虹色教室通信

遊びや工作を通して 子どもを伸ばす方法を紹介します。

「興味を広げる環境を整えてきたのに知的好奇心が薄い気がします」 4

2015-02-27 11:37:38 | 子どもの個性と学習タイプ

「興味を広げる環境を整えてきたのに知的好奇心が薄い気がします」 1

「興味を広げる環境を整えてきたのに知的好奇心が薄い気がします」 2

「興味を広げる環境を整えてきたのに知的好奇心が薄い気がします」 3 の続きです。

 

子どもが夢中になっていることについて、

知的好奇心をくすぐるような話題や疑問を投げかけても、

「もう、いいの」と会話を終わらせたり、

楽しそうにやっていたことをやめてしまう子がいます。

Bちゃんも、自分のしていることを言葉で捉えなおすのを

極力避けたがる癖があります。

Bちゃんは自己肯定感が高くて知力がしっかりしている子ですから、

そういう個性として受けとめて、成長を待つのもいいのでしょう。

 

でも、これまで以上にBちゃんといっしょにじっくりと考える面白さを味わい、

会話を深めたいとすれば、これまでやってきたことの内容はそのままで、

それぞれのバランスを少し変えるといいのではないでしょうか。

 

Bちゃんのお母さんは、先のことを慎重にていねいに検討し、

最終的に無理のない適切な判断をくだす方です。

それ自体はすばらしいことで、これまでもよい選択をしてきたからこそ

Bちゃんがのびのびと子どもらしく成長しているわけです。

でも、今までBちゃんのことで、100パーセントそうして決めてきたところを

90パーセントか85パーセントくらいに控えて、

無計画でいい加減な部分を少しだけ残しておくと、

Bちゃんが思わぬ困りごとにぶつかったりジレンマに陥ったりする機会が

ほどほどにあっていいのかもしれません。

悩んでいる子を見守るのはつらいですが、いっしょに問題を乗り越えることで、

問題解決能力が鍛えられるし、メタ認知力も育ってくるはずです。

自分の経験していることに対するアンテナの張り方や責任感が違ってきます。

 

また、お母さんが、「Bちゃんにどんなことをしてあげようかな」

「何を教えようかな」「何を与えようかな」と考える比率と、

「Bちゃんは何を言おうとしていたのかな」

「夢中になっていたのは、何が心に響いているからかな」

「Bちゃんが自分から会話を深めていこうとする内容はどんなものかな」

ということに思いを巡らせる比率を、これまで9対1くらいだったのを、

5対5とか4対6くらいに変えてみるのもいいのではないでしょうか。

 

Bちゃんの生活の中で、Bちゃんが選べんだり決めたり、

それによって失敗したりする比率を増やしたり、

Bちゃんの考えに耳を傾けたり、Bちゃんに相談を持ちかけたり、

Bちゃんの表現活動に本作りやお話のひとこと感想や新聞作りのように

言葉を使うもの(無理に文字を書かさなくても、子どもの言葉を聞いて

大人が書いてあげるのもいいと思います)を加えていくのも大事なのかも、

と感じました。

虹色教室でも、そうした活動の幅を広げていってあげたいと考えています。 

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様変わりする算数セット……算数セットを使わない学校もあるそうです

2015-02-26 20:47:42 | 算数

最近の小学校の算数セットは、ひと昔前のものと比べてずいぶん様変わりしたようです。

かつてわが子の就学を控えた親たちをうんざりさせた算数セットの名前つけ作業も、

今では、単語カード風に束ねてある計算カードとせいぜい10個までの具体物、

プラスチックの時計などに名前をつければいいだけのようです。

算数セット自体、使わない学校すらあって、

ないならないで授業が成り立つなら、算数セットなどという面倒な道具を

どうして購入させていたんだろう、と古い教育の無駄なあり様を疑問に思う方も

いらっしゃるようです。

 

確かに、授業中の手遊びのもとになるようなセットがあるのは面倒なだけかもしれないし、

ちまちました小物は無くし物と忘れ物の元凶となることでしょう。

 

それでも、「1年生で教えるのはここまでだから……」という数の棒やチップの横で

幅をきかせる計算カードを目にすると、もやもやした心配が頭をもたげてきます。

かつての算数セットはよかったとか、今の算数セットではダメだとか、

そういうことではなくて、

それは、世の中のお母さんの考えや先生の考え方を象徴しているようでもあるし、

子どもの置かれている環境や子どもの脳内を具現化したもののようにも見えるからです。

 

教室に初めて来る年長さんや1年生の算数の力を見ていると、

「3+1=」といった問いには、即答できるのに、

★ちゃん、●ちゃんの前にドーナツのおもちゃを2個ずつ置いて、

「★ちゃんのドーナツを1個、●ちゃんにあげるとどうなるかな?」といった

質問には、首をかしげたままになってしまう子がけっこういるのです。

 

目の前の物を見ながら、「これをこっちに移動させたら、どんな風に変化するかな?」と

イメージすることができないのです。

物を手で動かさないでもイメージできるようになるには、

それまでに実際に物に触れて、手で操作した体験がたくさん必要です。

いくら計算カードで式を暗記しても、物をイメージして考えていく力が

伸びていくわけではないのです。

計算カードを暗記する時、子どもによっては、

まるで電話番号を丸暗記していくような理解で覚えていく子もいるのです。

 

また、3人の子どもたちがいる時に、

「★ちゃん、☆ちゃん、●ちゃんの3人の子の手の中に3個ずつおはじきがあるよ。

みんなのおはじきを合わせるといくつになる?」

とたずねても、ひとりひとりの子を指さしながら、

「1,2,3……4,5,6……」と見えないおはじきを数えあげていくことが

できない子もいます。

 

算数セットが貧弱になったから、

具体物を操作したり、イメージしたりする力が弱くなったというわけではないけれど、

できるだけ効率的に学習単元をマスターさせていくこうという考えを

世の中の大人たちがこぞって目指すことには、

意外な落とし穴があるのではないか、と考えてしまうのです。

 

 

2ケタの筆算はできるけれど、数の理解がほとんど進んでいない子たちといっしょに

100を作っていく遊びをすると、

それまで学校で何度計算プリントをしてもピンときていなかったことが、

ハッとわかる時があるのです。

 

「小学1年生で学ぶのは、この数まで」と決まっていても、

実際に目で見て、手で操作する数が習う数の範囲だけだと、

本当の意味で数について理解できるのでしょうか?

 

わたしは習うものが10までの足し算という時にも、

目で見て、身体で数を知るには、

100とか1000といった数を見たり触れたりすることが大事だと

思っています。

 

数というのが、どこまでも続く秩序として子どもの中に根付くには、

たくさんの数を見たり触れたりする体験が必要ですから。

 

算数セットにまつわる変化について、もやもやとした思いをくすぶらせていた時に、

内田樹氏の 子どもたちよ、英語のまえに国語を勉強せよ という文章を読んで、

自分が何に対して気を揉んでいたのか腑に落ちました。

この文章、英語について書かれているものですが、学習全般に通じる、

大事なことが述べられているのを感じました。

 算数セットの話題からは、少し逸れてしまうかもしれませんが……。

 

内田樹氏は、英語力が下がった理由は

「英語を学ぶと将来的に有利」などと、英語力を実利に結びつけるようになったから」と

おっしゃっています。

 

学習の“報賞”があらかじめ開示されると、

子供たちはいかに効率よく“報賞”を手に入れるか、最小の学習時間で、

最大の効果を求めるようになります。

頭のいい子ほど、「聞き流すだけで英語力が上がる」とか

「居眠りしながら英語力が身につく」といった市場にあふれている

「最小の学習努力で最大の効果」をめざしている学習法に傾倒しがちなのだとか。

 

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かつての「英語が好き」な子供たちは、誰に言われなくても英語の小説を読み、

英語の音楽を聴き、英語の映画を観て、厚みのある英語力を身につけた。

そのようにして得た英語力は試験の点数にそのまま反映されるわけではない。

無駄が多すぎたからである。入学試験に出るはずのない「無用の知識」を大量に

含んでいたからだ。

けれども、その「試験には出ない知識」が彼らの英語力の厚みを形成していた。

あらかじめ“報賞”を開示すれば、子供たちは必ずそこに至る「最短距離」

を探すから厚みがない。だから、「この教科を勉強すると、いいことがある」という

誘導のしかたはしてならないのである。

             

『子どもたちよ 英語のまえに国語を勉強せよ』内田樹

                      (プレジデントFamily 2013年7月号)

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「無駄が多すぎる学習方法に含まれる入学試験に出るはずのない大量の無用の知識が

かつての英語力の厚みを形成していた。」というくだりは、

自分の子たちを育てていて、強く実感しているところです。

無駄な過程を山ほど踏みながら、わが子たちが勉強したり、アルバイトして

社会と関わったりする姿を見ていると、

確かに、成功を約束された最短距離をひた走っていくのと違って、努力もしている、

能力も十分あると思うのに、それに見合う成果になかなか結び付かないな、と

もどかしい時期だってあるのです。

でも、「厚み」とか「深み」という言葉で、

そうした無駄の多い体験を経たわが子たちと向き合うと、

知恵にしろ、精神力にしろ、物事に対する深い理解にしろ、未来を思い描く力にしろ、

わたしが20代の頃といわず、今のわたしも到底及ばないな、とも感じています。

無駄もいっぱい含んでいるような何か自分を投じることから得るものの大きさ、

豊かさのようなものをわが子たちの成長から実感しています。

 

話がずいぶん脱線したので、算数セットの話題に戻りますね。

写真は、アスペルガー症候群の6年生の☆ちゃんの学習の様子です。

 

「1.3は0.1がいくつ分か?」という問いに、

「1.3個」という答え。

そこで、「0.1が2個だと、0.2。

0.3が3個だと0.3……0.1が10個だといくつ?」とたずねると、

「0.01」と答えました。

また、「0.1が10個だと、1よ」

と教えてから、「1.1は0.1がいくつ分?」とたずねると、

「1.1」と答えていました。

これは具体物を使って、何個なのかと数えているものと、0.1にあたるものを

目で見て確認しておかないと、こんがらがっているな、と感じたので、

キラキラした小物のひとつを0.1として13個並べて考えてみました。

そうやって、「0.1、0.2、0.3……と置いて行けば、

それまでこんがらがっていた知識もきちんと整理できました。

 

「1枚8円のシールを6人に5まいずつ配ると、いくらお金がかかるのか」

という問題も、

文章を読みながら具体物をセットしていってもらうと、

「~まいずつ」という言葉の理解につまずきがあることが判明。

「5まいずつくばる」という文を読んで、

人形にそれぞれ1枚ずつ、全部で5枚のシールを配り終えて、

「できた。配れない人形もあった」と言って涼しい顔をしていたのです。

 

これまで☆ちゃんは「~まいずつ」という記述が出てくる問題は

解けてはいたのですが、

「こういう言葉がでてきたら、掛け算をする」と覚えていただけで、

意味を正しく理解してはいなかったのです。

 

「5個ずつ9皿に分けると、3個あまる」という問題を

具体的に皿と小物で表してみるようにうながすと、

ひとつの皿に9個、小物を乗せており、「3個あまる」という部分は、

「3掛けるの?」とたずねて、計算式で紙に書こうとしていました。

 

☆ちゃんのように言葉と実際の物の扱いが結びついていない場合にも

学校で習っている期間は、計算ドリル等で同じ問題を繰り返し練習するので、

パターンとして解けるようになっていることはよくあります。

学校の先生も、親も、そうして形だけでもできるようになって、

テストで点を稼げたら良しとする風潮が蔓延しているように思われます。

 

それは算数セットを従来のものに戻せば解決する問題でもないでしょう。

でも、物を扱わなくても、計算カードで暗記だけして、

数式を扱えるようになれば問題なし……という方向に行き過ぎることには

危機感を覚えます。

 

勉強は、学校で習う内容を訓練したかどうか、それができるようになっているかどうか、

にだけ力を入れていても、

それ以外の無駄とも思われるさまざまな体験を経なくては、

きちんと力がついていかないし、正しく理解できないところがあります。

 

ゲームをして遊んでいると、

頭の使い方をきちんと習得していないことに、

成績が伸び悩みの原因が見つかることがあります。

写真のゲームは、青、赤、緑、黄色、紫の5色と

猫、犬、馬、牛、豚の5ひきの動物について、

青い猫、赤い豚、黄色い馬、紫の牛のように4ひきの動物、

それぞれに色がついているカードを見て、

そのカードにない色で、いない動物を場のカードから探す遊びです。

 

こういうゲームをする時には、まず、色か動物のどちらかを先に絞り込んで、

色は緑がないから……猫でも豚でも馬でも牛でもない動物の犬と

合わせて、答えは緑の犬ね……と判断すると、すぐに答えがわかるようになります。

 

そうした情報を処理が苦手だと、

色の情報を覚えておくことができなくて、動物だけで判断したり、

逆に色だけで判断したりしがちです。

 

カード遊びなんてテストではでない……と思うかもしれませんが、

そうした遊びの中で、手で物を操作しながら、

「問題文を読んで、書いてあることを記憶した状態で、

そこに描かれている図について判断する」とか、

「文中にいくつかの情報が含まれている時、ひとつひとつの情報を整理して

段階を踏んで解いていく」といった力が身に着いていきます。

 

「単元で習うことが、ちょっとでも早く労力を使わずにできるようになること」

だけを目指すことには

いくら表面的な知識は詰め込んでも、そうした頭の使い方自体は身に着きにくい

という難点があるのではないでしょうか。

 

幼児や低学年の子どもたちは、

本人たちが、学習の“報賞”や将来の実利の意味も知らないうちから、

「最小の学習努力で最大の効果」を与えようとする大人たちの

レールの上に乗せられていきがちです。

それは、子ども自身が、自分の判断で、少ない努力で多くの効果を得ようよ

模索すること以上に

学びの根っこをスカスカにしてしまうのかもしれません。

 

 

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小学2年生の算数学習につまずいたら……。

2015-02-26 20:43:48 | 算数

2ケタ~3ケタの数にあやふやなところがあると、

小学2年生の算数の学習でつまずいてしまう子がいます。

たとえば上の写真のように

10円玉五枚と50円玉一枚を見て、100円だとわからないような時は、

手で扱える教具(たとえばお金など)を使って

さまざまなパターンの言い方を練習してみるといいです。

 

「50円玉一枚と10円玉五枚で55円!」と間違えてしまう子と

作った手作り教具です。

60円なども6の指で表現してみることも理解を助けてくれます。

 

「70円と90円を足すといくら?」

 

指を使って、「50円と50円が合体して

100円になる」ということを確認しながら学ぶと理解しやすいです。

 

お金について学ぶと、2ケタ~3ケタの数を学ぶのにとても役立ちます。

写真のように、お金の上に薄い紙を乗せてクレヨンうやクーピーペンシルでこすって、

手作りのお金を作るのも楽しいですよ。

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かけ算の学習

2015-02-26 20:41:00 | 算数

 

「さんいちがさん、さんにがろく、さざんがく……」とアヒルを置いていった後で、

 

3×□+6 =3×4

 

3×3+3×□=3×4

 

3×4=3×6-□

 

といった問題(□を答える)を考えています。

 

目で見ているものは同じでも

表現の仕方を変えると、なかなか難しい問題になりますね。

 

見ているものをさまざまな数式で言いかえることができるようになると、

学習していることの意味の深い理解に達します。

 

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ひとりの子の体験がみんなの興味に。ひとりの子のひらめきがみんなの知恵に 

2015-02-26 13:05:42 | 通常レッスン

 

2歳3ヶ月の●くん、2歳9ヶ月の○くん、3歳11ヶ月の★くん、☆くん、

4歳5ヶ月の◆くんのレッスンの様子です。

 

3歳★くんは大きな声を出して大騒ぎしたり、

「ぼくがぼくが!」とお友だちの遊んでいるおもちゃを独占してしまったりする

困ったちゃんの一面がありました。

電池で動くような目新しいおもちゃは、★くんを激しく興奮させて、

手がつけられないような状態に陥らせることがあるのです。

 

その一方で、紙コップや色画用紙を切って工作したり、

簡単な劇遊びをしたりしていると、困ったちゃんぶりが一転、

エネルギッシュで創造力があって頭の回転が速い、

とても魅力的な性質が顔を出してきます。

そうした活動をたっぷりさせればさせるほど、他の場面でも落ち着きを見せてくるので、

★くんにとって創造性を発揮することがとても大切なのはよくわかります。

 

★くんは教室に着くなり、「紙コップはある?ひもとセロテープも!」と言うと、

あっという間に糸電話とタコを作りました。

「タコを操り人形にして劇をしてみる?」とたずねると大喜び。

セロテープとひもであやつり人形を作ると、人形劇を演じました。

 

それを見た阪急電車好きの○くんのために、電車の操り人形を作ってあげました。

劇を演じる側になったり、観る側になったり楽しいひとときです。

 

◆くんと●くんは最近、動物園に行ったそうです。

そこで、◆くんは、つるがどじょうをくちばしでくわえようとしては

つるんと何度も落としてうまく食べられないでいる姿をいつまでも眺めていたそうです。

それは魅力的なものを見ましたね!

それにそうした◆くんの姿をしっかりと心に残しておられる◆くんのお母さんは、

◆くん自身の内面世界としっかり関わっておられるなぁと思います。

 

グループのみんなで、◆くんが体験したことを劇に再現してみることにしました。

 

○くんが大好きな阪急電車に乗るシーンから始めます。

◆くんは自分ということにしている人形にブロックを足して

背を高くしました。お兄ちゃんだから背が高いのだそうです。

●くん人形や、★くん人形、☆くん人形も連れだって阪急電車で出発します。

さすが電車好きの○くん。すかさず「動物園前~!動物園前~!」と言いました。

 

動物園で降りた人形たちは、鳥の人形が毛糸のどじょうをつかもうとして

何度も落とす様子を見ました。とても楽しい劇でした。

 

わたしは子どもたちと劇遊びをすることがよくあります。

(幼児の子どもだけのレッスンでは毎回のように

劇を遊びに入れています。即興でストーリーを演じていく時もあれば、

子どもたちが脚本を考える時もあります。)

それって、「小学校時代の影響だな」と感じています。

ごく普通の公立の小学校だったのですが、校長先生がタカラヅカファンだったので、

クラス名は、雪組、星組、月組、花組でした。

毎月お楽しみ会では、脚本から演出まで全て自分たちで考えて劇を演じていました。

 

子どもの頃に自分たちで考えてワイワイ言いながら

何かを作り上げた思い出は、心の中にいつまでも残っていて一生ものの宝となっています。

教室の子たちにも、そうした「自分たちで!」の思い出を残してあげたいと考えています。

 

自由度のある創造的な遊びのいいところは、ひとりの子の体験や発見を

みんなで共有できることです。

たとえば、つい先日、☆くんは「トラ」と「ライオン」の違いに突如目覚めたそうで、

来る日も来る日も図鑑を眺めながら、「トラとライオンはちがうね~」と

確認していたそうです。こういう知識は、大人が教えこんだものではなく

子どもの中にある日、気づきとして到来したものだからこそ

感動的で、何度確認しても飽きないほど興味をそそるのでしょう。

 

そして、今回のレッスンでもトラとライオンの家族を集めて、違いに感動していました。

 

そんな☆くんの大発見をみんなで共有するために、今日の工作のテーマは

図鑑作りをすることにしました。

 

切り抜いてもいい雑誌類の中から写真を選んだり、紙を切り抜いたり、絵を描いたりして

めいめいが一生懸命作りました。

魚が大好きな◆くんが、今回はめずらしく「虫の図鑑を作る」と言いました。

 

好きな魚も瑠璃色の輝くようなうろこのものが多かったのですが、

図鑑に貼っていた昆虫もピカピカ輝くはねを持ったちょうちょや

玉虫色のかまきりなど美しいものばかり選んでいました。

 

そんな◆くんの「好き」に影響されて

もともとは電車や乗り物にだけ目がなかったこのグループの子たちは、

いつのまにか魚や動物や恐竜が大好きになってきました。

 

内気で控えめな☆くん。でも描く絵もこのごろブームというひらがなも

筆圧が強くてしっかりしています。

☆くんが文字を書く姿を見て興味を抱いた★くんも、「い」や「つ」などを

練習しました。

 

★くん作のおにぎりの本。梅干し入り、ポテト入り、いちご入りなど。

 

それを見た☆くんと○くんは、「うめぼしの本」を作りました。

 

○くんとわたしの合作です。働く車の動く図鑑。

 

車をスライドさせると、次のページの車が動きます。

 

最年少の●くんも最近はどの活動にもしっかり参加しているのにびっくり!

のりでトーマスの写真を貼っているところです。

 

 

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子どもの「どうして?」「なぜ?」に、どんなふうに答えたらいいですか?

2015-02-24 12:15:37 | 初めてお越しの方

4歳2ヶ月の★くん。

「すごいことを発見したから、どうしてなのか先生に聞く」と言って、

ウルトラマンの人形を持ってきてくれました。

 

子どもに「なぜ?」「どうして?」という質問をされたら、

図鑑を見せたり、ネットで理由を検索して教えるという親御さんがいます。

でも、わたしはそんな風にすぐさま答えを教えるのを急ぐことに反対です。

小中学生でも理解するのが難しい概念を、答えだけポンと与えられたら、

せっかく幼い子の中に芽生えた「なぜだろう?」と疑問を探究したいという思いが

しぼんでしまいますよね。

 

一方で、そうして答えをすぐに教えようとする態度には反対だけど、

教えないことで、子どもが、自分で答えにたどりつくことを期待するのも、

どうかと思っています。

自分で考えてほしいと願ったところで、考えるための方法も筋道も知らない子に

科学者たちが長年研究してわかったことについて、自分で気づいてほしいと思うこと自体

おかしなことですよね。

 

それなら、大人がうまく誘導して答えに自分で気づくように導いていけばいいのか、と

考える方もいます。

それもまた、せっかちな話だなぁ、と感じています。

 

子どもが「なぜ」と問う度に、その「なぜ」に対応する「答え」を

子どもの脳にインプットしていって、知識の豊富な賢い子を作り上げようとすることは、

子どもに考えるという行為を抜きにして、答えばかりを丸暗記するように勧めることにも

なりかねません。

 

幼い子たちの中に、

「どうして?」「なぜ?」という気持ちが生まれた時に、

どんなふうに考えていったらいいのか、

考える方法のお手本を示すことはできます。

好奇心を追いかけていく楽しさをいっしょに味わうことはできます。

 

それについて、いくつか具体的な方法を書いてみようと思います。

 

「どうして?」とたずねられたら、

まず、いっしょに、「どうしてだろう?本当に不思議ね」と共感すると、

子どもは、自分の発見した不思議の価値を感じて、

外の世界にいっそう心を開いて、もっとたくさん「どうして?」という謎を

見つけたいと思うようになります。

 

また、「どうしてかな?」と大人も疑問を抱く姿を見て、どうしてなのかと

考えていく行為に引きこまれていきます。

 

ここで、大人が図鑑を持ってきて、「こうこうよ」と教えるのだとすると、

「ああ、考えなくても、答えはあの中に載っているのか。」と思うでしょう。

 

考えるためにはいくつか方法があります。

 

ひとつは、観察しながら、「こうじゃないのかな?ああじゃないのかな?」と

推理してみることです。

推理が間違っている時は、「こういう理由で、それは間違っている」と指摘することで、

答えに近づいていきます。

 

★くんの大発見というのは、こんなことでした。

何でも★くんがウルトラマンの人形をお風呂に入れたところ、

小さくなったそうなのです。

 

「本当に?本当に大きなウルトラマンの人形が、

お風呂に入れると小さくなっちゃったの?」とたずねると、

★くんは真剣な表情でうんうんとうなずきました。

 

「それは面白いから、みんなでお風呂に入れてみよう!」と言うと、

いっしょにいたお友だちたちも興味しんしんで集まってきました。

 容器に水を入れて、ウルトラマンを沈めてみます。

すると身体が縮んで小さくなったように見えます。

 「小さくなった?小さくなったね」とめいめいで確認しあいながら、

いろんな角度から眺めました。

 光の屈折のせいで、水の中のウルトラマンは小さくなったように見えます。

 

でも、それを4歳の★くんが理解するのは、まだもっと先の方がいい気がしています。

それよりも何か大きなものが小さなものに変化する理由で、

★くんにとって考えて検証しやすいことを話題にして、

「こうじゃないかな」「ああかな?」とおしゃべりするのは楽しいです。

 

「ウルトラマンがね、お水の中でせっけんみたいに溶けてしまったのかな?

溶けちゃったから小さくなったのかな?」

とか、

「ふうせんみたいに空気がブクブク抜けちゃって小さくなったのかな?」

とか、

「魔法の呪文をかけたのかな?小さくなあれ、小さくなあれって」

など。

 

こうした会話は、光の屈折という正しい答えを早く知って欲しいと

あせっていたとしたら、意味のない無駄なおしゃべりにすぎません。

 

でも、大きなものが小さくなる不思議について思いをめぐらせるなら、

どんな場合、大きなものが小さくなるのか、それにはどんな条件がいるのか、

うさんくさい間違った考えというのは、

どんなところがおかしいんだろうと気づくようになるには、子どもが目で確かめて、

「でも、それちがうよ。おかしいよ。だって……」と指摘できる内容で

こうじゃないか、ああじゃないか、と知恵を絞る経験がたくさん必要だなと感じています。

 

「どうして、空の色は変わるの?」と

たずねられたなら、子どもの生活の中で色が変化するのはどんな場合か考えて見ると、

「お空に誰かが絵具を流したのかな?」

とか、

「空の電気を点けたり消したりしているのかな?」

「虹の色が、溶けていったのかな?」

などと話をすることができますよね。

 

その後も子どもとの生活の中で「色が変わる」というものに気をつけておいて、

「洗濯機の中でぐるんぐるん回したら、茶色い靴下が白くなったね。

お空は、風がヒューヒューぐるんんぐるんきれいに洗ったから、

洗濯物みたいに違う色になったのかな?」

とか、

「☆ちゃんがわんわん泣くとね、ほっぺたが真っ赤になるね。恥ずかしい時も赤くなるね。

空も悲しいことがあって、色が変わるのかな?

恥ずかしいから、色が変わるのかな?」などと声をかけていると、

子どもは色の変化にはさまざまな要因があることに気づくでしょうし、

それぞれの違いを観察しながら理解するにつれて、

自分なりに「どうして?」という疑問の答えを探りはじめるかもしれません。

 

こんな方法を身につけると考えることが上手になります。

 

1 よく観察する。いろいろな視点から眺めて見る。

 

2 実際にやってみる。いろいろと試してみる。

(ウルトラマンを持ってきた★くんは、教室のさまざまな素材やサイズの人形を

水につけてみて、小さくなるか確かめていました)

 

3 他のよく似たものと比べて見る。同じところと違うところについて話し合う。

 

4 「こうじゃないかな」と推理してみる。

推理が正しくない理由を言う。推理が正しいと思う理由について話しあう。

 

5 疑問を抱いたものの原理がわかるような物作りをする。

実験をする。

(はさみはどうしてにぎると、ぱちんと閉じるのか……といった疑問を持った子とは、

割り箸を輪ゴムでとめて、シンプルなしかけを作りました)

 

↑ 空洞内をゴミに見立てた発泡スチロールの玉がくるくる舞う

掃除機を作りたかった■くん。

でも、100円ショップのミニ扇風機を取りつけて、作ってみると、思うように空気の流れが

作れず、悪戦苦闘していました。

狭い空間内で、風はどんな風に動くのか、

作ることでいろいろな気づきがあったようです。

 

 

「泡はいったいいくつまでできるのか」知りたい◆くん。

シャボン玉液にストローを入れて、息を吹き込んで行くと

大量の泡がつくられていきます。

できた大きな泡をつぶすと、今度はどんどん泡が小さくなっていき、

泡の数も増えていきました。

 
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やる気と本気のスイッチが入るもと それぞれ  1

2015-02-23 14:09:59 | 子どもの個性と学習タイプ

自分の書いた本が虹色教室内でベストセラーになっていると聞いて、

物書き魂に火がついた小3のAちゃん。

前回のレッスンでは、ベストセラー書の続編を書くために、

帰り支度をする数分の間も惜しんで書いていました。

1冊目よりも長い話にしたかったらしく、家に持ち帰って続きを書くことにし、

今回、仕上げて持ってきてくれました。

と、さっそく同じグループの子らの間で回し読みが始まりました。

それを見て、俄然やる気が出たAちゃん。3冊目を書く決意を固めて、

本にする紙の束を持って帰りました。

 

教室では本の他にマンガ雑誌も作っています。

なめこ図鑑 と 虹色教室の月刊マンガ雑誌

マンガ雑誌の編集会議に寄せられたマンガ原稿

 

カセット付き絵本と音読教材も作っていますよ。

旅のスクラップブックと音読教材 1

旅のスクラップブックと音読教材 2

 

やる気と本気のスイッチが入るもとは、人それぞれですよね。

子どもも同じです。

何がモチベーションになるか、ひとりひとりの子の違いは見ていて面白いです。

将来もきっと、そうしたやる気と意欲のもとが、

仕事や日々の暮らしをいきいきさせてくれるのでしょうね。

 

わたしにしても、今、心から楽しいと思えるものはどれも、

子どもの頃にワクワクした体験と根っこのモチベーションはいっしょですし、

うちの子らにしても、赤ちゃん時代も二十歳を過ぎた今も

やる気を本気スイッチが入るもとは、変わってないな~と感じます。

 

百人一首をした時のこと。

勝ち負けのあるゲームに参加をするのをしぶるAちゃんは、札を読む役を買ってでました。

98枚の札(2枚なくなっています)を全て読み切ったAちゃん。

「負けるんじゃないか」「上手くできないんじゃないか」と思うと

すること自体にしりごみしがちなAちゃんですが、実際、実力があるし、

やり始めたことを根気よく続けていくエネルギーは誰にも負けないのです。

長距離走を完走しきったような興奮の後で、

算数の学習では、他の子らが手を着けなかった問題を力技で解き切りました。

 

 

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文字作りゲーム 楽しみ方いろいろ

2015-02-22 17:41:10 | 教材作り

年中、年長グループで、文字カードゲームを作って遊びました。

それぞれの子が、画用紙を切って作ったカードに自分の書ける文字を書きました。

文字を書くことができない子は、薄い紙になぞり書きをしてカードを作りました。

文字カードの隅には、1や2や3など好きな数字を書きます。

 

 <遊び方>

作ったカードを表の状態で場に置きます。

順番に場からカードを選らんで言葉を作ります。

写真の「いす」でしたら、カードにある数を足して、

「3+2=5」とし、5つチップをもらいます。

たくさんチップを集めた人が勝ちです。

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カードに書く数を自由にしていたら、200や1000の数を書く子もいました。

チップの代わりに子ども銀行のお札を使ってゲームをしました。

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『メークワード』という古い古いゲームが、教室内で流行っています。

このゲームを手に入れるのは難しいでしょうが、

お家にひらがなカードがあれば作れるので、

興味のある方はいらなくなったカードを再利用して遊んでください。

 

教室では、本来のゲームのルールを少し変えて遊んでいます。

(その方がゲームの流れがスムーズになったり、計算の答えが大きくなったりして、

ゲームが面白くなるので)

 

◆教室で遊んでいるルール。

たて、よこ、ななめに文字を作っていきます。

クロスワードのように置いた文字が成り立たない場所ができなくても、

ひとつの文字ができればOKという甘めのルールです。

 

かんばん→かんばんとう(ばんとう)→かんばんとうがらし(とうがらし)

 

と文字を下に続けていくのはOKだけど、

必ず、自分が置いた文字が最後の一字(他の文字につながらないところ)

になるよう置きます。

 

文字カードにはそれぞれ異なる数が書いてあります。できた文字にある数を足して

得点にします。

最後の文字を置いた場所が、「2倍マス」「3倍マス」なら、

文字を足しあわせたものを2倍、3倍にします。

 

(お家にあるひらがなカードでゲームする場合、ボードを作るのは大変なので、

紙の一部「2倍」「3倍」と書いておき、その部分にカードが重なった時に

かけざんするルールでも遊べます。

 

文字が、同時にふたつ以上できた場合(たて、よこで二種類読める時など)

(2+3+5+6+1)×2+(3+3+5)×3

のような計算になります。

 

得点のチップをもらえるとなると、子どもはこうした暗算を

とても楽しくおこないます。

 

高学年の子らとこのゲームをする時は、

「形容詞と動詞だけで、文字を作る」時間、

「固有名詞がOK」の時間、

「形容動詞と名詞だけで、文字を作る」時間などを設けると、

とても面白かったです。

30とか100といったある得点が貯まった時に

交換するグッズを用意しておくと、得点計算が楽しくなります。

 

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遊びが育むやる気 と 問題を乗り越える力

2015-02-21 13:09:55 | 息子とおしゃべり(ときどき娘)
この記事を探しているという方がいらっしゃったのでアップします。
 
 
『お母さん、火って何から出来ているの?』という
 6歳のタロウくん、2歳のハナちゃんの日々をつづったブログを
 いつも楽しく見させていただいています。
 このタロウくんとハナちゃんの思いつきや工作の仕方……言動もですが、
 うちの子たちの小さいころにすごく似ていて、
 読ませていただいているうちに思わずうちの子たちが小さいころに
 タイムスリップしています。
 失礼ですが、お母さんのふるまりさんのゆるい対応(ごめんなさい~)も、
 私の子育ての手抜きワザとそっくりで……世の中、似たような方法で
 子どもと付き合ってく方もいるもんだな~と
 ちょっとびっくりしたりもしています。
 そんなふるまりさんの
 ★タロウのプレゼン失敗と、本当の「問題解決能力」という記事に、
 次のような思いがつづってありました。
 
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タロウには(ゆくゆくはハナにも)、自分のやりたいことをやるために、
 
どんな状況であっても諦めずに努力する力、をつけていってもらいたいと
 
思っています。
 
そのためには、少々の困難(この場合はダンナのダメ出し)にもくじけず
 
「では、どうすれば良いのか」を考える力をつけていくのが大事なのかなと。

でも、そうやって、「問題を乗り越えていく力」というのは
 
なかなかエネルギーがいるもので、そのためには、その原動力となる、
 
「~したい」という強い思いがなくてはダメです。
 
子供であれば、遊びがその原動力となると思いますが、その遊びを通じて、
 
「~するためにはどうすれば良いのか」という対応能力を、
 
つけて行ってもらいたいなーと。
 
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読ませていただいて、
 
そうそう~うちの子たちのやる気と自発性と
 
何があってもめげずに問題を乗り越える力や、くじけなさは、
 
小学生時代に毎日、毎日、遊んで遊んで遊びつくしたあげく
 
作られていったものだな~と思い当たりました。
 
どちらかというと、うちの子たちは、飽きっぽかったり、人間関係で、
 
打たれ弱かったりする所があったのですが、
 
子ども同士わいわい群れてする遊びは自然に子どもをたくましくして
 
くれるな~と思います。

前にも書いたことがあるのですが、

娘が5、6年生、息子が2、3年生のとき、近所の子どもたちと一緒に、

息子を社長にして、「そそそ会社」という架空の会社を立ち上げていました。

娘と娘の友だちは、いつも息子をからかったり、

キツイ言葉をかけたりしているのですが、社長に祭り上げているあたり……

遊びを生み出す発想力に関しては息子のことを一目置いてたんでしょうね。

「この子の思いつくアイデアに乗ってたら、はずれがなく面白いはず」と。


娘と娘の友だちは、いつも社長より一段上の会長職か何か……のような

立ち位置にいて、陰の支配者のようにも見えました。


この会社、子どもたちの思いつくままにどんどん事業を広げて、

(よく思いつくもの……と呆れるうちに……)

テレビゲーム製作部門、おもちゃ製作部門、販売部門、映画制作部門、

販売部門、プレイパークの運営……あげくの果てには、学校経営にまで

手を出していました。

それで、近所の低学年を勧誘して、面接試験をし、社員研修まで

おこなっていました。

この試験とか、社員研修といったアイデアや内容は、ほとんど娘の友だちが

考えていました。

「将来はシナリオライター?」と思うほど、おもしろおかしい文章や

アイデアがつらつら出てくる子なんです。

二階で好き勝手に遊んでいるのですが、時々、聞いていると、

この「そそそ会社」の面接試験も、経営している学校の入学試験も、

世間の価値観の逆さまなのです。

「トイレに行ったあとで手を洗いますか?」といった質問には

「いいえ」と答えないと減点されて、試験に落とされたりするのです。

本気で試験に挑んでいた子が、泣きながら試験に落ちた~と

私のところに訴えてきたこともありました。

時折、バーッと外に出て行っていなくなったな~と思うと、

バタバタ駆け戻ってきて、

また遊びが再開するという繰り返し……でした。


子どもって、親が選ぶ「良いこと」だけでは育たないな~

子どもが大きくなるにつれて感じます。

子どもの気持ちを前向きでチャレンジャーにしてくれるのは、

失敗したってどうってことない、飽きたら次を考えれば済む~という

環境のゆるさだったりします。

「新しくこんなことしてみたい、自分の全力をこれに傾けてみたい」

ひらめいたとき、一瞬の迷いも、大人への遠慮も、罪悪感もなく、

自分をその中にどっぷり投入できる……。

それが子供だけでする自由な遊びのよさですよね。

思い通りにいかないことが多いこと、頭をしっかり使わないと

すぐ退屈すること、きょうだいも、友だちも、自分から働きかけて、

一生懸命、説得するなり、ぶつかりあうなりしないと、親や大人たちのように、

簡単に折れてくれないこと……。

とにかくジレンマを感じる場面に何度もぶつかるし、

考えてもみなかった事態に遭遇することもよくあります。

でも、それが、「どうしてもこれがやりたい!」という気持ちに駆り立てて

くれるし、退屈ついでの言い争いが、多少のことにくじけず、あきらめず、

どうすればいいのか考え続ける挑戦し続ける姿勢を作ってくれるのです。


私は毎日の子どもの生活に、退屈や無駄やけんかや、

大人から見ると「無意味で非効率的」なことがたくさんあるといいな~

と感じています。また、親の私が正しいと思う考えとは対極にあるものも

チラホラあるのがいいな~とも。

実際、子どもたちがかなり大きくなってみると、

私が価値をおいていなかったものが、

子どもたちを鍛え成長させてくれていたことがよくわかります。


ふるまりさんの記事にもうひとつリンクさせていただいて↓

★「輪ゴムをひっかけてあそぼう」オモチャ


タロウくんが地団駄を踏んで、「これがしたいんだ~」

「これじゃなきゃダメなんだ~」と訴えて、その熱意におされて、

しぶしぶ工作準備に手を貸す様子が描かれています。

これを読んで、そうそう~、もし最初から、

「お母さんはいつでもあなたの工作に手を貸しますよ、

スタンバイしてますよ」だったり、

「子どもに工作をしてほしいのは、

本人よりお母さんかもしれない」って状況だったり、

「工作教室で、きちっと材料が整っていて、今工作の時間ですよ」

だったりしたら、それほど工作に熱が入るのか……。

工作以外のことまで、貪欲にやりたいがんばりたいという気持ちが

起こるのか、疑問だな……と感じました。こうしたところに、

子どもをやる気にさせる、主体的にさせる原動力が生まれる

瞬間が潜んでいて、それは大人が「がんばって」作ろうとすると

すごく難しいことだなと感じるのです。

まず、本気で交渉すれば相手が動くという経験なり信頼感が

ベースにあって、それでいて、まあまあ手ごわかったり、

思い通りいかなかったりして、軽いジレンマや、必死に、あの手この手で

ぶつかる時間があって……

つまり、時間に追われていないことが大事で、

その後、人と人との間で自分の思いが達成できたという満足感が

残るという経験。

そうした繰り返しのなかでこそ、

自分の知力や、技術力や、体力や、精神力の限界が把握できるし、

自分が何がやりたいのか、内面から湧き上がってくるものを

実感できるのですよね。


2歳くらいの子でも、

新しいおもちゃを渡しても見向きもしなかったりするのに、

お友だちが持っていると欲しくなる、取り合うとさらに欲しくなって、

ものすごくやってみたくなる、

いつもならすぐに飽きてポイなのに、渡したくないからおもちゃに

熱中するという瞬間がありますよね。

そうやって人と人との間でジレンマを抱きながら、

自分の気持ちがワーっと湧いてくるから、

いろんなことに夢中になれるようになるのですよね。

もちろん勉強だって、大人の期待に応える形ではなく、

また級とか賞とか、プレゼントとか関係ないところで

「自分自身の心が強く強く何かを欲した経験」がベースになって、

がんばれるようになるのだと感じます。


うちの子たちの小学生時代のことを思い返すと、何が良かったのかって、

大人の価値観に真っ向から反抗して、好きなように無駄をやりつくして、

ひとつも「大人のため」が入っていない世界で、自分のしたいことをした、

やりたいことのエネルギーがいくらでも湧いてきたという

経験なのでしょうね。

そこで、すっきりとゼロの自分になって、

自分の人生にどんな計画を思い描こう、この人生に自分の知力、技術、体力、

精神力の全てを投入して何をやってやろう!

って力が湧いてきたのでしょう。

そして、今度は、一歩、現実の世界にも足を踏み入れて、

その力を勉強なり、人との関係の構築なり、使い出すのだと思います。

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どこまで教える?どのように教える?教えてはダメなこと、教えないとダメなこと。

2015-02-20 10:01:41 | 教育論 読者の方からのQ&A

2歳半の●くん。

駅に屋根をつけようとして、うまくいかずに挫折。

●くんのお母さんが教えようとすると、プイッとどこかへ行ってしまいました。

その後、わたしが●くんと駅の屋根作りをしながら、

どのようにすると子どもが集中してお手本を見て、こちらの言うことに耳を傾ける

ようになるのか実演して、●くんのお母さんに見ていただいたのですが、

肝心のコツの部分がうまく伝わらなかったようです。

 

そこで、わたしが教える際に気をつけていることについて、

少しくわしく説明してみることにしました。

 

●くんへの教え方については、続きの記事で紹介しますね。

 

わたしが、レッスンで物作りの活動を大切にしているのは、

工作技術の向上や手先の器用さを高める意味もありますが、

 

「お手本をきちんと見る」

 

「大人の話に耳を傾ける」

 

「自分の考えを上手に表現する」

 

「人と協調しながら作業に取り組む」

 

「現在の自分自身に自信を持つ」

 

ということを、一回、一回の場で身体を通して学ばせるために最適だから、

という面が大きいです。

 

そうしたことを子どもに習得させるには、

子どもをサポートする大人が、教え方を洗練させていくことが大切です。

 

 

まずは、過去記事から。

 

4歳8ヶ月の★くん。

教室の棚に飾られていたほかの子の作品(かたつむり)を見つけて、

「これ作りたい!」と言いました。

まず最初に、かたつむりの殻の部分作り。

ピラミッドを作るようにだんだん底が広がるデザインです。

幼稚園や学校のように集団に向かって教えるのでなく、個人か小集団に教えている

虹色教室では、その良さを生かして気をつけている点があります。

それは、手伝い過ぎない、必要以上に教え過ぎないことです。

どんな大人の手伝いも、だんだん必要なくなるように、少しずつ手抜きしていって、

しまいにその部分では「卒業」、「自分ひとりでできる!」ようにしていくことです。

だんだん子どもに仕事を預けていって、製作でしたら最終的に、


目標設定と、それをきちんと言葉にして説明する

材料の準備

製作過程で考えながら進める


新しいアイデアを思いつく

アイデアを生かして取り入れる

わからない点、教えて欲しい技術をたずねて、集中して大人の説明をきく


問題点や改善点に気づく

自分で問題を解決する

製作を振り返り、工夫したポイントなどを説明する

といったことを、子どもがすべて自分でやり遂げ、達成感や自信や満足感を得られる

ようにしています。「ちゃんと聞きなさい」と説明ばかりするのでなくて、

「すごいアイデアね。これはどんなふうに動くの?」

「いいこと思いついたね。どうやって使うのか教えてちょうだい」といった、

子どもの発言を引き出す声かけを増やすのがコツです。




手伝い過ぎない……というのは、この★くんでしたら、

ピラミッド型のブロックの組み方を教えてもらいたがったので、

1段目と2段目だけしてみせて、

「こうしてだんだん下が広くなるように作るのよ」と言いました。

★くんは自分でも真似てみたのですが、

1段目、2段目を作ってから、3段目を作ってみようとしたものの、

うまくいかなくて困っていました。

そこで「ほら、こうして一つだけ、ブロックのポツっとしたところを外に出すのよ」と

最低限の説明をすると、あとは、「わかった!そうか!」と、次の段から自分で

ポイントに気をつけて作って満足そうでした。

 

安易に「こうやってこうやって作るのよ」と、大人が「作れるようになること」ばかりに

重点をおくと、テクニックとしての作り方を学んでも、

自分で問題を解決する方法は少しも身につきません。


非常に多くの子どもが、自分で考えられることまで、

何でもかんでも大人が教えよう、説明しようとするために、目の前の問題に対して、

● 自分でできそうか

● どこまでならできそうで、どこを手伝ってもらえば良さそうか

● すぐにできなくても、じっくり取り組んでみたらできそうか

といった自分の知力を把握することができなくなっています。

赤ちゃんでも解決できることを、する前から、

「お母さん、やって」「どうするの?」とたずねる5,6歳児も後を絶ちません。

 

すぐ教えずに、少し様子を見ていると、「見本をみてごらん」と言わなくても、

(「見本をみてごらん」と言わないのは、できないときは手本や見本を見ることを、

自分で思いつくようになって欲しいからです。いつも指示をしてもらっている子は、

6歳でも、これが考えつきません)

子どもは自分で「よく見本を観察して、どのようになっているのか研究してみよう」

ということを思いつきます。

また、あれこれ触ったり、よく観察して、「こうじゃないかな?」と推理します。

説明は、どうしても困っている最低限で十分です。

 

1~2歳の子に対しても「このおもちゃで遊んでごらん」「お砂を入れて」と、

目の前にあるから、自分で考えられそうなことまですべて言葉で指示を出して、

子どもが「考える」のを邪魔をする方がいます。

子どもと会話をはずませるのはいくらでもいいのですが、

「教える」のに関しては、大人が控えないと、

「考えるのはお母さん」「実行するのは自分」という役割分担を身につけて

しまいますよね。

 

とにかく、必要以上に教えると、子どもの考えるところがなくなってしまうし、

指示ばかりされて作っても本人はちっとも面白くないものです。

こうしたとき、「どこまで教えるか、手伝うか」の微調整ができるのが

1対1で教える良い点です。

ですから家庭で教える場合、ここの線引きに細心の注意を払っていると、

親はどんどん手抜きができて、

子どもは何事もテキパキと自分でできるようになってきます。

 

「どこまで教えるか、手伝うか」の基準は、

子どもがそれを楽しめるかどうかで決まります。

たとえば「こんなものが作ってみたいな」と考えることができる年齢の子に、いつまでも

「今日はこれを作りましょう」「今日はこれを学びましょう」という

集団教育の真似っこのようなことを続けていたら、

子どもの発想力も目標を定める力も自発性も失われていきますよね。

 

「大人が説明して子どもが聞いて理解する」というスタイルも、

それは集団教育で人数上、やむをえなくそうなりがちなだけですから、

家庭では「子どもの側が、大人に理解してもらえるように、自分の考えを整理して、

きちんと説明する」が基本と思っておいて、

そちらに近づく方向に、「教える」のでなく「引き出す」接し方をしていると、

その方がずっと自然でいきいきと学び始めます。

 

子どもが「楽しいな~」とワクワク活動できる範囲で、どんどん子どもに作業や、

考える活動や、言葉での表現をまかせていき、

大人は常に手抜きできる部分を探っていく……

子どもの驚異的な成長する力に、きっと目を見はるはずですよ。



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この文章を書いて、気になっているのが、「教える」ことへの誤解です。

というのは、教えなくてはわからないことや、

子どもが頭で考えられるわけがないこと(危険物の扱い方など)は教えずダメ出しだけで

すませて、

教えなくてもいいこと、ちょっと待っていれば子どもが自分で考えることは、

間を与えず、即座に「教える」、

子どもが自分で選んだり、判断したり、失敗の原因を探ったりする前に、

すべて「教える」、という方が非常に多くて、

「教える」という言葉を使うことに迷いがあるのです。


難しいです

 

 

↑警察署の梯子を上らせているところ。

 

前回の記事で、 「お手本をきちんと見る」「大人の話に耳を傾ける」

「自分の考えを上手に表現する」 「人と協調しながら作業に取り組む」

「現在の自分自身に自信を持つ」ということを、一回一回の場で身体を通して

学ばせるために子どもたちと物作りをしている話を書きました。

 

2歳半の●くんとのやりとりを再現しながら、それについて説明しますね。

●くんは利発なしっかりした子で、自分の考えをとても大切にする子です。

「こうしたい」「ああしたい」という気持ちはたくさん持っているようで、

目ざとく何かを見つけては、自分も試してみようとします。

といっても、まだ2歳半ですから、手先は器用じゃありませんし、

どんな風にしたらうまくいくのかお手本を見る力もありません。

 

この日も、駅の屋根を作ろうと、ブロックを2つはめたところまでは

よかったのですが、ずれた位置にはめた後でうろうろし始めました。

でも、きっとトンネルのような電車をくぐらせる屋根が作りたかったのだろうということは

見て取れました。

 

そこで、●くんのお母さんが、「●くん、●くん。見て。こうやって、作ったら……」と

説明しようとしましたが、●くんは聞こうとしません。

お家でも、プラレールのつなぎ方などで、

うまくできなくて困っている●くんに教えようとすると説明を聞かないので、

そうした場面で、教えるべきか放っておくべきか迷う、とおっしゃいました。

 

わたしは、●くんのお母さんが「●くん、●くん。見て。」と

作るのが嫌になっている●くんを追いかけるようにして教える

姿を見て、それはまずいなぁと感じました。

 

わたしは、子どもの側が

「知りたい」「見たい」「聞きたい」という気持ちの高まりで、前のめりになって

迫ってくるような状態に導きながら、教えるようにしています。

 

工作のワークショップ等でも、どのような態度で接すれば

子どもが「積極的に学びたい」モードになるのか見ていただいくようにしているの

ですが、なかなか伝えるのは難しいです。

 

「知りたい」「見たい」「聞きたい」という気持ちを高めるには、

集団に教えるときと、個人に教えるときでは勝手が違います。

今回は、個人について説明します。

 

ひとりの子どもに教えるときは、まずその子の活動のリズムと

頭の使い方のリズムをつかむことが大切です。

 

たとえば、●くんは、意志が強く、頭脳活動が得意そうな子で、

自分の目的意識がはっきりしています。

活動の様子を見ていると、お友だちのしていることをじっくり観察したり、

何をしようかと注意をめぐらせて、よく考えた上で行動に移しています。

やってみてうまくいかないときは、うまくできないことにちょっと腹を立てている様子で、

プイッとその場を離れて、次のことに取り組もうとします。

常に、「ぼくは、できる!できる!」という気持ちで自分を鼓舞しているようにも見え、

新しいことにチャレンジするときは、それまでの失敗などなかったことのように、

強気で冷静な態度です。

 

そんな●くんですから、「やったけどうまくいかなかった~」という場面は、

一番声をかけられたくないはずで、

教えようとして追いかければ、その場で聞かないだけでなく、

お母さんの話を聞くこと全般を馬鹿にするようになるかもしれません。

 

わたしは、●くんが「やったけどうまくいかなかった~」という場面で、

「あぁ、●くんは、屋根を作りたかったんだな」と気づいた上で、

それを胸にしまっておきました。

なぜかというと、そうした場面を心にとめておくと、次に●くんに教える時に、

「何をテーマにすると夢中になってこちらの話を聞くか」のヒントになるからです。

 

少しすると、お友だちの☆くんの駅に屋根をつけてあげる機会がありました。

案の定、●くんは興味しんしんでこちらを見ています。

わたしはあえて、●くんのことは呼ばすに、

☆くんに、「こうやって、こうやって、高い屋根が作りたいの?」とたずねながら、

作り方がわかるようにゆっくりと作って見せました。

 

2歳や3歳の子にお手本を見せるときは、

大きな子にするように、「ちゃんと見なさい」とか「聞きなさい」とか、

「こうしてごらん」などとは言わず、

「赤いのを、こうして、もうひとつ赤いのを、こうやってこうやって~」と

行動のひとつひとつを言葉にしたり、

「こうやって、高い、高い、高い~ってするのでいいの?」と

躍動感が伝わるようなたずね方をするといいです。

子どもは、自分がどんなふうにしたいのか尋ねられている間は

無我夢中で課題を見つめているものです。

そうして身体で「お手本を見る」ということをマスターしたあとで、

「さぁ、ちゃんと見てちょうだい」と言うと、ポイントをつかんで集中して

みるようになります。

 

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