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金氏はまた、「済州4・3や朝鮮戦争前後にあった予備検束者の虐殺、南北に分断された朝鮮半島の民族的悲劇さえも、帝国日本の植民地統治に由来する。

2019-10-01 17:20:38 | 歴史に照らして整合性を!
日本の対馬で「済州4・3慰霊祭」が開かれた理由は
登録:2019-10-01 09:15 修正:2019-10-01 11:04


4・3で溺死した犠牲者と推定される遺体を慰撫 
対馬の人々が収拾し供養塔を立てた 
「4・3漢拏山の会」、詩人の金時鐘氏などが主催


          

日本の対馬で29日に開かれた済州4・3犠牲者の慰霊祭で、済州クングッ保存会のソ・スンシル会長が慰霊クッを執り行っている=写真済州4・3平和財団提供//ハンギョレ新聞社

 日本の対馬で済州4・3の犠牲者の慰霊祭が開かれた。9月29日に開かれた「第3回済州島4・3事件犠牲者 対馬・済州慰霊祭」と、4・3を想う日本人により構成された「4・3漢拏山の会」が主管し、在日韓国人で詩人の金時鐘(キム・シジョン)氏など日本と済州の4・3関係者が主催した。

 この日午前8時から上対馬の佐護湾で行われた慰霊祭は、4・3と朝鮮戦争の時期に漂着した数百体の遺体が収容された海辺に建っている供養塔の参拝に続き、近くの湊浜シーランドにて済州クングッ保存会のソ・スンシル会長など会員たちが、慰霊クッ(朝鮮半島の伝統的な祭儀)を執り行った。

 この日の慰霊祭に参加して供養塔の前に立った詩人の金時鐘氏は、「対馬は4・3と1950年前後、朝鮮半島から漂着した数百体の溺死したり虐殺された遺体を収容して、彼らの魂を慰める供養塔も建立した。英霊が出すような対馬の波の音を聴きながら供養塔の前に立つと、犠牲者が私たちに会いに来るかのようである」と感慨を明らかにした。金氏はまた、「済州4・3や朝鮮戦争前後にあった予備検束者の虐殺、南北に分断された朝鮮半島の民族的悲劇さえも、帝国日本の植民地統治に由来する。この供養塔は、犠牲者の慰霊に留まらず、韓国と日本の民心を宥めてくれる慈しみ深い塔として、慰霊者が絶えず訪れる役割を果たすだろう」と語った。

          

在日韓国人で詩人の金時鐘氏が29日、対馬の佐護湾に建立された4・3と朝鮮戦争当時の犠牲者のための供養塔に焚香している=済州4・3平和財団提供//ハンギョレ新聞社

 この日、慰霊祭を推進してきた4・3漢拏山の会の長田勇顧問は、「対馬と済州を繋ぐ4・3慰霊祭は、国境を越えて韓日両国の民衆がやり遂げなければならない運命にある」と語った。

 湊浜シーランドで開かれた慰霊クッでは、水難事故で亡くなった魂を地上に上げる、龍王ジルチギ(済州の伝統的な慰霊の踊り)などで犠牲者を慰めた。

 佐護湾にある供養塔は、対馬市民の江藤幸治氏(62)の父親の江藤光氏が、1950年前後に漂着した韓国人の遺体を地域住民とともに収容して英霊を慰めていた遺址を集めて、2007年5月に遺体を埋葬した場所に建てられた。供養塔には、「朝鮮戦争の戦火により犠牲となった老若男女の遺体が朝鮮半島から海峡の荒波に乗ってここまで漂って来た。その数は数百に至る」と書かれている。当時の対馬新聞によると、手首を針金で、足首は紐で縛られた遺体もあった。対馬厳原の西側の浜辺に漂着した遺体は、科学的に見て済州から流れてきた遺体だろう」と書かれている。これに先立ち4・3漢拏山の会は、4月に済州市健入洞(コニプドン)の酒精工場跡地にて、4・3での行方不明者の慰霊祭を行いもした。
ホ・ホジュン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
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「展示の中止に抗議し、海外作家が作品の展示をボイコットし、市民社会が大きく動いたからこそ、このような成果が可能になった」と述べた。

2019-10-01 10:24:08 | 歴史に照らして整合性を!
あいちトリエンナーレの少女像展示、早ければ6日から再開
登録:2019-10-01 06:10 修正:2019-10-01 07:34


「表現の不自由展・その後」実行委員会と合意 
早ければ6日、遅くとも8日には再開することに 

右翼と日本政府の圧力を乗り越え 
実行委員「市民社会が動いた結果…大きな勝利」


          

8月1日、日本の愛知県名古屋市愛知芸術文化センターで開かれた「表現の不自由展・その後」企画展示場に「平和の少女像」が展示されている姿=ハンギョレ資料写真//ハンギョレ新聞社

 日本で開幕から3日で急遽中止された「平和の少女像」(以下、少女像)の展示が、早ければ6日から再開される見込みだ。

 日本最大の国際芸術祭のあいちトリエンナーレ(トリエンナーレ)を主催する愛知県と、少女像が含まれた企画展示「表現の不自由展・その後」実行委員たちは、早ければ6日、遅くとも8日から展示を再開する方向で、30日に合意した。具体的な再開の日程と内容については、協議を続ける予定だ。トリエンナーレが14日に閉幕するため、少女像の再展示期間は1週間前後になるものと予想される。

 大村秀章愛知県知事と「表現の不自由展・その後」企画展実行委員たちは同日、展示中止以前と展示の一貫性を維持すると共に、必要に応じて作品の解説を行う教育プログラムを実施することと、安全維持のための事前予約を受け付けることを条件に、展示の再開に合意した。これに先立ち、企画展実行委員は13日、展示場の入口に設置された3メートルの壁を撤去して展示の再開を命じてほしいとし、名古屋地方裁判所に仮処分申請を行ったが、同日、名古屋地裁でこのような内容で和解した。

 岡本有佳企画展実行委員は同日、ハンギョレとの電話インタビューで、「大きな勝利」だと評価した。岡本委員は「展示の一貫性の維持に合意したという点が重要だ。展示の内容には介入しないという意味」だとし、「展示の中止に抗議し、海外作家が作品の展示をボイコットし、市民社会が大きく動いたからこそ、このような成果が可能になった」と述べた。

 出品された少女像は、駐韓日本大使館前の「平和の少女像」を制作した彫刻家キム・ウンソン氏とキム・ソギョン氏夫妻が、同じ形で作ったものだ。キム・ウンソン氏は同日、ハンギョレに「まだ『表現の不自由展・その後』実行委から公式通知が来ていない」としながらも、「閉幕を控え、数日でも少女像が観客に会えるのは嬉しいことだ」と語った。

 少女像の展示は日本内で代表的なタブーの一つだ。にもかかわらず、今回の企画展は、少女像が日本の公共美術館で完全な形で初めて展示された事例であり、日本国内でも大きな注目を浴びた。しかし8月1日、「表現の不自由展・その後」企画展で少女像が展示されると、日本の右翼は「電突攻撃」と呼ばれる電話抗議をはじめ、組織的にファックス及び電子メールで抗議活動を行った。単なる抗議だけでなく、「ガソリン缶を持って展示場に行く」という脅迫もかなりあったという。

 地方政府や中央政府でも、右翼の活動を積極的に止めなかった。名古屋市の河村たかし市長は少女像の展示が「日本人の心を踏みにじるもの」だとし、公共機関長として右翼の行動に同調する姿を見せた。菅義偉官房長官も展示の中止翌日の8月2日、企画展の内容に詳細な記載がなかったとし、トリエンナーレに対する政府補助金支給の拒否を示唆した。 実際、日本の文化庁は今月26日、政府補助金7800万円の支給を拒否する最終決定を下した。

 日本政府と右翼の全面的な圧力を受けた愛知県は、安全を保てないとして、展示から3日後の8月3日、展示を中止した。展示作品の前に高さ3メートルの壁を設置し、観覧を防いだ。少女象の展示中止を受け、トリエンナーレに作品を出品した韓国を含む外国作家たちが展示ボイコットを宣言した。展示の中止後、日本社会では表現の自由に関する議論が活発に行われ、愛知県は「表現の不自由展・その後」の展示過程の検証のため、外部の専門家らによる検証委員会を設置した。検証委は今月25日、展示の中止が「表現の自由に対する不当な制限ではない」としながらも、「条件が整い次第速やかに再開すべきだ」と勧告した。
東京/チョ・ギウォン特派員、ノ ・ヒョンソク記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr)

不自由展6日にも再開
名古屋地裁 申し立てが通り和解


          

        「再開合意」の用紙を掲げる、不自由展の実行委員や弁護士=30日、名古屋市内

 国際芸術祭・あいちトリエンナーレ2019で中止された企画展「表現の不自由展・その後」をめぐり、不自由展の実行委員会が展示再開を求めた仮処分の審尋が30日、名古屋地裁で開かれ、中止前の状態で10月6~8日に再開することで芸術祭実行委員会と和解しました。(関連記事)

 芸術祭実行委は、(1)再開に当たって犯罪や混乱を誘発しないよう双方協力し、会場などの警備に警察の協力を得て、万全の態勢で臨む(2)入場は事前予約の整理券方式とする(3)開会時のキュレーション(展示企画)と一貫性を保持する(4)中間報告の内容を来場者に伝達する―ことを提案し、不自由展側が受け入れる形で合意しました。

 展示室内での作品の位置と方法の改善は、不自由展実行委と作家の了解を得て個別に協議していきます。和解を受けて仮処分の申し立ては取り下げられます。

 名古屋市内で会見した不自由展側代理人の中谷雄二弁護士は「申し立ての要求が通った内容で高く評価できる」と強調しました。

 不自由展実行委員会の岡本有佳氏は「再開合意で和解できたことを大変うれしく思う。開会時のキュレーションと一貫性を持たせることも担保できている。誠実に協議していく」と話しました。

 アライ=ヒロユキ氏は、文化庁の補助金不交付が検閲にあたると批判し「今回の勝利が、日本社会を覆っている検閲という空気をはねのける最初の大きな一歩になる」と語りました。小倉利丸氏は「全国のみなさんが署名や宣伝などで『暴力に屈しない』というメッセージを発信してくれたことが県を動かし、私たちも励まされた」と述べました。

しんぶん赤旗
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