虹色教室通信

遊びや工作を通して 子どもを伸ばす方法を紹介します。

ゴールデンウィーク

2019-05-04 20:38:01 | 番外(自分 家族 幼少期のことなど)

今日は、お休み気分で、自分のことなど書いています。忙しい方はそのまま

スルーしてくださいね。

幼い頃から小学3年生になるまで、名古屋から虹色教室に来てくれていた

男の子が久しぶりに教室に寄ってくれました。

もう高校生!!

小さい頃はブロック遊びや工作が大好きなやんちゃくんでしたが、

今は医学部を目指すさわやかで落ち着いた青年に成長していました。

 

 

ゴールデンウィークが始まったばかりの時、

(以前、「プログラミングを覚えたい」と言って、途中で投げ出してしまった私に……)

息子が、

「もしプログラミングを覚えたいなら、最初のうちだけでも、1日、

3時間くらいずつ集中してやったら、ちゃんとできるようになるよ」というアドバイスをくれました。

 

普段なら、「三時間ずつ」と聞いたところで、「そんな時間ない~」と心が折れてしまうところなんですが、

「ゴールデンウィーク中なら時間がたっぷりあるから、毎日、三時間、やってみるわ。★(息子)が(就職で)

東京に行ってしまったら、教えてもらいにくくなるしね。」

と宣言して、とにかくやってみることに。

私はプログラミング超初心者なので、 AtCoder Programming Guide for beginners (APG4b)

の目次どおりに、順番にそこにある問題を解いて、「提出」を繰り返すうち、

亀の歩みで徐々にできることが増えてきました。本を読んで勉強するのと違って、

例題を解いて、提出ボタンを押すと、「合格」か「不合格」かわかるのが

ゲーム感覚で面白くて、結局、1日五時間以上、主婦業そっちのけでこれに

熱中していました。

それに気をよくして、毎週土曜に行われている自宅で受けられる競技プログラミングの

コンテストに参加してみましたが、それはさすがに、さっぱり解けませんでした。

でも、わからないながらに、これまで全くスルーしていた

解答のソースコードがとても気になったり、息子と問題の考え方を話しあうのが

楽しかったりと収穫はありました。

休みが明けて、忙しい日々に戻っても、ぼちぼち続けていこうと思います。

 

 

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『未来のだるまちゃんへ』メッセージ 

2019-04-26 10:52:31 | 番外(自分 家族 幼少期のことなど)

 『だるまちゃんとてんぐちゃん』などの人気絵本を世に送り出してきた

かこさとしさんの『未来のだるまちゃんへ』で先生方に向けて書いたメッセージを

読んで、考えさせられました。

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今は学校の先生方も忙しくてそれどころではないかもしれませんが、

本当は生徒さんたちがひとりひとり、どんなものが好きで何に関心を抱いているのか、

その生態を見極めて、先達としてうまいこと導いてあげられないものか。

型にはまった目標を掲げて、

 お尻をひっぱたくだけでは才能があっても埋もれたままになってしまっている気がする。

 「君が持っている、ものすごい鉱脈はそれだよ」

そう気づかせてやることさえできれば、

子どもは、大人が叱咤激励なんかしなくたって自分からぐんぐん成長していけるのだ。

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 このメッセージは先生方だけでなく親や身近な大人たちみなが

大切に受け止めていく必要があるな、と感じました。

 

子どもたちが自分で自発的に花開いていく糸口をつかむ前に、

外注して解決していく手立てがあふれるほどあって、

子どもが自分で見つけるのを待っていられない風潮がありますから。

 

 『未来のだるまちゃんへ』にこんなエピソードがありました。

あるとき、かこさとしさんは、とにかく子どもたちと遊ばなきゃと、材料がなかったので、新聞を人数分に

破いて、「この中に数字があるのを見つけて、多い人が勝ちだぞ。さぁ、用意ドン!」と言ったそうです。

そんなたわいのない遊びでも、子どもは「僕が一番!」「ちっともないや」と

はしゃいで探していたそうです。

そうしたら「自分の方がもっと多い」という子がいて、のぞくと株式欄だったそうです。

「なるほど株式か。これが一番だな」と褒めたら、「株式って、なんだ?」と聞かれたそう。

その子のお父さんは日立造船に勤めていたらしく「お前のお父ちゃんは

ここに勤めているんだから、これを毎日調べてみろ」と言ったら、

その子も自分の父親のことだから、グラフなんてかけと言った覚えはないのに、

ちゃんと株やみたいにグラフまで書くようになって、そのまま続けていたそうです。


どちらかと言えば、学校の勉強はあまり熱心じゃない子でも

「これだ」と思うものを見つけさえすれば、そういうことが起きるわけです。

そんな例はいくらでもありました。

とかこさんはおっしゃっています。また、

本人に興味がない時に、大人がちぎれるまで手をひっぱったってどうしようもない。

 とも。

 

(「昆虫好き」という子でも、「昆虫全般が好き」という子は

まずいなくて、「バッタが好き」とか「セミが好き」とか昆虫好きになったきっかけになった何かがあり、

それについてはピンポイントで大人顔負けにくわしかったりします。)

「なんで好きなの?」と聞けば、そこにはきっとその子だけの物語が浮かび上がってくるはずです。

子どもにはそうした秘めた力があって、糸口さえぱっとつかまえたら、あとは自分自身の

力で伸ばしていく、

自分で探求し伸びてい行くことができるのだと思います。

 

自分から興味を抱いたものを調べて、どんどん深めていく時の充実感というのは、

その子の生きる喜びにもつながっているのでしょう。

子どもの顔が急にいきいきと輝きだすのがわかります。

 

といった言葉は、虹色教室でも、何度も何度も、目にして感動してきたことでもあります。


少し前に

成長とは自発的に花開くこと

というかこさんの言葉を強く感じた出来事がありました。

教室に小学校にあがるまで、1語文か2語文を話すのが

やっとだった重い自閉症のAくんという男の子がいるんです。

その子のお母さんの子育てがまさに、

かこさとしさんがおっしゃるような視点によるものでした。

小学校中学年になったAくんは、3ケタの計算をしたり、みんなの前で歌を歌ったり、

さまざまなゲームや頭脳パズルを楽しんだり、ブロックですごい作品を作ったりするように

なり、人と関わることを心から楽しんでいるのがわかります。

その成長のひとつひとつには、ささいな見落としてしまいそうなきっかけがありました。

たとえば、Aくんは地理に興味を持つようになったのですが、

そのきっかけは「北海道」の地図の絵が描いてある大好きな蒸しパンだったそうです。

Aくんは特性のせいで、興味の対象がどうしても狭くなりがちなのです。

それで、Aくんが、いつも北海道の地図の絵がついている蒸しパンが好きなことから

親御さんたちは思いきって北海道旅行を計画しました。

といっても初めてのことにパニックを起こしがちなAくんを連れての旅行は、

それは大変なものだったようです。同時に、準備をし、工夫をし、問題にぶつかったら家族で解決しながら

乗り越えて、旅行がうまくいった後で、Aくんの興味関心と自信は大きく広がっていました。

Aくんは学校や虹色教室でのさまざまな新しい課題に積極的に取り組むようになってきました。

以前はむずかしすぎてすぐにあきらめていた

グラビティ―・メイズという頭脳パズルの問題を

次々と課題を解く形でクリアーしていきました。

 

Aくんの興味を広げる糸口になりそうなものがあると、親御さんたちは

 

 

 

 

 

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お塩の足りないスープ鍋

2019-02-13 09:03:34 | 番外(自分 家族 幼少期のことなど)

まだ発達障害の子への支援の制度が整っていなかったわたしが子どものころの出来事です。

現在は制度そものもはさまざまな形で整いつつあります。

でも、いくら制度が整っても、人の心が昔と同じや昔よりも冷やかなものなら、

結局、ハンディーのある子どもたちを特別に支援し教育する場は、授業を妨害する子を

排除して、追い込む場所にしかならないのかもしれません。

かつての恩師の小塩先生なら、今の教育現場でどのような対応をされるのだろう、と

思いながら書いた文章です。 ↓

 

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小学校の2、3年生の頃の話です。

クラスの一人の男の子が
今思うと発達障害を持っていたようでした。
落ち着きのない行動や
友達への乱暴で
(怪我をさせるほど ひどいものではありませんでした。)
目立っていました。

クラスの子の親や
先生からの苦情を受けて
その子のお母さんが
ある時から 教室の後ろで
毎日 参観するように なりました。

時々 振り向くと 
その子のお母さんが
困惑しきった悲しそうな様子で
立っていました。

といっても 私もクラスの他の子も
ちょくちょくその子と遊んでいましたし
本当は それほど乱暴だとも
嫌な子だとも 感じてなかったのだと思います。

けれども 何となく 一人の子を
特別な子で悪い子なんだ…
と 信じる奇妙な空気が
どんどん広がって 
みながそれぞれ 根拠もないのに
その子にいじめられた 
と訴えるようになっていきました。
悲しい顔のお母さんを さらに悲しませたいような
残酷な気持ちが感染していました。

ある日 先生がクラスのみんなに
机に伏せるように言いました。
そして
「○○君にいじめられた事のある人は
前に出てきて
黒板にされたことを
書きなさい。」と言いました。

いすをガタガタひく音や
黒板に向かって歩いていく足音が
次々としました。
私も何ひとつ浮かばないのに
自分も前に出て行って書かなければ
仲間はずれになるような
妙なあせりを感じました。
顔をあげていい と言われた時
黒板は びっしりと文字で埋まっていました。

それから少しして その子は引っ越してしまいました。

6年生になった時
クラスの知的障害のある女の子のことで
再びクラスの子の親から
学校に苦情が届くようになりました。
その子は
時々 教室を飛び出していくことがあり
先生が追いかけていく間
授業が中断してしまうのです。

その時の担任は小塩先生とおっしゃいました。
小塩先生は 参観日で親たちが集まった日に
黒板に2つの鍋の絵を描かれました。
そして
1つの鍋を指差されて
「これは 味付けがちょうど良くできているスープ。」
とおっしゃいました。
そして もうひとつの鍋を指されて
「これは 味付けが足りないスープ。
みなさんは どちらの鍋にお塩を足しますか?」
親たちがざわざわ
しゃべりあう声が聞こえました。
先生は「私は よい味のスープは見守ります。
お塩の足りない方には 塩を足します。」
と毅然としておっしゃり
障害を持つ子に心を配ることは
クラス全体にとっても大切なことだ というようなことを
私たちにもわかる言葉で説明してくださいました。

それからも苦情はあって
大変だったでしょうが
それからも先生は 
優しくて強い 私たちにとっても
その子にとってもいい先生でした。

算数や国語の授業時間が数分減ったかわりに
かけがえのない大切なことを教えていただきました。

この2つの思い出は
いつも私の心から消え去ることはありません。
自分も含め大人たちが みな 表面的な損得に惑わされず
子どもにとって本当に いいものを与えていけるように
願います。

イラストは「数えきれない太陽」(詩画集を作りました)から。「私が私にかえる日」

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ブログの過去記事にいただいたコメントについて

2019-02-10 09:46:24 | 番外(自分 家族 幼少期のことなど)

わが家は今、転機を迎えています。

一昨年、娘が結婚し、来年は息子が就職して家を出る予定です。

(関西で就職してくれたら自宅から通勤するかもしれないです)

そこで、過去に書いたうちの子記事を発掘してアップ中です。

整理して同一カテゴリーにしようかと集めています。

うちは娘と息子のふたりっ子で、写真や子育てマンガなど個人的な記録は

娘のものが断然多いのですが、ブログでアップしている子どもとの会話は、息子のものが

ほとんどです。理由は、娘との会話だと人間関係の話題が主になるので、

プライバシーの問題が出てしまうのと、

頼めばたいてい、「あっ、いいよ」と許してくれる温和でゆるい息子の性格によります。

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以前書いた

  8万人が同時に「ポケモン」ゲーム 「無政府状態」か「民主主義」か

という記事に、コメントをいただきました。

実はこの記事、教室にいらした親御さん方から、「どういう意味かよくわかりませんでした」という感想を

寄せられていたので、「伝わりにくい書き方になっているのかな」と思いつつも、息子との会話をそのままの形で残しておきたかったので

そのまま放置していたものなのです。

そんないわくつきの記事にていねいなコメントをいただいたのがうれしくて、

後でまた読み返せるように記事としてアップさせてもらうことにしました。

 

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私は“責任をもって自分の人生をおくると大切なことが見えてくる”と実感していますが、逆に“責任をもって自分の人生を生きていない”とはどういう状態なのだろうと考えていました。そして、ここのところ、責任をもって自分の人生を生きていないとは、どこか他人として生きていて、多数派を良とする考え方、集合体の一部であり、場の分割として生きている状態であると考えるようになりました。
少し前に河合先生の本を読んだことをきっかけに、日本はリーダーに力を持たさないで場を大事にするなど、突出したものを良とせず、暗黙の了解で多数派が占める考えを優先し、討論(争い)を嫌う民主主義タイプ、対して欧米はリーダーが全体を牽引するけれども、その過程で突出した個の意見があがってきたら討論する民主主義タイプという構図を意識するようになりました。

欧米での考えは実際のところわからないのですが、少なくとも今の日本の子育ては、子育てをめぐる場の雰囲気に自分の子育ての方向性をゆだねてしまって、自分の考えをないものにしているということに気がつきました。
そんなことを考えていると、以前先生が書かれた、息子さんとポケモンゲームと民主主義についての対話の記事を思い出しました。


「大多数が正解でないかもしれないことを、いつも忘れちゃいけないんだと思う。ゲームにしても、投票制にしたとたん、個人個人が自分で思考して進めようとするのではなく、全体の流れに乗って、合わせていくことに慣れてきて、自分の発想で問題を解決したり、別の視点から考えてみようとしたりしなくなるから。政治でも今のシステム方の中で、個人個人が自分の意見をどう扱うか、どう向き合うか、どう責任を持つか、捉えなおす必要があるんだろうな」


「多数決が暗に力を持ち出すと、創造的ないい意見が埋もれていることもよくある。 でも、本当にそれが問題なのは、自分の意見と自分が同調している多数派の意見との境目が薄れるにつれて、自分の精神が本来持っている可能性とかが、力がないもののように感じられることじゃないかな。ゼロから何かを作り出すことなんかできない、個人の精神から何か生まれてくるなんてありえない、なんてスタインベックの人間観とは真逆の思考に陥るってことだけど」


つまり、多数派が正解であり、自分の意見には力を感じない現在の社会に身をおくと、“責任をもって自分の人生を生きていない”につながりやすいのだろうなと気がつきました。


気がつくのは簡単でも、抜け出すのが難しい。子どもの将来の問題、自分自身の仕事、

老後の暮らし、経済的なものも含めて将来のことを考えると、先が見えなくて、すっきりしない不安感がある。

どうにかなるよと超越しきれずなにか軸となるものが欲しくて、大多数に合流したり目の前に

ある強力なメソッドにすがりたくなる。私自身を見つめるとよくわかります。私の中にそういう自分がいますから。

(少し違うかもしれませんが、子どもが難題を目の前にして、

くじけそうになるときも、きっと同じようにざわざわしているのでしょうね。)

でも私はそういう自分も抱えつつ、生きていくしかないだろうと考えています。

要所要所でバランスを取りつつ、本当の自分をみつけるしかないと考えています。

それが自分に責任をもった生き方なのだと考えています。

また、個々が創造的な意見を持つようになるよいきっかけはないだろうかと考えました。


先生は「トーク・トーク カニグズバーグ講演集」を引用されていましたが、私の今のところの考えは、
“本に限らず、魂が揺さぶられる、身体の奥に届くものとの出会い(柳田邦男さん?の言葉)が、

潜在的にもっている個々の考えを解き放ち、創造的な生き方につながるのではないか“というものです。
最近、河合先生や柳田邦男さんの本を読むことがありました。その中で、私自身、心が震えたり

、身体の中に奥行きを感じる体験をしました。すると、本の内容とは直接関係ないことで、

私の中の創造性が動き出しているのを感じたのです。
私は本を読むことが創造性につながることが多いのですが、誰もがそのような何かを持っていて

、きっと子供の頃夢中になった損得を考えないような一次体験をすることが、

個々の創造性を自由にして、自分が求める自分を生きることにつながるのではないかと考えました。

少し話しが変わりますが、「人間は創造力をもった唯一の種である。

(略)音楽においても、芸術においても、詩においても、数学においても、哲学においても、

有効な協力というものはない。ひとたび創造の奇跡が起これば、集団はこれを組織だて、

拡大することはできるが、集団が何かを創造することは決してない。

尊いのは個々の人間の独自の精神である」とスタインベックの引用がありました。

ここでいう創造力とは少し違うかもしれませんが、自分を生きている人たちの集合体の中では、

対話がうまれ、集団による創造がおこることもあるのではないでしょうか。 息子さんが

“奇跡的に切り抜けたときに絆が生まれるのは、大勢で何かするときの、一人でプレイするときの正誤とは別の価値”とおっしゃっていましたが、集団の中で奇跡的な絆がうまれたとき、集団の創造も不可能でないと考えました。

きっと複数で絵本を創作するときや、音楽活動の場では、集団での有効な協力による創造の

奇跡が起こっているのではと考えました。
最近私自身言葉を口にしたり、文字にしたりするときに、立体的なものにして伝えようと

していると感じることがあります。また子ども達を中心とした集団の中で絆がうまれている場では、

原因と結果など平面的な伝言とは違う、もっと奥行きのある、私たちそれぞれの生き方考え方や

自覚していないもっと多くのものも乗せて、立体的に伝えることができるのではないかと考えています。

実際に人類の進化の過程、文化の伝承や科学の進歩などの現場では、現世代までの集団に

おける創造の連鎖を次世代の創造につなげているのだと考えています。

ですからある意味私も集合体の中での創造の現場にいるといえるのではないかと考えています。

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< 8万人が同時に「ポケモン」ゲーム 「無政府状態」か「民主主義」か >の記事も下に紹介しておきます。

 

8万人が同時に「ポケモン」をプレー?配信サイトで大実験……と

CNNニュースでも取り上げられているゲーム映像配信サイト『ツウィッチ』の実験が

数日前からおこなわれています。

 

ゲームボーイ用ソフトのポケモンを「社会実験」と称して

改造した人がいるらしい。

 

主人公のレッドをチャット欄にコマンドを書きこむと動かせるようになっています。

レッドは、参加者が増えるにつれ、動きが取れなくなっていました。

 

その混乱ぶりを見た作成者が、75%の賛同を得たら

現状通りのコマンドが反映される「無政府状態」モードか「民主主義」モードに

切り替えることができる、という修正を加えたのだとか。

 

その話題を耳にして以来、わたしもこの「ポケモン」ゲームの行方が

気になりだして、朝、息子と顔を合わせる度に、

「ポケモン、どうなってる?クリアできそう?」とたずねるようになっていました。

 

この実験が始まった当初から、日に数回、このサイトに加えて

この話題で盛り上がっている海外と日本の掲示板の両方をチェックしている息子が、

「まだまだ、クリアするのは無理かもな」と答えてから、

こんなことをつけ加えました。

 

息子 「無政府状態が行き詰ってにっちもさっちも行かなくなると、

大勢が民主主義に傾くんだけど、少しするとそれが窮屈になってまた無政府状態に

戻るのを繰り返しているからね。

 

これ、海外でプレーしているからこんな流れになっているけど、

プレイヤーのほとんどが日本人だったら、「無政府状態」か「民主主義」かモードが

選べるようになった時点で、デモクラシー派がずっとゲームを引っぱってくことに

なって、あっという間にクリアーしてしまうんじゃないかな?

掲示板見ていても、ほんとに、日本人というか、アジア圏の人は真面目だな。

 

 どっちがいいか正しいかってのは抜きにして……

つまり、ぼくは無政府状態がいいとはちっとも思っていないわけだけど……それでも、

日本の掲示板で誰もかれもが一致団結して、「民主主義」モードに切り替えて

より短い時間でクリアすることだけを当然視する様子を見て、

多数決の状態で、より早くクリアすることを目指すんだったら、

一人でプレイするのとどう違うのか、疑問を感じたよ」

 

わたし 「そうよね。多数決で進むゲームなんて、少しも面白くないわね。

プレイするにしても、見るにしても」

 

息子「そうなんだ。より効率的にクリアーすることだけを最高善としてしまうと、

何万人もの人がプレイすることの意味が見失われそうでさ。

日本の掲示板では、誰も少数派を安易に切り落とすデメリットを口にしないし、

投票制で多数決することに慣れすぎて、

デメリットがあることすら忘れているようでもあるよ。

 

そういえば、中学の時、こんなことがあったんだ。

K先生が体育館クラス全員で一斉に手を打たせてから、

初めてみんなの心がひとつになったと言ったんだ。

自分は、初めてこの「パン!」を聞いたときに心の底から感動した……とも。

でも、ぼくは、それは無理矢理に強制されたから指示に従っただけで、

みんなの心が一つになったという表現はちょっと違うな、と感じたんだ。

 

何万ものがプレーしている状態で無政府状態を続けると、

大多数が正しく効率的にゲームが進行することを望んでいても、自分勝手に振舞う

人や他人の意見を聞かない人がめちゃくちゃにしてしまうのは事実だよ。

 

でも、この実験が、

どんなにひどいことが起きても裁かれないような状況でも、

奇跡的にうまくいくことがあるってことも示しているんだ。

結果として同じでも、

そんな風に個人個人が自由意志のもとで行動した上で先に進むのと、

1人の指示……それが多数決という指示だったとしても、

それに従って、先に進むのでは、ずいぶんちがうんじゃないかな」

 

息子 「実際に完全に多数決派に主導権を譲らない限り、

ゲームに決着がつくのかすら怪しいんだから、

日本の掲示板の意見は正しいといえば正しいんだろう。

海外のゲームの進行具合は無茶苦茶といえばその通りだしね。

ぼくも、どっちがいいって思ってるわけじゃないんだ。

 

ただ、今までツウィッチで起こってきたことを見て、

絶対絶命のピンチに直面したときの、向こうの人の切りかえの早さというか、

柔軟性にはびっくりしたよ。

日本人が同じ実験をしていたらもっと早くクリアしていたかもしれないけど、

ここで行き詰ってしまったら投げ出してしまうだろうなって場面があるんだけどね。

みんなが自由意志で自分勝手にプレイしながらも、そうした緊急事態に

やたら強いというか、何とか持ちこたえていくところがすごいと思ってさ。

 

これまでも、みんなで同時にポケモンゲームをするのと同じようなことを、

日本でも真似ようとしたことはよくあったんだけど、

いつも盛り上がりに欠けて、失敗していたんだ。

 

それって、やっていることの根本にあることを理解しないで、

形だけを真似ようとしてきたからかな、って感じたよ。

 

今回の実験で言うなら、ゲームだからより短時間にクリアするという

唯一の正解とそれ以外の不正解という捉えではない

どうして何万人なのか、このゲームにどんな意義があるのかも

考えてみるということだけど」

 

わたし 「何万人もの人が同時にプレイするとなると、

もし、最終的にクリアできなかったとしても、クリアできない状態が

長引けば長引くほど、ある意味、シュミレーションの結果としては面白いわね。

何万人もの人が、一人ですればすぐにクリアできるようなゲームに

多くの時間を浪費するとしたら、

その価値は確かに短時間にゲームを終えることではなく、

良いことも悪いことも含めた、ゲームのプロセスで起こったことのはず」

 

息子  「そうだよ。といっても、事件がたくさんあるほどいい、

大勢でやるから上手くいかないほうが盛り上がるってことじゃないんだ。

 

統率が取れたり、取れなかったりして先が見えない状態が続けば、

不満が出てくるのは当然だよ。

そうしたストレス下にあるときや、それを奇跡的に切り抜けたときに絆が生まれるのは、

大勢で何かするときの、一人でプレイするときの正誤とは別の価値といえるのかも。

 

これがゲームであるからには、多数決状態に固定されたまま心を一つにしていると

錯角して意識通り進んでいても、不満はあるはずだしね」

 

わたし 「民主主義は大事だけど、多数派が必ずしも正しいわけじゃないし、

たとえ多数派の意見の方が本当に正しかったとしても、

小数派の意見をないもののように切り捨てていいわけじゃないわ。

 

そういうこと、親子間でもよくあると思うのよ。

特に相手が幼い子の場合には。大人と子どもは多数派と少数派のような

力関係ができてしまうから、そこで優位にある大人側が正しさを振りかざして、

まるで子どもに自由な意志などないかのように扱ってしまうこともある」

 

息子 「ゲームを早くクリアしたい気持ちと同じように、

何歳までに何ができて、何歳までに何ができるか、ということだけを正解と

思ってしまうと、そうなるのかな」


続きを読んでくださる方はリンク先へどうぞ

 

8万人が同時に「ポケモン」ゲーム 「無政府状態」か「民主主義」か 3

8万人が同時に「ポケモン」ゲーム 「無政府状態」か「民主主義」か 4

 
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子育てで気をつけていたこと

2018-12-24 17:52:49 | 番外(自分 家族 幼少期のことなど)

 

私のかなり手抜きでおっちょこちょいな子育ての中で、

大事にしていたことが2つあります。

子どもが大きくなるにつれて、その2つに注意していれば、子育てって、

あとは何とかつじつまがあってくるんだな~と感じることが多々ありました。



<1つめのことと長い前置き>

私はずいぶん幼いころから、表面的な出来事や人の言動の背後にある

目には見えない力関係やエネルギーの流れを敏感に意識していました。

無意識の世界のやりとりのようなものです。

それは、父と自分との間にある奇妙な力関係から気づいたことでもあるし、

妹と母との間で、日夜繰り返されるドラマを外から眺めるうちに

感じたことでもあります。

また団地暮らしという環境ゆえに敏感になったものでもあります。

私の父は、これまでもブログで何度か書いていますが、子煩悩だけれど、

粗暴でわがままで、母からすれば今でいうDV夫。

ギャンブル中毒で、周囲のだれからも恐れられていました。

スポーツや肉体労働で鍛えあげた巨体で、女子どもに暴力を振るうんですから、

ひと睨みされたら最後、誰も父に反抗できる人はいませんでした。

一方、私は喘息や鼻炎や起立性の低血圧やら貧血やらで、身体が弱く(そんな私も

当時は毎日外遊びをしていましたが)内向的で引っ込み思案な性格で、

とにかくひ弱な印象の子どもでした。

それにもかかわらず、私は父をちょっと小ばかにしていて、

「お父さんは私のことを怖れてる。私が怖いんだ」と感じていました。

DVの人というのは、暴力を振るっていないときは、

ベタベタと優しくする~って話をよく聞きますよね。

私の父も同じく、激怒していないときは、何か買ってくれようとしたり、

お小遣いをあげようと言ったり、子煩悩そのものの姿を見せたりしていました。

妹やいとこは、父に当時はまだめずらしいドーナツ屋さんやレストランに連れて

行ってもらったり、おもちゃを買ってもらったり、お小遣いをもらったりすると、

もう目の色が変わって、父の思うままになっていました。

父がお店の近くまで子どもたちを連れて行きながら、急に気が変わったからと

帰りはじめたりすると、半泣きになってすがって、父の機嫌を取っていました。

私は父がそうやって人の心をコントロールしようとするやり口を軽蔑していましたし、

もともと、外食にもおもちゃにもお金にも興味がなかったので、

そうしたドラマの中ではいつも部外者でした。

すると、父は今度は私に嫌がらせを言ったり、にらみつけたり、

げんこつでこづいたりするのですが、それに対してもお腹の中で、

そうした父の幼稚さをちょっと小ばかにしているもんですから、

怖がりもしませんでした。

そんな私を父がどこかで恐れている、怖がっているというのは、

妹や母には遠慮のない父が、私の前では途方にくれた小さな子どものようにも、

老いた老人のようにも見える弱々しい一面を時々見せていたからです。

私は、相手が自分の前に釣らすエサに無関心だというだけで、

それがかなり大きな力になりうることを感じ取りました。

また、表面的に言葉でかわされたり、目で見える出来事の後ろには、

いろんな力がうごめいていて、さまざまな見えない力関係が

成り立っているのだと思いました。

 

虹色教室にやんちゃですぐ口答えする子が来た場合も、

私はすぐさまその子たちが私を巻き込みたいと思っている『力のゲーム』を

行えない状態にするので、

わがままが癖になっている子ほど、素直に私の言葉に従いがちです。

「ぼく誰々君いじめてやったんだ!」とか「~しんじゃえ」「つまんない」とか

言う子に、ショックを受けたり、言葉でわからせようとしたり、悪い子と決め付ける

態度を取ったりすると、たちまち、その子の力争いのゲームに巻き込まれて、

過去にその子が周囲の人と演じてきた悪い関係やドラマを繰り返してしまいます。

そうした言葉は跳ね返さずにきちんと受け取って、こちらから伝えたいことを

はっきり言うと、子どもはたいてい素直に従います。

それがその子お母さんとの間だと、お母さんが注意し、困惑するほど、

子どもは言うことを聞かなくて、好き放題するという繰り返しが続いていることが

多いのです。

 

私の母と妹の関係もそうでした。表面的なやり取りは、妹からのおもちゃを買って

欲しいとか、もっとテレビが見たいとか、母からのそんな贅沢許しませんとか、

テレビは一日○時間まで、とかの言い合いなんですが、

お互いの言葉が相手の気持ちを鎮める方向に働かず、

妹の方は、むしろいっそう気持ちが高ぶって、テレビが見れないんだったら、

すべて終わりだ、何もかもめちゃくちゃにしてやるくらいの勢いになっていくし、

母は母で、どうしてこんな子産んだんだろう~こんな子いらない~

思いきりおしりをたたいて思い知らせてあげなくては……

くらいの追い詰められた気分になっていくんです。

そこまで激しくやりあっているものが、『魔法使いサリーちゃん』ならまだしも、

『デビルマン』ですから……私は母と妹の気が知れませんでした。

そこは、テレビ番組じゃなくて、レストランでもなくて、

目には見えないけれど、お互いが相手を自分のものにしたいというような

力のぶつかり合い、エネルギーのやりとりが背後にはある—。

子どもの頃はそれを言葉にできたわけではないけれど、雰囲気で感じていました。

目に見えない力関係とかエネルギーとか無意識というと、

何だかもやもやと捉えにくい感じがするでしょうね。

テレビやインターネットや宣伝広告があたり前となった現代は、

こうした目には見えない力やエネルギーが乱用されている時代です。

人工的でクリーンで無害そうに見える場所にも、操る側の意図があって、

無意識レベルで操られる側のひとりへと仕立てあげられてしまう

仕組みがいっぱいです。

 

無意識というのは意識されないから無意識です。

テレビで自分よりずっと立派に見えるタレントたちが、口をそろえて、

出された食べ物に「おいしい~!」と笑みを浮かべるのを見続ければ、

自分の味覚と関係なく、みんながおいしい~と言うときには、

「おいしい~」と言うべきなんだな~と知らないうちに学習してしまいます。

食品会社の思惑で、食品添加物いっぱいの新製品を

「おいしい~おいしい~」と食べさせられてしまうくらいはかわいいもので、

しまいには政治や戦争への参加、不参加を決めるような大きな決断をくだす際も、

自分がお留守のまま反射的にみんなに合わせる人が増えていくのかもしれません。

 

話がずいぶんそれてしまったのですが、子育ての話にもどりますね。

大人の場合、自分が感じていることを無視して、操る側や力を乱用している側に

同調する悪い癖がつく程度ですむものの、

子どもの場合、操る側や力を乱用している側が期待していることが、

自分が楽しいことなんだ、うれしいことなんだ、欲していることなんだ~と

間違っちゃうこともよくあります。

そうして子ども時代から自分がスカスカのまま、周囲の思いを自分の思いと

勘違いして育ってしまった子の犯罪や自殺や心の病があとを絶ちません。

だから私は、わが子が何ができるようになったかとか、何ができないかとか、

先生からどう評価されているかとか、

何を食べ、何を着て、どんな家に住んで、どんな学校に通うのか、

なんてことは、ほとんど気にかけませんが、自分の心には細心の注意を

払っています。

エゴに絡め取られて、間違った判断を下さないように、

時々周囲のノイズから離れて、なるべくクリーンな状態を保つように

気をつけています。

それはけっしていつも良い人、良い親でいることではないです。

良い人、良い親であろうという思いだって惰性で仮面のように貼り付けていれば、

叱るときに叱れないし、

ルーズなくらいでいいときにやりすぎてしまいますから……。

ある程度ダメな親でも、子どもの人格や魂に対して、純粋で正直な気持ちで

向き合えたなら、子どもはとても幸せなんだと思うのです。

私も子どもの頃、最も幸せに感じたのは、母が自分の好きな針仕事に夢中になって、

母自身の夢を生きているのを感じるときでした。そうしたときは、私は私で、

自分にとって大事な何かを探しに行きたい気持ちに駆られるのです。

 

しかし、母が果たせなかった自分の夢を私の上にかぶせて

あれこれ期待するときには、心が萎縮し、

この世は何て退屈でつまらないところだろう!と感じていました。

そんなわけで、私が子育てで、気をつけてきたことのひとつは、

自分の心に注意する、です。子どものことで問題にぶつかった時には、

必ず、子ども時代の自分(インナーチャイルド)の気持ちに

おうかがいを立てています。

どんな親であってほしかったのか、子ども時代の私は今の私に訴えます。

すべてを呑むわけにはいかないけれど、正直に対応するわ……と、

現代の私はインナーチャイルドと会話しています。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<2つめのこと>

私の母は、私が何を言っても、何をしても、良いように解釈して、

ひたすらかわいがってくれました。

ですから、私には母から叱られたリ、注意を受けたという記憶が

皆無といっていいほどありません。

そんな風に猫かわいがりに愛してくれる母に対して、

私はいつも複雑な気持ちを抱いていました。

というのも、私のふたつ年下の妹は、それはそれは極端なほどに、

朝から晩まで叱られ通し~と言っていいほど、

毎日毎日、母とぶつかり合っていたのです。

それは妹がまだ赤ちゃんで、昼夜を問わず一日中わめくように

泣き続けていたころからはじまって、

2~3歳の反抗期も、幼稚園児、小学生、中学生となっても、

どの時期として落ち着いた良い関係というのはなくて、

いつも母と揉めていたからです。

ですから、私は母から特別にひいきにされる度に、胸が苦しくて、

うれしさと同じくらいさみしく悲しい気持ちを感じていたのです。

母にすれば、内気で、けっして反抗しない私の態度に、

自分が良い母であるという証明や癒しを求めていたのかもしれません。

私をひたすらかわいがることで、理想どおりいかない妹の子育てを頭から抹消して

理想の子育てを自分はしているのだと思い込みたいようなふしがありました。

母は、おとなしくてまじめで気が優しい性格で、良い子良い子した子どもが

そのまんま正直で純真な心のままで大人になったような人でした。

そんな母が父のような荒っぽいギャンブル漬けの人と結婚したのですから、

それまでの成長の中でどれほどバランス悪く

『良い人』としてしか生きてこなかったのかわかります。

母は自分の中に『悪い人』をほんの少し受け入れることさえ拒絶して、

自分の人生のバランスを取るように『悪い人』を

自分の代わりにすべて引き受けて生きてくれる父と結婚しました。

そうして生まれた長女の私には、自分の『良い人』のイメージをかぶせ、

父似の妹には、自分の中の『悪いもの』をすべて押し付けて見ていました。

そんな子ども時代の暮らしの中で、

私はいつも変わらぬ愛情を降り注いでくれた母に対し、

どこか屈折した思いを抱いていて、母の死に際に私が間に合わず、

妹が心を振り絞るように泣きながら最後を看取った事実に、

なぜか、ほっとする気持ちを抱いたのです。

私が母に屈折した思いを抱いていたというのは、母はとにかく優しい人では

あるけれど、周囲に可愛がられて育った未熟で弱さも残った性格で、

普段はとても優しくて、食事のことでも、服のことでも、

習い事や友だちのことでもそれは気を配ってくれるというのに、

肝心かなめの、子どもが大きな問題にぶつかったようなときには、

自分が一番パニックを起していて全然頼りにならなかったことでした。

中学に上った妹がたびたび問題を起したときには、

教師や相手側の言うことを鵜呑みにして、簡単に妹の気持ちを踏みにじったり、

裏切ったりする一面もありました。

それで、私は自分が子どもを育てるときには、大きな問題が起こったときこそ、

しっかりと親になろう!誓いました。

いつ自殺するかもしれない母をなだめたりはげましたり、

母に向かって妹の良い面を話して聞かせたりしながら過した思春期に

強く強く覚悟した言葉でした。

そうして、親になった私は、普段はかなり手抜きだけれど、

肝心の子育ての急所には、自分の精神力の全てを振り絞って、

覚悟して挑むようにしています。

受験なんかでも、子どもがうまくいかなかったときに、親まで泣いていたのでは、

子どもは苦しみから立ち直るだけでなく、

親の不安まで背負い込まなくちゃなりませんから……

そうした時ほどけろっとしています。

だからいつもは適当な親なんですが、こうした本当に子どもがSOSのときは、

子どもたちがしっかり頼りにしてくれるので、うれしく感じています。

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集団生活になじめない子と過ごすかけがえのない時間

2018-12-06 13:05:10 | 番外(自分 家族 幼少期のことなど)

いきなり個人的な話から入って悪いのですが、わたしは子どもの頃からの夢だった

こともあり、虹色教室の合間に物語を書いているんです。

これまで3作書いたのですが、そのうち2作は原稿用紙300枚を超える

長編になってしまい、字数制限の厳しい新人向けの公募先が見つからず、

いつかチャンスがめぐってくるまで家で寝かしておくことになりました。

そうやって物語を書きながら、子育てについて感じたことがあるんですよ。

物語書いていると、書いているうちに、「生む」行為に夢中になって、

だんだん何が何やらわからなくなって、

どこか客観的に自分の書いているものを見ていない

親バカ状態になるんです。すごくいいとか思っているわけじゃないんです。

わが子だから、どんなだってかわいい!という心境です。

そんなことを考えるうち、実際の子育てでも、そして物語の創作でも、

夢中で生んで育てている間、

子どもが自立しはじめて、世の中に出ていく準備を自分で始めるくらいまで、

それでいいのかな、という感じがしたんです。

物語の場合も、書きあがるまでの自分と自分の創作物との蜜月は、

一度、誰かに読んでもらう段になると、ぎくしゃくし始め、ゆっくりと終わりを迎えるんです。

それからは自分もそうした外にある客観的なまなざしで、自分の作品を眺め始めるので、

「ここもだめ」「あそこもだめ」とダメな部分も大いに出てきて、欠点を底上げしていく

作業に四苦八苦するわけなんです。

でも、そうやって四苦八苦できるのも、長い親バカな期間がしっかりあったからなんですよ。

とにかく自分の作り出したものが愛しいという気持ちがベースにあるからこそ

そうした厳しさを自分に課せるし、創作物自体がそれ固有の命を持っているかのように

私の予測を超えた成長を遂げてもくれるんです。

 

虹色教室の「私も親バカ万歳の1人です」とおっしゃるやんちゃくんのお母さんが、

「ダメなところというかきっと外の世界では?でしょうけど、

その時までゆっくり温かく育んでいくことが、

外に出た時の力になるのだろうなと思います。

かといって甘やかせば良いのではなくて、その子の力を見くびらないで、

接するようにしたいです。

うちの子の中心は輝いています。大切に育つよう見守りたいと思います。」

とおっしゃっていました。

 

その時、うかがった「中心の輝き」という言葉が、

その通りだな、と強く心に響きました。

教室にはいろんな子が来ていて、まるで台風の目のように、

周囲のいっさいがっさいを投げ飛ばしていくような

荒っぽいエネルギーを持った子もいるんですが、

その中心にはその子固有の命が輝いています。その子だからこそ、その子にしかない

輝きがあるのです。

密にずっとつきあっていると、困らされることも含めて

全てが愛おしくなってくるから不思議です。

 

 教室にはいろいろな理由で、(単に時間の調節の難しさなどからの子もいます)

グループから離れて、個別で見ている子がいるんですけど、

たとえ、最初の理由が「困りごと」を発端にしていても、

ひとりの子とじっくり関われるということは、ありがたいことだな、

と感じているんです。

先に書いた物語を生み出す過程にも似ていて、

その子の存在を自分の世界にいったん取り込み、

外の世界から離れた狭い暖かな世界で、育み守っていく期間を持つようなところがあって、

子どもと自分の間にまるで親子のようなきずなが生まれることも多いのです。

 そうした閉鎖空間の中で、ただただ親バカならぬ教師バカの期間を経ると、その後で、

その子は自分の置かれている外の環境を生きていこうとする力が

ついているのがわかるんです。

子育て期間で、子どもが他の子や環境と合わなくて、

外の世界から引きこもってしまう時期があるとしたら、

それはそれで、そうした秘密の庭のような自分たちだけの世界で、

子どもと過ごすことが許されている特別な時間でもあると思ってもいいのかな、

と教室で個別レッスンの子どもと私だけの至福の時間を味わうたびに、そう感じもしたんです。

「許されている」という言葉を使ったのは、

たとえ親が望んでも、子どもが新しいチャレンジや同年代の子との関わりを

求めて動き出す時には、自分たちだけの世界で遊ばせておくわけにはいかないでしょうから。

 

子どもが、環境にあわない時期は、

同時に個性的な才能なり

その子が愛情を注ぐものとの関係なりが、育つ時期でもあります。

 

ですから、子どもが幼稚園や学校で集団活動がうまくいかないような時に、

まるで戦地にわが子を送り出すような気持ちで集団に適応することだけを目標にして、

親も子も追い詰められる必要はなく、

その期間が許してくれる特別な時間を満喫してみるのもいいんじゃないかと思ったんです。

園や学校に通えなくなっている場合はもちろんですが、園や学校でうまくいっていない

わが子を見て、やきもきする場合もそうです。

 

そういえば、先日も、「うまくいかない状況」が作ってくれたこんな時間に

子どもも私もふたりで元気をもらいました。

 

その子は昨年まで、他の子の物を奪ったり、

他の子に手をあげたりすることが多かったので、

ひとりでレッスンに通ってもらうようになった子です。

それで、この1年ほど、親御さんにも席をはずしていただいて、

わたしとふたりきりで、ひとつひとつの物事にじっくりていねいに関わることや

想像力や思考力を使って遊んだり学んだりする時間を過ごすようにしてきました。

 

その日も、教室に着くなり、次々と目移りし、おもちゃを出して遊ぼうとするので、

「まず、気に入ったおもちゃをいくつか出してきていいけど、それを見て、

こんなものがほしいな、あんなものがあればいいな、

と思ったら工作して作ろう」と言うと、おもちゃを

あれもこれもと両手に抱えるように取ってきて、

「セブンイレブンを作ろうよ」

「それからマクドナルドと駐車場のところとダンプカーを作ろう」

と言いました。「それなら町を作ろうか」といって紙工作の道具や材料を用意したところまでは

よかったのですが、「そうだ、ケーキ屋さんもいるね」「それから公園も作らないと」

「それからコンクリートミキサー車も」と次々と作りたいものが膨らむ中で、

本人は、ちまちまと緑の紙を切って、「草」を作り、

その後、灰色の紙もちまちま切って「レンガ」を作って、

それまで作ろう作ろうと言っていた

セブンイレブンやらマクドナルドなどは、

「先生、作っとき」と私に丸投げしようとするんです。

「さぁ、マクドナルド、作らないと」と私を催促します。

思いや言葉と実際にすることとできることの落差のようなものが大きくて、

困り感を抱えているのです。

それで、「Aくんの工作はAくんが作るんだよ。先生じゃないよ。

どうしても難しいところはお手伝いしてあげる。さぁ、

お店の形を作る方法を教えるから、ちゃんと見ていてよ」

というと、「うん、わかった」と返事はいいものの、目はそわそわと空を動いていて、

「次は、駅を作ろう」

「次は、工事現場作ろう」と作りたいものばかり増えていきます。

私が簡単な工作の手本を見せている間も、新しくひらめくアイデアに夢中で、

こちらの手元に注意をとどめておくことはできませんでした。

Aくんは、この頃、園であまり問題を起こさなくなったようですが、

まだ互いに思いを通わせて遊びを共有する

にはもう少し時間が必要なようです。

(虹色教室で、こうした困り感を抱えていた子らは、小学校の2,3年

ごろには、友達を大事にするようになり、

仲良く楽しく遊ぶようになっています)

 

それで、私は2,3度紙を折って、切りこみを入れたら、

建物の形になる作り方の見本を見せました。

すると、「そうだね、そうだね!」と機嫌よく見ていたAくんは、

「じゃあ、火山と川と公園を作らないと」と作るものを3つも増やしていました。

これでは、いっこうらちがあかないので、タイミングを見て、

「次から次へと作りたいものが増えているけど、

先生に全部作っときっていうのはバツです。

ダメダメダメダメ。Aくんが自分でちゃんと作ってください!」とはっきり言うと、

はじめて、気づいたように、ちょっと考え直して、ぼちぼち作りだし、

しまいにすごくうれしそうに創作に関わっていました。

というのも、最近、文字の練習をしているので、「まくどなるど」とか

「せぶんいれぶん」などの

看板を作って、紙に貼り付けると、自分の作りたいものになると

発見したようなのです。また、トラックの作り方を習った後で、

荷台に自分がちまちま切り刻んだ

紙のレンガを乗せるうちに、だんだんやっていることに

興味が出てきたようなのです。

 

私が弟くんがお母さんと公園に行くための地図を

描いてあげたことを思い出した様子で、「そうだ、地図を描こう」と言いながら、

町にする画用紙の土台に、道や「公園の裏の壁になっている家」

(お母さんと私の話を聞いていたんです)や

駐車場の車を乗せるスペースを描いて、満足そうな笑みを浮かべていました。

 そうして、工作をしあげた後で算数のプリントをする時、

本人にすると120%くらいの集中力を注いで、一生懸命取り組んでいました。

こうした子どもとふたりだけで過ごす時間というのは、こちらが子どもに教えるだけでなく、

子どもの発想や知恵、今超えようとしているものなどが、ごくごくささやかなものでも

見えてくるような余裕があるし、そのひとつひとつに感動や喜びという

フィードバックをしっかり返してあげることもできるんです。

ちょっと話が脱線するのですが、先の「中心の輝き」という

言葉を使っておられた親御さんが、

「子供のやっている遊びが一見生産性のない遊びだったりしても、

その中に広がりを感じることがあります。

子供の行為の裏に、面白いという感情を感じたり誰かのために一生懸命だったり。

そういうものを感じると、ムダだとか、それをしてくれなくて良いとか、

とてもいえなくなります。歓迎されないものであっても」とおっしゃっていたことがあるんです。

子どもの行為の中に「広がりを感じる」という子どもとの繊細な関わりは、

集団の場ではなかなか叶わないもので、ちょっとそこから引きこもった

のんびりおっとりした無駄のあふれる時間の中でこそ、見出せるものかもしれません。

 

たとえば、「看板作り」は、次々思いつくけれど、ひとつひとつに

関わるのが難しいAくんが、今、自分ができる力で、

自分の思いついたものに一通り関わったという自信を

与えてくれる飛び切りの秘策だと思いました。そこにも広がりがありますよね。

Aくんは、絶え間なくおしゃべりしていて、作業の方は亀の歩みで進んでいるわけですが、

そうしておしゃべりしながら、いっしょに行動を調整するうちに、

次第に自分の言葉で自分を励まして、やらなくてはいけないことに

方向を見出す力を蓄えているんです。それは、

算数のプリントをしている最中に

わからないところにぶつかるたびに、言葉で自分を導きながら、乗り越えていく姿に

垣間見ることができました。

環境への不適応は、ある意味「負け」のようで、

一度は撤退を余儀なくされることもあるけど、

そこに適応している方が優れていて、適応できていないから劣っているとか、

適応していることが正しくて、適応していない状況が間違っている

わけではないな、と感じています。

そこにある豊かさのようなものを味わう余裕があってもいいな、と。

 

子どもが元気で「そうしたい」という意志を持てば、

親がどんなに子どもとふたりきりの時間を過ごしたくても、

手を放していかなくてはなりません。

子どもに必要なのは安全な膜で、安全な壁ではないんです。

でも、不適応という機会が、特別な不思議な時間を作ってもくれるのだと感じたんです。

私はそうして教室の子らとふたりっきりで遊ぶ時、

お互いを癒してくれ、成長させてくれる

魔法のようなプロセスが展開していくのを実感する時があります。

 

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子の夢 親の夢 子の人生 親の人生

2018-11-18 19:27:45 | 番外(自分 家族 幼少期のことなど)

この記事は5年以上前のもので、この頃に比べると息子はすっかり大人になりました。

わたしも当時は夢だった物語を書くことを、3作目の物語を完成させることで、

自分の現実の暮らしの中に根付かせるようになりました。

最近の教室の様子をアップしようと思っているのですが、写真の整理が追い付かないので、

もう少しだけ過去記事でがまんしてくださいね。

 

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わが子が幼い頃や小学生時代、いっしょに交わす会話が面白くてよく記録に取ったものでした。
それが子どもが成長するにつれ、学校、通学、趣味、友だちとのつきあい、バイト……と親より慌ただしい生活をするようになって、
顔を合わせて話をする時間が激減していました。

それが、受験生になった息子が学校が休みの日も 遊びに行かずに家で勉強するようになって、勉強に疲れると気分転換に家族としゃべる機会が増えて……。

そうするうちに、自分の中にむくむくと「子どもとの会話を記録しておきたい」という思いが復活してきました。
「なぜ?」と問われたら困るのですが、カメラ好きの方が わが子の姿を写真に残しておこうとするのと近いものだと思います。



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先日、進路について悩む息子から相談を受けました。
進路といっても、大学や学部選びはもう自分の中で決まっているようで、
迷っているのは将来の仕事に向けて 
これから何を学んでいくべきか、
就職する会社はどのような職種から選んでいけばいいのか
といったことでした。

途中で現われたダンナが、
「先のこと考えて御託並べてないで、まずしっかり勉強しろ!」
と雷を落とし、
息子が「受験勉強はしてるさ。でも闇雲に勉強するだけでは、大学卒業時にそこから4,5年かかる勉強をスタートすることになって、出遅れるよ。ビル・ゲイツが成功したような まだネット社会が未完成だった時代じゃないんだからさ」と言い返すシーンもありました。

夕食後に3時間近く話しあって、
最後には、「話をしてみてよかったよ。おかげで行きたい方向がはっきり見えてきた」と言われて胸が熱くなりました。
息子の進路について相談に乗っているつもりが、
私自身の進路というか……これから自分が歩んでいく方向性のようなものを考えるきっかけにもなった会話でした。

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息子 「最近、ただIT関連の仕事がしたいと漠然と考えて、
大学で情報工学を学ぶだけじゃ、
本当にやりたい仕事からずれていくような気がしてさ。
ITといったって、今はひとつひとつの分野が専門的に進化しているから、
それぞれの先端じゃ互換性はないはずだよ。

だからといって念のためにと あれこれつまみ食いするように学ぶんじゃ
1しっかり学べるところを、2分の1、3分の1ずつしか学べなくなってしまう。
今、一番迷っているのは、ソフトを作る力を蓄えるか、ハード面で強くなっておくかということなんだ。
もしこれまでのネットのあり方を根源から変えるようなものを作りたいとすれば、大学を卒業しても、そこから研究生活に入ってく形になる。
それがぼくが本当にやりたいことなのか、自分にあっていることなのか迷っているんだ」

私 「今後、ネットの世界は飽和状態に向かうと考えているんでしょ。
ただプログラミングを学ぶだけでは、いずれ、どんなに質の良いものを作り出しても、競争の中で消えていくだけかもしれないわ。
だったら、時間や手間がかかってもハードそのものを扱う勉強をした方がいいんじゃないの?」

息子 「勉強や研究が嫌なわけじゃないんだ。」

私 「早く働きたいの?」

息子 「それもあるけど、それより自分が本当に創りだしたいものは何なのか、そう考えていくと、今 立ち止まってじっくり考えておかないと、
何となくそっちの方が良さそうだという気分に流されるうちに、自分自身を見失いそうな気がしているんだ。
それで、ぼくの、ぼくだけの特技ってなんだろう? 
将来の仕事の決め手になるような他のみんなより誇れるところって何だろうって煮詰めていくとね、
『みんながみんな左に向かっているときにも、右に向かうことができる』
ってところだって思い当たってさ。
じゃあ、そんな自分が活かせる仕事、いきいきと働き続けることができる仕事は何だろう
……それとぼくが創りたいものの本質は何だろうって考えていたんだ」

 

「『みんながみんな左に向かっているときにも、右に向かうことができる』能力って、単にひねくれ者ってわけじゃなくて、
多くの人がいっせいに左に向かっているときって、
その時点で もう本来の左に進むべき目的が見失われているときがあって、
みんな薄々、それには気づいてるんだけど、
動きが取れなくなっていることがあるよね。

そんなときにぼくは
潜在的にそこにある大切そうなものを汲み取って、
ひとりだけでも右に方向転換することができるってことだよ。

そういう能力が将来、活かせるかもしれないって気づいたのは、
プログラミングを自分で学んでいたときなんだ。

学べば学ぶほど、より優れた技術、より精巧な動きっていうのを、
無意識に求める気持ちに呑まれていくんだけど、
一方で、より面白く、よりすごいものを作ってくって
技術面だけにこだわってていいのか? って考えたんだ。

もちろん、技術の向上が大切なのはわかっている。
でもね、もし技術ばかりがひとり歩きして、こんなものが欲しいという人の欲望みたいなものから離れてしまったら、
それは死んだ作品じゃないだろうかって。

ほら、3Dテレビって今どんどん進化しているじゃん。
100年前の時代だったら、
3Dテレビを作り出すために一生かけてもいい、
3Dテレビをどんな苦労してもひと目見たいって、願った人もいると思う。
で、今、3Dテレビがそれほど求められているのかっていうと、
100年前と比べると、それに対して人々が抱いているロマンのようなものが変質したと思うんだよ。
それでも技術革新は必要なんだろうけど、
同時にどうしたら生きた作品を生み出せるのかって考えるときが
来たんじゃないかな?

それで、ぼくは技術を身につけて、自分で制作に入りたくはあるけど、
その一方で、『プランナー』といった面を持っている仕事も
自分にあってるんじゃないかと思いだしたんだ」

私 「生きている作品ってどんな感じのものなの?」

息子 「感情を揺さぶるライブ的要素も持った作品かな?

今の世の中がこんなにも『うつ』っぽくなっちゃった理由は、
何でもかんでも、そうしてはならないものまで、
品物化していった結果だと思うんだ。

ほら、エンデの『モモ』って童話があるじゃん。
あれを子どもの頃に読んだとき、
みんな何日で読んだ~何ページも読んだ~
他の本と比べてどのレベルで面白かったかってことばかり話題にして、

どうして、自分自身の今の生活が、
時間泥棒に奪われているモモの世界の出来事と
同じことが起こっている事実について考えてみないんだろうって

不思議だったんだ。

みんなはどうして人間としての自分の感情を通して、
物と付き合わないんだろうっさ。

いろんなものを品物として見るって、
高級料理にしたって、勉強の授業のようなものにしたって、品物化されて、
数値化されてるよね。

友だちのようなものまで、
ネット内でボタンひとつで友だちかどうか選別したり、
グループ内で友だちを格付けしたり、友だちを数でコレクションしたりする
ようになってくる。
でも、本当は、そんな品物化した『友だち』を、誰も求めちゃいないはずだよ。
友だちを欲するのは、友だちという人を求めているというより、いっしょになって団結して何かしてみたり、
冒険したり、共感しあったり、
そこで動く感情を欲しているはずなんだから。

みんな感情を求めていて、それに気づいていないんだよ。
何でも品物化したあげく、これは品物にしようがないっていう感情でしか処理しようにない『死』を、偏愛する人も増えている。

もし、IT産業で何かを作っていくにしても、
そんな風に物を求める根底になる感情の流れを揺さぶる生きた作品を作ることを目指していきたいんだ」


息子 「ぼくはずっとゲームクリエイターになる夢を抱いてきたけど、
ゲーム好きの人たちと自分の間には、
かなり感性の違いがあるのはずっと感じてきて……
最近になって、本当にぼくはゲームが好きなんだろうか?
って思うことが増えてきたんだ。

ぼくがゲームに対して感じている面白さって何なんだろう
って突き詰めてみると、
さっきお母さんが京都の巨大鉄道ジオラマの話をしていたから
閃いたんだけど、

『仕事の遊び化』って部分に

惹かれているんじゃないかと思うよ。

ぼくがゲームを面白いって感じている基盤の部分に、
この『仕事の遊び化』を生み出したい気持ちがあると思ったんだ。

ジオラマ作りに参加した職人やアーティストは、
退屈で苦しいはずの作業の中に、わくわくする楽しい気持ちやフローの感覚を抱いていたはずだよ。

この『仕事の遊び化』って、昔から人が苦しいものを喜びに変えたり、
辛い作業から楽しみを抽出する知恵として
存在しているものだと思うんだ。
たとえば、プラモデルなんかも、設計の仕事から、
楽しい部分だけを抜き出したようなおもちゃだよね。

ぼくがゲーム作りをしたかった一番の理由は、
ゲームという媒体を使って、
人間の営みをいろんな視点から眺めたり、そのユニークな一面に光を当てる
のが楽しいからなんだって気づいたんだよ」

私 「『仕事の遊び化』……そうね。日本が豊かになって、
物ではうんざりするほど満たされた後に、
きっと人はそうしたものを求めだしているように感じるわ。

遊び化といっても、遊び半分という意味でなくて、プロフェッショナルとして、天職として仕事に関わるとき
そうしたものを感じることができるのよね。

人の営みの面白い面を再体験したいって思いから
ゲームは生まれたのかもしれないわね」

そう言いながら、私は息子が小学生のとき 
モノポリーが好きでたまらなかったことを思い出しました。
何度やっても、いつも息子の一人勝ち。

どんなに他のメンバーの情勢が良いように見えるときも、
なぜか最後には息子の戦略にまんまとはめられて、
お金をほとんど奪い取られてしまうのでした。
手作りモノポリーもたくさん作っていました。

モノポリーは投資のゲームですから、それもおそらく『仕事の遊び化』という一面で惹かれていたのでしょう。

息子 「現実に体を動かしてやった方が面白いものを、
ゲームにするのは好きじゃないんだ。
どんなにリアルさを追求しても、実体験には負けてしまうから。

でも、そこのゲームの世界も、より美しい画像で、より高い技術でってことを追いかけていくうちに、人間的な部分が置いてけぼりになっている気がしてさ。
人が何を面白く感じ、何に心が動かされるのか……って所を見失ったまま進化が進んでいるようだよ。

それで、そうした世界でぼくは本当にゲームが作りたいんだろうか?
面白いものが作れるんだろうか? って思いだしたんだ。

先々、ゲームを作るにしろ、作らないにしろ、
まずゲーム会社とは全く職種の違う世界で働いて、
そこでの仕事に熱中しながら、自分の作りたいものを捉えなおした方が
いいような気がしているんだ」

 

私 「どんな職種を考えているの?」

息子 「アプリケーションの制作会社とか、
それか、シンセサイザーなんかといっしょに新しい音響機材を作る会社なんかも考えている。

ゲームを作りたいから、
新しいエンターテイメントを生み出したいから、
ゲーム会社に入るというのは、ぼくにはあっていない気がするんだ。
そんなことを思いだしたのは、マンガを読んでいたときなんだけど。

今さ、たくさんマンガの勉強をしたんだろうな
という技術レベルの高いマンガ家がたくさんいるんだけど、
そりゃぁたくさんの人がマンガを描いているんだ……
でも、どれを読んでも面白くないんだよ。
生きている作品がないって感じ。

一方で、ある時期までマンガとは全く関係ない異分野の仕事をしていて、
途中でマンガ家になった人たちが描く職業マンガが、
けっこう面白くって、このごろ気に入ってるんだ。

単純に考えると、少しでも早い時期からマンガを描き始めて、
それだけに打ち込んだ方が、良いものができるに決まってるって思うじゃん。

でも、マンガの世界もある程度
成熟し終えた面があるから、
無意識のうちに すでにできあがった価値観の影響を受けながら、
その世界でよりすばらしくって技術を向上させるだけじゃ、
人の心が動くような作品は生まれにくいんだよ。
その点、異業種から遅れて参入してきた人の作品は、
多少いびつなところがあっても、
思いもかけない斜めからの視点があって
新鮮で読みたい気を起させるんだ。」

私 「そうね、ものづくりの現場でも
そうした異業種同士の連携が、
不況を超えるカギになっているようだものね。」

息子 「ぼくも、自分が抱いている面白さを追求する道を、
既存のイメージができあがっている世界ではなくて、
ストレートにそのまんまじゃない……
別の職種の枠の中で探求していく方がいい気がしてきててさ。

そう考えだしたのには、受験勉強の影響もあるんだ。

受験って、ランキングで格付けされて、合格の道筋がマニュアル化されて、
いかにも品物化が進んでいる分野でもあるけど、
でも勉強していると 意外なんだけど、どの勉強も人間的な性格的なものが
その底にあるんだなって気づかされることがよくあったんだ。

かしこさって、いかにもIQや頭の回転のよさだけで測られるように思うじゃん。
でも、国語を学ぶって、結局は、そこにあるのは人間の営みや生きていることへの理解を深めることに過ぎないんだって学ぶほどにわかってくる。
文章のすばらしさをただ公式を当てはめて、答えをはじきだす作業じゃなくて、
読む文章から生きていることの何かを受け取ることが国語なんだなって。

数学のように、人間的なものからかけ離れているように見えるものでも、
生きていることのすばらしさを放っておいて、存在しないんだよ。
数学がすばらしいのは、そこに
人間的な評価が潜んでいるからでもあるんだから。
それで勉強するうちに、自分が表現したいものは、この人間的なことや
生きる営み、人の感情を揺さぶることを抜きにして考えられないなって。
そうした本質的なものを含んだ作品は、小さな枠の中で近視眼的に
他人と技術を競うだけでは生まれてこないと思ったんだよ」

私 「さまざまな物や行為と『生きて存在していること』の関わりを考えていくのって、哲学の世界では大事にされていることよね。
哲学って難解なイメージがあるけど、実際には幼児が考える疑問のように……ごく基本の基本みたいなことを扱っているわよね」

息子 「うん、そうそう。哲学って、存在する全てのものを意味でつないでいるものだと思うよ。
それは勉強を極めていった選択肢の先っぽにあるんじゃなくて、
もっと身近な……人が手にするひとつひとつの物……えんぴつでも服でも何でもいいんだけど……や、
『生活の営み』全般の芯の部分にあたるんだろうな。

だから、特別にかしこまらずに、もっともっとみんな
普通に哲学に触れればいいのにって思っているよ。
自分の中に持っておくというか……。

哲学だとハードルが高いんなら、詩のようなものでもいいんだ。

哲学にしても詩にしても、
形容できないものを、文字の媒体で表そうとすることじゃん。

形容できないものを形容しようとする試みがなかったら、
『友だち』というのを数や格付けとイコールで結ぶようなもので、
人の行為は、
『名前を付けられた空のパッケージ』ばかりになってしまうよ。」

私は息子の口から詩という言葉が出たのでとても意外な気がしました。
詩を読んでいる姿を見たことがなかったので。成長すると、身近にいても親が知らない面がいろいろあるもんです。

息子 「詩なんていうと、デザートのように思っている人もいるだろうけど、
『生きる糧』のようなものじゃないかな?

そうした自分の内面の芯のようなものがないままに、
どんどん勉強して、どんどん知識や技術を吸収して何を得たとしても、
それは人としての『基盤の幸せ』を失うリスクを犯すことに
ならないのかな?

生きていくことの手段に過ぎないものを
全てであるように錯覚している人がたくさんいるから、
そこで暮らしている子どもたちにしても、
もう本来の『子ども』って存在じゃないように見えるよ。

他人の評価に依存するものに、
自分を全て明け渡して、
自分の中にある形容できない何かを、
まったく無いもののようにしているんだから。
じゃあ、もうそこには自分がないってことじゃないの?」

息子の言葉を聞いて、私は昔、自分が書いた詩のことを思い出しました。
それで詩画集を持ってきて、次のような詩のページを広げて
息子に差し出しました。「同じようなこと考えるもんでしょ。やっぱり親子よね」
そういえば、息子に自分の詩を見せるのは初めてでした。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    ハーメルンの笛吹き

もしも君たちが   自分の言葉を裏切るなら
もしも君たちが   平気で夢を枯らすなら
もしも君たちが   太陽と風を忘れるなら
もしも君たちが   本当は誰も愛していないなら

ハーメルンの笛吹きがあらわれる   子どもを連れにあらわれる
遠ざかる笛の音をつかまえても    もうおそい

まちじゅうどこにも 子どもはいやしない
赤ん坊は赤ん坊じゃないんだ
子どもは子どもじゃないんだ
ちいさくたって同じ
のっぺりした顔の 大人ばかり

そののっぺりが 世界中を埋めつくしても
みんな平気の平左さ
だって ほら 世界中  もう大人しかいないからね

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
息子はえっ? と驚いた様子で、
「あっそうだ。お母さん、詩を書いてたんだったよね」と笑いながら読んで、ちょっと真剣な口調で、
「あ~わかる。いいな~。」と言ってから、
次のように付け加えました。
「親子だからどうって言えない面があるんだけど、
もし、これがお母さんの詩じゃなくて、目にしたとしたら、すごく好きになってた可能性があるな。」
と本当に感動している様子で言ってくれました。

「いつ書いたの?
詩集を作ってたのは見たことがあるから、その時?」

「絵はね。でも、詩はもっと前よ。★(息子)とそれほど変わらない年齢の時のものもあるわ。
ほら、これ。」
私はすっかり舞い上がって、別のページも
息子に見せました。

環状線 
という詩です。

「ほら、さっき★(息子)が言ってた……
何となくそっちの方が良さそうだという気分に流されるうちに、自分自身を見失うってあるじゃない。
褒められたり、期待されたりして、
ちょっといい気になってそれを続けるうちに、環状線に乗ってぐるぐる回り続けているってことがね。そのうち、本当はどこに行きたかったのか忘れちゃうってことが……。」

息子 「そうだよ。ほとんどの人が、人からえらいとか、目立ちたいとか思ってがんばっているうちに、気づかない間にその詩の環状線に乗っていると思うな。」

私はすっかりうれしくなって、
出逢い 
小さな友へ の詩も見せました。

すると、息子は笑いながらこう言いました。

「お母さんの詩、いい詩だよ。ぼくは好きだな。
お姉ちゃんが、いい詩が読みたいって探してたけど、意外に
お母さんの詩を読んでもいいんじゃないかな?」

私 「気に入ってもらってうれしいわ。
お母さんの詩が良い詩かどうかなんてわからないけど、
でも、今そうした詩を書こうと思っても、もう書けないから、お母さんにとっては貴重な詩なの。

だって、それはその時のお母さんの心の軌跡でもあるから。

環状線を書いたときは、
自分がいつのまにかそうした不安な状況に呑みこまれてて、降りたくてもどうやって降りたらよいのか見当がつかなかったのね。

それがきれいな詩を書くために、
過去を振り返りながら、上手に言葉を組み合わせるように書くんだったら、
お母さんにとってはあまり意味がないのよ。

その時、その時の心が抱く思いは、普遍的なところがあると思うの。
お母さんの心が感じる体験は、世界中のさまざまな人が同じように感じているだろうってこと。

出逢いの詩で書いたような心の体験が、人と真剣に出逢うときには
必然と言っていいほどあって、
たとえそれが苦しいものだったとしても、
そうした普遍的なものに触れて、
自分の目にどう映り、どう感じたのか……
『その時』を言葉にできたことが うれしいのよ。

評価されるかとか、認められるかなんてこととは別の問題でね。
どんな出来だって、作るのは楽しいものよ。

そしてこうやって、ちゃんとひとりでも読んでくれる人がいると
すごく感激するものだしね。
そうだ、★が11歳の時の姿をスケッチしたものと詩があったわ。
ほら、これよ」

11歳の孤独
息子は面白そうにそれを読んでから、懐かしそうに笑い出しました。
「ああ、この時のぼくは、ぼくで、今とはまったく違う心で、いろんなことを考えていたんだよな……今思い出すと面白いな」

私 「お母さんは子どもの頃からずっと児童文学の作家になりたいって夢みてきて、いまだに夢はずっと持ち続けているのに、遠回りばかりしているわ。

今の仕事が大好きだしね。
その時、その時、★が言ってたような『生きている』って実感を味わいながらきているから、
思い通りにいかないときも、それなりに満足しているの。
それに、自分を生きているとね、どの道を歩いていたとしても、やっぱり夢に近づいているように感じるわ」

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思い出話に 癒される

2018-11-17 20:31:42 | 番外(自分 家族 幼少期のことなど)

わたしはADD(不注意優勢型のADHD)傾向があるので、小心者で生真面目な性格の割に、

何かにつけてすることは大雑把で大胆で、しょっちゅう全身が凍りつくようなそそっかしいミスをしています。

ひどいミスをして落ち込んでいる時、ふと、心に過去のヘンテコな思い出話が浮かんできて、

妙に心が癒されます。

過去記事ですが、どうぞ。

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昨日、ツタヤでCDを選んでいたら、いきなりトントンと背後から肩を

たたかれて……振り向いたら、
背の高い20歳くらいの男の子(人?)がニコニコしながら
立っていました。

誰……???

と一瞬、面食らって、誰だかわからずに
ポケッとして、相手の目を見ていたら、「あ~!!!これは……!!」
と思いあたりました。
数年前に、私が大工仕事を教えてもらった小学生……!

<小学生の子に大工仕事を教えてもらった話>の記事に書いた男の子。

この記事の下に出来事をコピペしておきますね。

 

ということはまだ、中学生か高校生……?


すごく大人びていて、背丈も見上げる感じで対面しているんですが、


笑顔は当時のまんま~(いまだに友だちと思ってくれていたのか……?)

あまりに突然でボケていたので……「仕事は何をして……」と問いかけて、
「いや、まだよね……学生よね」とひとりごとを言っている間に、
ニコニコしながらさわやか~に去っていきました。

「よその子はすぐ大きくなる」っていう話……よく聞くけど
ホントだわ~と思った出来事でした。

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<小学生の子に大工仕事を教えてもらった話>

以前、近所の小学校でする子ども会主催の「凧作り教室」のお手伝いに
行っていたことがあります。
そこで、おとなしすぎる小学生と活発過ぎる小学生

(つまり両極に寄り過ぎて一周回って似たタイプの子ら……)
が、小競り合いを始めました。

私は、けんかを妨害するように、
二人の間に自分の「凧」を広げて、「凧」にイラストを描き始めました。


その前の年は「火の鳥」を描いたんですが、
その年は「だんじり」

すると、それまでけんかをしていた活発な方の子が、
さらに私の近くに席を移して、
だんじりの絵をなめるように見ていました。
そして、自分も「凧」にだんじりの絵を描き始め、
だんじりについて熱心に語りだしました。
私が、一番興味を惹かれたのは、
その子が、自分で、大工道具を使って、だんじりを作った…という話でした。

実は、私は、何年来、大工仕事にあこがれていて、
今は廃材や紙で工作しているけれど、いつかは木材で
子供用のままごとセットなど作ってみたいと考えていました。
それで、その子に、材料の入手先や道具について、
あれこれ質問しました。
すると、その子は、それは熱心に、

自分の作っただんじりを見に来るように……
それは、子どもが乗ったって大丈夫な作りなんだ…
今日にでも、ホームセンターと木材屋に連れて行ってあげるから、
「凧作り教室」の後の予定は空いているか?

とたずねます。

うーん、それは魅力的な誘いではあるけれど、
お母さんに聞いてみなくてはならないよ。
勝手によその子をホームセンターに連れて行くわけには…(連れて行ってもらうわけには……。)

といったんは、ていねいにお断りしたんですが、
帰りはしっかり我が家まで付いて来て熱心にすすめてくれます。
そこで、親御さんに連絡して、
(「うちの子でお役に立てるんでしたら、どーぞどーぞ」とのこと)
さっそく二人で買い物に出かけました。

「ちょっとお金がかかるかもしれないよ~
ドリルはまず必要だからね。
それと、サイズのちがう釘もいるし~。
それとさ~いらなくなったとき、リサイクル料金400円かかるかもしれないけど、大丈夫~?」としゃべり続けて、
男の子は、私の財布の中身をすごく気にしてくれてました。
そして、
ただで木材を分けてくれる材木やさんに寄ったり、
途中で家を建築中の大工さんに声をかけて、
木の廃材を分けてもらったり、
ホームセンターの特価品コーナでお買い得の板を集めて
くれたんですよ。

私の場合、買い物だけで、疲れちゃったんですが、
「だめだめ、思い立ったときに、ある程度仕事を進めとかなきゃ。」
と注意され、
さっそく「だんじり作り開始!!」

それが、のこぎりやドリルの音が思った以上に大きくて、

騒音だ~!


ご近所迷惑だ~!

と気が気じゃなかった私は、
なんとかそれらしい形までこぎつけたときは、
涙が出そうでした。

その子は、小学生とは思えない仕事っぷりなんですが、
勉強はすごく苦手なんだそうです。
そこで、大工仕事を教えてもらったお礼に、
製図に役立ちそうな算数を教えてあげるよ~と言ったんですが、
断られました。

それで、帰りに本人が持っていないというサンダーを
あげることにしました。
というのも、大工仕事を教わってみて、
「こんな都会の真ん中で、そんな作業できるわけない!」
という現実をしっかり勉強させてもらったからなんです。
それと、大工仕事の、大体の流れと、購入場所も
しっかり学習できました。(かかった費用のもとは取れました。)

「サンダーはかなり音が出るけど、大丈夫?」
「いつも使っている電動のこぎりも、電動ドリルも
同じくらいの音だから大丈夫だよ。
でも、ほんとのほんとに、サンダーもらって良いの???」
とその子は喜び勇んで帰って行きました。

その後、小学校の柵のそばで、数人の子と群れて遊んでいるその子を
見かけました。手を振ったら、「おっ!」と挨拶。
「だれ~?」と友達に聞かれると、
「ともだち~」と答えていました。

ともだち…ですか?

コメント

見えないものが見えるように 触れられるように  続きの続き

2018-06-06 15:15:34 | 番外(自分 家族 幼少期のことなど)

(ひと押しで、一番下の段まで宝が落ちる仕掛け作りに知恵を絞る)

 

わたしの話を聞いて、しばらく考え込んでいた息子は、こんな言葉を返しました。

 

息子 「もっともっと上を目指して、知識を増やして、技能をマスターして……

という形で、『単純なものから複雑なものへ』と進歩していくイメージばかり

重要視されがちだよね。

子ども向けにパッケージ化された体験はどれも、単純なものをひたすら足し合わ

せていって、より複雑なものを構成していく価値観でできているようにみえる。

 

でも、実際には、それとは逆方向に

『複雑なものが単純なものに書き換えられていく』ってプロセスも、

大事なんじゃないかな。難しいものを簡単な言葉で言いかえることや

情報のダイエットをするって意味じゃないよ。

 

ほら、ブレークスルーが起こると、それまで苦労して大量の情報を使っても上手く

いかなかったことが、シンプルな新しいやり方であっさり片付くようになるよね。

一つの方法が、それまでの膨大な情報を必要としていたことが、

一瞬にして少ない情報で行われるようになるってこと。

 

そんなふうに複雑なものが単純化されることって、

一人ひとりの頭の中では、よく起こることだと思うよ。

単純なものを複雑化していくのなら、努力次第で、誰がやっても同じプロセスを

踏んで行くよね。

でも、複雑なものを単純化する時には、何に着目して、それをどう捉えたか、

どう認識したか、どう意味づけたかが関わってくるから、

人それぞれ違ってくるはず。

複雑なものをどう単純化するかは、ただ知っているのか、理解しているのかを

分けるポイントにもなると思うよ」

 

わたし 「複雑なものの単純化……。今まであまり考えたことがなかったけれど、

確かに教室の子どもたちにしても、無秩序なものから秩序を見つけ出したり、

ただ『できる』だったものを、応用のきく『わかる』の形にコンパクトに書き換える

ときがあるわ。自分で意味を作りだす力を使って。

複雑なものを単純化するプロセスでは、それぞれの子の資質や個性がはっきり

出やすい気がするわ」

 

息子 「同じものを見ていても、それをどう解釈するかは人それぞれだから。」

 

わたし 「そういえば、遊びにしろ、工作にしろ、算数にしろ、一人ひとりの子が

強く意味を感じる部分の違いは見ていて面白い。

今ある環境ですぐに評価されるものもあれば、最終的にはその子の一番大事な力と

なるはずなのに、今は無駄に見えるか、良い成果を出すのを邪魔しているものもある。

お母さんがそういう力を活かしてあげられることもあるし、

この子はこういう能力があるんだな、と心に留めておくしかできないこともあるわ。

★(息子)は、幼稚園時代から、サイコロやチップやトランプをさんざん散らかした

あとで、その並べ方や出し方の中に潜在している秩序に気づいたり、

不思議を感じる点を見つけ出したりするのが得意だったわよね。

教室にも、着眼点や秩序の見いだし方は違うけれど、

そうしたランダムに見えるものから応用のきくシンプルな気づきを得る子らは

たくさんいるわ。

遊びの世界で、子どもがそうやって自分らしい資質を使うのを見るのはうれしい瞬間よ。

考えてみたら、子ども時代、お母さんが複雑なものを単純化する対象は、

いつも目に見えているものの目には見えない部分だったわ。

★のように見えないルールというものではないんだけど。

お母さんにも、子どもの頃のお母さん独特の『複雑なものを単純化』する感性の

ようなものがあった、あった。

団地のぐるりにピラカンサっていうオレンジ色の小さな実を大量につける木が植え

られていたのをしょっちゅう眺めていたのよ。

どんな葉の形でいつごろ実がなるか、なんて、植物図鑑的な興味は微塵も持たない

まま何年も過ぎたのに、飽きもせずに眺めていたのは、

こんなことを考えていたからなのよね。

このオレンジ色の実の一つひとつが顔で、それに一つひとつ心が宿っていたとしても、

お互いに同じ根っこでつながっているなんて気づかないはず。

知らないからけんかして、相手が枯れてしまったら、

結局自分も枯れてしまうなんてことはあるのかな……といったこと。

ピラカンサを見ながら、人間の場合、地球上を移動はしているけれど、

移動しながらも地球の一部としてひっついているってことはあるのかな、とか、

星の光は長い時間をかけて地球に届いて、ずっと昔の姿を今目の前で見ることが

できると聞いたけど、心は、光と同じような性質かな、とか考えていたわ。

団地の壁に貼りついている蛾を眺める時も、蛾の模様が偶然の産物には見えなくて、

進化の過程にどうやって、意味を持った画像が取り込まれていくのか、

誰のどんな目に映ったものが、何世代もかけて美しい模様を作っていくんだろう、

とかね。

受験に役立ったわけじゃないけど、それを思い出すと、自由でのびのびした幸せな

心地になるから、教室で接する子たちには、そういうその子ならではの頭や心の

使い方の自由を守ってあげたいと思う。」

 

 

コメント (1)

見えないものが見えるように 触れられるように   続きです

2018-06-06 09:25:37 | 番外(自分 家族 幼少期のことなど)

 

(「100ってどんな数?」)

 

わたし 「パッケージ化された体験?

そういえば、去年はいろいろな意味で……いい面も悪い面も、外にあるものとしても、

教室内の課題としても……それを意識しながら仕事をした1年だったわ。

 

事前に山にカブトムシやクワガタを放しておく、

『夏休みの虫とりイベント』みたいにわざとらしいものから、

フランチャイズ化している習い事にしろ、

消費者のニーズを盛り込む幼稚園にしろ、

情報網の中で先回りがあたり前となっている子育て環境にしろ、

いろいろな場が、それ自体で完結しているパッケージ化されたものになりつつ

あるわよね。どれも悪いものじゃないし、商品としての質を約束しようとしている

だけでもあるんだけど、なら何が問題なのかといえば、参加している子が、

あれこれ得ることはできても、人や環境と直に会話していくことができない、

ということにつきるんでしょうね。

 

自分の反応で環境が変化するということがないし、

自分の考えが、結果を別の方向に持っていくこともないでしょ」

 

息子 「パッケージ化された体験は、未来がある程度固定されちゃうし、

ほかの体験の代わりにならないところがやっかいなんだろうな。」

 

わたし 「ほかの体験の代わりにならないって、どういう意味?」

 

息子 「子どもの時に、野球とか将棋に夢中になっても、

そのまま野球選手や棋士を目指す人は稀だよね。

たいてい、夢中になっていた時にした体験は、新たに興味を持った体験の中で

更新されていくよ。

パッケージ化されて他人から与えられた体験じゃなくて、

本当に自分が関わっていた体験の場合だけど。

次のもっと自分にぴったりくる体験をした時には、

前にやっていたことが別の形で活きてくるし、自分にとっての意味もわかってくる。

 ぼくは、子どもの時に必要な体験って、それが別の体験と代替え可能なものか

どうかが、先々役立つかよりずっと大事なことだと思うよ」

 

わたし 「そうよね。お母さんも子どもたちと接していると、

いつもそれを感じるわ。

子どもって一人ひとり個性的だから、同じ体験をしていても、

その体験の何がその子に響くのか、何がその子に残っていくのかは千差万別なのよ。

例えば工作していると、

「これこれこういうふうにしたいんだ」「ここはこうでこうで」と

やたら注釈が多いけれど、不器用さのせいで仕上がりがいまいちって子がいるのよ。

それでも本人が楽しんでいるなら、工作をしながらおしゃべりしていた体験が、

理科や算数の図を見ながら分析していくのを楽しいって思う感性につながって

いくことがあるの。

一方で、作るものはこちらの模倣で作り方も大雑把なんだけど、

できたものを使って遊ぶのが大好きだった子が、それを劇遊びに発展させて、最終的に、

絵本や物語を作るのがその子の日々の楽しみになっている子もいるわ。

他の子が工作する間、ドールハウスにミニチュアを並べる遊びを繰り返していた子が、

最近になって、動画を撮影するのに興味を持ちだしたってこともある。

そんな姿を見ていると、

工作だったら、工作をいかに見栄えのいい作品を作らせていくか、

ピアノならどうやって短期間に上達させていくか、

スポーツなら競技でいい成績をあげるかっていう世界だけで、

どんどん追い立てていくのはどうかと思うのよ。

もちろん、そうした系統的な学びができるように整った環境が大事な場合もあるのは

よくわかるの。

ただ、何もかもが、そうなってしまうことが気になるのかな」

 

 

(立体迷路)

 

わたし 「何もかもが、そうなってしまうことが気になる……なんて歯切れの

悪い言い方になってしまうけど、自分でも自分の思っていることを整理して

捉えられていない状態なのよね。

 

話が脱線するけど……

子どもの頃住んでいた団地の敷地にある土で、お母さんたち当時の子どもは

よく遊んでいたの。棒を拾って、お姫様や絵描き歌のコックさんを描いたり、

ケンケンパや陣取りゲームの線を描いたり、水で周囲を囲った島を作って

蟻の世界を作ったりもした。掘ると粘土が出てくるのが面白くて、

半日かけて土を削ってみたり、泥だんごには向かない土なのに、

大量のどろだんごをこしらえて、

1階のベランダの下にある隙間に隠しておいて、何日もかけて磨いてた。

当時の子の目には、土は遊び道具のひとつとして映っていて、

さっき★が言っていた『単体で存在しているねじ』のように、

途方もないくらいいろいろな種類の可能性のイメージを重ねることができたのよ。

 

でも、今、砂場以外で、土があっても気づかない子も多いわ。そんなものに

自分の想像力や思考力を重ねていってもいいんだ、と思ったこともないはず。

わたしが子ども時代の情景を思い返すのは、

昔はよかったとノスタルジーに浸りたいわけでも、

昔の子はおもちゃもなしに上手に遊んでいたと自慢したいわけでもないのよね。

正論を振りかざしたいわけでも、自分のやっていることは正しいって再認識したい

わけでもない。

 

たぶん、今の幼い子や小学生たちと接していると窮屈そうに感じる自分がいて、

どうして自分がそう感じるのか正確な理由をつきとめたいんだと思う。

昔も今も、雨も降れば星も月も太陽も空にあるのに、不思議を感じて、

どうして?なぜ?と周囲や自分自身に問いかける子は少数派になりつつあるわ。

目に映るものに、自分の頭や心を使えるんだ、使っていいんだって気づいていないの。

お母さんが教室で教えたいのは、やっている内容がごっこ遊びであれ、

物作りであれ、実験であれ、算数の問題であれ、それに自分の頭や心を使えるし、

使ってもいいんだよ、ということにつきるんだと思う。

 

ただ、実際、教室という形を取って教え始めると、

他人から評価されるようなアウトプットやどんなすばらしい体験をしたのか、

新しく何を吸収したのかという点だけが注目されて、

それぞれの子がどんなものに対して自分の頭や心を使っていいと認識しているかを

気にかける人はあまりいないんだけどね。」

 

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