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なんちゃってLOHASな日々

ハーブの事。田舎暮らしの事。読書あれこれ。毎日の生活の中の、ちっちゃな出来事を楽しんじゃうブログです。

大草原の旅はるか

2009年02月02日 | 読書
ローラ・インガルス・ワイルダーの「大きな森の小さな家」を。
しっかりと意識して読んだのは、意外にも、大人になってからでした。

いや。たぶん。子どもの頃も読んだし。テレビでもチラっと見たりはしていたのだけど。

本当に、「ああ。いいなぁ~」と思って、全シリーズを読んだのは、雪の降る田舎の街の、長い冬のことでした。

そんなローラの。
まだ、「大きな森」シリーズを執筆する前の。
娘の元に向かう旅の様子を、夫に知らせた手紙と。
里帰りをした時の様子を、娘に知らせた手紙が、この1冊にまとめられています。

「大草原の旅はるか  ローラ・インガルス・ワイルダー 著  谷口由美子 訳
 世界文化社 1400円+税」

前編は。1915年。
ミズーリ州マンスフィールドのローラとアルマンゾの農園から。
すでに新聞記者として名声を得ていた娘ローズの住むカルフォルニア州のサンフランシスコまでの、鉄道の旅と。
そこで行われたパナマ・パシフィック万国博覧会を見学したり、娘と過ごした日々を、夫アルマンゾに宛てた手紙から知る事ができます。

ローラの。風景を詳細に、正確に表していく文章は、大きな森シリーズと同じ。
目の見えなくなったメアリーの、目の変わりとして、伝えてきたそのまま・・・を感じさせる文章です。

何よりもいいな~・・・と思ったのは。

農場に残してきた、夫アルマンゾへの、気遣いと愛情が、そこここに溢れていて。
暖かな。ラブレターを読んでいるみたい

この時、ローラは48歳。

・・・48歳になって一人旅した時、こんな暖かな愛情溢れる思いを、あばれはっちゃく(ダンナ)に綴れるだろうか・・・

夫と離れて、一人、鉄道を何度も乗り継ぎながら、娘のところに向かうローラの力強さ。・・・ほぼアメリカ大陸横断だし・・・

初めて、海を見て。「日本や中国から来た波に足をつけてる」と喜ぶローラ。
万博を見て。新しいモノや珍しいモノに、真剣に喜び、関心を持つローラ。
やっぱり、大きな森シリーズの中で、立派な女性に成長していったローラだなぁ・・・と。

後編は。
1931年に。夫のアルマンゾと愛犬と共に。
車でマンスフィールドの農場から、マンチェスターの妹グレイスの家や、キャリーの家を訪れ。
亡くなった両親・メアリーと住んでいた家を見に里帰りする旅を、娘ローズに宛てた手紙で記録しています。

この時。ローラは64歳でした。

以前住んでいた町を見て。
やはり、両親とメアリーと。仲良しだったキャップが。
もう亡くなってしまって会えないという事実の中で。
昔の。輝かしい日々の思い出を、よみがえらせていきます。

そして。ローラはこの旅を終えて、65歳から90歳までの間に。
あの「大きな森の小さな家」のシリーズを書き上げるのです。

65歳から・・。それまでも、いくつかの記事を書いた事があったそうですが・・・その年から、これだけの大作を書き上げていく!!! すごいなぁ・・・と感服してしまいます。

人生。何歳からでも、スタートは切れるのね

この本を読んだ後。また、久しぶりに「大きな森の小さな家」を引っ張り出してきて読んでみました。

とうさん。かあさん。メアリーと小さなローラ。赤ちゃんのキャリー。
厳しい自然の中で。物質的には、けして豊か・・・とは言えない生活。
でも。そこには労働と。生活を支える技術と。家族の暖かさ。隣人との助け合いがありました。

暖炉の前で、とうさんがバイオリンを弾き。かあさんが縫い物をして。
粗末ではあるけれど、きちんと洗濯された服を着て。
家族の為に手間隙かけ、工夫して美味しい物を作り。実りを無駄にすることなく、大切に食べる。
家族の中の、自分の役割を果たし、みんなで生活を支える。

そんな、幸せな。輝かしい日々が。
ローラを愛情溢れる大人へと育てていったのだな・・・と。

手紙を書くローラと。お話の中のローラが。
生き生きと。つながって感じられます。

「大きな森の小さな家」シリーズをお読みの方は。
ますますローラが好きになってしまう一冊だと思います。

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ゆめみるトランク

2009年01月26日 | 読書
水仙の花を見ると、このお話を思い出します。

「ゆめみるトランク 北の町のかばん屋さんの話 安房直子 作 津尾美智子 絵 講談社 1300円+税」

優しいお話です。

北の町のかばん屋さんは、たいそうりっぱな腕を持つかばん屋さんでしたが、お店にお客は、なかなか来ません。

それでも、いつも、いいかばんを、せっせと作っていました。

そんなある日。金の鋲がいっぱいついた大きなトランクが、突然、しゃべりだしました。

「旅に出たいなぁ~! 南の町に、大きなトランクに小さなかばんをいっぱい詰めて、売りに行きましょう!」

ドキドキしながら、かばん屋の一郎さんは、大きなトランクに言われたとおり。
大きなトランクにいっぱい品物のかばんを詰め込んで、電車に乗って、南の町に向かいます。

自信のなかった一郎さんですが、大きなトランクの力を借りて、かばんを売り。

帰りに、駅前の花屋さんで、黄色の水仙の花を両手いっぱい。大きなトランクいっぱい買って帰り、北の町のお店のショーウィンドウに飾るのでした

・・・そこから、かわいい水仙のような娘さんと知り合って。
はりねずみのランドセルや。魔法使いのかばんの修理。鹿の願い。春風の少女のポシェット作り・・・

水仙の馥郁とした香りに包まれるように、ふうがわりなお客さんがおとずれ、物語は進みます。


小さな頃。水仙の花は、あちこちに、あたりまえに咲いていて。
そんなに好きな花ではありませんでした。
香りも・・・どちらかといえば、トイレの芳香剤の香料の香りのイメージが強くって、実際の水仙の花の香りを楽しもう・・・なんて思ったこと、なかったな

雪の降る。冬の長い町に住んでみて。
白と黒の間の景色が長いこと続いた後。

はじめて。

水仙の花を見つけた時の、ほっとしたような安堵感と。
その香りが、とても優しくて、うれしいものだと、知りました

もう水仙の花が咲いている地域の方は、その花の香りを楽しみながら。
もう少し、会うまでに時間のある地域の方は、その香りを思いながら。

小さな子どもさんに、読み聞かせてあげるのに、もってこいのお話です
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水辺にて

2009年01月23日 | 読書
霧かすむ森林を向こうに望む湖に。
今から、カヌーで、漕ぎ出していく。

そんな表紙の写真に、釘付けになったら・・・大好きな星野道夫さんの写真でした。

朝もやの中、カヌーを漕ぎ出す時の清々しさや緊張感と開放感を・・・はっと思い出しました。


「水辺にて  梨木香歩  筑摩書房 1400円+税」


前回、「ぐるりのこと」で、エッセイといえども気を抜くとやられる・・・感のあった梨木さんのエッセイ。

この本も、梨木さんの惹かれる水辺の世界についてのエッセイなのですが。

今回は。私も、20代の頃、3~4年ばかりカヌーに乗っていた時期があり。
舞台のB湖やら、熊野川や宮川の川くだりの様子は、自分もカヌーで旅(というかツアーだけど)したことがあり、ぐっと身近に、空気がよみがえってきました。

持っている船がボイジャーって・・・。
これも、一緒だった・・・もう、売り飛ばしてしまったが・・・

もっとも、私は、へなちょこカヌーイストだったので。
彼女のように、自分で組み立てたり。(いや。一応、組み立てれたが、最後まで一人でした事はない・・・)
車に船を積んで、一人で漕ぎ出したり。
雪の中を漕ぎ出したり。
そこまでは、凝らなかった・・・し。

なんてったって。私は「船酔い」が克服できず・・・
特に、上流の。瀬が多い川は、水がキレイだし、周りもキレイだし。
瀬を越えるのもスリルがあって楽しい!にも関わらず、へたれてしまう迷惑女だったので・・・一緒というのは、おこがましいのですが。

それでも。

水に浮かんだ時の。いいようのない開放感や。
朝の川霧の中を、漕ぎ出す時の気持ちや。
葦の水路に分け入り、水鳥に出会う時の楽しさ・・・は。

私も知っている風景。

そして。彼女は、水辺にて。
様々な景色や。旅の話。ダムの底に沈んだ村や。遠い国のこと。宇宙のこと。
彼女の惹かれている「境界線」という言葉について、ひたひた・・・と思考をめぐらせていきます。

あらためて。この方の「ひたひた度」は。すごいな。

・・・水辺でゆったりと、自分自身を自然の中にチューニングするかのように浮かんでいると、それでも、どこかに光があるような気がしてくるのが不思議だ。
生命は儚い、けれどしたたかだ。
・・・何をあんなに焦っていたのだろう。この循環の一部になりきればいいことなのに。・・・・

循環の一部になりきればいい・・・そうは思っても、どこまで、それを受け入れる事ができるのだろうか・・・。彼女は感得できる瞬間が訪れる・・・という。
・・・私には・・・まだ無理だ。「まだ」なのか「無理」なのか。

彼女と私との境界線。一緒と違いを。なんとなく考えてしまいました。

作者意図とは少し違うと思うけど。
水辺の遊び。カヌーの、こんな楽しみ方もあるんだな・・・なんて参考になったりもする一冊です。

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家守綺譚

2009年01月12日 | 読書
作家の綿貫は、学生の時にボートに乗ったまま行方不明になった親友の高堂の実家に、家守として住むことになった。

高堂の実家は、和風の庭を持ち、たくさんの草花や木が咲き誇っていた。

嵐の夜。高堂が、掛け軸の中からボートに乗って現れる。

庭に引いた水の流れからは河童が現れるし・・・

隣の奥さん。イタチの子孫だという薬売りの男。碁の相手をしてくれる和尚。ダァリアの君。後輩で編集者の山内君。
・・・タヌキもキツネも。サルスベリの精も。
小鬼も、カワウソも。花々の精も。死者の声も。神々も。逝ったはずの高堂も。

・・・実在するのか、しないのか・・・


「家守綺譚  梨木香歩 新潮社 1400円+税」


一緒に住む事になった犬のゴローは、人の情を解するし。
隣の奥さんは、河童やイタチについて詳しくて、異国の下宿の大家さんみたい。
和尚は、タヌキとセットで現れる?事が多くて。
人間の周りを囲む。たくさんの小さき命が、現世とそのモノ達の世界を行き来する。

綿貫さんの。茫洋とした感じも、いいな。

ほんの少し前の。私達の祖先は、そうやって生きてきたよなぁ。
鬼門にヒイラギを植え鬼を封じ。台所にも、土地にも神様がいて。
春は神が連れて来た。

今じゃ、近くの神様達や小さきモノには目もくれないで。
でも、やっぱり不安で、何かを探している人が、とっても多いのかも。

みえないものでも、あるんだよ・・・と金子みすずさんが言ってたみたいに。

辺りを見渡してみたら。

サルスベリ・白木蓮・木槿・カラスウリ・葛・萩・ふきのとう・南天・桜・山椒・檸檬・葡萄・南蛮ギセル・竹の花・・・。

身近な草木達の活躍・・・語ることに、そっと耳を傾けてみよう。

木陰から、小さなモノが、こちらの世界を覗いているかもしれません。

そんな気持ちになる一冊でした
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ぐるりのこと

2009年01月12日 | 読書
読み始めてすぐに、「ああ、これは、安易な気持ちで開いてはいけなかったなぁ・・・。」と、ちと後悔

エッセイ・・・って。砕けた感じの文が多くて。ちょっとビール片手に、その人の話を聞く・・・といった風情に思っていたのだけど。

本の中に入った瞬間。

どうしても、ある風景が目に浮かぶ。

深い木々に囲まれた湖水。
朝か夕か・・・ただ、曇っているだけなのか。
暗いわけではないのだけれど。湖水からは霧が立ちのぼり。
乳白色がかった灰色の中。緑なす湖面は静かで、深いのか、浅いのか・・・。

ヒタヒタと迫る「静寂」。安心と不安の境界線。

迷い込んだ私は、ただ、途方もなく湖面を見つめている。


「ぐるりのこと  梨木香歩 新潮社 1300円+税 」


書かれたのが「考える人」の季刊誌の紙面だったので、時事ネタについても書かれている。9・11の事。12歳の少年が4歳の子を殺してしまった事件。イラクの地で囚われた人が帰国した時の異様な騒ぎ。旅に出た先での話。植物の事。西郷隆盛の事。

どの話もが。本人曰く「ひたひたと考える」という言葉に集約されるように。

じっくり噛み締め、心の淵を言葉にしていく。

言葉を紡ぐ・・・彼女の謙虚だけれども強い意志が、ひしひし・・・と伝わってくる。

なんだか、深い淵を覗いてしまったような、シンとした気持ちになった。

読み進めていくうちに、この方が、異国の。河と陸の間の、水の溜まった沼というか湖に惹かれる・・・という文に行き当たり。
ああ。ずっとこの本から受ける印象は、この人の心象風景なんだ・・・と解った。

旅から、自分の心と他者。生と死との「境界線」を思い。
様々な時代のうねりから、「群集」と「個」の「境界線」を考える。

考える事をやめ、時代の力に飲まれることはしたくないが。自分も、その時代のうねりの中で生きていく。

9・11前後の話も描かれていて・・・。その話を読みながら、今、私はガザを思う。

ただ。しみじみと。湖水を見つめる気分でいる。

私の心の中の風景は、いったいどんなものなのかな。
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ラテンアメリカ くいしんぼ ひとり旅

2009年01月08日 | 読書
今年のお正月は、のんびりと。
1日は私の実家で過ごし。2日は花鳥園。3日は箱根駅伝。
買い物も初詣も行かなかったので、世の中の動きも感知せず。
なんだか、久々に、まったりのお正月・・・でした

その間に、私がした事といえば・・・。
花梨ハチミツを漉してビンに詰め替え。黒豆を煮た汁を煮詰めて黒蜜を作り。
乾燥させたみかん皮にカビを発見したため、全部、ひっくりかえしてチェックし。
頂いた鏡餅をアラレにするべく細かく切って干す・・・という。
地味な作業ばかり

いや。これはこれでいいんですが
正月ゆえに?ちと華々しい話題もいるかと・・・


こんな本のご紹介。


「ラテンアメリカ くいしんぼ ひとり旅  八木啓代 著 知恵の森文庫 457円+税 」

ラテンジャズバンド、ハバタンバのボーカル八木さんが。
日頃、活動拠点にしているキューバやメキシコ。日本の。文化や考え方の違いを楽しみながら、「料理」について語るエッセイで。

簡単パーティメニューなども。
本当に簡単なんだけど、「美味しく、かつ、豪華に見える」メニューが満載

トマト缶をガーッと開けて煮つぶして、白ワインを注いで、オレガノ・バジルを千切って入れる~!なんて感じで。

大さじ・小さじに構わずに、キロ単位で作っちゃえ!的な勢いが楽しい

ラテンな気分になれちゃう一冊です。

この年末に、ドライ・フルーツ漬けを仕込んだのだけど・・・。
その時に使った「ラム酒」が余り。
久々に、キューバ・リブレを作って飲んだら、あら不思議。
以前は、甘いので、そんなに好きじゃなかったのに、意外とイケちゃうじゃないですか

で。この年末年始は。1杯目はビール(ここはハズせない)だけど、2杯目以降はキューバ・リブレ。

レシピは簡単 ラム酒にコーラと氷を入れて、レモンをキュッと絞るだけ

量は適当

甘さにちょっと飽きてきたら。
この本に載っているお酒レシピを参考に。

カンペチャーナ・・・メキシコで流行ってるらしい・・・ラムを炭酸入りミネラルウォーターとコーラ半々で割り氷を入れる。これで、口当たりが、さっぱり

モヒートス・・・これ、有名ですね・・・レモン汁・砂糖!・炭酸入りミネラルウォーター・ラム(白)に生のミントを一枝入れて、葉っぱを少しつぶしてミント風味にするカクテル

今。レモンも国産が出回る時期ですし。ミントはお休み中だけど、さすが暖地の静岡なので、カクテルつくる一枝くらいは大丈夫

正月明け。のんびりしつつのキューバ・リブレ漬けでは、さぞかし・・・と思いきや。
お酒が甘かったので、おつまみに行かなかったらしく・・・減ってた・・・ビックリ

とはいえ、飲みすぎはよくないですな・・・今さらなんなんですけど

今年もラテンスピリッツ
「せっぱつまった時にも、笑いや娯楽を忘れない」で

ぼちぼち過ごそうかと思ってます
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料理歳時記

2009年01月03日 | 読書
今年は喪中だったので・・・。
お正月の準備はしないでおこうかと思ったのですが・・・。
少しずつ作り始めた「お節料理」を忘れてしまいそうなので。
黒豆を煮て。栗きんとんなます。松前漬けを仕込み。
ストーブの点いてる勢いで、小豆を煮てみました。

おなますのニンジンと大根は、私の実家の畑で、娘と抜いてきたお野菜。
栗きんとんのサツマイモは、あばれはっちゃく(ダンナ)の職場の方からの頂き物。黒豆は近所の農家の方の直売品。
・・・お金がかかったのは豆と栗の甘露煮くらい?・・・

台所に立つ私のまわりで、石油ストーブの上の煮豆を覗く娘
栗きんとんの味見をしたり。なますの甘酢に眉をひそめたり・・・。

まだまだ「初心者」の域をでない、我が家のお節ですが。
こんな日があった事を覚えていてくれたらいいな

昨年の年の瀬から、年跨ぎで読んでいたのが、この本です。


「料理歳時記  辰巳浜子 中公文庫ワイド版 3700円+税 」

著者の辰巳浜子さんは、料理研究家の辰巳芳子さんのお母様です。

以前。辰巳芳子さんの「慎みを食卓に」を感心しながら読んだのですが。
お母様の浜子さんの本を手にとって。

豊かに広がっていた「食」の「知識」と「技術」が。
私達の時代には、ないがしろにされ、つたれてきてしまっている事を、しみじみと「惜しい」「もったいない」と思いました。
新鮮な。頭のついた魚や貝が、安く手に入る幸せ。
道々の山菜を、美味しく口に入れられる幸せ。
アクの強いもの、足のはやいものを、旬の味に変えられる技術。

浜子さんから芳子さんへ。ゆるぎない確かなものが伝わっている事が、とてもとても、羨ましい。

浜子さんの文章も。
柚子の香りがたつような。甘酢の香りがするような。昆布締めのてかりが見えるような。
旬の食材を活かして、美味しく供する、そのさまが。
読んでいるだけで、おなかがグーっと鳴ってしまうような。口の中が期待してしまうような。
豊かな言葉が溢れています

柚子と山椒は鉢植えで育つ。後、紫蘇と蓼があれば事欠かない・・。

春になったら、花柚子と山椒は鉢に植えてみよう!と固く決心


「お正月」は親戚一同が集まる季節です。

私の実家でも、このあたりの名物の「鯖だしのとろろ汁」を、父と母と一緒に作りました。
すたれた・・・と言っても、各々の家に、それぞれの「味」が、まだ残っているハズです。

「お正月」という「節目」に。
伝えて行きたいものを。まずは、自分が挑戦!

そんな意欲が沸いてくる、あたたかな「食」の一冊でした


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下北サンデーズ

2008年12月30日 | 読書
昔。クラスは一緒になった事はないが。
頭が良くて。顔もかっこよくて。運動もできて。男の子からも、女の子からも好かれる人気者君がいた。

しかし・・・。何を思ったか、彼は私に言った。

「オレって、ヒーローじゃんねぇ・・・。」

この瞬間。なんじゃコイツ・・・と思い。その後、どうなったか。
多分、立派な大人になっているとは思うが。
彼の名前すら思い出せない・・・

私にとっての石田衣良さんは、なんとなく、その彼に似て。
テレビで見かける、そのお顔も声も。コメントも。
うける印象は、いい人だなぁ・・・と思っていたのだけど。

「小説は技術だ」とか「上手く書けるとかは、あたりまえ」とか。
「この本を読んで、こうできないのは、ちょっとおかしい」とか。
こと御自身の小説に関しては、気合の入ったコメントが多く。

なんとなく・・・今まで読む事なく過ごしてしまった。

いや・・・7歳から小説家を目指してきた石田さんだからこその発言だと思うのだけど・・・

しかし、ちょっと前。テレビのバラエティ番組で、自信満々の川柳が酷評された時の石田さんが。
あんまりにも慌てていて、可愛らしく(失礼だけど)。

思わず、借りてきてしまいました・・・私って意地悪?


「下北サンデーズ  石田衣良 幻冬舎 1500円+税 」


映画化されて、あまりにも有名・・・ですが、ざっとあらすじ。

下北沢にある、売れない劇団「下北サンデーズ」に。
新しいメンバーの里中ゆいが加わった。
それまで。真摯に稽古し。演じてきて10年たつが、未だに花開かず、劇団員達はアルバイトしながら、時間とお金を劇団につぎ込み夢を追っていたのだった。
ゆいが加入してから、劇団は当たりだし。
数々の成功を収めるようになってきた。
劇団員達も、それぞれ、有名になってくると共に、個人の仕事も増え。
成功を手にしたゆえに、それぞれが、お金と名声に浮かれ、劇団がバラバラになっていってしまう。
そこで事件がおき。また団員は一つにまとまり、登りつめていく。

テンポ良く。
ゆいの清々しさと。個性的な劇団員。
そして、一つのことにかける情熱が溢れた世界が。
そこに拡がっていた。

アメリカンドリームならぬ、下北沢ドリーム。

劇団の稽古の場面。

脚本が出来てから、芝居の稽古。舞台の準備や裏方仕事。本番の緊張感やアクシデント。
酒と恋愛と芝居談義。

場末の劇場から、「いつか大きな舞台に立ちたい! たくさんの客の前で演じたい!」という夢。

個性と個性がぶつかり合って、競い合って、創りあって。劇というのは、舞台の上で輝くんだなぁ・・・。

なんとなく。お芝居が見たくなりました。

そんな風に思える本を書ける石田さんは、やっぱり、上手な作家さんです
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りかさん

2008年12月29日 | 読書
「おひな祭りに。ようこは欲しいものはあるかい?」と、おばあちゃんに聞かれ。
「りかちゃん人形」と。大喜びでおねだりして。
送られてきたお人形は、黒い髪の着物を着た市松人形の「りかさん」だった。

しかも、この「りかさん」。
毎日、着替えをさせ。家族と一緒のテーブルで、ほんの一口ずつのゴハンやおかずをあげる「お世話」が必要な、特別なお人形だった。


・・・「からくりからくさ」に出てくる、ようこが幼い頃のお話。
ようこと人形の「りかさん」の出会いから、この話は始まります・・・

「りかさん 梨木香歩 偕成社 1200円+税 」

りかさんは、7日目にして、ようこに話かけます。
大人の人には、聞こえない声で・・・なんていうと「怪談」みたいなんですけど。

「りかさん」は気立てのいい市松人形で、りかさんといると、辺りは和やかな清い空気がうまれ、幸せな気分になるのです。

・・・人形のほんとうの使命は、生きている人間の、強すぎる気持ちをとことん整理してあげることにある。木々の葉っぱが夜の空気を露にかえすようにね・・・気持ちは、あんまり激しいと、濁っていく。いいお人形は吸い取り紙のように感情の濁りの部分だけ吸い取っていく・・・

ようこのおばあさんの麻子さんも、人形とお話ができる能力がある。
だから、たくさんの人形のお話を聞いて、生きてきた。

ようこの家にある雛人形は、あちこちからの「寄せ集め」の雛人形で、たいそう仲が悪かった。
人形の話と。もとの持ち主の記憶の吸い取られた人形。
現世に生きる物と。物に宿る想いと。過去の記憶の残像。
ようこと「りかさん」は、人形達の話を聞いたり、不穏の原因を解明していくのです。

お友達の登美子ちゃんの家は、悲しい気配に包まれています。
ようこと「りかさん」は、登美子ちゃんの家にいる、たくさんの人形達の話を聞きます。
たくさんの人形達は、登美子ちゃんのお祖父さんが、好きで、あちこちから集められてきたものでした。
人形達には、それぞれの。記憶があり。
中には、浄化されない「想い」を持つ人形もあります。
ようこさんと「りかさん」は、その「想い」を「浄化」させるために、麻子さんの力を借りながら。
長い時の。澱のように。人の気持ちの底に溜まった「想い」を解き放そうとしていきます。

青い目の人形の話には・・・思わず、ホロリ・・・としてしまいました。

「人形が話をする」という「不思議」な設定に、違和感がある方もいるでしょう。

でも。古来から。
太陽や月や。草や木々や。様々なモノに、「命」を感じてきた。
その、心の「柔らかさ」を。思い出させてくれたように思います。

市松人形の「りかさん」は、そのシンボリックなモノなのかと。

耳をすましたら。何かの声が、聞こえるかもしれない。

そんな気持ちになりました。
・・・あ。でも。本当に。市松人形に語られたら、ちょっとコワイなぁ・・・
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からくりからくさ

2008年12月29日 | 読書
初めて、人と出会う時は、あまり緊張しないけど。

2回目・・・に会う時、とても緊張する。

人は「好き」か「嫌い」かを、第一印象で、直感的に判断するという。
だから、2回目に会う時には、どのくらいの距離で付き合うのか、その人なりに答えが出ている。

でも、第一印象が良かったからと言って、話し込んでみたら、「ちょっと違う」時もあるし。
「ああ、いい人だ」と思う事もあるので・・・やっぱり2回目は緊張してしまう。

好きな人なら、なおさら。

実はイヤな人だったら、どうしよう・・・とか。
嫌われてたらシンドイなぁ・・・とか。

そういったわけで・・・。

作品に作者を投影させるクセのある私としては、「西の魔女が死んだ」で、もう、しみじみ好きになってしまっている「梨木香歩さん」の。
私にとっての「2冊目」を手にとる時には、ちょっと勇気がいった。
まあ、本は、「いや~、アナタ、ちょっと解釈が違うからさぁ・・・。」なんて言わないから、その分は気が楽なんだけど。

ドキドキ・・・

そして、手にとった一冊が・・・


「からくり からくさ  梨木香歩  新潮社 1600円+税 」


蓉子のおばあさん麻子さんが亡くなり、50日目からこの話は始まる。
蓉子が麻子さんからもらった市松人形の「りかさん」は不思議な人形で、蓉子とはテレパシーのように話す事ができた。
しかし、麻子さんが亡くなってから、「りかさん」は喋らなくなってしまった。

染色家を目指して、工房に見習いに行っている蓉子は、麻子さんの残した古い家を下宿にし、管理人として住む事にした。
そこには、しゃべらなくなった「りかさん」と。
友人のマーガレット。美大の女子学生の紀久と与希子・・・感性の豊かな娘達が集まった。

人形と。人形の物語と。娘達やその祖先の物語が、時間や場所を越えて繋がり、縦糸と横糸を織りなすように話が展開していく。

多分。単純なファンタジーだったら、謎解きの不得意な私は、途中で読めなくなっていたかもしれない・・・けど。

庭の摘み草を摘んで食卓に載せる・・・だとか。
網戸のない。古い東屋。
蓉子の染色の。草木にかける思いや媒染する時の描写とか。
紀久の書いている、各地の織りをする女性の話・・・だとか。
クルドのキリム・・・だとか。

興味のある事が、あまりにもたくさん、散りばめられていて。
すっかり入り込んでしまいました。

恋の話も散りばめながらも。
ドラマティックに物語は終盤を迎えます。


おこがましいのですが。
好きな世界観が、とても近い・・・感じがして。
多分。今度は、この方の本を探して読んでしまうでしょう。

ちょっと。ほっとしました。
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