虹色教室通信

遊びや工作を通して 子どもを伸ばす方法を紹介します。

早期教育の弊害はなぜ起こるのか? 子どもの育ちを見ていて感じること 1

2015-10-31 14:13:42 | 幼児教育の基本

早期教育の弊害はちらほら耳にするけれど、

いったい何がどのように問題なのかよくわからないという方は

たくさんおられるかもしれません。

ずいぶん前に、徳島大学の佐野勝徳教授が、公文式から依頼されて、

幼児期に難しい計算や漢字を教えるような早期教育を受けた子たちについて

公文と共同研究した話を目にしたことがあります。

子どもたちのその後を追跡調査したところ、結果は、超優秀児たちですら

よくなかったそうです。

弊害が起こる理由は、一つひとつの発達段階を十分経ないままに、

次の段階でできるようになることを身につけてしまうことによるようです

ハイハイを十分する前に歩きだすとよく転倒するし、たくさんおしゃべりする前に

文字を覚えると、話し言葉にしかない自由な発想が育ちにくいという問題に

つながるという話でした。

 

虹色教室で幼い子たちと接していると、一つひとつの発達段階を十分経ないままに、

次の段階に向かわせることがいかに無意味か、

子どもにとって自分の内部にプログラミングされている課題がどれほど大切なものか、

目の当たりにすることが多々あります。

一つひとつが子どもの知能と身体の成長にとっての基礎工事、

土台作りといった重要なもので、いい加減に手を抜いて次に進むわけにはいかないことは、

子どもの無我夢中に取り組む様子とやり終えた時の満足そうな表情から伝わってきます。

 

子どもにより多くの知識をインプットし市販の教材を先へ先へと進ませようとする

早期教育的な関わり方は、子どもが、自分にとってもっとも大切な「今の課題」に

取り組むのを邪魔しがちです。

子どもの内部の要請がないままに、外からできるようにさせることで、

内部の要請が薄らいだり、なくなってしまったりするのをよく見かけます。

そうした要請があっても、親御さんがその重要性に気づかずにスルーしてしまうことも

よくあります。

 

  

↑の写真は3歳になったばかりの子が好む工作の様子です。

うさぎに帽子を作っているのですが、「帽子」という一般的なイメージに基づいて

作るのではなく、サイズに敏感なこの時期の子ならではの作り方です。

こうした作り方は、この前段階の、工作というより「ただ切りまくっている」だけ、

「ただ書きなぐっている」だけ、「ただ貼りまくっている」だけという

歩く前のハイハイのような状態を十分経た子が次に夢中になる活動です。

  

紙にえんぴつで切り取る線を入れて、線に沿ってはさみで切り取ってから

耳をくるんでテープで貼ります。

こうした一連の動作で、うさぎの靴も作っていました。

 

この時期の子にとって、 「紙にえんぴつで切り取る線を入れる」という作業は、

ままごとで大人がフライパンの中身をかき混ぜる真似をするのと同様、

大人の作業を模倣しただけで、それ自体に意味があるわけではなく、

線を入れているわりには、うさぎの耳の形と関連がありません。


でも、こうした作業は、4歳を過ぎた子たちが、必要に応じた下書きの線を入れる

意味のある活動の土台となります。

 

耳をくるむように帽子を作る作業は、2歳ちょっとの子たちが、

つひとつがちょうど収まるような場所に、物を置いていこうとする仕事や、

ひとつの人形にひとつの食べ物を配ったり、ふとんをかけたりする作業の流れを

くんでいます。

また一歳の子の1対1対応に気づく活動は、一歳代の時、穴があると繰り返し

何かを突っ込みたがる活動を十分やりきった後で、強く現れるのをよく見ます。

 

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工作を楽しくするアイデア (親子向け工作講座から)3

2015-10-31 13:37:52 | 工作 ワークショップ

 

前回の記事で、

「巻き上げる道具をふたつ作って、どちらも棒などに差すと、

一方を巻くともう一方が回転する仕組みも作れます」と書いたところ、

「よくわからないので、どのようにしたらいいのかくわしく知りたい」という声を

いただきました。

 

 

 

たとえば、上の写真のようにブロックの棒を2本立てて、筒状の芯を立てます

(トイレットペーパーの芯だとブロックの棒に差すと穴が小さいので

ペーパータオルの芯を使っています。なければ紙を丸めて自在な筒を作ってください)。

このブロックの棒の筒に、ひもを貼ったものふたつの一方をくるくる回すと、

もう一方もくるくる回ります。

 

筒の一方に紙皿を貼って「回転すし」の仕組みなどが作れます。

 

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工作を楽しくするアイデア (親子向け工作講座から)2

2015-10-30 20:38:58 | 工作 ワークショップ

仕組みのある工作は、初め、シンプルであればあるほど

後から応用がききやすいです。

 

↑のトイレットペーパーの芯にひもを貼り付けたものは、「巻き上げ機」です。

これでエレベーターを上げることもできるし、車を移動させることもできるし、

ペットのリードにもなります。

教室ではカツオの一本釣りや船の帆を上げる作業にも使います。

とにかく、くるくるひもを巻きあげる操作はやっていて爽快です。

 

1、2歳の子と工作する際に、

空き箱の犬(ティッシュの空き箱に耳だけつけたものなど)にこの巻き上げ機を

使ったリードをつけると大喜びします。1、2歳の子にもわかりやすい工作です。

 

↑エレベーターがあがりました。

 

こうした簡単な「巻き上げ機」を作れるようになると、曲がるストローのように

ハンドルがついた巻き上げ機を作ったり、

いったん巻き上げておいて、元に戻ろうとする力を使って動く仕組みにもつながります。

 

巻き上げる道具をふたつ作って、どちらも棒などに差すと、

一方を巻くともう一方が回転する仕組みも作れます。 

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工作を楽しくするアイデア (親子向け工作講座から)1

2015-10-30 09:13:21 | 工作 ワークショップ

幼い子たちとの工作は、「さぁ、今日は何を作ろう」と構えるより、

ミニカー遊びやお人形遊び、ままごとといった普段の遊びに、

ちょこっと手づくりを足すくらいの感覚で十分だと思っています。

ミニカーで遊んでいる時、パーキングやガソリンスタンドがあると楽しめますよね。

物作りは、「こんなものがあったらいいな」をすぐに叶えてくれます。

 

一方の通路から入った車が回転して、別の通路から出てくるシステムがあると、

ミニカー遊びがとても楽しいです。

丸いチーズの空き箱や写真のような容器などの中央と地面にする紙に穴を開けて、

切ったモールを通してとめます。車の出入り口を作ったら、できあがり。

 

 

ミニカー遊びがたちまち楽しくなります。

 

 

 

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子どもの性格について考えることでどんないいことがあるの?

2015-10-30 08:31:30 | 子どもの個性と学習タイプ

虹色教室では(ユングのタイプ論による)子どもの性格タイプを把握して、

それに合わせた接し方をすることがよくあります。

このように話すと、子どもを一時期の外からの見た目で分類して、

「○○タイプ」という情報のフィルターを通して、

小さな枠に押し込んだ形に育てるのじゃないかと心配する方もいます。

でも、実際に性格タイプについて思いをめぐらすことは、

そうしたステレオタイプな見方や考え方とは真逆にあるとも言えるものです。

もともと人は、自分以外の人を眺めるとき、

「自分」というフィルターを通して眺めているものです。


自分の感じ方や見え方や感じ方、それまでの自分の経験や教えられたこと

自分が良しとするもの、価値を感じるもの、あこがれるものによる格付け、

今いる環境にある価値観をどうとらえているか……

そのように「自分」を通して相手を理解しているものです。

 

わが子についてより広い視野で理解しようと思っていても、

自分にとって「わからないもの」「ネガティブに捉えてきたもの」は、

やっぱりそのようにしか見えないし、

理解しようと思うあまり、極端な甘やかしに傾いたり、

嫌な部分は見て見ぬふりをしてしまうこともあります。

一方、欠点は小さいうちからしつけて修正していかなくてはと思うあまりに、

その子の個性的な長所まで押さえつけて、

子どもの性質となじまない親の価値観を押しつけてて育ててしまうことも

多々あります。

 

性格タイプを知るということは、まず、自分の見え方や感じ方や価値観が

全てではないと知ることです。

また、今、子どもの置かれている環境にある価値基準も、

あるひとつの価値観を体系化したもので、絶対的なものではないことを学ぶことです。

 

たとえば、ユングのタイプ論では、

人の構え(態度)を大きくふたつに分けて考えています。

外向性と内向性です。

といっても、人はそのどちらかに分類されるのではなく、

外向性も内向性も持っているけれど、

ふだん表に出ている態度がどちらなのかで、

「外向的な人」と「内向的な人」という違いが生じています。

 

外向的な人とは、関心が外の世界に向かっていて、どんな環境や状況にも

合わせることができる人です。

内向的な人とは、外の世界よりも自分の心の中の世界に関心が向かう人で、

身の回りの環境は、自分の心に合っているか、受け入れられるかを一番に考えます。

環境や出来事が、みんなからうらやましがられるようなすごい価値を持ったものでも、

自分にとって興味がなければ価値を感じないのです。

 

わが子が、外向的な人にも内向的な人にも

その性質だからこその長所があります。

どちらかが正しくて良い態度だから、どちらかの態度に矯正していくものではなく、

一方に偏り過ぎずバランスよく、

長所を磨きながら生活していくのがよいのだと思います。

 

外向的な人の長所はどんな環境にも合わせられることです。

でもそれは自分が何をすると、楽しい気分になり、充実できるかを、

環境や状況に依存しているともいえます。

 

内向的な人は、新しい環境や状況になかなかなじめないけれど、

ひとたび自分に自信を持つと、トラブルが起きたり、周囲から批判されたりしても、

強く信念を抱いてやりすごせるところがあります。

 

そのように、人の態度に、外の世界か、自分の内面かという

ふたつの方向性のようなものがあって、

どちらにも長所と短所があることを知っておくと、次のような良い点があります。


たとえば、子どもをサークルや幼稚園に連れて行った時、

そこになじまず、嫌がって泣くことが続くと、

「この子は、社会性が育ってないのかしら?」「今まで甘やかしすぎたのかしら?」

「発達障害があるのかしら?」

「どうしてこんなに頑固でわがままなんだろう?」と、

子どもに対するネガティブな思いでいっぱいになってしまう時があります。

確かに、そうした態度を取る子の中には、社会性の育ちがゆっくりで、

発達障害の疑いのある子もいます。

でも、そうではなく、内向的な性質のために

新しい環境になじむまでに時間がかかる子もいることを知っておくことは、

大事なことだと感じているのです。

もし、それを知らないと、「この子は協調性がないから」と子どもに無理させたり、

攻撃的な言葉で責めて自信を失わせるようなこともあるからです。

特に外向的な方が内向的な子を育てている場合や、

内向的な方が外向的な子を育てている場合は、

誤解や偏見によって、子どもの心を傷つけたり、本来の子どもの性格を抑圧して、

親の価値に添うようにゆがめて育てることがないように

注意しなくてはなりません。

そうした意味で、私は子育て中、性格タイプに考えをめぐらせることや、

子どもの性格タイプを把握するように努めることは大事なことだと

感じています。

 

子どもの性格タイプについて知っておくことが特に大切だ、と感じるのは、

「子どもとはこういうものですよ」「子どもはこのように発達します」

「子どもはこのようなことを好み、こうすると進歩します」

といった人気の育児法や教育法をもとに子育てしている時です。

たとえば、モンテッソーリ教育を実践している方の中には、

「全ての子どもは秩序感を好み、同じ作業を満足するまで繰り返すもので、

それをしたがらない子は発達を逸脱した子ではないか」

と信じている方がけっこういます。

実際、モンテッソーリ教育の関連本では、

「全ての子どもはこのような存在である」と言い切るような説明がなされています。

私はモンテッソーリ教育のすばらしさを実感しているし、

どの子にも大切なものだとは思っています。

でも、子どもたちに接していると、モンテッソーリの「お仕事」を嫌がり、

手本通り教えようとすると、おちょけて自分勝手に振舞うごく普通の子たちがいるのです。

モンテッソーリ教育というフィルターを通して眺めると、

「問題児」か「困ったちゃん」か「発達がゆっくりの子」にしか見えないほど、

感覚的な作業を繰り返すことを嫌がり、いつも新しい刺激を求めて

奇想天外な物の使い方をし、手本通りせずに、自分のやり方にこだわる子です。

子どもは「どの子もこのようなものである」という捉え方を緩めて、

子どもにはさまざまな性格タイプがあって、優れている機能が異なる……という

見方をすると、直観が優れている子たちは、感覚が劣等機能にあたるので、

モンテッソーリの教育法が苦手な子がいても少しも不思議ではないのです。


「感覚的な作業を繰り返すことを嫌がり、いつも新しい刺激を求めて

奇想天外な物の使い方をし、手本通りせずに、自分のやり方にこだわる子」

というのは、

「想像力に富み、独創的で創造的で、機械的推理能力が優れていて、

ユーモアがあって柔軟で意味を察することが得意」な子が多い、

直観が優れているタイプであることがよくあるのです。

 

 



↑ ユースホステルのレッスンで。マジックボールを10ずつすくっています。

30すくって「10の3回分」と言っていた子もいました(ココプラザの美術工房です)

 

今回のユースホステルでのレッスンは、

外向型の子と内向型の子が、半々くらいの比率でした。

全員、初めて会った子たちなのですが、外向型の子らは、

和室での2時間半ほどのレッスンの間にもう何年来の仲良しみたいに親しくなって、

じゃれたり、けんかしたり、「いっしょに~しようよ」と相談しあって

移動したりしていました。

私にもたちまちなついて、食事の時には、「ぼくが先生の隣だよ」と主張したり、

自分の工作を動かすための方法を習いたがったり、

理科でクイズを出すときには、自分が先生のように振舞って、

「みんなちゃんと座って!こっちで勉強しないと意味ないじゃんんか!」と

しきることもまでやっていました。

ルールのあるカードゲームも、初めてするものも、すぐにゲームの流れを察して、

楽しそうに遊んでいました。





一方で、内向型の子たちは、

そうして積極的に参加している子たちの様子を観察することからスタートし、

ゆるゆると自分のペースで関わっていました。

私が、「○○してみる?」と誘うと、ちょっとひきつった表情をして、固まるか、

首を振る子もいます。

そのように表面的には、その場の活動への参加を嫌がっているように見える時も、

こうした内向型の子たちは、

イメージの世界では、「こんなふうに参加したい」という自分像を持っていたり、

ひとりひとりの人を観察しながら、その人との距離の取り方を測っていたりするのが

わかりました。

内向型の子たちは、その内気でもじもじした消極的な態度からは想像がつかない

くらいに、理想的な自分の振舞い方のイメージや高いプライドや自分なりの考えや

判断を持っている場合が多々ありますから、

安易に積極的な子たちと同じ活動をするよう干渉しすぎると、

それが原因で傷ついたり、へそを曲げてしまうことがあります。

自由度が高い場では、ちょっと冷たいようでも、

(ひとりにさせておくようで気にかかるでしょうが)本人がしたいようにして、

そっとしておくといい場合があります。

そうして、あまり構いすぎないようにして様子をうかがっていると、

自分がやってみたいと思うことをしている子たちの方を

食い入るように見つめているはずです。

もし、そこで、大人が寄ってたかって機嫌を取ったり、

なだめすかして参加させようとしたり、強制的に他の子の輪に入れようとすると、

内向型の子たちは、そうした自分への侵入的な態度に反発したり、

ただなすがままに依存的に従ったりして、

「ぼくは(私は)ダメな子なのかな?」という他の子たちより自分には

足りないものがあるというイメージを自分にかぶせるときがあります。

ただ、そっと子どもを尊重して待ってあげることが、

大事な場合が多々あるのです。(発達障害を持っている子への対応はまた異なります)

 

続きを読んでくださる方はこちらをどうぞ

子どもの性格タイプについて考えることで どんないいことがあるの? 4

子どもの性格タイプについて考えることで どんないいことがあるの? 5

子どもの性格タイプについて考えることで どんないいことがあるの? 6

子どもの性格タイプについて考えることで どんないいことがあるの? 7

子どもの性格タイプについて考えることでどんないいことがあるの? 8

 

 

性格タイプによって、作る作品にこんな特徴があらわれることがあります。 ↓

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子どもの性格タイプによって

作る作品も創作活動から学び取るものもずいぶんちがうように感じます。

感覚タイプや感覚寄りの子たちは、労を惜しみません。

大量の作業をこなしながら「規則性」を導きだします。

直観タイプや直観寄りの子たちは、大雑把であまりていねいに作りませんが、

独創的で、自発的に次々ひらめいて作ります。

科学的な仕組みを利用した工作なども好みます。

作品作りから抽象的思考を発展させます。

感情タイプの子も思考タイプの子も、感覚寄りか思考寄りかで、

作品作りから何を学びとるかが、異なるように思います。



<内向的思考感覚寄りの子の作品>(内向的感覚思考寄りの子かも)



内向的思考感覚寄り、内向的感覚思考寄りの子たちは、

大人顔負けの作品を作るけれど、大人の手助けを嫌がって

全て自分で作りたがります。

直観タイプの子たちが壮大なアイデアを思いつくものの、

めんどうな作業は手伝ってもらうことをすぐにあてにするのとは

ずいぶんちがいます。

このタイプの子たちの作品は計算された建築物のような美しさがあるものが多いです。

色にも形にも数にもこだわります。

作品作りを通じて、「規則性」に気付きます。



<内向的思考感覚寄りの子の作品>(内向的感覚思考寄りの子かも)




<内向的感覚思考寄りの子の作品>(内向的感覚感情寄りかも)



<外向的思考直観寄りの子の作品>(外向的直観思考寄りかも)

駅のエレベーター。入口と出口が変化するように工夫しています。色使いもきれいです。

 





独創的で直観的な作品作りが多かったので、

ずっと外向直観思考寄りの子だと思っていたのですが、

成長するにつれて思考力が急速に伸びてきたことと、

感覚を必要とするていねいな作業も得意なことと、

他人の感情を読むことが少し苦手なことから、

外向思考直観寄りの子だろうと思うようになりました。



<外向的直観思考寄りの子の作品>(外向思考直観寄りかも)



おおざっぱな作りとはいえ、独創的で宇宙をテーマに作っているところと、

他に船や車などを作るときに、動きを作りだす工夫をしたり、自分で発想して、

問題を解決していく力があるところから、外向直観思考寄りの子ではないかな、

と思いました。



<外向感情感覚寄りの子の作品>



たくさん作る労を惜しまないところがあります。

感情に響く作品作りが好き。写真は詩のカード。




友だちとの交流を目的にした作品作りも好きです。

 



<外向的直観感情寄りの子の作品>





遊べる作品が好き。

自分のオリジナルアイデアを盛り込みます。仕上がりはこだわらず、

大きなサイズのものを作るのが好き。

 


<外向的直観感情寄りの子の作品>


アイデア重視で、2階建てにするとか、3階建てにするとか、凝ったものが好きです。

大きなサイズの遊べるものを作るのが好きです。

 



<外向的感覚思考寄りの子の作品>

このタイプの子は、労を惜しまないところと、

頭を使うことを好むところがあるので、自分から「テスト」や「通知表」

「スケジュール表」などを作りたがる子がいます。



<内向感覚感情寄りの子の作品> (内向的感情感覚寄りの子かも)


美しい色が好き。労を惜しまないところと、ていねいに作業する繊細さが

あります。自然への興味につながる制作を好みます。

(香水作り、石鹸作りなど、貝殻でする制作、星座を手芸で表現するなど)

 



<外向的感情感覚寄りの子の作品>

労を惜しまないところがあります。ファッション、お人形などのテーマを好みます。



<外向的直観思考寄りの子の作品>(外向的直観感情寄りかも)






ボールの向きを変えるアイデアを工夫しています。

他にも運動の向きを変えたり、

玉を押しだすさまざまな仕組みなどを、ゼロから考え出す力が優れています。



<外向的直観思考寄りの子の作品>

中学生の男の子の作品。ライトがつくピタゴラスイッチ。

 


<内向的直観思考寄りの子の作品>

うちの息子の高校生のときの作品です。色合いや構図がこのタイプの子が

好みそうなものだなと思いました。

 

 






内向感覚思考寄りの子 と 内向思考感覚寄りの子

外向感覚思考寄りの子 と 外向思考感覚寄りの子 は、

たいていどの子も積み木遊びが大好きで

そこから自然に多くのことを学びとります。

↑ の写真は、おそらく内向思考感覚寄りと思われる1歳後半の男の子と

積み木で遊んでいる様子です。

感覚タイプの子たちは、物のサイズに敏感で、

囲った空間に、ぴったり物を収めることが大好きです。

秩序も好きですから、同じ数ずつ、空間に収めて並べていく作業も喜びます。

積み木遊びに色画用紙を取り入れて、

数台の電車をはみださないように置くことができるスペースを作ってあげると、

「狭い」「広い」という概念に親しみ、面積に対する興味にもつながります。

色画用紙を折ってトンネルを作ったり、紙で立体を作って

展開図のようになったものを見つつ遊べるようにしてあげるのも

このタイプの子の気持ちを満たします。

このタイプの子たちは長さが比べられる写真のような棒状の積み木や

遺跡などを作るとき仕上がりがきれいなレンガ積み木でよく遊びます。

このタイプの子らは、遊ぶことと学習の壁が薄いです。

歴史や地理や化学や計測と関係ある算数を幼いころから好みます。

けれども、感覚的に学びたいときに、考える問題をあれこれ出題されると

勉強を嫌がるようになるかもしれません。

自分の興味からスタートする学習を何度も繰り返すことが好きなのです。

几帳面で完璧主義なので、できることが確認できないと、

取り組みたがりません。理想やプライドが高い子が多いので、

他の同年代の子と比べるような学習をさせると、強い拒絶を示すときもあります。


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積み木遊びの話からそれますが、お勉強の話も少し……。

感覚タイプの子たちは、計測することがとても好きで、

算数を学び出したとき好むのも、


まわりのながさが、14センチの四角形があります。

たてはよこより1センチながいです。たてとよこの長さは何センチですか


といった問題や、



12デシリットルと、300ミリリットルを合わせると、

何デシリットルになりますか


といった問題や、

表やグラフにデーターをまとめてあって、分析しながら解いていく問題です。


感覚が優れている子たちはたいてい

新しいことよりも慣れている繰り返しを好みます。

ですから、毎日コツコツがんばって、

スローステップで力をつけていく系統学習を好む子も多いし、実際、それによって

力がついていきもします。

ただ、感覚が優れている子の中でも、

思考を使うことを好み、難問にチャレンジすることが好きな

外向か内向の感覚思考寄りの子 と 
外向か内向の思考感覚寄りの子の一部には、

スローステップで学ぶ方法はまどろっこしくつまらなく感じられる子もいるようです。

感覚が優れている子で、

思考タイプで感覚寄りという子も

感覚タイプで思考寄りという子も、

一般的に基礎計算の繰り返しなどを好むと捉えられている「幼児期や低学年の子」

という枠からはみ出してしまうような論理的な思考や抽象的な考え方を、

早い時期からしはじめます。

そうした子らは、暗記して練習させるだけでは、勉強に対する興味を失ってしまいます。

知力を限界まで使いたい子たちには

解いていて充足感が味わえるような問題を与える必要があります。

話を積み木遊びにもどして……



↑の写真は、外向的思考直観寄りの子と作った「なわばり図」ですが、

これはもともと内向的感覚思考寄りの子の作品からスタートした遊びです。

 






↑のような遺跡作りも、美しさだけでなく世界や歴史への興味を広げられる点で、

内向感覚思考寄り、内向思考感覚寄り、

外向感覚思考寄り、外向思考感覚寄りの子が好む積み木遊びです。

 
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自閉っ子の不思議な能力

2015-10-29 19:33:49 | 自閉症スペクトラム・学習が気がかりな子

教室では、自閉っ子たちが自分の内面にあるものを、外に伝えるための表現手段が

増えるよういろいろサポートしています。絵本作りもそのひとつ。

 

年長の自閉っ子のAちゃんは、『ピッケのつくるえほん』というアプリを使って

絵本作りを楽しんでいます。

最初の頃のAちゃんは、

毎回毎回「テーブルの前で椅子に座るピッケ」の絵を作る作業にこだわっていました。

そうして、他のことはいっさい受け入れない態度で、

同じ作業を繰り返していたかと思うと、ある時を境に、けっこう長い文章を打って

お話を作りだしました。

他の自閉っ子たちもこうした取り組みをさせていると、ある時を境に、

Aちゃんのような急激な変化が起こるので

いつもびっくりしてしまいます。取り組み方の面でも能力的な面でも

「劇的な」と表現していいような成長ぶりです。

強いこだわりを示している間も、さまざまな情報を取り入れたり、

内面で成長を遂げていたりするのでしょうか。

 

Aちゃんのお母さんは、

「Aは、まだ簡単な会話もスムーズにできないのに、文章になると

すらすら言葉が出てくるみだいて不思議です。テレビで自閉症の東田くんの出ている

番組を見たんですが、彼も、話をするのは難しそうなのに、文章なら上手に書くことが

できるんでしたよね。どうしてなんでしょうね」とうれしそうに首をかしげていました。

 

 

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「子どもを家に閉じ込めておいても大丈夫でしょうか?」という質問

2015-10-28 14:06:35 | 日々思うこと 雑感

(過去記事です)

小学生の子をお持ちの親御さんから、
「遊び場がないので、このところほとんど家に閉じ込めているんですが、
時折、心配になるんですよ。大丈夫でしょうか?」
という相談をお受けしました。

以前は、外遊びをさせていたのですが、
近所の公園は恐喝に近い荒れた遊び方をする子たちがたむろしていて、
けがをすることがあるようです。
以前は子どもの遊び場でもあった神社の境内は、最近整備されて、
遊べなくなりました。
児童館は、以前は小学生が庭に出たり、通路をうろうろしたり、
大小の部屋を行ったりきたりして遊んでいたのですが、
最近、子育て支援用の幼児専用の部屋がととのえられ、
小学生は狭い漫画の本などが置いてあるボロボロの部屋と、
おもちゃが置いてある部屋だけとなり、移動もできないので、
遊びは廃れてしまいました。
外には遊ぶ小学生の姿はありません。
友だちもいないのに、道路をうろうろしても仕方がないですよね。

別の小学生の子をお持ちのお母さんが、
こんな事情を話してくれました。

子どもへの対応が両極端になっていて、
先生も児童館の職員も親も、問題行動を激しく起こす子には、叱りも注意もせずに、
まるで子どもとの関係を断ち切るように
放置しているのだそうです。

かと思うと、
一般的な多くの子どもたちは管理しすぎるほど管理し、
「何かできないこと」がありえないほど、
きちんとすることを強いられているのだとか。

遊ぶ場所がない、大人の管理強化、子どもの深刻な問題、
先生の心の柔軟性がなくなり白か黒かで子どもに接する……

そうした状態が進むにつれて、
この1~2年で、
子どもが急に変わった……という声をあちらこちらから耳にするようになりました。
うちのダンナも
10年以上、子どもたちのキャンプのお世話をしていますが、
ここ数年、子どもたちの姿が急変してとまどっているようです。

ダンナの参加しているキャンプでは、
小学4年生から6年生までの子が班になっていて、
自分たちで協力しあってテントを組み立てることに
なっています。
「自分たちで」とあるので、以前の子どもたちは、それなりに自分たちで、
失敗しても笑いながらなんとかがんばっていたのに、
この1~2年、最初から、ちょっとすると大人にあっているかどうかたずねて、
すぐに頼って作ってもらう子が続出。

それで、完成度の高い作品が増える一方で、ちょっと失敗すると、
途中で放り出してしまって、最後まで完成しないまま終わるグループも増えているそうです。
ここでも白黒、○か×かの世界が広がっています。

子どもたちは、友だちから批判されることを極端に恐れ、
ほとんど大人に頼るか、チャレンジしないか
そのどちらかに分かれているのです。

特にダンナが気にかけているのは、
4年生はできなくて当たり前で、かつては6年生がリーダーシップを取って、
問題が起こると年下の子たちを引っ張っていって、
難所を乗り切っていたそうなのです。
それが、最近は4年生と6年生がまったく同じレベルで、
精神的にも技術的にも思考の面でも
成長の跡が見られないことらしいです。
6年生が、4,5年生を手伝ったり、教えたりする姿は
全くといっていいほど見られないそうです。

子どもたちはどうしてしまったのでしょう?
どうなってしまうのでしょう?

小学1年生に入学した子の親御さんが、初めての学校でのプール体験の日、
クラスの全員といってよいほどの子がすでに泳げることに
驚いたそうです。
公立のごく普通の小学校です。
聞くと、どの子もこの日のために水泳教室に通って準備しているのです。
公園デビューとか、○○デビューとか、スタート地点のハードルが高くなっているのは知っていましたが、
小学校のプールデビューの日に向けて、
お金と時間をかけて奔走する人々がそれほど多いとは……。
(まぁ、それだけが理由じゃないでしょうが。)

夏休みのプールの短期講習に子どもを通わせているお母さんが、

[通常のプールのレッスンにも通わせているのに、
夏の集中的に続けてレッスンがある短期講習にも
子どもを通わせている幼児のお母さんたち]

の多さに驚いていました。

詰めて通う夏の講習に通うと、成長が実感しやすく、級が上りやすいからという
理由を聞いたそうです。
あっちでも、こっちでも、
子どもの級をあげる、賞状をもらう
プリント型の教室の進度を上げることに躍起になる親たちが増える一方で、

小学生の心が、おかしなことになってきているんですよ。

際立っているのは、
社会性、精神性、メタ認知力の遅れや停滞で、

自分で考えず、すぐに他人に聞いて、教えてもらってする

自分でやらず、すぐに他人を頼って、してもらう

自分はしないのに、他人のミスばかり指摘するのに忙しい

そのことで注意を受けると、「だって、できない!」とキレる

他人に頼ることができない場面では、最初からチャレンジしない

少しのミスを恐れて、始めるやいなや放り出す

登校班のリーダーなどに選ばれても、リーダーとしての誇りややる気を発揮せず、年下の子たちの面倒はみず、イヤイヤにだらけて、行動する

という小学校中学年の子が、あまりに多くて、そうでない子がいたら
驚くほど、この新しい世代の子たちの特徴となっているのです。

こうした心の面での成長が危ぶまれる子たちは、
多くは学校に上るまでにひらがな、カタカナ、漢字、計算などを練習して
「できるようになった状態」で、
検品作業を迎える工場製品のように学校へ送り込まれた子たちです。

そうして、低学年のうちは何でもできたのでしょう。
やっかいな9歳の壁にぶつかるまでは……。

「先に練習さえ積んでおけば」「他人より早く始めれば」
マスターできることばかり習う9歳まで。

それに対して、言葉の背後にある微妙なニュアンスを察することができるか、
根気よくじっくり自分で考えることができるか、
親子の会話のなかで、自分の気持ちを的確に表現し、
相手の言っていることの意味を理解しながら聴き取ることができるか、
メタ的な視点で物事を眺められるか、

そうしたことが学習でも人間関係でも
求められ始める小学3年生以降の生活で、
自信を失い、神経過敏になり、批判を恐れ、チャレンジ自体をやめてしまう子たちが、どんどん量産されているのです。

自分が何が好きか、何をやってみたいかもわからない年齢の時から、
習い事やプリントで、できるかできないか、○か×かという
白黒で自分を決め付けられることを繰り返してきた子たちの
苦難です。

話がタイトルから離れたものになっていて悪いのですが……


子どもの問題の全てのもとにあるのは、
「遊びの不足」です。
「遊び場」がないことです。
「遊び仲間」が習い事に行っていていないことです。

ひとりで部屋でテレビを見たり、携帯のゲームをしたり、スポーツ教室を含む習い事で先生の指示に従っているだけでは、

社会性も精神性もメタ認知力も

育ちようがないのです。

この3つを育てないまま、いくら知識のインプットに努めても、
「できるようになりたい」という自分の成長を志向する心が
親から精神的に自立するに従って失われていきます。

「人と人との間で自分の力を使っていく」という知力を活用する体験がなく、
「自分が何をすべきか、どうして学ぶのか」がわからないままでは、
9歳の壁を越えて、たくましく成長していく
パワーが足りないのです。

ひとりの力では、いきなり遊び場を作ることができないことも現実ですが、
ひとりひとりの心が、
今の環境を創りだしていることも事実です。
ひとりひとりの人が、
まず、今の現状を知り、必要を感じ、一歩だけそのために前進することで、
子どもの生活と遊びの環境は
全く別のものとなってくることと思っています。


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愛情をかけて可愛がって育てているのに困った言動が増えてくる時 (ユースホステルのレッスンから)

2015-10-27 21:31:35 | 初めてお越しの方

親御さんはいつも優しく根気よく愛情をたっぷり注いで育てているのに

子どもの困ったちゃんぶりが日増しに強くなっていく場合があります。

前回のユースホステルのレッスンでも

今回のユースホステルのレッスンでも

そんなわが子の態度に戸惑う親御さんの姿がありました。

 

親御さんからの承諾を得て

5歳の★くんのケースを紹介します。

★くんはユースホステルの異年齢のレッスンにはじめて参加してくれました。

目がクリッとした茶目っ気のある男の子です。

運動神経がよくて活発な明るい子です。

 

発達面で気がかりなことはなさそうなのですが、

わかっていても大人の声かけを無視することがたびたびあって、

危険なことをしている時に注意しても知らんふりしていて

制止がきかない様子は気になりました。

 

また本人に十分できるレベルの課題も

いやがってやろうとしなかったり、質問を聞こうとしなかったりしました。

ちょっと考えなくてはならないような知的な課題全般に

耳を傾けることさえ拒否するような

意欲のなさが目立ちました。

 

「聞く」こと自体を拒絶して、

憎まれ口をたたいて逃げてしまうので、

語彙の量や語彙の理解力などに問題がないか

お泊りレッスンの間、★くんの言葉に注意を傾けていました。

また「見る」作業中、たちまち落ち着きなく視線が泳ぎだすようだったので、

見る力についても、何か問題が感じられないか注意していました。

 

★くんは人が好きな快活な子で、誰とでもすぐに仲良くなれる一方で、

年上の力のありそうな子を足で蹴ってちょっかいをだしたり、

友だちが集中して何かしていると邪魔したり、

理由もなくお母さんを叩いたりする

人との関わり方の幼さがありました。

 

★くんのお母さんもお父さんも

温和で常識的で落ち着いた方々で、

★くんにたっぷり愛情を注いで育てています。

 

次回に続きます。

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記事の内容とは関係がないのですが、ついでに

今回のユースホステルでのレッスンの様子を紹介します。

 

↑1枚の紙に切り込みを入れるだけで

立体があらわれる様子に4~6歳の子らはため息を漏らして感動していました。

さっそく見よう見真似で創り出す5歳の◎ちゃん。

↑◎ちゃんのお絵かき作品も素敵ですね。

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 ( ↑ 押し入れのなかで上映会。熱中症にならないように注意がいりますね)

 

教室外の子どもたちと接する機会があると、

発達障害などのハンディーキャップがないにもかかわらず

★くんのような気になる態度を示す5、6歳の子とたくさん出会います。

 

「どうしてそうした困った態度を身につけてしまうのか」のもとをたどると、

2、3歳という自我が生じはじめて

自己統制力が育っていく過程で

周囲の接し方がまずかったり、環境に少し問題があったんじゃないかな、

と思われることが多々あります。

 

過去の原因探しばかりしていても仕方がないのですが、これからどのようにして

気になる行動を克服していくといいのかを話題にする前に、

2、3歳児を育てている親御さんたちに学んでいただくためにも

そうした困った態度が生じてくる仕組みについて説明させてくださいね。

 

山梨大学の加藤繁美先生は、次のようにおっしゃっています。

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「自己チュー児」などと呼ばれる「超わがままタイプ」の子どもは、

「しつけ」ができていないというよりも、

自分の言葉を聴き取られ、自分の思いを受け止めてもらう心地よさを

知らない子どもが、「荒れ」た行動をとっているのである。

その理由は、子どもの自己統制力が育っていく道筋が、

実はそうした構造をもっているからにほかならない。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

子どもは最初に、大人と親密なコミュケーションの過程で、

愛されることの心地よさを獲得していきます。

 

加藤繁美先生によると、一口に「愛されることの心地よさ」と言うけれど、

実は乳児期に体験する大人・子どもコミュニケーションの質は、

その後の子どもの育ちを規定するくらい大きな意味を持つものなのだそうです。

 

大人たちは子どもが自分でも自覚していない要求を読みとり、

ていねいに「意味づけ」し続けます。

子どもはそうやって繰り返されるコミュニケーションを通して、

自分の要求と音声が対応していくことを知っていきます。

 

そうして乳児期に獲得した「愛されることの心地よさ」をベースに、

音声で表現できることを知った要求世界を

自分の興味・関心にひきずられるようにして

どんどん表現するようになります。

 

それが「自我」の誕生と呼ばれるものです。

 

要求を主体として成長していくこの時期に、

大人が子どもの発するものを受け止め、同時に方向づける

という対応を辛抱強くていねいに続けていくことで、

子どもは言葉で表現するようになった世界を大人と共有することに

幸福を感じるようになるそうです。

 

そして2歳半を過ぎる頃から、大人と共有した価値の世界がはっきりしてきて、

知性として形成される「第二の自我」の芽となるのだとか。

第二の自我とは、

「社会的存在としての自分がどう行動すべきか」という形で

知性として認識される「規範的自我」「理想的自我」である点を特徴としているそうです。

 

 3、4歳とは、身体が求める要求世界としての「自我」の世界と、

知性として育てた「第二の自我」の世界の間に生じる

矛盾と葛藤を生きている時期で、

やがて4歳半を過ぎる頃から、「自己内対話」をしながら

生きていくようになります。

 

現在は、「自己内対話能力」がうまく育っていかない子が急速に増えていると言われています。

 

5,6歳という幼児後期になっても「自我」の世界だけは出し続けるけど、

「第二の自我」が育っていかないという

困ったちゃんが増えているのです。

 

5歳の★くんにしても、自分の要求はいくらでも出すのですが、

「社会的存在として自分がどう行動すべきか」に気づいて、

自分の内面でそれと折り合いをつけて行動に移すことができません。

「欲しい」とか「したい」とか、自分から要求を出すこと以外に無関心で、

外からの要求には無視するか、憎まれ口をきいて相手もやりこめるかの

どちらかで対応しているのです。

 

 

 

↑ ユースホステルのレッスンで。

回転すると模様がどのように変化するのか

確かめています。

 

★くんのお母さんもお父さんも★くんを心から可愛がっている方々です。

愛情をたっぷり注いで、しょっちゅうギューッと抱きしめています。

それにも関わらず、

 

「★くんがこれまで自分の言葉を十分に聴き取ってもらえず、自分の思いを受け止めてもらう心地よさを

知らないから、荒れた行動をとっている」

 

という捉えるのは

親御さんたちに対して失礼にあたるかもしれません。

 

とはいえお母さんが近くにいる時の★くんは

まるで聞き分けのない2歳児のように

わがまま放題に振舞っているのも事実でした。

 

そこでいったんお母さんに離れておいていただいて

わたしと★くんがペアになって行動することにしました。

 

すると★くんは、「こういうことがやってみたい」というチャレンジ精神が薄いわけでも、

大人の指示に素直に従えないわけでも、

見たり聞いたりすることが苦手なわけでもないことが

徐々にわかってきました。

もちろんふたりで過ごしだしたとたん、★くんの「困ったちゃんモード」が

「いきいきしたしっかりさんモード」に

コロッと切り替わったわけではありません。

 

でも、最初はこちらの声かけを無視したり、憎まれ口を返したりして対応していた★くんが

★くんの本当の気持ちに光を当てるうちに

自ら進んでお手伝いをしたり、

一度は放りだした課題に再度取り組んだりするようになってきました。

 

そうするうちに★くんの内面には、

個性的なさまざまな良い資質が潜在しているのに

それを発揮する機会がないために

わがまま放題な態度に終始しがちになっているのが見えてきました。

 

愛情をかけて可愛がって育てているのに困った言動が増えてくる時 (ユースホステルのレッスンから) 4

 

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年の離れたきょうだいで、いっしょにカードゲームを楽しむためのルール作り

2015-10-27 15:17:16 | 初めてお越しの方

「6歳と3歳など年の離れた兄弟姉妹でいっしょにゲームを楽しむことはできますか?

上の子が必死になって勝ちたがるので、

せっかくやりたがっていた下の子が負けてばかりで

途中からむくれてどこかへ行ってしまいます。楽しく遊ぶいい方法はないでしょうか」

といった質問をいただくことがよくあります。

 

先日も、「小学校低学年の兄と未就園児の弟で、トランプゲームをするものの

神経衰弱なども弟がルールを理解しきれずに何枚もめくってみたり、

七並べにしても数字がわからないまま出していったりするので、

揉め事が耐えません。」とお聞きして、こんなゲームの仕方を提案しました。

神経衰弱をする際には、カードの半分を表に、半分を裏にして、

弟くんは表になっているカードから同じものを2枚見つけ、お兄ちゃんは

裏になっているものから通常通りめくるのです。

力加減が対等であることが大事なので、これでは弟くんばかり勝つようなら、

お兄ちゃんがめくってもいいトランプの数を4~6枚に増やすのもいいかもしれません。

 

七並べにしても、スペードなどあらかしめひとつのマークのカードを全て

弟くんのものとして分けておいて、

お兄ちゃんには残りのカードで通常通りゲームをしてもらいます。

弟くんの番には、自分のカードを並べるコーナーに、「連結、連結」と言いながら、

トランプをきちんと隣につなげていければOKくらいのルールにすると

いいのかもしれません。

 

教室では算数の学習の際も、兄弟姉妹で同じ場で遊びながら、

少しルールを変えることがあります。

写真は、年長さんの●くんと年少さんの☆ちゃん兄妹のレッスンのひとコマです。

 

☆ちゃんは、「4の次の数は?」とか「さんじゅうごのカードはどれでしょう?」

という問題を解いています。

●くんは、「たかしくんは10個お菓子を持っています。

はなこさんはたかしくんより7個多くお菓子を持っています。

ふたりのお菓子を合わせるといくつですか」という問題や

「40+2+2はいくつですか?」といった問題を出しています。

☆ちゃんも●くんもとてもよくできていました。

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『大阪城内めぐり』に行ってきました♪ 1

2015-10-26 14:42:11 | 

10月25日(日)に、1回目の『大阪城内めぐり』に行ってきました。

黄金の茶室で、かわいいような怪しいような……ゆるキャラたちと写真撮影。

 

話が前後するのですが、大阪城内に入る前に寄った

『大阪歴史博物館』が子どもたちに大人気でした。

特に喜んでいたのが、写真の「なにわの考古研究所」のコーナー。

子どもたちが考古学者になって、さまざまな謎を解き明かします。

 

土器のかけらから、どんな時代のどんな土器だったのか推理中。

 

バラバラのかけらを合わせて、土器を復元します。

かなり難しいけれど、子ども同士協力しあって完成していました。

 

「なにわ考古研究所発掘調査中」の張り紙の向こうでは、

虹色教室の発掘調査員が、がんばっています。

 

こうしたお出かけを、ただ「あー面白かった」で終わらせないためには、

ひとりひとりの子どもの心にどんなことが強く響いていたのか、

どのような学び方を好む子か、何に対して積極的に動いていたのか、

どんな感想をつぶやいていたのか、どこで最もいきいきしていたのか、

その子ならでは感性が感じられたシーンはどんなものか、

ていねいに覚えておくことかな、と思っています。

 

年長のAくん、Bくんは、歴史的な建造物や考古学への興味が特別に強い子たちです。

実体験のコーナーで熱心に遊んでいたかと思ったら、実際の発掘現場の様子を撮影した

本格的な動画を何十分も見入っていました。

 

小学1年生のCくんは、調査用紙にチェックを入れながら、発掘現場を回るのが

楽しくてたまらなかったようです。「この柱があるところの前が、ここでしょ?

そこから後ろに行って、その端のところにまだ見つかってなかった穴(遺溝)が

あるんだよ」と説明する姿がいきいきしていました。

Cくんは、人工的な「パズル」のような形で提供されているミッションより、

顕微鏡を覗いたり、発掘現場を模して作られたコーナーを歩きながら回って

チェックしたりする活動を好んでいました。

一方、ひとつひとつ検証していかなければならない課題に

手間と時間がかかることに屈せず、黙々と取り組む子らもいました。

 

小3のDちゃんは、展示物の説明書きを見たり、歴史が得意なお兄ちゃんに尋ねたりして、

スタンプラリーについていた歴史クイズに全て答えを書きこんでいました。

最後に、自分で受け付けに行って、スタンプラリーの答えが書いてある紙をもらいに

行っていました。堀の向こうの石垣に目当ての刻印を見つけた時は、

自分でカメラのズーム機能を調整して、刻印のドアップを撮影していました。

すごくきれいな出来だったので、うらやましい……。

 

小2のEちゃんと年中のFくん作の大阪城めぐりパンフレット。

Fくんは発掘現場にあったものを見つけて調査票に書き込んで行くという自分流の

調査を楽しんだり、時間がかかる地層のパズルに最後まで取り組んだり……。

 

やなぎの下で幽霊ごっこ。 

 

名古屋から参加してくれていた小2のFちゃん。

「大阪城内に、名古屋市の市章にもなっている丸八の刻印がある」と

いう情報を得て、ずっと探していた結果、

「先生!丸八はありません!でも、三角七と三角六はありました!」と

報告してくれました。

 

エネルギッシュで疲れ知らずの小2のGちゃん。

犬を連れた知らないおじさんから、

「あんたぁ、なんで汗かいとるんや?」と尋ねられていました。

この日はけっこう肌寒かったのに、走りまくっていたGちゃんは汗びっしょりでしたから。

Gちゃんは、忍者の暗号解読や「自分の書いた手紙が地層になるよ」というコーナーが

強く心に響いていたようでした。

 

次回に続きます。

 

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