釜山大学は24日、「入学選考公正管理委員会の独自の調査結果書と(チョ元長官の夫人である)チョン・ギョンシム東洋大学教授の控訴審判決、所管部署の意見を総合的に検討し、・・・

2021-08-27 09:08:34 | いったいどうしていたのか?
 

チョ・グク元法相の娘、

釜山大医学専門大学院の入学取り消しの理由は

登録:2021-08-25 06:45 修正:2021-08-25 07:09
 
 
     釜山広域市金井区長箭洞にある釜山大学のキャンパス=釜山大学提供//ハンギョレ新聞社

 釜山大学が、チョ・グク元法務部長官の娘の医学専門大学院への入学を突然取り消した。チョ元長官の夫人の控訴審での有罪判決が決定的な影響を及ぼしたものとみられる。

 釜山大学は24日、「入学選考公正管理委員会の独自の調査結果書と(チョ元長官の夫人である)チョン・ギョンシム東洋大学教授の控訴審判決、所管部署の意見を総合的に検討し、(チョ元長官の娘である)卒業生のC氏の2015年度の医学専門大学院への入学の取り消しを決定した」と明らかにした。

 釜山大学は「当初、C氏の入学書類が刑事裁判の対象であったため、刑事裁判に関係する機関が尊重しなければならない無罪推定の原則にしたがい、最高裁の最終判決後に行政処分を下すのが妥当だという立場を明らかにしてきた。しかし、総合的に検討した結果、事実審の最終審にあたる控訴審の判決を根拠に行政処分を下しても、無罪推定の原則の尊重から大きくは逸脱しないと判断した」と説明した。控訴審裁判部は11日、東洋大学総長からの表彰状の偽造などを有罪と認め、チョン教授に一審と同じ懲役4年を宣告した。

 釜山大学は4月、裁判所の判決とは別に適切な措置を取るようにという教育部の勧告にしたがい、入学選考公正管理委員会にC氏の不正入学疑惑の調査を行わせた。

 入学選考公正管理委員会は、大学本部に提出した調査結果書(報告書)に「東洋大学総長からの表彰状の偽造の有無および公州大学でのインターン、韓国科学技術研究院(KIST)、東洋大学での補助研究員の経歴の虚偽の有無については、独自の判断を行わず、チョン教授の控訴審の判決をそのまま援用した。提出書類の影響力を分析した結果、東洋大学の表彰状と入学書類に記載した経歴は主な合格要因ではないと判断した。入学取り消しまたは入学維持という結論は導かないことを決めた」と書いた。

 しかし、入学選考公正管理委員会の報告を受けた釜山大学は、入学取り消しという“強硬手段”をとった。「2015年度の医学専門大学院の新入生募集要綱の志願者注意事項には、提出書類の記載事項が事実と異なる場合、不合格処理を行うことになっている。大学本部が入学取り消しの可否を判断する際、志願者の提出書類が合格に及ぼした影響力の有無は、考慮事項にはなり得ない」という理由からだ。

 ただし、実際の取り消しまでには期日がかかる見込みだ。釜山大学のパク・ホンウォン副学長は「本日下した行政処分は予定処分だ。聴聞手続きなどを経て最終確定を通じて確定する。通常、予定処分が出てから聴聞手続きを経て最終確定に至るまで、2~3カ月が必要となる」と述べた。

 釜山大学医学専門学校院への入学が取り消される場合、C氏が取得した医師免許も無効となる可能性が高い。現行の医療法(第5条)では、医学部で学士学位を取得するか医学専門大学院で修士または博士学位を取得した場合のみ、医師免許の取得資格を付与すると規定されている。ただし、医師免許の取り消し処分の際にも、事前通知と当事者の意見聴取などの手続きを踏むことになる。

 C氏が学士学位を取得した高麗大学もこの日立場文を出し、「本校の学士運営規定に基づき、入学取消処理審議委員会が構成された。今後の追加の進行状況を伝えていく」と明らかにした。C氏は2014年に高麗大学を卒業し、2014年に釜山大学医学専門大学院の随時募集(推薦入試)を受験し合格した。翌年3月に入学して今年2月卒業し、1月に医師免許を取得した。

 釜山大学の入学取り消しの決定について、チョ元長官はSNSに掲載した投稿で「父親としてつらい。最終決定が下される前に予定されている聴聞手続きで忠実に釈明する」と明らかにした。

キム・グァンス、キム・ジフン、キム・ジウン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
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「疫学調査の場合、高危険群の露出の懸念が大きい集団感染を優先して対処し、病床は軽症・無症状患者の隔離空間ではなく、本当に治療が必要な高危険群患者に提供されなければならない」と述べた。

2021-08-26 07:39:38 | コロナ対策:国民の命を守れ!

「気温低下と共に感染者増加…40~50代の接種速度を上げるべき」

登録:2021-08-25 10:28 修正:2021-08-25 13:44
 
「新型感染症における医療対応の現実と課題」討論会 
「未接種の60代を保護しなければ、1カ月以内に重症患者が発生」
 
 
今月23日、ソウル市銅雀区の舎堂総合体育館に設けられた新型コロナウイルス予防接種センターでの様子/聯合ニュース

 これからだんだん気温が下がり、新型コロナウイルスの感染拡大がさらに進むと見られる中、高危険群である60代以上のワクチン未接種者に対する接種と、40~50代に対する2回目の接種を、20~30代より急がなければならないという指摘が出ている。

 中央感染病病院のパン・ジファン運営センター長は24日、共に民主党の公共医療特別委員会が主催し、国立中央医療院公共保健医療本部の主管で開かれた討論会「新型感染症における医療対応の現実と課題」でこのように指摘した。パン氏は「パンデミック状況では全部をうまくやることはできず、迅速かつ費用の効率的な対応戦略が必須だ」とし、「疫学調査の場合、高危険群の露出の懸念が大きい集団感染を優先して対処し、病床は軽症・無症状患者の隔離空間ではなく、本当に治療が必要な高危険群患者に提供されなければならない」と述べた。

 特にパン氏は、「若者10人、20人、30人に接種するよりも、高齢者1人の接種を完了することのほうが重要だ」と強調した。また「最近、政府やメディアが(未接種年齢層のうち相対的に高齢の)40~50代の重症患者が増えた点に注目しているが、それならば40~50代に対する接種をその下の年齢層より早くさせるのが論理的だ」と述べた。統計を通じてより迅速に保護すべき対象が明らかになっているにもかかわらず、政府が高齢層の優先保護戦略を施行したり、マスコミが強く訴えたりしていない点を指摘したのだ。

 さらに40~50代よりも保護が急がれる人たちは、60歳以上の高齢層のうち接種を終えていない人たちだ。オ・ミョンドン新型感染症中央臨床委員長はこの日の討論会で「60歳以上の高齢者のうち130万人がまだ1回目の接種を受けておらず、543万人が2回目の接種を受けていない状態」だとし「この人たちをいま保護しなければ、今後1カ月以内に重症患者と死亡者が彼らの中で発生するだろう」と指摘した。

 しかし政府は、ワクチンの量が限られていることにより、ファイザーやモデルナなどmRNAワクチンの接種の間隔を従来の3~4週間から6週間に延ばし、1回目の接種者を増やすことに力を注いでいる。これを通じて、秋夕(チュソク、旧暦の8月15日=今年は新暦9月21日)前までに、国民の70%が1回目の接種を受けるようにするのが目標だ。供給に支障を来していたモデルナが、今後2週間で700万回分を供給することを約束したため、この量もまた18~49歳の1回目の接種をスピードを上げるのに使うと政府は同日明らかにした。

 パン氏は「ある特定の時点までに全国民の70%を接種させるという政府レベルの目標より重要なのは、新型コロナに特に感染してはならない高危険群に対し、2回目の接種を急いで終えること」だとし「秋になって気温が下がれば、全体の感染者数は増えざるをえない。政府は感染者数の増加を防げなかったという非難が出ることばかりを意識せず、こうした状況で(高危険群の重症、死亡など)被害を最小限に抑える方法を講じなければならない」と述べた。

チェ・ハヤン、キム・ジフン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
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平壌(ピョンヤン)に直に対話を呼びかけてきたし、今も北朝鮮といつ、いかなる場所でも会う準備ができている。

2021-08-25 21:46:10 | アメリカの対応

[ソン・キム米国北朝鮮政策特別代表寄稿]朝米関係、

雨降って地固まることを願って

登録:2021-08-25 03:36 修正:2021-08-25 11:23

 

ソン・Y・キム|駐インドネシア米国大使兼北朝鮮政策特別代表

 「雨降って地固まる」ということわざほど、朝米関係にふさわしい言葉もないだろう。難関が果てしなく続いてはいるものの、その中でも静けさと平和を模索する機会が残っている関係ではないか。このように「静けさと平和」を模索する新たな機会を求めて、私は再びソウルを訪れた。

 この3カ月間でソウルを訪れるのは今回が2度目だ。先にウェンディ・シャーマン副長官が訪韓しており、その他にも複数回にわたって高官級会談が行われている。これはバイデン-ハリス政権が北朝鮮問題をはじめとする様々な事案について、それだけ韓米の緊密な協力を重視しているということを反映している。米国の北朝鮮政策特別代表としての私の最優先課題は、まさに韓国側のカウンターパートと緊密に協力し、朝鮮半島の完全な非核化を目指して働き続けることだ。周知のように、これは決して簡単なことではない。それでも「事前調整された実用的な」(calibrated and practical)アプローチで北朝鮮との外交的機会を探ろうと思う。そのために平壌(ピョンヤン)に直に対話を呼びかけてきたし、今も北朝鮮といつ、いかなる場所でも会う準備ができている。

 この紙面を借りて、米国には北朝鮮に対する敵対の意図はないということを明確にしておきたい。現在進行中の韓米合同演習は、長い歴史を持つ周期的かつ純粋に自衛的なものであり、韓米両国の安保を支えるというのがその趣旨だ。米国の目標はインド太平洋地域の平和と安全保障の増進であり、そのために北朝鮮と善意の協力をする準備ができている。

 我々はゼロからスタートしているわけではない。米国は、朝鮮半島の非核化と朝米関係改善に向けて、これまで4つの政権にわたって努力し続けてきているし、今後もたゆまず努力を続けていくだろう。北朝鮮も過去の合意でこの目標のために努力することを何度も約束している。2018年のシンガポール共同宣言、2018年の板門店宣言、2005年の6者協議共同声明を含む、過去に北朝鮮と合意した事項が今後の朝米外交の基盤となるだろう。

 これにもとづき米国は、北朝鮮が対話に復帰して両国の意図と関心事について話し合うとともに、どのような進展が作り出せるのかを探る機会があることを願う。外交官人生の全般にわたって朝米関係に深く関与してきた当事者としては、朝米関係の進展ほど重要でありながら難しいことはない。しかし本気度と創造性を示せば機会の扉は開かれるというのが私の考えだ。個人的に北朝鮮政策特別代表としてバイデン大統領とブリンケン国務長官からどれほど高い信任を得ているかを考慮すれば、さらに米国の動きの一つひとつが韓国の国民にどれほど大きな影響を及ぼすかを考慮すれば、私にはこの目標を達成しなければならないという重い責任もある。

 ただし米国には、議論に進展があるまでは、北朝鮮関連の国連安全保障理事会決議を履行し続ける責任があることを明らかにしておく。これは実際のところ、その他の安保理決議を履行する義務があるというのと同じことだ。米国は「核不拡散のための世界的努力を倍加し、全人類の安全を図る」という目標に沿って、すべての国連加盟国がそれぞれの国際的義務を果たすことを要請する。

 さらに米国は、現政権の人権重視基調に沿って、北朝鮮住民の人権擁護活動を続けるだろう。

 米国は、人道主義分野の共通の関心事についても、北朝鮮と協力する準備ができている。人道的支援に対するアクセスおよびモニタリング活動の保障のための国際的標準を順守するという前提の下、米国は、非核化の進展の有無とは関係なしに、北朝鮮内の脆弱階層のための人道支援活動を今後も支え続けるだろう。また、南北人道主義協力構想にも支持を送るとともに、朝鮮戦争中に行方不明になった米兵の遺体発掘のための協力の再開を希望する。米国は、信頼構築に向けた実質的な方策の模索にも門戸を開いている。

 米国は、朝鮮半島の完全な非核化と恒久的平和体制の構築という目標に向かって、同盟国およびパートナーと緊密に協力し続けるだろう。この過程では朝鮮半島の繁栄を望む当事者なら誰とでも協力するが、特に韓国および日本との協力に重点を置くつもりだ。この目標に向け、北朝鮮が真剣に交渉に臨む方向で決定を下すことを望むとともに、個人的にも私の北朝鮮側のカウンターパートに会談の会場で再び会えることを願う。

 
//ハンギョレ新聞社

ソン・Y・キム|駐インドネシア米国大使兼北朝鮮政策特別代表 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1008763.html韓国語原文入力:2021-08-23 16:21
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日本は東京五輪の開会式が行われた今年7月23日には新型コロナウイルス感染症の新規感染者が4225人だったが、五輪期間中に1日に1万人を超え、最近は1日に2万人台の新規感染者が報告されている。

2021-08-24 11:13:47 | これからの日本、外国人の目

東京パラリンピック、新型コロナ感染拡大続く中、24日に開幕

登録:2021-08-24 06:36 修正:2021-08-24 07:32
 
参加選手約4400人…韓国は86人が出場 
日本、新型コロナ新規感染者1日2万人台…五輪開会式の5倍 
 
 
東京パラリンピックの開幕を2日後に控えた今月22日、お台場に設置されたパラリンピックのシンボルマークに灯がともっている=東京/ロイター・聯合ニュース

 「東京2020パラリンピック」が24日午後8時、新宿区の国立競技場で開かれる開会式を皮切りに来月5日まで13日間行われる。162の国と地域から約4400人規模の選手団が参加し、22種目で539個の金メダルをかけて熱いイベントを繰り広げる。

 開会式のテーマは「私たちには翼がある」(We have wings)に決まった。「誰もが互いに尊重して助け合う社会作りという目標を世界に伝え、多様な要素を組み合わせて偏見を超える新たな可能性を模索し、意見を交わそう」という意味を込めた。

 韓国は選手86人とコーチ、役員を合わせて159人の選手団が参加する。自国開催を除き、パラリンピック史上最も多い選手団を派遣した。目標は総合20位(金4、銀9、銅21)だ。韓国は開会式で81番目に入場し、チェ・イェジン(ボッチャ)が競技パートナーの母親ムン・ウヨンさんと共に旗手を務める。

 東京パラリンピックは東京五輪同様、緊急事態宣言期間中に開かれる。日本の47都道府県のうち、東京を含む13の自治体が緊急事態を発令している。日本は東京五輪の開会式が行われた今年7月23日には新型コロナウイルス感染症の新規感染者が4225人だったが、五輪期間中に1日に1万人を超え、最近は1日に2万人台の新規感染者が報告されている。

 大会組織委員会は、原則的に無観客で試合を行う方針だ。ただし、自治体や学校が生徒を対象に教育の観点から実施する団体観戦「学校連携観戦プログラム」は認めることにしたため、懸念が広がっている。共同通信によると、21日現在で東京や千葉、埼玉の3都県で約17万2000人を対象に同プログラムが実施される予定だ。ただし、参加を望まない家庭も多く、実際の参加者数はこれより少ないものと見られる。

キム・ヤンヒ、チョ・ギウォン記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr)
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彼女は日本の戦争責任を問う知識人であり、反戦と民主主義のための活動家であり、フェミニストだった。

2021-08-24 07:08:09 | 歴史に照らして整合性を!

[寄稿]追悼・富山妙子

「日本の戦争責任を問う知識人であり、反戦民主主義活動家」

登録:2021-08-23 06:40 修正:2021-08-23 07:14

 

富山妙子さんを追悼して 
チェ・テマン|国民大学芸術学部教授・美術評論家
 
 
自身の版画作品の前に座っている晩年の冨山妙子さん=ノースウェスタン大学ライブラリー//ハンギョレ新聞社

 「亡くなるまで鋭いおばあさん」だった富山妙子先生が18日午後3時、東京の自宅で死去したという知らせを、最期を看取った孫娘から聞いた。1921年11月6日に生まれた彼女が満100歳を3カ月後に控え、「記憶の海」へと旅立ったのだ。

 コロナ禍で1年間延期した末、今年3月から延世大学博物館で開かれている回顧展「記憶の海へ――富山妙子の世界」の展示図録で、富山さんは韓国との出会いを「救い」と記したほど、韓国と縁の深い画家だった。彼女は日本の戦争責任を問う知識人であり、反戦と民主主義のための活動家であり、フェミニストだった。私は富山さんを、作品ではなく、著書『解放の美学:20世紀の画家は何を目指したか』を通して初めて知った。民主化への熱望が炎のように燃え上がった1980年代。この本は、美術の社会的役割について悩んでいた私にとって恵みの雨のようだった。

 冨山さんが韓国とアジアを認識したのは1930年代だった。満州地域に転勤した父について中国に渡り、大連とハルビンで女学校に通った彼女は、日本によって犠牲になった中国人を見て、自分が植民支配者であることに気付き、アジアについて自覚した。女学校でハングルの名前を使い、韓服(ハンボク、韓国の伝統衣装)を着た友達に出会い、朝鮮人についても知ることができた。進学のため、朝鮮半島を経由して日本に帰る汽車の窓越しに朝鮮の青年が日本の憲兵に殴られる姿と荒廃した土地を見て、植民地支配と被支配の関係を発見した。

 日本が敗戦した後、炭鉱を取材していた彼女は、1960年代に炭鉱が閉鎖されると、働き口を求めて南米に旅立った炭鉱労働者たちのもとを訪ねた。その過程でチリとアルゼンチンのクーデターと軍事独裁の実情を目にした彼女は、1970年の韓国訪問をきっかけに韓国の軍事独裁体制から弾圧を受ける芸術家とも知り合った。

満州での学生時代、「植民支配の現実」に目覚め 
1960年代南米を訪問、炭鉱労働者を取材 
1970年訪韓を機に、韓国民主化運動と連帯 
朴正煕政権時代、入国拒否されたことも 
「5月光州」に怒りと感動覚え、版画シリーズを制作 

「故人の遺志、抵抗の継続で続く」

 かつてハルビンで知り合った友人を探してソウルを訪れた富山さんは、ソウル駅前と東大門市場で、貧しい中でも一生懸命に生きている韓国人女性の姿を鉛筆と水彩で描いた。このスケッチは1975年、「在日同胞留学生スパイ事件」で投獄中だった徐勝(ソ・スン)、徐俊植(ソ・ジュンシク)兄弟に面会に行く際に描いた「西大門刑務所で面会を待つ母」と共に、後日民主化運動記念事業会に寄贈された。民主化運動で投獄された詩人、金芝河(キム・ジハ)などを通じて、戦争と分断、独裁体制が植民主義の遺産であることを確認しただけでなく、韓国を新しく発見した。金芝河の詩をモチーフに詩画集とスライドを制作したという理由で、韓国政府から入国を拒否された富山さんが再び韓国に出会ったのは、1980年の光州(クァンジュ)の5月だった。

 ニュースで「5月光州」の知らせを聞いて作家は韓国の民衆がついに立ち上がったという感動とともに、戒厳軍の残酷な鎮圧により市民が犠牲になったことに驚愕と怒りを覚えた。こうした気持ちを胸に、5・18をテーマに「倒れた者への祈祷:一九八〇年五月・光州」の版画シリーズを制作した。

 富山さんの作品は、光復50周年を迎えた1995年、彼女について書いた美術評論家ユン・ボムモの企画で、東亜ギャラリーで開かれた個展「従軍慰安婦のためのレクイエム」を通じて韓国に本格的に紹介された。同年開かれた第1回光州ビエンナーレの「光州5月精神」展と、2000年の第3回光州ビエンナーレの「芸術と人権」展でも光州をテーマにした彼女の作品が展示された。作家にとって光州の5月は、分断と戦争、軍事反乱と独裁につながる韓国現代史の桎梏(しっこく)と矛盾を圧縮した大日本帝国の残滓でもあった。

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