虹色教室通信

遊びや工作を通して 子どもを伸ばす方法を紹介します。

考える方法 と 行き詰った時の解決法 

2018-06-16 20:56:43 | それぞれの子の個性と才能に寄りそう

年長のAくん、Bくん、年中のCくんの算数の時間にこんなことがありました。

サピックスのぴぐまりおん(1・2年生)の『のりものけん』という問題を

解いていた時のことです。

この問題は、園児にはいきなり解くのは難しいので、問題を解く前に、

12枚綴りの切りとることができるチケットを作り、

おもちゃを並べて作った遊園地の乗り物を選んで遊びました。

 

コロコロカー    のりものけん 2まい

コーヒーカップ   のりものけん3まい

メリーゴーランド  のりものけん 4まい

グライダー      のりものけん6まい

ジェットコースター  のりものけん8まい

という決まりです。

 

「グライダーに乗りたい」と言って6枚の乗り物券を切りとって渡し、

残りの6枚で何に乗ろうかと考える……

という遊びをしてから、ワークの問題を読みます。

 

ワークの問題を読む時、一区切りごとに、「どういう意味かわかる?」とたずねて、

理解度を確認しています。

 

「みんなは ゆうえんちに きています。どういう意味かわかる人?」

「はい、みんながゆうえんちにきたってことでしょう?」とAくん。

「そうよ。みんなっていうのは、すすむくん、だいちくん、かおりちゃん、

がんちゃん、めぐちゃん、けいこちゃんね。」

 

「のりものけんを 12まいずつ かいました。どういう意味でしょう?」

「のりものけんの、この点々って切ってある券が12あるから、

それを買ったってことでしょう?」とBくん。

 

「次は難しいよ。ちょうどなくなるように みんなはのりものに のりました。

ちょうどなくなるってどういうことかな?ちょうどじゃない場合ってどんなことかな?」

この質問には、Bくんが必死になって答えてくれました。

「あの、ジェットコースターに乗って8枚出して、それからコロコロカーに乗って、

もういっかいコロコロカーに乗って全部なくなるのは、

『ちょうどなくなる』ってことで、もし、ジェットコースターの後で、

コーヒーカップに乗ったら、ちょうどじゃない」

「そうね。Bくん。よくわかったね。コーヒーカップに乗ったら、

券が1枚だけあまるから、1枚だけで乗れる乗り物はないものね」

「のりものに 1かい のるのに ひつような のりものけんの まいすうは 

右のとおりです。意味がわかる人?右のとおりってどういうこと?」

「この右の絵のところの、コロコロカー2まいとかいうところでしょ」とAくん。

 

こんなふうに一区切りごとにわからない部分がないかていねいにたずねた後で、

『れい』をしっかり見るようにうながします。(『れい』を見て気づいたことを

言葉にしておくのもいいです)

 

「グライダーに 1かい、 コロコロカーに□かい のったよ。」と

すすむくんの言葉から、12枚のチケットの色を塗り分ける問題で、

3人とも考え込んでいました。

 

すると、Aくんが、「先生、ブロックを使ってもいい?」とたずねました。

許可すると、グライダーの6枚を除いた6枚分のブロックを持ってきて、

コロコロカーに何回乗れるのか考えて、きちんと解けました。

BくんもAくんからブロックを譲り受けて、解くことができました。

 

 

Aくんがブロックを使うことを思いついたように、考える方法のレパートリーを

いろいろ持っているといいですよね。

子どもたちが、考えるためにいいアイデアを思いついた時は

みんなでその良さを確認して、アイデアを共有できるようにしています。

 

 小2のDくんがレゴでコマを飛ばすマシーンを作っている時、

こんなことがありました。

初めて、ギアや滑車を使ったレゴに挑戦したDくん。

解説書の絵を見ながら、意気揚々と作っていました。

中盤あたりに差し掛かった時、

「ずいぶんできたね。どう?面白い?」とたずねたところ、ため息をつきながら、

「途中でわかんなくなってきた。やっぱ、難しいな。」とつぶやきました。

どうするのかとしばらく様子を見ていると、「はぁ~」と深くため息をついてから、

何やら決意した様子で、「いいや!戻ろっ!」というと、

それまで作っていたパーツをバラバラにしだしました。

それから、説明書の3の図を指して、「先生、ここからやりなおすことにした」

と言いました。

「それなら、今度は、1手順終わるごとにあっているかチェックしようか?」

ときくと、「そうする」とのこと。

そうやって、1手順ずつチェックする間、わたしはチェックしている内容を

「穴の位置は、左から3番目、うん、あっているね」

「ギアとギアがきちんとかみあっているかがポイントよ。ちゃんとかみあって

いたらクルクル回るからわかるわ」などと、口に出して確認しました。

 

 

そうして前にため息をついていた中盤あたりに差し掛かった時、

Dくんは、「もう自分でできるよ。チェックしなくても大丈夫」と

自信ありげに言うと、最後まで自分の力で仕上げました。

Dくんはうれしくてたまらない様子で、

「もっともっと作りたい」と言っていました。

 

このコマ飛ばしマシーンを他の子らにも見せる時、

わたしはみんなに

Dくんが自分で考えた行き詰まった時の解決法について話しました。

「Dくんはね、最初、自分でどんどん、どんどん作っていったの。

でも、途中でだんだんやり方がわからなくなって、どうしたらいいか

わからなくなったのよ。

そうして、行き詰ってしまった時、Dくんはどうしたと思う?」

他の子らは首をかしげて聞いていました。

「Dくんは、こんな風にしたの。

まず、せっかく作ったブロックをバラバラにしていって、最初の方の3番目の図に

戻ってやりなおすことにしたの。

それから、ひとつの図を完成させる度に、先生のチェックを受けて、

ちゃんとあっているかどうか正確に確かめるようにしていたの。

簡単でわかりきっていることも、そういう意味があったんだなって

理解しながら進んでいったら、先に進めば進ほど簡単になっていって、

途中からは自分ひとりで全部仕上げることができたのよ」

 

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ピッケのつくるえほんのワークショップで小2のAくんが

『くりんの木さがし』というすてきな絵本を作りました。

下の写真は、作品の一部です。

 

りすのくりんの家であった木が倒れてしまったため、

新しい家にする木を見つけにいくストーリーです。

 

 

この作品を作る過程で、Aくんは最後のシーンを作った後で、

先に作ったシーンに戻って手を加えました。

「倒れて枯れた木と周辺の環境」と

「新しく探し出した木と周辺の環境」の変化を際立出せるためです。

 

Aくんは、下の「新しい家にすることにした木」のシーンと

上の「倒れた木」のシーンについて、他の子らに説明しました。

 

「(下の)この絵の木は、いろんな実がなっていて、花も咲いていて、

木のまわりもいろいろな草や花があって、どんぐりも落ちている。

初めは、(上の)前の絵にも、どんぐりとか草とかもっと置いていたんだけど、

最後の絵と比べた時に、どんなふうにちがうかわかるように、

きのこのついている切り株と草だけにしたんだよ。

青い倒れている木は枯れているから青いんだ」

 

最後の作業を終えてから、

それまでしたことを振り返って、おかしな部分はないか、もっとよくなる方法はないか、

と考えてみるのはすばらしい知恵ですね。

 

工作をする時も、算数や他の学習をする時も、とても役立つ頭の使い方だと思います。

 

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年中のBちゃんの頭の使い方は、まるで見ているものに吸い込まれてしまうほど

真剣に物を眺めて、相手の言葉に全身全霊で耳を傾けることから始まります。

 

Bちゃんは、誕生日のプレゼントにシルバニアファミリーのお家を

買ってもらう予定だったそうです。

でも買い物に行った先で、上の写真のような

広げるとお城の中とお庭があらわれるポップアップ絵本を見つけて、

「どうしてもこれがほしい、シルバニアのお家よりもこっちがいい」と

言い張ったのだとか。

Bちゃんは工作が大好きなので、プレゼントにこの絵本をもらうやいなや、

「これと同じものが作りたい」と言いました。 

といってもBちゃんの手に余る大掛かりなポップアップの仕掛けです。

そこで、「虹色教室で作る」という流れになりました

 

Bちゃんといっしょに長い間、うっとりとこのポップアップ絵本を眺めた後で、

「Bちゃん、どの部分が作りたいの?どこがすてきだと思う?」とたずねました。

Bちゃんは庭にある六角形の噴水と植物で作った迷路を指さしました。

 

Bちゃんの指さすそれは、とても魅力的なポップアップの仕掛けでした。

 

「六角形の秘密」とでも名付けたいような

六角形という形を生かした仕掛けなのです。

 

作り方は単純です。

紙を帯状に切って折って、六角形のわっかを作ります。

 

六角形はふたつの向かいあう辺が平行ですよね。

Bちゃんとは、「平行」のことを、手のひらと手のひらの間に少し隙間を開けて

向かいあわせて表現しています。

向かいあわせの平行な辺の上も下も山の形に辺がつながっていますから、

それがぺったんこになったり広がったりするのです。

 

この平行な辺と辺をセロテープでとめて、他はとめません。

すると、とめていない部分の辺が開いたり閉じたりして、

ぺったんこに折りたたまれたり、六角形に広がったりするのです。

 

できた部分はプレゼントとしてもらった絵本に比べると、ほんの一部です。

でも、Bちゃんは、心から満足した様子でした。

真剣に、ポップアップ絵本を覗きこみながら、

「次はこことここを作る」と夢を膨らませていました。

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考える方法 と 行き詰った時の解決法  6

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年中さんの「なぜ?どうして?」

2018-06-13 20:35:06 | 幼児教育の基本

年中のAちゃんは、さまざまな活動にマイペースにじっくり関わる子です。

この日も他の子が作ったビー玉コースターで、長い時間遊んで、どこがどうなっているのか、隅々まで観察して

うまく転がる理由や転がらない理由について熱心におしゃべりしていました。

Aちゃんのお母さんの話では、最近、「どうして?」「なぜ?」と一日中たずねているそうで、

工作や実験を通して物を観察する目が高度になってきたためか、

「このおもちゃの(さしこんである人形部分)あんぱんまんは、

どうやって入れたの?こっちを先に入れて、それから次にここを作ったのかな?

どういう順番で入れたのかな?」とか、

「どうして線路に石があるの?どうして線路に石がいるの?」とか、

どうして電車の上にひも(架線)があるの?どこまで(架線は)あるの?」

疑問が、以前より具体的なものになっているそうです。

Aちゃん、教室でも「なぜ?なぜ?」を連発していました。

この日は年中の女の子ふたりのレッスンだったのですが、年小時代に比べ、

何かやり遂げると、「もう一回」「もう一回」と繰り返しやりたがる熱心さが目立ちました。

 

上の本は、「1はウラパン、2はオコサ」と言いながら数を数えていく数遊びです。

けっこう難しいのですが、ふたりとも一生懸命参加していました。

ちょっと難しいことにチャレンジするのが楽しい時期のようです。

 

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今年のユースホステルのレッスンについてお詫び(Nature様への連絡追記)

2018-06-13 15:51:10 | 連絡事項

(6たす6を手を使って表現して見ながら、計算中↑)

 

Nature様

 就学前のお子さんでしたら、8月28日、29日のユースでしたら、あと1家族くらい大丈夫そうです。もし参加希望でしたら、アドレスをコメント欄にお願いします。

さっそくご応募くださりありがとうございます。

募集は人数に達したので終了します。

ことりママさんのアドレスに連絡のメールを送ったところもどってきてしまいます。

申し訳ありませんが、再度別のアドレスを打ち込んでください。

毎年、夏のユースホステルのレッスンを楽しみにしていただきありがとうございます。

非常に申し訳ないのですが、

年々、応募していただく人数が増えており、

今年は教室の生徒だけで、ユースが埋まってしましました。

 

 

 

 

 

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子どもの中の「自然」が 見えない 愛せない

2018-06-09 08:07:45 | それぞれの子の個性と才能に寄りそう
昨日は3歳の☆ちゃんのレッスンでした。
写真を撮りそびれたので過去の画像から……。(なかよしの☆ちゃん、★ちゃん)

☆ちゃんは、リズムのあるゆったりした暮らしと、
広々とした自然公園で時間を忘れて遊ぶことを繰り返しながらこれまで成長してきました。
虹色教室のレッスンには、1歳代から月1回通ってくれています。

3歳になって、自分の中で「こんなことがやりたい!」「こんなものが作りたい!」とイメージし、それに必要な材料を集めて、実行していく力が
目覚しく発達しました。(仲良しで同じような遊び方をしている★ちゃんも、そうした力がすばらしくのびています)
それこそ、この企画し、想像し、準備し、実現する能力に関しては
小学生も大人もなかなかかなわないほどなのです。

とにかくエネルギーが強い子なので、
2歳のころはおともだちとの喧嘩や物の取り合いもかんしゃくもすざまじい
ものがあったのですが、
そうした成長過程のすべてをお母さんといっしょに大切に見守ってきました。

3歳を過ぎてからはそれが創造性と
強い好奇心へと変化していきました。
虹色教室で忍者の勉強をしたあと、
寝ても冷めても忍者になって暮らし、
地図を学んだあとは、自作の地図をたくさんこしらえたあとで、
ぼくらの地図旅行という小学校高学年向けの絵本を隅々まで読むほどの
熱中ぶりでした。
人の身体を学んだあと、化石と身体の話に熱中し、
じしゃくで遊んだあとは、一日中、じしゃくでつくものとつかないものを調べていました。

☆ちゃんのお母さんは、☆ちゃんのお友だちとお母さんを
自然公園に誘うと、
ショッピングセンターも物も刺激もなにもない「自然」のなかで、
何も楽しめない、
何をしたらよいのかわからない、
どこが面白いのかわからない、
自然からなにも引き出せない
という方が多い……(子どもはいつのまにか上手に遊びだします)
というお話をうかがいました。

自然のそのままのよさを見出せない、感じれない
ということは、

「自然」のひとつである「子ども」の本来の良さや面白さを感じられない
ことにもつながってきます。
ただゆっくりと子どもが幸せそうにしていることの
価値が感じられず、

子どもの心の変化や望みや考え、想像の世界、愛情、感情

が大人に伝わらず、

何かさせよう、目に見える何かをマスターさせよう、子どもの時間を有意義で刺激的で効率的なものにしようとあせってしまいます。

そのため、
2歳、3歳で生まれてくるその子の「個性の中心」「意識の中心」が、
ワガママとも見えるエネルギーの爆発を起しながら
だんだん目覚めてきて
自分らしく成長していくのを壊してしまいます。

親のちっちゃなコピーを作ろうと努力しすぎてしまうのです。

子どもは、際限なく広くて奥深くて全てを含んでいる「自然」の姿と
同じ種類のものです。
生命であって、人間だからです。
けっして、良い行為をインプットしながら大人がこしらえていく
ロボットではないのです。
結婚したとたん、お姑さんから「嫁」として、評価されたり、「良い嫁」を他の人と競わされたり、「嫁教育」という働きかけだけで、接しられると、
がんばれないし、幸せに生きられないですよね。

それぞれの人が「自分」という意識の中心を持っているのですから、
他の人にいつもいつも心をいじられていると、
自分を否定する気持ちしか持てなくなってしまうのです。

☆ちゃんは、ただただ自分のしたいことを、寝ても冷めても追いかけ続ける
自由な時間の流れの中で、
個性的で利発で、しっかりとした自分の言葉と考えを持った子へと
成長しつつあります。
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見えないものが見えるように 触れられるように  続きの続き

2018-06-06 15:15:34 | 番外(自分 家族 幼少期のことなど)

(ひと押しで、一番下の段まで宝が落ちる仕掛け作りに知恵を絞る)

 

わたしの話を聞いて、しばらく考え込んでいた息子は、こんな言葉を返しました。

 

息子 「もっともっと上を目指して、知識を増やして、技能をマスターして……

という形で、『単純なものから複雑なものへ』と進歩していくイメージばかり

重要視されがちだよね。

子ども向けにパッケージ化された体験はどれも、単純なものをひたすら足し合わ

せていって、より複雑なものを構成していく価値観でできているようにみえる。

 

でも、実際には、それとは逆方向に

『複雑なものが単純なものに書き換えられていく』ってプロセスも、

大事なんじゃないかな。難しいものを簡単な言葉で言いかえることや

情報のダイエットをするって意味じゃないよ。

 

ほら、ブレークスルーが起こると、それまで苦労して大量の情報を使っても上手く

いかなかったことが、シンプルな新しいやり方であっさり片付くようになるよね。

一つの方法が、それまでの膨大な情報を必要としていたことが、

一瞬にして少ない情報で行われるようになるってこと。

 

そんなふうに複雑なものが単純化されることって、

一人ひとりの頭の中では、よく起こることだと思うよ。

単純なものを複雑化していくのなら、努力次第で、誰がやっても同じプロセスを

踏んで行くよね。

でも、複雑なものを単純化する時には、何に着目して、それをどう捉えたか、

どう認識したか、どう意味づけたかが関わってくるから、

人それぞれ違ってくるはず。

複雑なものをどう単純化するかは、ただ知っているのか、理解しているのかを

分けるポイントにもなると思うよ」

 

わたし 「複雑なものの単純化……。今まであまり考えたことがなかったけれど、

確かに教室の子どもたちにしても、無秩序なものから秩序を見つけ出したり、

ただ『できる』だったものを、応用のきく『わかる』の形にコンパクトに書き換える

ときがあるわ。自分で意味を作りだす力を使って。

複雑なものを単純化するプロセスでは、それぞれの子の資質や個性がはっきり

出やすい気がするわ」

 

息子 「同じものを見ていても、それをどう解釈するかは人それぞれだから。」

 

わたし 「そういえば、遊びにしろ、工作にしろ、算数にしろ、一人ひとりの子が

強く意味を感じる部分の違いは見ていて面白い。

今ある環境ですぐに評価されるものもあれば、最終的にはその子の一番大事な力と

なるはずなのに、今は無駄に見えるか、良い成果を出すのを邪魔しているものもある。

お母さんがそういう力を活かしてあげられることもあるし、

この子はこういう能力があるんだな、と心に留めておくしかできないこともあるわ。

★(息子)は、幼稚園時代から、サイコロやチップやトランプをさんざん散らかした

あとで、その並べ方や出し方の中に潜在している秩序に気づいたり、

不思議を感じる点を見つけ出したりするのが得意だったわよね。

教室にも、着眼点や秩序の見いだし方は違うけれど、

そうしたランダムに見えるものから応用のきくシンプルな気づきを得る子らは

たくさんいるわ。

遊びの世界で、子どもがそうやって自分らしい資質を使うのを見るのはうれしい瞬間よ。

考えてみたら、子ども時代、お母さんが複雑なものを単純化する対象は、

いつも目に見えているものの目には見えない部分だったわ。

★のように見えないルールというものではないんだけど。

お母さんにも、子どもの頃のお母さん独特の『複雑なものを単純化』する感性の

ようなものがあった、あった。

団地のぐるりにピラカンサっていうオレンジ色の小さな実を大量につける木が植え

られていたのをしょっちゅう眺めていたのよ。

どんな葉の形でいつごろ実がなるか、なんて、植物図鑑的な興味は微塵も持たない

まま何年も過ぎたのに、飽きもせずに眺めていたのは、

こんなことを考えていたからなのよね。

このオレンジ色の実の一つひとつが顔で、それに一つひとつ心が宿っていたとしても、

お互いに同じ根っこでつながっているなんて気づかないはず。

知らないからけんかして、相手が枯れてしまったら、

結局自分も枯れてしまうなんてことはあるのかな……といったこと。

ピラカンサを見ながら、人間の場合、地球上を移動はしているけれど、

移動しながらも地球の一部としてひっついているってことはあるのかな、とか、

星の光は長い時間をかけて地球に届いて、ずっと昔の姿を今目の前で見ることが

できると聞いたけど、心は、光と同じような性質かな、とか考えていたわ。

団地の壁に貼りついている蛾を眺める時も、蛾の模様が偶然の産物には見えなくて、

進化の過程にどうやって、意味を持った画像が取り込まれていくのか、

誰のどんな目に映ったものが、何世代もかけて美しい模様を作っていくんだろう、

とかね。

受験に役立ったわけじゃないけど、それを思い出すと、自由でのびのびした幸せな

心地になるから、教室で接する子たちには、そういうその子ならではの頭や心の

使い方の自由を守ってあげたいと思う。」

 

 

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