育てを頭から抹消して

理想の子育てを自分はしているのだと思い込みたいようなふしがありました。

母は、おとなしくてまじめで気が優しい性格で、良い子良い子した子どもが

そのまんま正直で純真な心のままで大人になったような人でした。

そんな母が父のような荒っぽいギャンブル漬けの人と結婚したのですから、

それまでの成長の中でどれほどバランス悪く

『良い人』としてしか生きてこなかったのかわかります。

母は自分の中に『悪い人』をほんの少し受け入れることさえ拒絶して、

自分の人生のバランスを取るように『悪い人』を

自分の代わりにすべて引き受けて生きてくれる父と結婚しました。

そうして生まれた長女の私には、自分の『良い人』のイメージをかぶせ、

父似の妹には、自分の中の『悪いもの』をすべて押し付けて見ていました。

そんな子ども時代の暮らしの中で、

私はいつも変わらぬ愛情を降り注いでくれた母に対し、

どこか屈折した思いを抱いていて、母の死に際に私が間に合わず、

妹が心を振り絞るように泣きながら最後を看取った事実に、

なぜか、ほっとする気持ちを抱いたのです。

私が母に屈折した思いを抱いていたというのは、母はとにかく優しい人では

あるけれど、周囲に可愛がられて育った未熟で弱さも残った性格で、

普段はとても優しくて、食事のことでも、服のことでも、

習い事や友だちのことでもそれは気を配ってくれるというのに、

肝心かなめの、子どもが大きな問題にぶつかったようなときには、

自分が一番パニックを起していて全然頼りにならなかったことでした。

中学に上った妹がたびたび問題を起したときには、

教師や相手側の言うことを鵜呑みにして、簡単に妹の気持ちを踏みにじったり、

裏切ったりする一面もありました。

それで、私は自分が子どもを育てるときには、大きな問題が起こったときこそ、

しっかりと親になろう!誓いました。

いつ自殺するかもしれない母をなだめたりはげましたり、

母に向かって妹の良い面を話して聞かせたりしながら過した思春期に

強く強く覚悟した言葉でした。

そうして、親になった私は、普段はかなり手抜きだけれど、

肝心の子育ての急所には、自分の精神力の全てを振り絞って、

覚悟して挑むようにしています。

受験なんかでも、子どもがうまくいかなかったときに、親まで泣いていたのでは、

子どもは苦しみから立ち直るだけでなく、

親の不安まで背負い込まなくちゃなりませんから……

そうした時ほどけろっとしています。

だからいつもは適当な親なんですが、こうした本当に子どもがSOSのときは、

子どもたちがしっかり頼りにしてくれるので、うれしく感じています。

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小さな子でも簡単に作れる冬の工作

2018-12-20 23:26:40 | 工作 ワークショップ

とっても簡単で子どもが熱中する工作の作り方見本を考えてみました。

紙コップに毛糸を上のようにセロテープでつけて

巻いていきます。

コップのふちまで巻いたらテープでとめます。

顔を描いたら、人形のできあがり。

ひもを巻く作業が、子どもたちの心を集中に誘うようです。

 

目を描いたり、耳をつけたらできあがり。

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<おまけ>1 算数タイムの様子です。20より大きな数について学び中。

<おまけ>2 

小学2年生のAちゃんが作ったテントです。(こうした工作は見本なしに

子どもが自分で工夫して作っています)

家族でキャンプに行っているそうです。

 

 

 

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小2の男の子たちのグループで  お金を分別するための試行錯誤

2018-12-10 21:53:37 | 子どもたちの発見

小学2年生の男の子たちのグループレッスンでの一コマです。

今回、AくんとBくんが、財布を持ってきていて、友達に小銭の年代を見せていました。

(年代によってレアな硬貨というのがあるそうです)

そこで、教室にある硬貨を分別できる貯金箱とそれで試すための

100円、50円、10円、5円、1円を出してあげると、

AくんとBくんが「こんな貯金箱作りたい」と言いました。

この硬貨を分別できる貯金箱に興味を持つ子は何人かいて、

この貯金箱の屋根部分の穴を写し取って、割りばしを硬貨が滑る傾斜にして

これを作った子らがいました。

そうしたそのまんま真似する方法でも、いざ作るとなると、屋根の傾きがちがっても、

滑る部分の摩擦の力が違っても、思い通りの結果は得られず、試行錯誤しながら作ることになりました。

今回、Bくんはそうしてそのまんま硬貨の穴や位置を紙に写しとる形で貯金箱を作ることにしました。

 

でも、しばらく考え込んでいたAくんは、「自分流に作ってもいい?」と

ききました。

「もちろんよ。自分流ってどんな風に作りたいの?」

「この貯金箱だと、同じ穴に落ちる硬貨が

いくつかあるんだ。1円と50円とか。

穴を5つにして、100円、50円、10円、5円、1円の全部が別々の

穴に落ちる貯金箱を作りたい。

穴の横幅をもう少し狭くしたら、穴がもっとあけられると思う」と言いました。

「そうね。5つ分かれる貯金箱っていいアイデアね。

でも、横幅を狭くして、お金のサイズと同じくらいの穴にすると、

落ちずにそのまますべっていくことにならないかな?」

 

「ああ、ビー玉コースターとかそうなるな。じゃあ、屋根をもう少し横長にするよ。

先生、紙とものさし貸して!お金の大きさを測っていくから」

そこで、Aくんに細かい格子状になっていて、乗せると円の直径が測りやすい

ものさしを貸してあげると、それは熱心に調べていました。

その後、たった2ミリの差でも分別できたりできなかったりするのかどうか、元の

貯金箱の穴の上部から1.5ミリほどのところにマスキングテープを貼って、

お金を滑らして実験していました。

「やった!うまくいった!成功!」とAくん。

他の子らも興味深そうにAくんの実験を見に集まっていました。

 

ところが、少しするとAくんが真剣な顔で、「2ミリちがうお金は分けることができたけど、

1円と50円の大きさがほとんどいっしょだから、大きさで分けるのは無理みたいだ」といいました。

それからふたつを重ねてじっと見つめたり、別々に持って見比べたりしてから、

「どうやったら、これを分けることができるかな?」と考えていました。

 

 

するとAくんの考えている謎に興味を持ったCくんが、「こっちは重くて、こっちは軽いから、

シーソーで重い方が落ちるようにしたら?」と言いました。

「中にシーソーをつけるんだね。でもそれだと落ちない方がシーソーの上に乗ったままにならないかな?」

とAくんは考え込んでいました。

 

そこで、摩擦力の違いによる滑り方の勢いで、

放射線状に落ちる位置に違いが出るんじゃないかというアイデアが出ました。

太いものさしで実験中。傾きを変えています。

 

それから内部に回転する部分があるしかけを作って分けられないか

という案も試しました。

読書家で物知りのAくんは、「50円は10円と同じように銅がたくさん入っているけど、
1円はアルミニウムでできているから、それで分けられないかな?」と考えていました。

最終的にAくんは、教室のらせん状のビー玉コースターを見て、

中にこれみたいにらせんになっている滑り台を作って、

滑っていくのと穴から落ちるのとが出るようにしたらどうかな?」

と摩擦について実験した案を発展させて、

ちょっと大人には出てこないアイデアを出していました。


↓らせんのコースターです。

玉をたくさん作ってゲームを作っていたCくん。

玉は色ごとに得点を変え、基本の玉に対して、2倍、5倍、10倍など点が

取れるようにしたいそうです。

この日、創作で大いに盛り上がったため、独特の興奮状態にあった子どもたちは、

最レベ2年の難しい問題にチャレンジした後で、

「小3の子たちが悩んでみんな解けていなかった問題があるけど

3人で解いてみる?」とたずねると、「1人で解きたい!」

「自分で解きたい」「自分で」と3人とも

進んでチャレンジを申し出たのには驚きました。

遊びや創作の世界での成功は勉強意欲にもつながります。

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集団生活になじめない子と過ごすかけがえのない時間

2018-12-06 13:05:10 | 番外(自分 家族 幼少期のことなど)

いきなり個人的な話から入って悪いのですが、わたしは子どもの頃からの夢だった

こともあり、虹色教室の合間に物語を書いているんです。

これまで3作書いたのですが、そのうち2作は原稿用紙300枚を超える

長編になってしまい、字数制限の厳しい新人向けの公募先が見つからず、

いつかチャンスがめぐってくるまで家で寝かしておくことになりました。

そうやって物語を書きながら、子育てについて感じたことがあるんですよ。

物語書いていると、書いているうちに、「生む」行為に夢中になって、

だんだん何が何やらわからなくなって、

どこか客観的に自分の書いているものを見ていない

親バカ状態になるんです。すごくいいとか思っているわけじゃないんです。

わが子だから、どんなだってかわいい!という心境です。

そんなことを考えるうち、実際の子育てでも、そして物語の創作でも、

夢中で生んで育てている間、

子どもが自立しはじめて、世の中に出ていく準備を自分で始めるくらいまで、

それでいいのかな、という感じがしたんです。

物語の場合も、書きあがるまでの自分と自分の創作物との蜜月は、

一度、誰かに読んでもらう段になると、ぎくしゃくし始め、ゆっくりと終わりを迎えるんです。

それからは自分もそうした外にある客観的なまなざしで、自分の作品を眺め始めるので、

「ここもだめ」「あそこもだめ」とダメな部分も大いに出てきて、欠点を底上げしていく

作業に四苦八苦するわけなんです。

でも、そうやって四苦八苦できるのも、長い親バカな期間がしっかりあったからなんですよ。

とにかく自分の作り出したものが愛しいという気持ちがベースにあるからこそ

そうした厳しさを自分に課せるし、創作物自体がそれ固有の命を持っているかのように

私の予測を超えた成長を遂げてもくれるんです。

 

虹色教室の「私も親バカ万歳の1人です」とおっしゃるやんちゃくんのお母さんが、

「ダメなところというかきっと外の世界では?でしょうけど、

その時までゆっくり温かく育んでいくことが、

外に出た時の力になるのだろうなと思います。

かといって甘やかせば良いのではなくて、その子の力を見くびらないで、

接するようにしたいです。

うちの子の中心は輝いています。大切に育つよう見守りたいと思います。」

とおっしゃっていました。

 

その時、うかがった「中心の輝き」という言葉が、

その通りだな、と強く心に響きました。

教室にはいろんな子が来ていて、まるで台風の目のように、

周囲のいっさいがっさいを投げ飛ばしていくような

荒っぽいエネルギーを持った子もいるんですが、

その中心にはその子固有の命が輝いています。その子だからこそ、その子にしかない

輝きがあるのです。

密にずっとつきあっていると、困らされることも含めて

全てが愛おしくなってくるから不思議です。

 

 教室にはいろいろな理由で、(単に時間の調節の難しさなどからの子もいます)

グループから離れて、個別で見ている子がいるんですけど、

たとえ、最初の理由が「困りごと」を発端にしていても、

ひとりの子とじっくり関われるということは、ありがたいことだな、

と感じているんです。

先に書いた物語を生み出す過程にも似ていて、

その子の存在を自分の世界にいったん取り込み、

外の世界から離れた狭い暖かな世界で、育み守っていく期間を持つようなところがあって、

子どもと自分の間にまるで親子のようなきずなが生まれることも多いのです。

 そうした閉鎖空間の中で、ただただ親バカならぬ教師バカの期間を経ると、その後で、

その子は自分の置かれている外の環境を生きていこうとする力が

ついているのがわかるんです。

子育て期間で、子どもが他の子や環境と合わなくて、

外の世界から引きこもってしまう時期があるとしたら、

それはそれで、そうした秘密の庭のような自分たちだけの世界で、

子どもと過ごすことが許されている特別な時間でもあると思ってもいいのかな、

と教室で個別レッスンの子どもと私だけの至福の時間を味わうたびに、そう感じもしたんです。

「許されている」という言葉を使ったのは、

たとえ親が望んでも、子どもが新しいチャレンジや同年代の子との関わりを

求めて動き出す時には、自分たちだけの世界で遊ばせておくわけにはいかないでしょうから。

 

子どもが、環境にあわない時期は、

同時に個性的な才能なり

その子が愛情を注ぐものとの関係なりが、育つ時期でもあります。

 

ですから、子どもが幼稚園や学校で集団活動がうまくいかないような時に、

まるで戦地にわが子を送り出すような気持ちで集団に適応することだけを目標にして、

親も子も追い詰められる必要はなく、

その期間が許してくれる特別な時間を満喫してみるのもいいんじゃないかと思ったんです。

園や学校に通えなくなっている場合はもちろんですが、園や学校でうまくいっていない

わが子を見て、やきもきする場合もそうです。

 

そういえば、先日も、「うまくいかない状況」が作ってくれたこんな時間に

子どもも私もふたりで元気をもらいました。

 

その子は昨年まで、他の子の物を奪ったり、

他の子に手をあげたりすることが多かったので、

ひとりでレッスンに通ってもらうようになった子です。

それで、この1年ほど、親御さんにも席をはずしていただいて、

わたしとふたりきりで、ひとつひとつの物事にじっくりていねいに関わることや

想像力や思考力を使って遊んだり学んだりする時間を過ごすようにしてきました。

 

その日も、教室に着くなり、次々と目移りし、おもちゃを出して遊ぼうとするので、

「まず、気に入ったおもちゃをいくつか出してきていいけど、それを見て、

こんなものがほしいな、あんなものがあればいいな、

と思ったら工作して作ろう」と言うと、おもちゃを

あれもこれもと両手に抱えるように取ってきて、

「セブンイレブンを作ろうよ」

「それからマクドナルドと駐車場のところとダンプカーを作ろう」

と言いました。「それなら町を作ろうか」といって紙工作の道具や材料を用意したところまでは

よかったのですが、「そうだ、ケーキ屋さんもいるね」「それから公園も作らないと」

「それからコンクリートミキサー車も」と次々と作りたいものが膨らむ中で、

本人は、ちまちまと緑の紙を切って、「草」を作り、

その後、灰色の紙もちまちま切って「レンガ」を作って、

それまで作ろう作ろうと言っていた

セブンイレブンやらマクドナルドなどは、

「先生、作っとき」と私に丸投げしようとするんです。

「さぁ、マクドナルド、作らないと」と私を催促します。

思いや言葉と実際にすることとできることの落差のようなものが大きくて、

困り感を抱えているのです。

それで、「Aくんの工作はAくんが作るんだよ。先生じゃないよ。

どうしても難しいところはお手伝いしてあげる。さぁ、

お店の形を作る方法を教えるから、ちゃんと見ていてよ」

というと、「うん、わかった」と返事はいいものの、目はそわそわと空を動いていて、

「次は、駅を作ろう」

「次は、工事現場作ろう」と作りたいものばかり増えていきます。

私が簡単な工作の手本を見せている間も、新しくひらめくアイデアに夢中で、

こちらの手元に注意をとどめておくことはできませんでした。

Aくんは、この頃、園であまり問題を起こさなくなったようですが、

まだ互いに思いを通わせて遊びを共有する

にはもう少し時間が必要なようです。

(虹色教室で、こうした困り感を抱えていた子らは、小学校の2,3年

ごろには、友達を大事にするようになり、

仲良く楽しく遊ぶようになっています)

 

それで、私は2,3度紙を折って、切りこみを入れたら、

建物の形になる作り方の見本を見せました。

すると、「そうだね、そうだね!」と機嫌よく見ていたAくんは、

「じゃあ、火山と川と公園を作らないと」と作るものを3つも増やしていました。

これでは、いっこうらちがあかないので、タイミングを見て、

「次から次へと作りたいものが増えているけど、

先生に全部作っときっていうのはバツです。

ダメダメダメダメ。Aくんが自分でちゃんと作ってください!」とはっきり言うと、

はじめて、気づいたように、ちょっと考え直して、ぼちぼち作りだし、

しまいにすごくうれしそうに創作に関わっていました。

というのも、最近、文字の練習をしているので、「まくどなるど」とか

「せぶんいれぶん」などの

看板を作って、紙に貼り付けると、自分の作りたいものになると

発見したようなのです。また、トラックの作り方を習った後で、

荷台に自分がちまちま切り刻んだ

紙のレンガを乗せるうちに、だんだんやっていることに

興味が出てきたようなのです。

 

私が弟くんがお母さんと公園に行くための地図を

描いてあげたことを思い出した様子で、「そうだ、地図を描こう」と言いながら、

町にする画用紙の土台に、道や「公園の裏の壁になっている家」

(お母さんと私の話を聞いていたんです)や

駐車場の車を乗せるスペースを描いて、満足そうな笑みを浮かべていました。

 そうして、工作をしあげた後で算数のプリントをする時、

本人にすると120%くらいの集中力を注いで、一生懸命取り組んでいました。

こうした子どもとふたりだけで過ごす時間というのは、こちらが子どもに教えるだけでなく、

子どもの発想や知恵、今超えようとしているものなどが、ごくごくささやかなものでも

見えてくるような余裕があるし、そのひとつひとつに感動や喜びという

フィードバックをしっかり返してあげることもできるんです。

ちょっと話が脱線するのですが、先の「中心の輝き」という

言葉を使っておられた親御さんが、

「子供のやっている遊びが一見生産性のない遊びだったりしても、

その中に広がりを感じることがあります。

子供の行為の裏に、面白いという感情を感じたり誰かのために一生懸命だったり。

そういうものを感じると、ムダだとか、それをしてくれなくて良いとか、

とてもいえなくなります。歓迎されないものであっても」とおっしゃっていたことがあるんです。

子どもの行為の中に「広がりを感じる」という子どもとの繊細な関わりは、

集団の場ではなかなか叶わないもので、ちょっとそこから引きこもった

のんびりおっとりした無駄のあふれる時間の中でこそ、見出せるものかもしれません。

 

たとえば、「看板作り」は、次々思いつくけれど、ひとつひとつに

関わるのが難しいAくんが、今、自分ができる力で、

自分の思いついたものに一通り関わったという自信を

与えてくれる飛び切りの秘策だと思いました。そこにも広がりがありますよね。

Aくんは、絶え間なくおしゃべりしていて、作業の方は亀の歩みで進んでいるわけですが、

そうしておしゃべりしながら、いっしょに行動を調整するうちに、

次第に自分の言葉で自分を励まして、やらなくてはいけないことに

方向を見出す力を蓄えているんです。それは、

算数のプリントをしている最中に

わからないところにぶつかるたびに、言葉で自分を導きながら、乗り越えていく姿に

垣間見ることができました。

環境への不適応は、ある意味「負け」のようで、

一度は撤退を余儀なくされることもあるけど、

そこに適応している方が優れていて、適応できていないから劣っているとか、

適応していることが正しくて、適応していない状況が間違っている

わけではないな、と感じています。

そこにある豊かさのようなものを味わう余裕があってもいいな、と。

 

子どもが元気で「そうしたい」という意志を持てば、

親がどんなに子どもとふたりきりの時間を過ごしたくても、

手を放していかなくてはなりません。

子どもに必要なのは安全な膜で、安全な壁ではないんです。

でも、不適応という機会が、特別な不思議な時間を作ってもくれるのだと感じたんです。

私はそうして教室の子らとふたりっきりで遊ぶ時、

お互いを癒してくれ、成長させてくれる

魔法のようなプロセスが展開していくのを実感する時があります。

 

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小1の男の子たちのレッスンの様子です

2018-12-01 23:03:10 | 通常レッスン

小1の男の子たちのレッスンの様子です。

「火山噴火の実験がしたい」とAくんが言ったので、Bくんも協力し、立派な火山ができあがりました。

小麦粉に重曹とクエン酸を混ぜ、食紅で色付け。

噴火開始です。2歳の弟くんもわくわくした表情で見守っています。

気味が悪いほどの大爆発でした。底に残ったまだ化学反応を起こしていないところをストローでつついています。

 

算数のレッスンでは、最れべ問題集の最高レベルの問題をしました。

 

さいころを3つ投げる問題。

「3つのさいころの うちの 1つの目が いくつで あれば、

ほかの2つの さいころの 目がいくつであっても、 3つをたした こたえが

16より 小さく なりますか。」

という問題にみんな頭を抱えていました。

□をふたつ書いて、「まず、2つまでさいころの目を決めてしまおう。いくつであっても

いいってことを確かめたかったら、いくつにしておいたらいいだろう?」とたずねると、

「6と6。そうすれば、一番大きい数になっても、大丈夫ってわかる」とAくんが言いました。

Bくんもすぐに解き方がわかった様子。さっさと答えを書き込んでいました。

Cくんは自分の考えを練りながら、考え込んでいましたが、しっかりと問題と向き合っていました。

3人とも自分の頭でじっくりと思考する習慣が育ってきています。

 

 Cくんが作っていた宇宙の模型です。

とてもかっこいいですね。

 

虹色算数オンライン教室のサンプルページの場所がわからないという問い合わせをいただきました。

サンプルページのURLを貼っておきます。

http://nijiiroonline.moo.jp/wordpress/?tag=sample

興味のある方はごらんください。

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