虹色教室通信

遊びや工作を通して 子どもを伸ばす方法を紹介します。

ユースホステルで工作三昧

2019-08-20 18:18:16 | 工作 ワークショップ

小学生の男の子たちを中心にしたユースホステルでのレッスンに行ってきました。

「こんなものが作りたい」「こういう風に動かしたい」と

何度も試行錯誤しながら工作に取り組む姿がありました。

ペットボトルの周りに磁石を張り巡らせて、

ペットボトル内に辛した磁石がどの磁石を引っ付くかで

おみくじができるようにした小2のAくん。

以前も「磁石の反発する力で

押すと浮き上がるボタンが作りたい!」と、何日もかけて、

思いを実現に導いた経験があります。

 

Aくんが作ってきてくれたジオード

マグマの空洞内に成長した水晶やカルセドニー質の結晶)です。

 

小4のBくんは、宇宙と空を飛ぶ乗り物が大好きです。

以前は球を作るところから巨大な太陽を作るのに

チャレンジしたことがあります。

今回のユースでは、光のオブジェと風船を使った

飛ぶ乗り物作りをしていました。

かなり大変だったのは、風船を使った

飛ぶ乗り物作りです。

小箱の底に穴の開いた網を貼り

風船の下に取り付けたのですが、風船から出る

空気の力では重くて飛ばすことができなかったのです。

風船の口にストローを通して空気の出る量を調節していましたが、

飛ぶ気配はなし。

そこで、重さの問題を解決するために、

軽い折り紙で吊り下げる箱を作ったところ、

ちゃんと飛びました。

ただ、途中で、風船の方が下に。

Bくんは、折り紙の箱に適度なおもりをつけることに

していました。

 

てんびんやモーターで回転する扇風機を作っていたCくんとDくん。

モーターの振動で面白い絵を描く道具を作っていました。

ペンをつける場所や位置によって

描ける線が異なりました。

鎌倉時代の楠木正成の糞尿を敵にあびせるという戦術を再現して

茶色の折り紙と黄色の折り紙を丸めて戦わせていました。

汚い戦いでした。

 

今回のユースでは、さまざまな単位の変換について学びました。

簡単なものからかなり難しいものまで、

しっかり使えるようになるまで学びました。

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「おつり」をもらう経験がわかりにくくなっている?

2019-08-12 17:50:34 | 算数

ユースホステルでのレッスンにて。

年長~小学1年生の子たちをメインに、

「おつり」をテーマにした算数遊びをしました。

 

それぞれの子の数の理解に応じて、

商品の値段を決めて、お店屋さんをしてもらいます。

 

「すべて10円のお店」では、お客が、

50円玉を出して100円玉を出して買い物をし、

お店屋さんは、おつりを渡します。

 

子どもたちはどの子も大乗り気で参加していたのですが

意外なことがありました。

3ケタの計算をしたり、ややこしい文章題を解いたりできる子であっても、

お店屋さんになっておつりを渡す際に、ごくごく初歩的な間違いをしていたのです。

 

「20円の商品を売る時、50円を払ってもらった時のおつりは?」という場面で、

おつりで20円を渡そうとしていたのです。

何度か遊ぶうちに、ちゃんと理解しておつりの計算ができるようになったのですが、

その姿からは、子どもの生活から(消費税などがかからない形の)買い物をしておつりをもらうという経験が

ほとんどなくなっているんだろうな、と感じました。

10円の買い物をするのに、100円払うと、たくさんおつりが返ってきそうだという

経験からくる勘のようなものが、

参加したどの子にもないように見えました。

確かに、昭和の時代の子なら、駅で切符を購入する度に、

80円の切符を買うのに100円投入すると

10円玉が何枚出てくるのかとか、

160円の切符を買うのに

1000円札を投入すると、

どれほどたくさんのお金が戻ってくるのかといったことを

目で見たり、数えてみたりしていたんです。

駄菓子屋などで少額のおこづかいを使うのも楽しみで、

何度も買い物してみながら、おつりというものを体感していました。

そうした体験の減少をプリント学習等だけで補うのでは、

もとになるイメージがないので

応用がききにくいのです。

ごっこ遊びや、お金を扱うボードゲームなどで、

楽しみながら、数をやりとりをたっぷり体験させてあげたいと思っています。

2段ベットにお手紙を行き来させる通路を作っていました。


 

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自分の興味あることとやりたいことを見つける力 1

2019-08-04 09:32:13 | それぞれの子の個性と才能に寄りそう

てっ保育士おとーちゃんの子育て日記 のブログの

おとーちゃん夫婦の「子供の主体性」を大事する子育てに共感しました。

お二人とも、子どもに「勉強しなさい」「宿題やったの?」というようなことはいっさい言わないそうです。

干渉して勉強させたとしても、

学校の勉強的な意味では短期的に短期的にうまくいったろしても、

「学ぶこと」を好むようにはならないだろうから、と。


おとーちゃんご夫婦が子供たちに望むのは、

まず第一に自分の興味ややりたいことを自分で見つける力なのだそうです。

それさえ見つかれば、人は進んで学ぶようになるはずだと。

そうしたお話の後で、

「人によっては、それは理想論だと思うかもしれませんが、

僕には子供たちがそうなるだろうというある種の確信があります。

なぜなら、それだけのものを我が子には、それこそ0歳から積み上げて来ているからです」と結ばれていました。


それを読んで、虹色教室でも、親御さんと協力しあって、

そうした積み上げをひとつひとつしてきたな、としみじみ感じていました。

教室で関わっているひとりひとりの子は、自分が面白いと思うこと、好奇心が動かされることに

敏感で、興味を持ったら全身全霊で関わるように成長していますから。

もちろん、子どもというのはどの子もそのようなものですが、

ただそんなあたり前の子どもらしい姿も、幼いころから、主体性を大事にする

ていねいな関わりを積み上げていかないと、いつのまにか失われていく時代なのではないかと

感じています。


先々月と先月のはじめ、『しろあと歴史館』に遠足に行きました。

施設そのものはこじんまりとした地味にも見える場なのですが、

教室の子たちが、自分の感性で、想像力を働かせ、いろいろなことを考えながら、心から

それらを味わう姿をうれしく感じました。

感性のどれもが個性的なのです。

小学2年生のAちゃんが下のような

大名行列のジオラマを見ながら、「てっぽうぐみ」「はさみばこもち」「うままわり」

といったそれぞれの役割についた名前を見ながら、声を

あげて笑いながら、30分以上かけて、ひとつひとつにコメントをしていました。

「てっぽうを持ってるから、てっぽうぐみでしょ。ずっとてっぽうだけ持ってるのかな?ずっと遠いのに?」と

驚いたり、「あっ、<てあき>って言うのは、手に何も持ってないってことで、

急に何かあって、誰か手伝わないといけない時に、すぐに手伝ってたのかな?」と

推理したりしていました。

こうして言葉からイメージを膨らませて、

昔の時代の人々の暮らしや考え方に想像力を働かせる姿にAちゃんの

中に育ってきたものを感じました。

 

子どもたちの中には、実際に触ってみたり、兜をかぶってみたりして、

その重さた材質などから、当時の人々について

想像して楽しんでいる子らもいました。

火縄銃は4キロもあるのです。

あまりの重さにふらふらしました。


教室の図鑑で、大名行列の絵を見ていた小2のBくんは、

幕府のそれぞれの職務の名前に関心を持っていました。

便覧で、幕府の職制の図を見ながら、

「将軍」の下に「大老」「老中」「若年寄」「寺社奉行」などがあり、

「老中」の下には、「勘定奉行」「大目付」があることに興味を持ち、

「漢字を読めるように大きくして!仕事の旗作って持たせたい!」と言いました。

すると、お友だちのCくんは、「じゃあ、ぼくは別の時代のそういうの作りたい」と言い、

室町時代や鎌倉時代の職制を調べて、そうした制度が、

時代とともに進化してきたことに気づいて、意見を言っていました。

大名行列の着物を作る

1年生の女の子たち。

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親御さんへのダメ出し 3

2019-08-02 19:56:33 | 日々思うこと 雑感

親御さんに「ダメ出し」をするときに、親御さんの子どもへの接し方なり教育なりが

間違っているのかというと

そんなことはないのです。

子育てはこうあるべきとか、こうすべきとか、

いろいろ言う人がいるけれど、どのような関わり方が良いのかというと

子どもの性質によりけり、親御さんの感性によりけりで、

関わり方だけを取り上げて善し悪しを比べられるものでも、「こうすればいい」と言い切れるものでもないですよね。

それなのにどうしてダメ出しをするのかというと、

子どもといっしょに工作や勉強や遊びをしていると、

「この子の知力や人と関わる力や語彙力を見ていると、

この場面で、もう少し親と交渉して意見をすり合わせていくような態度があってもいい感じなのに、

プイッと無言で移動することが多いのはなぜなんだろう?」

「親御さんはたくさん言葉をかけているし、語彙力も多いし、恥ずかしがり屋の子でもないのに、

他の人や他の子に接するときに、

妙に不器用になって、何を言ったらよいのか途方に暮れていることが多いけれど

なぜだろう?」といった疑問を抱くときがあるのです。

その後、親御さんと子どものやり取りを見ていると、

これは子どもの性格や能力の問題ではなくて、親御さんとの関わりのなかで

生じている問題ではないかと思われるような

親と子の言葉と言葉、表情と表情、気持ちと気持ちのキャッチボールにぎこちなさを感じる場合があるのです。

親御さん側は、ごく普通に子どもに話しかけているのだけど、

それを受け取る側の子どもの表情が固かったり、うわの空だったり、反抗的だったり、聞こえているように見えなかったりして、

返事に覇気がなかったり、自分の意志や意欲が感じられなかったりすることが多い場合、

「ちょっと接し方や言葉かけを変えた方がいいかな?」と感じることがあります。

そして具体的に対応法をアドバイスすると、

 急速に関係が改善し、気になる子どもの行動が減っていくことがよくあります。

 

そんなわけで、余計なお世話で、「ダメ出し」をするのですが、

あくまでも親御さんの対応が「正しい」か「正しくないか」、「良い」か「悪いか」という話でないことは

お断りしておきます。

 

たとえば、調理ひとつとっても、素材や分量、作る料理などで塩加減も火加減も変わってきますよね。

「○グラムだからいい」「○度だから正しい」というものではなく、

その都度、微妙な調整していくとおいしい料理ができがるはずです。

 

人の場合、生命があるもので、日々変化し成長していくものですから、

もっともっと場合によりけり相手によりけりの加減が必要で、

言動に善し悪しのレッテルを貼るのでなくて、

「前に行って、下がって、くるっとまわって、おじきして……」とダンスでも踊るように、

気楽に微調節しながら付き合っていく必要があると思うのです。

 

私がこれほど長々と前置きしてから、「ダメ出し」の話に入っていこうとしているのは、

親子の会話場面の一部や遊びの場面の一部に

「こうしたらいいのでは?」というところがある親御さんも、

別の場面での接し方や子どもへの愛情や

お家での環境の作り方などトータルすると、尊敬できる部分をたくさん持っている方である

場合がほとんどだからです。

子どもさんの気になる点についても、ある一部では気になっても

別の面では親御さんの接し方の良い面を反映して、平均的なその年齢の子より

ずっとしっかりしているところがあったり、親切だったり、大らかだったり、知的好奇心が豊かだったりして、

私が上から「こうしなさいね」と指導できるような立場ではないのです。

 

そう繰り返し前置きした上で、

スポーツのフォームを整えたり、お料理の味つけを習ったりするように、

親子関係のちょっとした「ずれ」を微調節することを学んでいただきたいなと思っています。

そうすることで、

子どもの態度や知的な力が目に見えてよくなることを実感しているからです。

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お母さんへのダメ出し

2019-08-01 13:56:20 | 日々思うこと 雑感

■ちゃんと◎ちゃんの説明はこうでした。

最初に○ちゃんと◎ちゃんがベッドの上段に上がって勝手に自分の場所と決めていたようなのです。

そこに■ちゃんが現れて、◎ちゃんのベッドに登って行ってベッドを取り合ってじゃんけんをしたそうです。

すると◎ちゃんが勝ちました。

負けた■ちゃんに、気のいい○ちゃんが、「私のところにおいでよ~いっしょに寝ようよ~」と誘いかけたそうです。

そこで■ちゃんと○ちゃんがいっしょに寝る算段で、二段ベッドの上でふざけていたところ、

親御さんたちから「危ないから、上でふたりで寝てはダメ!」と注意を受けたようです。

■ちゃんと○ちゃんがじゃんけんをしたところ、先にベッドを陣取っていた○ちゃんが負けて、

泣いて抗議するものの、「じゃんけんで負けたのだから仕方ないでしょ」「最初に勝手に場所を取ってたからって自分のものにはならないでしょ」と親御さんたちからも子どもたちからも理路整然と説明され、

本人としては納得できずにしつこく抗議して愚図っていたので、

しまいに○ちゃんのお母さんのカミナリが落ちたようなのです。

 

○ちゃんのお母さんというのは私の数倍は寛容で気の長い方です。

その○ちゃんのお母さんがきつい言葉で叱ったとあれば、おそらく私がそこに来るまでに

○ちゃんは、カミナリでも落とされないと収拾がつかないほどのごね方をしていたのでしょう。

 

「家に帰るわよ」という脅し文句は、

こうした楽しいイベント事が何より好きな○ちゃんにかなりこたえたらしく、

私が着いた時には、しくしくと静かに泣き続けているだけでした。

 

出来事を説明する■ちゃんと◎ちゃんの興奮した口調のなかには、

自分だけが上の段を取っていることへの罪悪感や、

じゃんけんの結果を素直に受け入れることができない○ちゃんを罰する気持ちや、

自分たちは悪くないもんと主張したい気持ちや、上の段が取れて有頂天になって自慢したいような気持ちなどが

入り混じっているようでした。

そのテンション高くまくしたてる様子は、じゃんけんに負けて泣いている○ちゃんからすると、

「イケズ」として映っていたかもしれません。

 

そこで私は、「○ちゃん、こっちにおいで」と呼んで

「上の段で○ちゃんも寝たかったんだね。それに、■ちゃんに親切にしようと思って

自分のところに呼んであげたのに、こんなことになって悲しいのよね」とだけ言いました。

○ちゃんは素直にコックリすると、私にもたれかかって涙を拭いながら

黙っていました。

私はあれこれ言うのはやめて、ただ泣かせておいてあげました。

○ちゃんは怒っているわけではなく、自分が遭遇した現状を受け入れるために

もう少し泣く必要があるだけでしたから。

 

私はベッドの上から何か言いたげに顔を出しているふたりに向かって、

いたずらっぽく、

「じゃんけんで勝った人は、カーテンを閉めて静かにしていてちょうだい。

自慢たらしく騒がれたら、負けて悲しい気持ちの人が、悲しいけどしかたがないか、我慢しようか……って

気持ちになれないでしょ。さぁさぁ、上の段の人はベッドの横から足を出したり、

はしごのところから顔を出したりしないで、ひっこんでてちょうだい。

ベッドから足を出したりして寝ぞうが悪くてもいいのは、下の人たちだけよ。

上の段はそんなことしたら危ないんだから。きっちりカーテン閉めてお行儀よく寝てちょうだい。

下で寝る人は、落ちてもけがしないでしょうから、暑い時にはベッドから足を半分くらい出してたり、

ごろごろ寝返りうっても構わないわよ。」

上の段の■ちゃんと◎ちゃんが苦笑いをしながらも黙ってひっこむと、

○ちゃんは次第に機嫌をなおしていきました。

しまいに1段目のベッドに寝てみて、上の人たちに自慢するように

わざと足をベッドから落ちそうなほど外に出して、「こっちで寝る方がいいわ」と言って、

ごろごろ寝返りを打つと、にっこり笑顔を見せました。

その様子を、最初から下の段に寝ることにしていた☆ちゃんは

黙って見ていました。

☆ちゃんは聞き分けがいいおりこうさんタイプの子です。

子どもたちが2段ベッドの取り合いを始めた時点で、☆ちゃんのお母さんが、

「☆は弟がいるんだし、下で寝なさい」と言った一言で

すぐにそれに従っていたのです。

争いごとが嫌いな☆ちゃんは、揉め事が激しくなるのを見て、

1段目を取っていてよかったと思っていたようです。

でも夜の大人だけの勉強会では、☆ちゃんのお母さんは

☆ちゃんが何を選ぶのかをお母さんが決めてしまったことに対して

反省していました。

最終的には揉め事がきらいな☆ちゃんは自分で下を選んだ可能性が高いけれど

最初から☆ちゃんを揉め事の外に出してしまったことを反省していました。

いい子タイプの☆ちゃんは、聞き分けが良すぎる半面、

「自分からこんなことをしたい」「勝ちたい」「できるようになりたい」という意欲が弱いときが

あります。

見たところ意欲的でしっかりした子なのに、

自分が遭遇している現実に対して、どこか他人事のように振舞うときが

多々あるのです。

がまん強いけれど、どこかでしらけた態度をとることがあるのです。

ユースホステルでの☆ちゃんはおそらく本来の性質である

芯が強くて情緒が豊かで他の子らを惹きつける魅力的な一面をたくさん発揮していました。

大人の顔色をうかがって緊張しているときではなく、

子ども同士で自由に自発的に振舞っていた時です。

☆ちゃんは、さまざまな場面で本人の判断に任せても大丈夫な

利発で責任感のある子なのです。

こうして他の親御さんや子どもといっしょに過ごすなかで、わが子に対する認識を改めながら、

☆ちゃんとお母さんとの関係も、少しずつ微調節していくと、さらにいいものになっていくように思いました。

 

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